宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
その夜、ジョンとセリアは結局ほとんど眠らなかった。
ラクーン号の狭い居住スペース。
映画の光が消えた後も、二人の熱だけは消えなかった。
ソファの上で。寝台の上で。
互いの身体を求め合い、何度も唇を重ね、抱き合った。
セクサロイドであるセリアは、人間の欲望を受け止める為に作られた存在だ。
だがジョンにとって、彼女は単なる“そういう用途の機械”ではなかった。
ジャンク漁りを共にする相棒。
狭い船で生活を共にする同居人。
くだらない事を言い合える話し相手。
そして今は、それ以上の存在になりつつあった。
だからこそ。
互いの熱を確かめ合う時間は、思った以上に長く続いた。
結果。
翌日の休日は、二人とも完全に潰れた。
昼近くまで寝て。
起きてはまた寝て。
途中で適当に栄養ゼリーを流し込み。
また寝る。
そんな怠惰極まりない一日を過ごしたのである。
そして。
***
さらに翌日。
ラクーン号の居住ブロック。
ジョンは自室のベッドの上で、ぼんやりと目を開けた。
「…………ん」
頭が重い。
身体も気怠い。
だが妙に心地いい疲労感だった。
薄暗い室内。
天井の配管。
古い空調の駆動音。
見慣れたラクーン号の日常。
ジョンはしばらく布団の上でぼーっとしていたが、やがてのそのそと起き上がる。
「……仕事かぁ」
誰に言うでもなく呟く。
休日は終わった。
今日からまた、いつものジャンク漁りの日々だ。
ジョンは気怠げに欠伸をしながら洗面所へ向かった。
ラクーン号の洗面スペースは狭い。ましてや、貴重な重力ブロック内となれば尚更だ。
最低限の設備しかない。
古い鏡。
くたびれた照明。
安物の洗面台。
宇宙船暮らしらしい簡素な空間だった。
ジョンは歯ブラシを咥え、ぼんやり歯を磨く。
ゴシゴシと適当に動かしながら、半分寝ぼけた目で鏡を見る。
無精ひげもだいぶ伸びていた。
「うわ……ひでぇ顔」
自分で呟く。
口をゆすぎ、今度は顔を洗う。
冷たい水で多少目が覚めた。
その後、棚から古い電動カミソリを取り出す。
宇宙船暮らし用の安物だ。
しかもかなり年季が入っている。
ブイイイイ……という頼りない駆動音を立てながら、ジョンは顎へ当てた。
「んー……」
だが。
案の定というべきか。
微妙に剃り残しが出る。
「またかよ……」
ジョンは嫌そうな顔をした。
顎を触る。
ジョリッ、と嫌な感触。
「そろそろ新しいの買うかぁ……」
そうぼやきながら、ふと何気なく呟く。
「無重力ブロックで髭剃ったらスゲー飛び散るよな」
以前、低重力区域で剃った時の事を思い出したのだろう。
細かい髭が空中を漂い、回収フィルターに吸われるまで船内を舞っていた。
地味に最悪だった。
「……考えただけで嫌だな」
ジョンは苦笑しながら電動カミソリを片付けた。
その後。
ツナギを着込み、ブリッジへ向かう。
ラクーン号の狭い通路を歩く。
配線剥き出しの天井。
古びた金属床。
決して快適ではない。
だが長年住んでいると、逆に落ち着く景色だった。
そしてブリッジの自動ドアが開く。
そこには既にセリアがいた。
どうやらスリープモードから起動したばかりらしい。
セクサロイドである彼女は、定期的に蓄積データ整理の為の半休眠状態へ入る必要がある。
もっとも、人間側から見ると普通に“寝ている”ようにしか見えないのだが。
セリアはエプロン姿だった。
ぴっちりスーツの上から簡易エプロンを付けている。
その姿で、簡単な朝食を用意していた。
焼いた保存パン。
合成卵。
インスタントスープ。
宇宙船暮らしらしい簡素な朝食だ。
「あ、おはよ」
セリアが振り向く。
「おう……」
ジョンはまだ少し眠そうだった。
するとセリアがニヤニヤ笑う。
「なんかこういうの」
「ん?」
「夫婦みたいね」
「茶化すなよ……」
ジョンは露骨に照れ臭そうな顔をした。
だがセリアは面白そうに笑う。
「だって朝起きたら奥さんがご飯作って待ってるのよ?」
「誰が奥さんだ」
「私?」
「自分で言うな」
セリアはクスクス笑いながら、出来上がった朝食をテーブルへ並べる。
ジョンはそんな様子を見ながら、小さくため息をついた。
だが。
その表情は、どこか穏やかだった。
「さて、いただきます、と……」
「いただきます」
ラクーン号のブリッジ兼食堂スペースには、朝食の匂いが漂っていた。
もっとも、“匂い”と言っても高級レストランのようなものではない。
保存パンを軽く焼いた香ばしさと、インスタントスープ特有の人工的な香料の混じった匂い。
宇宙船暮らしの人間なら誰もが慣れ親しんでいる、安っぽくも生活感のある香りだった。
ジョンは椅子に深く座り込み、まだ完全には起き切っていない頭のまま、ぼんやりとテーブルを眺めていた。
昨夜――正確には、一昨日の夜から昨日にかけての怠惰な休日の余韻が、まだ身体に残っている。
向かい側では、セリアがスプーンでスープを掬っていた。
紫色の長い髪。
ぴっちりしたスーツ。
その上から簡易エプロンを付けた姿。
セクサロイドらしい整った美貌と、妙に家庭的な格好が同居していて、不思議な違和感があった。
ジョンは保存パンを一口齧る。
バキッ。
小気味よい音が鳴った。
「……硬ぇ」
思わず顔をしかめる。
「相変わらず硬ぇなこれ」
「宇宙船用の長期保存パンなんだから仕方ないでしょ」
セリアは呆れたように笑う。
「柔らかくすると保存性落ちるし」
「いや分かってるよ?」
ジョンはもごもご言いながらパンを噛み砕く。
「分かってるけどさぁ……毎回思うんだよ。これ本当に食い物か?って」
「文句言いながらちゃんと食べるじゃない」
「食わないと腹減るし」
「生きるのって大変ねぇ」
「お前ロボットだろ」
「アタシにも擬似空腹感覚くらいあるわよ」
そんな風に軽口を叩き合いながら、二人は朝食を続ける。
ブリッジの外では、静かな宇宙が広がっていた。
巨大なガス星雲。
遠くを流れる輸送船の航跡光。
宇宙時代ではありふれた景色だ。
だがラクーン号の中には、どこか家庭じみた穏やかな空気が流れていた。
ジョンは合成卵を口に運びながら、ふとセリアを見る。
セリアも普通に食事をしている。
パンを齧り。
スープを飲み。
味を確かめるようにゆっくり咀嚼する。
その姿は、人間そのものだった。
だからこそ。
ジョンは何気なく呟く。
「……考えてみるとさ」
「んー?」
「ロボットが飯食ってるって、よく考えたら変な光景だよな」
セリアは一瞬きょとんとした後、呆れたように肩を竦めた。
「今さら?」
「いや、だって普通ロボットって充電で動くイメージじゃん」
「まあ一般的な作業ロボとかはそうね」
セリアはスープカップを持ちながら説明する。
「でもアタシ達セクサロイドは、人間社会に溶け込む目的で作られてるから」
「うん」
「食事機能も普通に搭載されてるの」
「へぇ」
「食べたものを内部で分解して、エネルギー変換する仕組みになってるわ」
ジョンは感心したように「ほー」と声を漏らす。
知識としては知っていた。
だが改めて説明されると、妙に不思議な気分になる。
「でもそれって効率悪くね?」
「悪い」
セリアは即答した。
「普通に充電した方が圧倒的に早いし、効率も良いし、安定してる」
「じゃあ何でそんな機能付けたんだ?」
「コミュニケーション用よ」
「コミュニケーション?」
「人間だけ食事して、セクサロイドだけ壁で充電してたら不自然でしょ」
「あー……」
ジョンは妙に納得した。
「なるほどなぁ」
「食卓を囲むっていう行為自体が、人間社会では大事だから」
セリアは少しだけ真面目な声になる。
「そういう“日常”を共有する為の機能ってわけ」
ジョンはしばらく黙り込んだ。
そして。
小さく苦笑する。
「……なんか妙に人間臭い設計だな」
「そりゃそうよ。そういう商品だもの」
セリアは当然のように言った。
だが次の瞬間には、またいつもの調子に戻る。
「まあ味覚センサーも結構高性能だけどね」
「へぇ?」
「安い合成食品と高級天然食材くらい普通に判別できるわ」
「それでこの保存パン食わされてるのお前ちょっと可哀想だな」
「アンタの稼ぎが増えれば改善されるんじゃない?」
「ぐっ……」
ジョンが言葉に詰まる。
セリアは勝ち誇ったように笑った。
「反論できないでしょ?」
「うるせぇ……」
ジョンは苦々しい顔で栄養飲料を飲み干した。
朝食を終える。
食器を片付ける。
洗浄装置へ放り込み、テーブルを拭き、ブリッジを通常モードへ戻していく。
その動きは完全に慣れたものだった。
狭い宇宙船の中で長く生活していれば、自然と効率的な動きが身につく。
やがて準備が終わる。
ジョンは操縦席へ腰を下ろした。
セリアも隣のコンソール席に座る。
メインモニターに宇宙空間が映し出される。
静寂の世界。
その中で、ラクーン号の古いエンジン音だけが低く響いていた。
すると。
セリアがセンサー画面を確認しながら、ふと眉を動かす。
「あら」
「ん?」
「大型金属反応」
ジョンが顔を上げる。
セリアは情報を拡大表示した。
「離れた宙域。かなり大きいわね」
「どれどれ」
ジョンは身を乗り出す。
画面には巨大な残骸反応が映し出されていた。
形状解析。
熱源痕。
フレーム構造。
そして自動推定。
【旧式戦艦クラス残骸】
ジョンの目の色が変わる。
「おっ」
疲れ気味だった顔が、一気に仕事人の顔になる。
「戦艦か」
「しかも結構大型」
「当たりじゃねぇかこれ」
ジョンはニヤリと笑った。
「エンジン残ってたら大儲けだぞ」
「武装でも高く売れるわね」
「ミサイルランチャー系残ってたら最高」
ジョンは操縦桿を握る。
ラクーン号のエンジンが唸りを上げた。
古い船だ。
オンボロだ。
だがまだまだ現役だった。
「さーて」
ジョンが言う。
「お仕事お仕事」
セリアは小さく笑う。
「結局それが一番楽しそうね、アンタ」
「ジャンクは裏切らねぇからな」
「たまに爆発するけど?」
「それはまあ……ロマンってことで」
ラクーン号がゆっくり進路を変える。
遥か彼方。宇宙の闇の中に漂う、戦艦の残骸へ向かって。
静かな星々の海を、ジャンク屋の宇宙船は今日も進んでいくのだった。
The end.