宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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8.

 ジーヘッドは、“ただの戦車”ではなかった。

 それは、眠っていた兵器だ。

 そして今――

 無理やり叩き起こされた怪物だった。

 

「……で」

 

 ジョンはコックピットの中で、ゆっくりと息を吐いた。

 狭い内部。古い計器。油の匂い。

 どこか時代遅れで、だが妙に“戦うための空間”として完成されている。

 

「ほんとにいくのか?」

「もう遅い」

 

 セリアの声が、直接脳に響くようにクリアに聞こえる。

 機体と完全接続している証拠だ。

 

「システム同期率、安定。動作可能」

「その“可能”が怖いんだよ」

 

 ジョンはぼやくが、手はレバーを握っている。

 逃げる気はない。

 

「……いくぞ」

「了解」

 

 その一言で。

 世界が変わった。

 ブゥゥゥゥン……!!

 重低音が、機体の奥底から響き上がる。

 振動が、骨にまで届く。

 エンジンというより――

 心臓だ。

 巨大な鉄の心臓が、鼓動を始めた感覚。

 

「前進」

 

 セリアの指示。

 ジョンが軽くレバーを倒す。

 本当に、軽くだ。

 “様子見”のつもりだった。

 だが。

 

 ドンッ!!

「うおっ!?」

 

 ジーヘッドは、いきなり跳ねるように動いた。

 履帯が地面を削り、砂を爆発的に巻き上げる。

 

「速っ!?」

「出力が過剰!」

 

 セリアの声にも、明確な驚き。

 機体はそのまま工場の外へ飛び出す。

 重さ数十トンの塊とは思えない加速。

 

「ちょっと待て待て待て!!」

「制御補正中!」

 

 だが補正が追いつかない。

 ジーヘッドはまるで“走りたがっている”かのように暴れる。

 ギュンッ!!

 急旋回。

 遠心力でジョンの身体がシートに叩きつけられる。

 

「ぐあっ!!」

 

 視界がブレる。

 モニターの映像が流れる。

 

「旋回制御が敏感すぎる!」

「敏感ってレベルじゃねえ!!」

 

 そのまま――

 ズガァン!!

 工場脇の鉄骨をなぎ倒す。

 衝撃。

 だが、機体はびくともしない。

 

「おい壊したぞ!?」

「構造的には問題ない」

「そういう問題じゃねえ!!」

 

 さらに。

 ブンッ!!

 砲塔が回る。

 あまりにも速い。

 人間の感覚が追いつかない速度。

 

「砲塔固定しろ!!」

「テスト中」

「今やるな!!」

 

 レールガンが低く唸る。

 空気が震える。

 電磁加速コイルが、青白く光る。

 

「撃つなよ!?絶対撃つなよ!?」

「撃たない」

 

 一拍。

 

「……まだ」

「だからその“まだ”やめろ!!」

 

 前進。

 減速。

 停止。

 ――のはずだった。

 ドゴォン!!

 再び加速。

 今度は直線。

 砂漠を一直線に突っ走る。

 

「止まれええええ!!」

「逆転入力!」

 

 履帯がロック。

 しかし慣性が強すぎる。

 ズザァァァァァァ!!

 長いスライド。

 砂煙が巨大な壁のように立ち上がる。

 そして――

 ギリギリで停止。

 目前には、岩壁。

 あと数メートルで激突だった。

 

「……」

「……」

 

 沈黙。

 

「……今のは」

 

 ジョンが息を吐く。

 

「完全に死ぬやつだったな」

「でも死んでない」

「慰めになってねえ」

 

 セリアは静かに分析を続ける。

 

「出力は想定の1.8倍。応答速度は約2.3倍」

「数字で言われると余計怖えよ」

「でも――」

 

 わずかな間。

 

「戦闘能力は、極めて高い」

 

 ジョンは苦笑した。

 

「ピーキーすぎるだろ」

「ええ」

「でも嫌いじゃねえ」

 

 

 そう言ったとき。

 遠くから、拍手が聞こえた。

 乾いた音。

 砂漠に似合わない、妙に芝居がかった拍手。

 

「……あ?」

 

 ジョンが振り向く。

 そこに――人影があった。

 

「見事だ」

 

 ゆっくりと歩いてくる男。

 金髪。整った顔立ち。無駄に優雅な立ち振る舞い。

 砂の中にいるのに、まるで舞踏会にいるかのような態度。

 

「技術とは、かくも美しくあるべきだ」

 

 彼は微笑む。

 

「それを証明する機体だね」

「……誰だお前」

 

 ジョンが警戒する。

 男は軽く一礼した。

 

「ディゼーリン」

 

 名乗る。

 

「遠方の星より来た、ただの“観察者”さ」

 

 絶対嘘だ。

 ジョンはそう思った。

 

「そして――」

 

 彼は振り返る。

 その背後。

 砂の上に浮かぶ影。

 ホバーで滑るように移動する戦車。

 

「我が愛機、“エリザベス”」

 

 白銀の機体。

 滑らかな曲線。

 そして、中央に据えられたレールガン。

 

「力とは、優雅であるべきだ」

 

 ディゼーリンは静かに言う。

「無骨な暴力ではなく、洗練された技術こそが勝利を導く」

 その言葉は――完全に自分に酔っていた。

 

「……めんどくせえタイプだな」

 

 ジョンが小声で言う。

 

「同感」

 

 セリアが即答した。

 

 

「おーい!!」

 

 今度は別の声。

 明るい。軽い。

 振り向くと、男が走ってくる。

 派手な服装。軽い足取り。

 

「すげーじゃん今の!!」

 

 彼は笑う。

 

「めっちゃ速かったな!」

「……誰だよ」

「俺?ドゥドゥ!」

 

 軽い。

 とにかく軽い。

 

「食うか?ピザ」

「どこから出した」

 

 ジョンが即ツッコミ。

 

「常備してる」

「意味わかんねえ」

 

 ドゥドゥの背後。

 小型の戦車が止まる。

 細い。軽そう。だが――

 妙に速そうだ。

 

「こいつ、“カトラス”」

 

 彼は笑う。

 

「速さが全てだぜ!」

 

 親指を立てる。

 

「当たらなきゃ負けない!」

 

 シンプルすぎる思想だった。

 

 

 そして。

 最後に。

 静かに、もう一人が現れた。

 足音もなく。

 砂を踏む音すら小さい。

 銀髪の女性。

 軍服。

 無表情。

 

「……」

 

 何も言わない。

 ただ、ジーヘッドを見る。

 その視線は――鋭い。

 

「ナターシャ」

 

 短く名乗る。

 

「参加者」

 

 それだけ。

 背後には――

 巨大な戦車。

 分厚い装甲。

 重厚な砲塔。

 まるで要塞。

 

「ツァーリアルバ」

 

 低く言う。

 

「防御は、裏切らない」

 

 それが彼女の信念だった。

 

 三者三様。

 だが共通しているのは――

 “強い”ということ。

 ジョンはゆっくりと息を吐いた。

 

「……なるほどな」

 

 苦笑する。

 

「楽しくなってきたじゃねえか」

 

 セリアが静かに言う。

 

「勝てる確率、低下」

「だろうな」

 

 だが。

 ジョンは笑った。

 

「でもゼロじゃねえ」

 

 視線の先には、砂煙を上げるジーヘッド。

 暴れる鉄の怪物。

 だが――

 確かに“武器”だった。

 戦いは、もう始まっている。

 

 

 ***

 

 

 翌日。

 ウエスターシティの空気は、さらに騒がしかった。

 理由は単純だ。

 タンクバトル大会――本戦の受付日。

 つまり、“命知らずたちの名簿が確定する日”である。

 

「人多すぎだろ……」

 

 ジョンは人混みに揉まれながら、げんなりと呟いた。

 通りはすでに観客と参加者で埋め尽くされている。

 露店はフル稼働。

 賭け屋は声を張り上げ、オッズを叫び続けている。

 

「ジーヘッド、人気あるわね」

 

 セリアが淡々と分析する。

 

「さっきから視線が集中してる」

「そりゃあんな走り方見せたらな……」

 

 昨日の試運転。

 あれは完全に“悪目立ち”だった。

 砂漠を暴走し、鉄骨をなぎ倒し、寸前で止まる。

 どう見ても普通じゃない。

 

「有力候補扱いされてる」

「やめてくれ」

 

 ジョンは即答した。

 

「期待されるとロクなことにならねえ」

「いつも通りでしょ」

「否定できねえのが嫌だ」

 

 ミューディは前を歩きながら振り返る。

 

「いいじゃん、目立ってなんぼでしょ」

「お前は気楽でいいよな」

「当事者だからね?」

「そうだったな」

 

 軽口を叩きながらも、三人は受付会場へと向かう。

 会場は――“闘技場”だった。

 巨大な円形施設。

 外周は観客席、中央には広大な戦闘フィールド。

 砂と瓦礫と障害物で構成された、完全な戦場。

 

「……でけえな」

 

 ジョンが見上げる。

 そのスケールは、想像以上だった。

 

「ここで戦うのかよ」

「ええ」

 

 セリアが頷く。

 

「遮蔽物多数、視界制限あり。機動力と索敵能力が重要」

「つまりジーヘッド向きってことか」

「制御できれば、ね」

「そこが一番の問題だ」

 

 受付ブースに並ぶ。

 周囲には、明らかに“ヤバい連中”が揃っていた。

 重装甲の戦車乗り。

 軽装だが鋭い目の傭兵。

 そして――昨日見た顔もある。

 

「やあ」

 

 ディゼーリンが微笑む。

 相変わらず余裕の態度。

 

「機体の調子はどうだい?」

「暴れ馬だな」

 

 ジョンが答える。

 

「なるほど」

 

 彼は楽しそうに頷く。

 

「制御できない力ほど、美しいものはない」

「理解できねえな」

「いずれ分かるさ」

 

 その横で。

 

「おっす!」

 

 ドゥドゥが手を振る。

 

「今日も元気そうじゃん!」

「お前もな」

「昨日の走り、マジでビビったわ!」

「俺もビビった」

「だろうな!」

 

 ケラケラ笑う。

 さらに奥では。

 

「……」

 

 ナターシャが無言で立っていた。

 ただ一言。

 

「遅い」

 

 それだけ言って、視線を逸らす。

 

「厳しいな」

「効率的」

 

 セリアが淡々と返す。

 

 受付が進む。

 名前、機体、出場資格。

 そして――

 

「登録完了」

 

 係員が告げる。

 

「これで正式エントリーです」

「……戻れなくなったな」

 

 ジョンが呟く。

 

「最初から戻る気なかったでしょ」

「まあな」

 

 そのとき。

 空気が、変わった。

 ざわめきが止まる。

 人の流れが、一方向に割れる。

 

「……来たわね」

 

 ミューディが低く言う。

 

「誰だ?」

 

 ジョンが視線を向ける。

 そして。

 

「……でか」

 

 思わず漏れた。

 それは、“戦車”ではなかった。

 要塞だ。

 三階建てのビルに匹敵する巨体。

 分厚すぎる装甲。

 無数の砲門。

 異様な威圧感。

 ギガンテス。それが、その機体の名だった。

 そして、その上に立つ男。

 堂々とした体格。

 鋭い目。

 軍人の名残を感じさせる立ち姿。

 

「……あれが」

 

 ミューディが歯を食いしばる。

 

「ドン・ジーツー」

 

 ジョンは目を細める。

 

「いかにもだな」

 

 ドン・ジーツーは、ゆっくりと周囲を見渡した。

 そして。

 笑った。

 それは、愉悦の笑みだった。

 

「今年も集まったな」

 

 低く、よく通る声。

 

「潰されに来た愚か者どもが」

 

 ざわめき。

 だが誰も反論しない。

 圧が違う。

 

「いいだろう」

 

 彼は腕を広げる。

 

「楽しませてやる」

 

 一歩踏み出す。

 その動きだけで、周囲の空気が張り詰める。

 

「私を倒せば、望みは叶う」

 

 視線が、ジョンたちに向く。

 正確には――ミューディに。

 

「……」

 

 ミューディは睨み返す。

 

「だが」

 

 ドン・ジーツーは笑う。

 

「できるならな」

 

 完全に見下していた。

 挑発ですらない。

 ただの事実として。

 沈黙。

 そして。

 ジョンが、小さく呟く。

 

「……ムカつくな」

「でしょ」

 

 ミューディが即答する。

 

「ぶっ飛ばすぞ」

「そのために来たんでしょ」

「だな」

 

 ジョンは笑った。

 その直後。

 スクリーンが点灯する。

 組み合わせ発表。

 会場全体に緊張が走る。

 

「来るわよ」

 

 セリアが言う。

 名前が、順に表示される。

 そして――

 ジョンの名前が出た。

 対戦相手は。

 

「……マジか」

 

 ジョンが呟く。

 スクリーンには、はっきりと表示されていた。

 

 

 ジョン・サトウ VS ドゥドゥ

 

 

 その瞬間。

 

「おお!!」

 

 ドゥドゥが手を上げる。

 

「いきなり当たったな!」

「……マジかよ」

「楽しもうぜ!」

 

 満面の笑み。

 

「速さで翻弄してやるよ!」

 

 その言葉は軽い。

 だが、確かな自信がある。

 ジョンは深く息を吐いた。

 

「……初戦からキツいな」

「でも」

 

 セリアが静かに言う。

 

「勝てない相手じゃない」

「だな」

 

 ジョンは頷く。

 そして。

 ジーヘッドの方を見る。

 暴れる鉄の怪物。

 だが――

 使いこなせば。

 

「やってやるか」

 

 静かに、そう言った。

 戦いの幕が上がる。

 最初の相手は――“速さ”の化身。

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