宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
映画『キバ娘プリティランナー 新世紀の扉』を見終えた後。
ラクーン号の居住スペースには、妙な満足感と疲労感が漂っていた。
ジョンはソファに深く身体を沈め、空になったコーラ缶を指先で弄ぶ。
「いやぁ……」
そしてしみじみ呟いた。
「ちゃんと面白い映画も見ると体力使うな……」
「分かる」
セリアも頷く。
「感情動かされるから妙に疲れるのよね」
モニターでは既に次の作品の読み込みが始まっている。
だが二人とも、今はまだキバ娘の余韻を引きずっていた。
「最後良かったなぁ」
ジョンが言う。
「マリリンフォトン復帰するところ?」
「そこもだけど、やっぱラストレース前で終わるのが良い」
「あー、分かる」
セリアはポップコーンを摘みながら笑う。
「“この先も物語は続く”感ある終わり方ね」
「続編商法とも言う」
「夢がないわねアンタ」
そんな風に笑い合う。
完全に油断していた。
もう今日は大丈夫だろう。
流石に連続で変な映画は来ないだろう。
そんな空気が、二人の間に流れていた。
そして。
次の映画が始まる。
画面いっぱいに広がる青い海。
透き通った波。
眩しい太陽。
そして字幕。
【第三宇宙コロニー・アトランティス海洋区画】
「……ん?」
ジョンが首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや」
ジョンは画面を指差す。
「コロニーって書いてるけどさ」
「うん」
「空、青空じゃね?」
セリアも気付く。
確かにおかしい。
宇宙コロニーの海なら、空には薄っすらと“反対側の街並み”が見えるはずなのだ。
巨大円筒型コロニー特有の景色。
だがこの映画の海は、どう見ても惑星内の海だった。
「雑!」
セリアが思わず吹き出す。
「背景素材使い回してるでしょこれ!」
「いきなり不安になってきたぞ……」
その時。
画面には若者達の集団が映る。
『うぇぇぇぇい!!』
『飲め飲めぇぇ!!』
『最高のバカンスだぜぇ!!』
派手な水着。酒。爆音音楽。
海辺で騒ぐ、見るからにパリピな若者達だった。
「嫌な予感しかしねぇ」
ジョンが真顔で呟く。
若者の一人が海へ飛び込む。
『ひゃっほぉぉぉ!!』
『サメに襲われても知らねーぞー!』
すると別の女が笑う。
『コロニーにサメなんかいるわけないでしょ!あははは!!』
その瞬間。
セリアの表情が変わった。
「あっ」
「ん?」
「これ」
「どうした?」
セリアは嫌そうな顔でモニターを指差した。
「多分サメ映画だわ」
「あっ」
そして次の瞬間。
海面が盛り上がる。
突然現れる巨大なサメ。
若者へ食らいつく。
『ぎゃあああああああ!?』
血飛沫。
絶叫。
パニック。
――なのだが。
「CG安っぽ!!」
ジョンが即座にツッコんだ。
サメのCGが妙に軽い。
動きもカクカクしている。
しかも血飛沫が不自然なくらい真っ赤で派手だった。
まるで塗料をぶち撒けたような飛び散り方。
「うわぁB級だぁ……」
セリアが笑いを堪える。
『ぎゃあああ!!』
『助けてぇぇ!!』
若者達が次々食われていく。
その背後で。
海が真っ赤に染まり。
画面が暗転。
そして英語タイトル。
『TERRASHARK』
「サメ映画じゃねーか!!」
ジョンが思わず叫んだ。
セリアが吹き出す。
「来たわね」
「来ちゃったよ!」
「しかも絶対クソ映画寄りよこれ!」
「いやでも逆に面白い可能性あるぞ!」
二人は顔を見合わせる。
そして真剣に相談を始めた。
「……スキップする?」
「いや」
ジョンは少し考え。
ニヤリと笑った。
「こういうのはツッコミながら見るのが楽しい」
「それはそう」
セリアも完全に納得した。
「真面目に見る映画じゃないタイプねこれ」
視聴継続決定。
そして映画本編が始まる。
舞台はコロニー内研究施設。
白衣を着た研究員達。
そこへ銀河連合政府の視察団がやってくる。
『例の生体研究かね?』
『はい、テラシャーク計画です』
『宇宙環境適応型サメの開発を――』
「いや待て待て待て」
ジョンが即座にツッコむ。
「そもそもサメ研究してコロニーでどうするんだよ……」
「薬の材料にでもするんじゃない?」
セリアが適当に言う。
すると。
映画内の研究員が真顔で説明した。
『サメの細胞は医薬品研究に役立つ可能性があり――』
「当たった!!」
セリアが嬉しそうに叫ぶ。
「すごっ!適当に言ったのに!」
「脚本の知能レベルが読めてきたな……」
ジョンが遠い目をした。
どうやら研究所からサメが逃げ出し、人を襲っているらしい。
特殊部隊が出動。
研究所はパニック。
と。
その直後だった。
突然場面転換。
何の脈絡もなく。
コロニー高官と秘書がホテルらしき部屋で抱き合っていた。
「……ん?」
ジョンが固まる。
妙にムーディーな音楽。
無駄に長いキスシーン。
秘書の服が脱がされる。
「なんで!?」
セリアが素で困惑した。
「サメどこ行ったの!?」
「知らねぇよ!!」
完全に空気が変わっている。
しかもやたら長い。
「尺稼ぎかこれ?」
「絶対そう」
二人が困惑する中。
映画は何事もなかったかのように再びサメパニックへ戻っていく。
ラクーン号の居住スペースには。
ジョンとセリアの乾いた笑い声が響いていた。
『ぎゃああああ!!』
『シャークだ!!シャークが来たぞ!!』
『逃げろぉぉ!!』
研究所内は既に地獄絵図と化していた。
警報が鳴り響く。
研究員達が悲鳴を上げながら逃げ惑う。
そしてその後ろから。
宇宙適応型巨大サメ――テラシャークが突っ込んでくる。
壁をぶち破る。ガラスを噛み砕く。研究員を丸呑みにする。
だが。
「雑!!」
ジョンが思わず叫んだ。
サメのCGが軽い。
とにかく軽い。
重量感が全くない。
しかも噛みつかれた人間が妙に勢いよく吹っ飛ぶ。
「これ絶対合成で飛ばしてるでしょ」
セリアが笑いを堪えながら言う。
「血の量も多すぎるし」
画面内では研究所員の一人が食われていた。
血飛沫がホースでも破裂したかのように吹き出している。
「人体の血の量じゃねぇ……」
ジョンが呆れた声を出す。
だが映画はお構いなしだった。
研究所は壊滅。
視察官も死亡。
そして研究員の一人が叫ぶ。
『テラシャークは宇宙空間適応型です!』
『コロニー外へ出る前に駆除しなければ!!』
「いや宇宙適応型サメってなんだよ」
「概念が強いわね」
セリアが真顔で返す。
場面転換。
銀河連合軍特殊部隊基地。
出撃準備をする兵士達。
――なのだが。
「コスプレ感すご」
ジョンが即座に言った。
装備が安っぽい。
やたらテカテカした装甲。
サイズ感の合ってないヘルメット。
明らかに動きづらそうなスーツ。
しかも妙に既視感がある。
「なんか通販で売ってそう」
「ハロウィン用連合軍コスチュームって感じ」
二人が酷評している間にも、映画は真面目に進行する。
『我々がテラシャークを止める!』
『人類の未来の為に!!』
壮大なBGM。
だが装備の安っぽさで台無しだった。
特殊部隊の戦闘機が発進する。
海面上を低空飛行。
すると。
海が炸裂した。
巨大なテラシャークが飛び出す。
『うわぁぁぁぁ!?』
戦闘機を丸呑み。
爆発。
「弱っ!!」
ジョンが吹き出した。
「しかもこの戦闘機……」
ジョンは眉をひそめる。
「今の連合軍で使ってない型だぞこれ」
「そうなの?」
「かなり古い。宇宙戦争時代の末期くらいのやつだ」
しかもCGが酷い。
やたら軽い。
爆発エフェクトも浮いている。
「これ絶対フリー素材モデルだろ……」
「予算どこ行ったのかしら」
セリアが呆れる。
そして。
唐突に始まる恋愛パート。
「いつ仲良くなった?」
「さぁ……」
研究所の生き残り女性科学者。
そして特殊部隊の男。
いつの間にか仲良くなっていた二人が、薄暗い部屋で向かい合っている。
『君を失いたくない』
『私も……』
抱き合う二人。
キス。
そして。
また濡れ場だった。
「また!?」
ジョンが困惑する。
しかも今度は妙に長い。
無駄にねっとりしている。
やたら近いカメラ。
やたら長い吐息。
ラクーン号の居住スペースに、なんとも言えない空気が流れ始めた。
「…………」
「…………」
二人とも無言になる。
画面内では延々とイチャついている。
しかもBGMが妙にムーディーだった。
「これいる?」
ジョンが真顔で聞く。
「たぶん監督がやりたかったのよ……」
セリアも遠い目をした。
だが。
その時。
ジョンの視線が、不意にセリアへ向いた。
ぴっちりしたスーツ。
ソファに腰掛けた姿勢。
その胸元。
豊満な膨らみ。
映画の妙な空気もあってか、意識がそちらへ引っ張られる。
「…………」
気がつけば。
ジョンの手はセリアの胸元へ伸びていた。
むにゅん。柔らかい感触。合成樹脂の豊かな乳房が水を入れた袋のように変形し、ジョンの手を優しく包んだ。
セリアは一瞬だけ目を細める。
だが拒絶はしなかった。
セリアはセクサロイドだからだ。
「……いいわよ?」
むしろ、少し悪戯っぽく笑う。
その瞬間。
ジョンの理性が切れた。
「セリア………っ!」
彼はそのままセリアへ覆いかぶさる。
「ん……ちゅ………」
「んくっ………むぅ………ちゅむ………」
二人の唇が重なる。
深く。
長く。
舌を絡め合う。
セリアもまた、ジョンの背中へ腕を回す。
ソファの上で身体が重なる。
吐息が混じる。
そして。
モニターの中では。
『ぎゃああああ!!』
『隊長ぉぉぉ!!』
テラシャークが次々と特殊部隊を血祭りに上げていた。
CG丸出しのサメが暴れ回る中。
ラクーン号では、別の意味で空気が熱を帯びていくのだった。