宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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9.

 闘技場の空気は、重かった。

 観客席はすでに満員。

 熱気と期待と、どこか歪んだ興奮が渦巻いている。

 

『第一試合――開始準備!』

 

 アナウンスが響く。

 歓声が一段と大きくなる。

 

「……うるせえな」

 

 ジョンはコックピットの中で、ぼやいた。

 だが、その声にはわずかな緊張が混じっている。

 モニター越しに見えるフィールドは広い。

 砂地。瓦礫。崩れた建物の残骸。

 視界を遮る障害物が無数に配置されている。

 

「セリア、状況」

「地形データ取得済み」

 

 即答。

 

「遮蔽物多数。高低差あり。索敵は難しい」

「つまり?」

「見失うと終わり」

「だろうな……」

 

 ジョンは息を吐く。

 そして。

 

「相手は?」

「高速型」

 

 セリアの声がわずかに低くなる。

 

「直線加速、旋回性能ともに高水準。装甲は薄いが、当てるのが困難」

「要するに」

「当たらない」

「最悪だな」

 

 ジョンは苦笑した。

 

 一方。

 フィールドの反対側。

 

「よーし!」

 

 ドゥドゥは軽く肩を回していた。

 緊張感は――ほぼゼロ。

 

「楽しみだなー!」

 

 その背後には、“カトラス”。

 細い機体。軽装甲。だが無駄がない。

 低く構えたフォルムは、まるで獲物を狙う獣。

 

「速さは正義!」

 

 彼は笑う。

 

「当たらなきゃ負けない!」

 

 それが彼の信条。

 シンプルで、強い。

 

『両者、配置完了!』

 

 アナウンス。

 緊張が張り詰める。

 

『カウントダウン開始!』

 

 3。

 ジョンがレバーを握る。

 2。

 セリアの同期が深まる。

 1。

 

「……来るぞ」

「ええ」

『スタート!!』

 

 ――その瞬間。

 

「消えた!?」

 

 ジョンの視界から、カトラスが“消えた”。

 いや、違う。

 速すぎて、見えない。

 

「右!」

 

 セリアが叫ぶ。

 ギュンッ!!

 横を何かが通過する。

 風圧。

 砂が巻き上がる。

 

「今のか!?」

「そう!」

 

 振り向く。

 だが、もういない。

 

「どこだ!?」

「後方!」

 

 振り返る。

 その瞬間。

 ガガガガガガ!!

 激しい銃撃音。

 

「ぐっ!?」

 

 機体が揺れる。

 装甲に弾が弾かれる音。

 

「ガトリング!」

「装甲は耐えてる!」

「でも当たりすぎだろ!!」

 

 ジーヘッドはその場で旋回する。

 だが。

 遅い。

 完全に遅い。

 

「見えねえ!!」

「速度差が大きい!」

 

 セリアの声。

 冷静だが、わずかに焦りが混じる。

 再び。

 ギュンッ!!

 カトラスが視界の端を横切る。

 

「そこだ!」

 

 ジョンがレバーを倒す。

 砲塔を回す。

 だが――

 間に合わない。

 すでにいない。

 

「くそっ!!」

「予測が追いつかない!」

 

 さらに。

 ドドドドド!!

 背後からの連射。

 装甲に火花が散る。

 

「また後ろか!?」

「そう!」

「分かってるのに当たらねえ!!」

 

 ジョンは歯を食いしばる。

 完全に翻弄されている。

 

「いいねいいね!」

 

 ドゥドゥは笑っていた。

 カトラスの操縦席で、楽しそうに。

 

「でかい的だ!」

 

 彼は軽くハンドルを切る。

 機体が滑るように移動する。

 加速。

 減速。

 旋回。

 すべてが軽い。

 すべてが速い。

 

「当ててみろよ!」

 

 挑発。

 そして再び接近。

 ガトリングを撃ちながら、ジーヘッドの周囲を回る。

 まるで円を描くように。

 

「囲まれてる!」

 

 セリアが言う。

 

「円運動で翻弄してる!」

「分かるけど対処できねえ!!」

 

 ジョンは叫ぶ。

 砲塔を回す。

 だが。

 追いつかない。

 

「くそ……!」

 

 さらに。

 ドンッ!!

 横から体当たり。

 

「うおっ!?」

 

 ジーヘッドがわずかに傾く。

 

「軽いのにパワーもあるのか!?」

「速度を乗せた衝突!」

「やりたい放題じゃねえか!!」

 

 また消える。

 また現れる。

 また撃つ。

 その繰り返し。

 観客席が沸く。

 

『速い!!速すぎる!!』

『ジーヘッド、まったく捉えられない!!』

『これは一方的か!?』

 

 歓声が刺さる。

 ジョンは歯を食いしばる。

 

「……くそ」

 

 悔しさが滲む。

 

「どうする」

 

 セリアが問う。

 短く。

 的確に。

 ジョンは息を吐く。

 そして。

 

「……考える」

 

 そう答えた。

 まだ終わっていない。

 だが。

 このままでは――確実に負ける。

 速すぎる相手。

 当たらない敵。

 翻弄されるだけの状況。

 だが――

 それでも、戦いは続く。

 

 ガガガガガガガ!!

 

 再び、装甲を叩く金属音。

 ジーヘッドの外装に火花が散る。

 ガトリングの弾丸が、まるで雨のように降り注いでいた。

 

「ちっ……!」

 

 ジョンは舌打ちする。

 装甲はまだ耐えている。

 だが、問題はそこじゃない。

 当たらない。

 とにかく当たらない。

 カトラスは速すぎた。

 視界に入ったと思った瞬間には消える。

 右にいたかと思えば左にいる。

 前に出たと思えば背後に回っている。

 

「また後ろ!」

 

 セリアが叫ぶ。

 

「分かってる!」

 

 ジョンがレバーを引く。

 砲塔旋回。

 だが。

 遅い。

 いや、ジーヘッド自体は遅くない。

 むしろ速い。

 問題は――

 

「細かい操作ができねえ!」

 

 これだった。

 ジーヘッドはピーキーすぎる。

 少し入力すると過剰に反応する。

 繊細な追従ができない。

 つまり、細かく動き回るカトラスと相性が最悪だった。

 

「このままだとジリ貧」

 

 セリアが冷静に告げる。

 

「分かってる」

「勝率低下中」

「数字で言うな」

 

 また横を抜ける。

 ギュンッ!!

 砂煙。

 直後。

 ドドドドドド!!

 背面装甲への連射。

 

「うっとうしいなこいつ!!」

 

 ジョンが叫ぶ。

 一方。

 

「いい感じいい感じ!」

 

 ドゥドゥは上機嫌だった。

 ハンドルを切る。

 カトラスが軽やかに滑る。

 

「でかいし硬いし強そうだけどさ」

 

 笑う。

 

「当たらなきゃ意味ないんだよな!」

 

 彼の操縦は大胆だが合理的だった。

 近づく。

 撃つ。

 離れる。

 死角へ移動。

 繰り返す。

 単純だが、それだけで成立している。

 なぜなら速いからだ。

 

「焦ってる焦ってる!」

 

 ドゥドゥはニヤつく。

 

「その感じ、嫌いじゃないぜ!」

「……!」

 

 ジョンは深く息を吐いた。

 騒音の中で、わずかに思考を整理する。

 焦るな。考えろ。

 速い。当たらない。

 なら――

 

「……ん?」

 

 ふと、違和感。

 

「セリア」

「なに」

「さっきからあいつ、同じ動きしてないか?」

 

 一瞬の沈黙。

 セリアが即座に解析に入る。

 

「軌道分析中」

 

 モニターにラインが走る。

 複数の移動経路。

 重なっていく。そして。

 

「……そうね」

 

 セリアが答えた。

 

「パターン化してる」

「やっぱりか」

 

 ジョンの口元がわずかに上がる。

 ドゥドゥは速い。

 だが。

 速いからこそ、効率を重視していた。

 最短距離。最適ルート。無駄がない。

 つまり。

 

「読みやすい」

 

 ジョンが呟く。

 

「可能性あり」

 

 セリアも同意する。

 

「でも当てられる?」

「一発でいい」

「外したら?」

「死ぬだけだ」

「簡潔」

「好きだろ?」

「嫌いじゃない」

 

 少しだけ、セリアの声に笑いが混じった。

 ジョンはレバーを握り直す。

 

「次だ」

「了解」

 

 カトラスが再び視界外へ消える。

 右。左。背後。

 いつものルート。

 そして。

 

「来る」

 

 セリアが言う。

 ジョンは待つ。

 動かない。

 

『おっと!?ジーヘッド、停止!?』

 

 実況が叫ぶ。

 

『これは故障か!?』

 

 観客がざわつく。

 

「止まった?」

 

 ドゥドゥが目を細める。

 

「なんだ?」

 

 だが。

 すぐに笑う。

 

「チャンスじゃん」

 

 加速。

 一直線に突っ込む。

 

「そこだ!」

 

 ジョンが叫ぶ。

 レバー全開。

 ドゴォンッ!!

 ジーヘッドが急旋回する。

 

「うおっ!?」

 

 ドゥドゥの顔色が変わる。予想外。

 通常ではありえない速度。

 ジーヘッドのピーキー性能。

 それを――

 あえて全開で叩き込む。

 

「この回転速度……!」

 

 セリアが制御補助。

 

「砲塔同期!」

「合わせろ!!」

 

 ブンッ!!

 砲塔が異常速度で回転する。

 照準が一瞬だけ合う。

 本当に、一瞬だけ。

 

「捕まえた」

 

 ジョンが笑う。

 引き金。

 ズドォンッ!!レールガン発射。

 轟音。閃光。一直線に走る光線。

 

「やばっ――」

 

 ドゥドゥが回避しようとする。

 だが遅い。

 カトラスの側面を掠める。

 その瞬間。

 

 バギィン!!

 

 装甲が吹き飛ぶ。

 

「うわあああああっ!?」

 

 カトラスが横転する。

 砂を巻き上げながら何度も転がる。

 ドガン!!ドガン!!

 そして。

 停止。

 沈黙。

 

「……」

「……」

 

 ジョンは息を止める。

 

「やったか?」

 一拍。

 そして。

 

『カトラス、行動不能!!』

 

 アナウンス。

 

『勝者――ジョン・サトウ!!』

 

 歓声が爆発した。

 観客席が揺れる。

 

「勝った……」

 

 ジョンが呟く。

 まだ実感が薄い。

 

「勝利確認」

 

 セリアが淡々と言う。

 

「生存も確認」

「そっちも大事だな」

 

 ジョンは脱力する。

 全身から一気に力が抜けた。

 一方。横転したカトラスから、ドゥドゥが這い出てくる。

 

「いててて……」

 

 頭を押さえながら立ち上がる。

 そして。

 

「負けたー!」

 

 やたら明るい。

 

「いやー、面白かった!」

「切り替え早いなお前」

 

 ジョンが苦笑する。

 ドゥドゥは笑った。

 

「速さだけじゃ勝てないってことだな!」

「まあな」

「でも楽しかった!」

 

 本当に悔しそうではない。

 ただ純粋に楽しんでいた。

 

「次はもっと速くなるわ」

「勘弁してくれ」

 

 勝利。だが。

 ジョンは視線を上げる。

 観客席の上段。

 そこに。

 ドン・ジーツーが立っていた。

 無言でこちらを見下ろしている。

 その目に浮かぶのは――わずかな興味。

 

「……見られてるな」

「ええ」

 

 セリアが答える。

 

「認識された」

「嬉しくねえな」

 

 だが。

 これは確かだ。

 一回戦突破。

 そして。

 ジョン・サトウは、確かに“勝者側”へ進んだ。

 次の敵は、さらに強い。

 だが――もう引き返せない。

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