宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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76.

 その夜、ジョンとセリアは結局ほとんど眠らなかった。

 ラクーン号の狭い居住スペース。

 映画の光が消えた後も、二人の熱だけは消えなかった。

 ソファの上で。寝台の上で。

 互いの身体を求め合い、何度も唇を重ね、抱き合った。

 セクサロイドであるセリアは、人間の欲望を受け止める為に作られた存在だ。

 だがジョンにとって、彼女は単なる“そういう用途の機械”ではなかった。

 ジャンク漁りを共にする相棒。

 狭い船で生活を共にする同居人。

 くだらない事を言い合える話し相手。

 そして今は、それ以上の存在になりつつあった。

 だからこそ。

 互いの熱を確かめ合う時間は、思った以上に長く続いた。

 

 結果。

 翌日の休日は、二人とも完全に潰れた。

 昼近くまで寝て。

 起きてはまた寝て。

 途中で適当に栄養ゼリーを流し込み。

 また寝る。

 そんな怠惰極まりない一日を過ごしたのである。

 そして。

 

 

 ***

 

 

 

 さらに翌日。

 ラクーン号の居住ブロック。

 ジョンは自室のベッドの上で、ぼんやりと目を開けた。

 

「…………ん」

 

 頭が重い。

 身体も気怠い。

 だが妙に心地いい疲労感だった。

 薄暗い室内。

 天井の配管。

 古い空調の駆動音。

 見慣れたラクーン号の日常。

 ジョンはしばらく布団の上でぼーっとしていたが、やがてのそのそと起き上がる。

 

「……仕事かぁ」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 休日は終わった。

 今日からまた、いつものジャンク漁りの日々だ。

 ジョンは気怠げに欠伸をしながら洗面所へ向かった。

 ラクーン号の洗面スペースは狭い。ましてや、貴重な重力ブロック内となれば尚更だ。

 最低限の設備しかない。

 古い鏡。

 くたびれた照明。

 安物の洗面台。

 宇宙船暮らしらしい簡素な空間だった。

 ジョンは歯ブラシを咥え、ぼんやり歯を磨く。

 ゴシゴシと適当に動かしながら、半分寝ぼけた目で鏡を見る。

 無精ひげもだいぶ伸びていた。

 

「うわ……ひでぇ顔」

 

 自分で呟く。

 口をゆすぎ、今度は顔を洗う。

 冷たい水で多少目が覚めた。

 その後、棚から古い電動カミソリを取り出す。

 宇宙船暮らし用の安物だ。

 しかもかなり年季が入っている。

 ブイイイイ……という頼りない駆動音を立てながら、ジョンは顎へ当てた。

 

「んー……」

 

 だが。

 案の定というべきか。

 微妙に剃り残しが出る。

 

「またかよ……」

 

 ジョンは嫌そうな顔をした。

 顎を触る。

 ジョリッ、と嫌な感触。

 

「そろそろ新しいの買うかぁ……」

 

 そうぼやきながら、ふと何気なく呟く。

 

「無重力ブロックで髭剃ったらスゲー飛び散るよな」

 

 以前、低重力区域で剃った時の事を思い出したのだろう。

 細かい髭が空中を漂い、回収フィルターに吸われるまで船内を舞っていた。

 地味に最悪だった。

 

「……考えただけで嫌だな」

 

 ジョンは苦笑しながら電動カミソリを片付けた。

 その後。

 ツナギを着込み、ブリッジへ向かう。

 ラクーン号の狭い通路を歩く。

 配線剥き出しの天井。

 古びた金属床。

 決して快適ではない。

 だが長年住んでいると、逆に落ち着く景色だった。

 

 そしてブリッジの自動ドアが開く。

 そこには既にセリアがいた。

 どうやらスリープモードから起動したばかりらしい。

 セクサロイドである彼女は、定期的に蓄積データ整理の為の半休眠状態へ入る必要がある。

 もっとも、人間側から見ると普通に“寝ている”ようにしか見えないのだが。

 セリアはエプロン姿だった。

 ぴっちりスーツの上から簡易エプロンを付けている。

 その姿で、簡単な朝食を用意していた。

 焼いた保存パン。

 合成卵。

 インスタントスープ。

 宇宙船暮らしらしい簡素な朝食だ。

 

「あ、おはよ」

 

 セリアが振り向く。

 

「おう……」

 

 ジョンはまだ少し眠そうだった。

 するとセリアがニヤニヤ笑う。

 

「なんかこういうの」

「ん?」

「夫婦みたいね」

「茶化すなよ……」

 

 ジョンは露骨に照れ臭そうな顔をした。

 だがセリアは面白そうに笑う。

 

「だって朝起きたら奥さんがご飯作って待ってるのよ?」

「誰が奥さんだ」

「私?」

「自分で言うな」

 

 セリアはクスクス笑いながら、出来上がった朝食をテーブルへ並べる。

 ジョンはそんな様子を見ながら、小さくため息をついた。

 だが。

 その表情は、どこか穏やかだった。

 

「さて、いただきます、と……」

「いただきます」

 

 ラクーン号のブリッジ兼食堂スペースには、朝食の匂いが漂っていた。

 もっとも、“匂い”と言っても高級レストランのようなものではない。

 保存パンを軽く焼いた香ばしさと、インスタントスープ特有の人工的な香料の混じった匂い。

 宇宙船暮らしの人間なら誰もが慣れ親しんでいる、安っぽくも生活感のある香りだった。

 

 ジョンは椅子に深く座り込み、まだ完全には起き切っていない頭のまま、ぼんやりとテーブルを眺めていた。

 昨夜――正確には、一昨日の夜から昨日にかけての怠惰な休日の余韻が、まだ身体に残っている。

 向かい側では、セリアがスプーンでスープを掬っていた。

 紫色の長い髪。

 ぴっちりしたスーツ。

 その上から簡易エプロンを付けた姿。

 セクサロイドらしい整った美貌と、妙に家庭的な格好が同居していて、不思議な違和感があった。

 ジョンは保存パンを一口齧る。

 

 バキッ。

 

 小気味よい音が鳴った。

 

「……硬ぇ」

 

 思わず顔をしかめる。

 

「相変わらず硬ぇなこれ」

「宇宙船用の長期保存パンなんだから仕方ないでしょ」

 

 セリアは呆れたように笑う。

 

「柔らかくすると保存性落ちるし」

「いや分かってるよ?」

 

 ジョンはもごもご言いながらパンを噛み砕く。

 

「分かってるけどさぁ……毎回思うんだよ。これ本当に食い物か?って」

「文句言いながらちゃんと食べるじゃない」

「食わないと腹減るし」

「生きるのって大変ねぇ」

「お前ロボットだろ」

「アタシにも擬似空腹感覚くらいあるわよ」

 

 そんな風に軽口を叩き合いながら、二人は朝食を続ける。

 ブリッジの外では、静かな宇宙が広がっていた。

 巨大なガス星雲。

 遠くを流れる輸送船の航跡光。

 宇宙時代ではありふれた景色だ。

 だがラクーン号の中には、どこか家庭じみた穏やかな空気が流れていた。

 

 ジョンは合成卵を口に運びながら、ふとセリアを見る。

 セリアも普通に食事をしている。

 パンを齧り。

 スープを飲み。

 味を確かめるようにゆっくり咀嚼する。

 その姿は、人間そのものだった。

 だからこそ。

 ジョンは何気なく呟く。

 

「……考えてみるとさ」

「んー?」

「ロボットが飯食ってるって、よく考えたら変な光景だよな」

 

 セリアは一瞬きょとんとした後、呆れたように肩を竦めた。

 

「今さら?」

「いや、だって普通ロボットって充電で動くイメージじゃん」

「まあ一般的な作業ロボとかはそうね」

 

 セリアはスープカップを持ちながら説明する。

 

「でもアタシ達セクサロイドは、人間社会に溶け込む目的で作られてるから」

「うん」

「食事機能も普通に搭載されてるの」

「へぇ」

「食べたものを内部で分解して、エネルギー変換する仕組みになってるわ」

 

 ジョンは感心したように「ほー」と声を漏らす。

 知識としては知っていた。

 だが改めて説明されると、妙に不思議な気分になる。

 

「でもそれって効率悪くね?」

「悪い」

 

 セリアは即答した。

 

「普通に充電した方が圧倒的に早いし、効率も良いし、安定してる」

「じゃあ何でそんな機能付けたんだ?」

「コミュニケーション用よ」

「コミュニケーション?」

「人間だけ食事して、セクサロイドだけ壁で充電してたら不自然でしょ」

「あー……」

 

 ジョンは妙に納得した。

 

「なるほどなぁ」

「食卓を囲むっていう行為自体が、人間社会では大事だから」

 

 セリアは少しだけ真面目な声になる。

 

「そういう“日常”を共有する為の機能ってわけ」

 

 ジョンはしばらく黙り込んだ。

 そして。

 小さく苦笑する。

 

「……なんか妙に人間臭い設計だな」

「そりゃそうよ。そういう商品だもの」

 

 セリアは当然のように言った。

 だが次の瞬間には、またいつもの調子に戻る。

 

「まあ味覚センサーも結構高性能だけどね」

「へぇ?」

「安い合成食品と高級天然食材くらい普通に判別できるわ」

「それでこの保存パン食わされてるのお前ちょっと可哀想だな」

「アンタの稼ぎが増えれば改善されるんじゃない?」

「ぐっ……」

 

 ジョンが言葉に詰まる。

 セリアは勝ち誇ったように笑った。

 

「反論できないでしょ?」

「うるせぇ……」

 

 ジョンは苦々しい顔で栄養飲料を飲み干した。

 朝食を終える。

 食器を片付ける。

 洗浄装置へ放り込み、テーブルを拭き、ブリッジを通常モードへ戻していく。

 その動きは完全に慣れたものだった。

 狭い宇宙船の中で長く生活していれば、自然と効率的な動きが身につく。

 

 やがて準備が終わる。

 ジョンは操縦席へ腰を下ろした。

 セリアも隣のコンソール席に座る。

 メインモニターに宇宙空間が映し出される。

 静寂の世界。

 その中で、ラクーン号の古いエンジン音だけが低く響いていた。

 すると。

 セリアがセンサー画面を確認しながら、ふと眉を動かす。

 

「あら」

「ん?」

「大型金属反応」

 

 ジョンが顔を上げる。

 セリアは情報を拡大表示した。

 

「離れた宙域。かなり大きいわね」

「どれどれ」

 

 ジョンは身を乗り出す。

 画面には巨大な残骸反応が映し出されていた。

 形状解析。

 熱源痕。

 フレーム構造。

 そして自動推定。

 

 【旧式戦艦クラス残骸】

 

 ジョンの目の色が変わる。

 

「おっ」

 

 疲れ気味だった顔が、一気に仕事人の顔になる。

 

「戦艦か」

「しかも結構大型」

「当たりじゃねぇかこれ」

 

 ジョンはニヤリと笑った。

 

「エンジン残ってたら大儲けだぞ」

「武装でも高く売れるわね」

「ミサイルランチャー系残ってたら最高」

 

 ジョンは操縦桿を握る。

 ラクーン号のエンジンが唸りを上げた。

 古い船だ。

 オンボロだ。

 だがまだまだ現役だった。

 

「さーて」

 

 ジョンが言う。

 

「お仕事お仕事」

 

 セリアは小さく笑う。

 

「結局それが一番楽しそうね、アンタ」

「ジャンクは裏切らねぇからな」

「たまに爆発するけど?」

「それはまあ……ロマンってことで」

 

 ラクーン号がゆっくり進路を変える。

 遥か彼方。宇宙の闇の中に漂う、戦艦の残骸へ向かって。

 静かな星々の海を、ジャンク屋の宇宙船は今日も進んでいくのだった。

 

 

 The end.

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