宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
闘技場の空気は、重かった。
観客席はすでに満員。
熱気と期待と、どこか歪んだ興奮が渦巻いている。
『第一試合――開始準備!』
アナウンスが響く。
歓声が一段と大きくなる。
「……うるせえな」
ジョンはコックピットの中で、ぼやいた。
だが、その声にはわずかな緊張が混じっている。
モニター越しに見えるフィールドは広い。
砂地。瓦礫。崩れた建物の残骸。
視界を遮る障害物が無数に配置されている。
「セリア、状況」
「地形データ取得済み」
即答。
「遮蔽物多数。高低差あり。索敵は難しい」
「つまり?」
「見失うと終わり」
「だろうな……」
ジョンは息を吐く。
そして。
「相手は?」
「高速型」
セリアの声がわずかに低くなる。
「直線加速、旋回性能ともに高水準。装甲は薄いが、当てるのが困難」
「要するに」
「当たらない」
「最悪だな」
ジョンは苦笑した。
一方。
フィールドの反対側。
「よーし!」
ドゥドゥは軽く肩を回していた。
緊張感は――ほぼゼロ。
「楽しみだなー!」
その背後には、“カトラス”。
細い機体。軽装甲。だが無駄がない。
低く構えたフォルムは、まるで獲物を狙う獣。
「速さは正義!」
彼は笑う。
「当たらなきゃ負けない!」
それが彼の信条。
シンプルで、強い。
『両者、配置完了!』
アナウンス。
緊張が張り詰める。
『カウントダウン開始!』
3。
ジョンがレバーを握る。
2。
セリアの同期が深まる。
1。
「……来るぞ」
「ええ」
『スタート!!』
――その瞬間。
「消えた!?」
ジョンの視界から、カトラスが“消えた”。
いや、違う。
速すぎて、見えない。
「右!」
セリアが叫ぶ。
ギュンッ!!
横を何かが通過する。
風圧。
砂が巻き上がる。
「今のか!?」
「そう!」
振り向く。
だが、もういない。
「どこだ!?」
「後方!」
振り返る。
その瞬間。
ガガガガガガ!!
激しい銃撃音。
「ぐっ!?」
機体が揺れる。
装甲に弾が弾かれる音。
「ガトリング!」
「装甲は耐えてる!」
「でも当たりすぎだろ!!」
ジーヘッドはその場で旋回する。
だが。
遅い。
完全に遅い。
「見えねえ!!」
「速度差が大きい!」
セリアの声。
冷静だが、わずかに焦りが混じる。
再び。
ギュンッ!!
カトラスが視界の端を横切る。
「そこだ!」
ジョンがレバーを倒す。
砲塔を回す。
だが――
間に合わない。
すでにいない。
「くそっ!!」
「予測が追いつかない!」
さらに。
ドドドドド!!
背後からの連射。
装甲に火花が散る。
「また後ろか!?」
「そう!」
「分かってるのに当たらねえ!!」
ジョンは歯を食いしばる。
完全に翻弄されている。
「いいねいいね!」
ドゥドゥは笑っていた。
カトラスの操縦席で、楽しそうに。
「でかい的だ!」
彼は軽くハンドルを切る。
機体が滑るように移動する。
加速。
減速。
旋回。
すべてが軽い。
すべてが速い。
「当ててみろよ!」
挑発。
そして再び接近。
ガトリングを撃ちながら、ジーヘッドの周囲を回る。
まるで円を描くように。
「囲まれてる!」
セリアが言う。
「円運動で翻弄してる!」
「分かるけど対処できねえ!!」
ジョンは叫ぶ。
砲塔を回す。
だが。
追いつかない。
「くそ……!」
さらに。
ドンッ!!
横から体当たり。
「うおっ!?」
ジーヘッドがわずかに傾く。
「軽いのにパワーもあるのか!?」
「速度を乗せた衝突!」
「やりたい放題じゃねえか!!」
また消える。
また現れる。
また撃つ。
その繰り返し。
観客席が沸く。
『速い!!速すぎる!!』
『ジーヘッド、まったく捉えられない!!』
『これは一方的か!?』
歓声が刺さる。
ジョンは歯を食いしばる。
「……くそ」
悔しさが滲む。
「どうする」
セリアが問う。
短く。
的確に。
ジョンは息を吐く。
そして。
「……考える」
そう答えた。
まだ終わっていない。
だが。
このままでは――確実に負ける。
速すぎる相手。
当たらない敵。
翻弄されるだけの状況。
だが――
それでも、戦いは続く。
ガガガガガガガ!!
再び、装甲を叩く金属音。
ジーヘッドの外装に火花が散る。
ガトリングの弾丸が、まるで雨のように降り注いでいた。
「ちっ……!」
ジョンは舌打ちする。
装甲はまだ耐えている。
だが、問題はそこじゃない。
当たらない。
とにかく当たらない。
カトラスは速すぎた。
視界に入ったと思った瞬間には消える。
右にいたかと思えば左にいる。
前に出たと思えば背後に回っている。
「また後ろ!」
セリアが叫ぶ。
「分かってる!」
ジョンがレバーを引く。
砲塔旋回。
だが。
遅い。
いや、ジーヘッド自体は遅くない。
むしろ速い。
問題は――
「細かい操作ができねえ!」
これだった。
ジーヘッドはピーキーすぎる。
少し入力すると過剰に反応する。
繊細な追従ができない。
つまり、細かく動き回るカトラスと相性が最悪だった。
「このままだとジリ貧」
セリアが冷静に告げる。
「分かってる」
「勝率低下中」
「数字で言うな」
また横を抜ける。
ギュンッ!!
砂煙。
直後。
ドドドドドド!!
背面装甲への連射。
「うっとうしいなこいつ!!」
ジョンが叫ぶ。
一方。
「いい感じいい感じ!」
ドゥドゥは上機嫌だった。
ハンドルを切る。
カトラスが軽やかに滑る。
「でかいし硬いし強そうだけどさ」
笑う。
「当たらなきゃ意味ないんだよな!」
彼の操縦は大胆だが合理的だった。
近づく。
撃つ。
離れる。
死角へ移動。
繰り返す。
単純だが、それだけで成立している。
なぜなら速いからだ。
「焦ってる焦ってる!」
ドゥドゥはニヤつく。
「その感じ、嫌いじゃないぜ!」
「……!」
ジョンは深く息を吐いた。
騒音の中で、わずかに思考を整理する。
焦るな。考えろ。
速い。当たらない。
なら――
「……ん?」
ふと、違和感。
「セリア」
「なに」
「さっきからあいつ、同じ動きしてないか?」
一瞬の沈黙。
セリアが即座に解析に入る。
「軌道分析中」
モニターにラインが走る。
複数の移動経路。
重なっていく。そして。
「……そうね」
セリアが答えた。
「パターン化してる」
「やっぱりか」
ジョンの口元がわずかに上がる。
ドゥドゥは速い。
だが。
速いからこそ、効率を重視していた。
最短距離。最適ルート。無駄がない。
つまり。
「読みやすい」
ジョンが呟く。
「可能性あり」
セリアも同意する。
「でも当てられる?」
「一発でいい」
「外したら?」
「死ぬだけだ」
「簡潔」
「好きだろ?」
「嫌いじゃない」
少しだけ、セリアの声に笑いが混じった。
ジョンはレバーを握り直す。
「次だ」
「了解」
カトラスが再び視界外へ消える。
右。左。背後。
いつものルート。
そして。
「来る」
セリアが言う。
ジョンは待つ。
動かない。
『おっと!?ジーヘッド、停止!?』
実況が叫ぶ。
『これは故障か!?』
観客がざわつく。
「止まった?」
ドゥドゥが目を細める。
「なんだ?」
だが。
すぐに笑う。
「チャンスじゃん」
加速。
一直線に突っ込む。
「そこだ!」
ジョンが叫ぶ。
レバー全開。
ドゴォンッ!!
ジーヘッドが急旋回する。
「うおっ!?」
ドゥドゥの顔色が変わる。予想外。
通常ではありえない速度。
ジーヘッドのピーキー性能。
それを――
あえて全開で叩き込む。
「この回転速度……!」
セリアが制御補助。
「砲塔同期!」
「合わせろ!!」
ブンッ!!
砲塔が異常速度で回転する。
照準が一瞬だけ合う。
本当に、一瞬だけ。
「捕まえた」
ジョンが笑う。
引き金。
ズドォンッ!!レールガン発射。
轟音。閃光。一直線に走る光線。
「やばっ――」
ドゥドゥが回避しようとする。
だが遅い。
カトラスの側面を掠める。
その瞬間。
バギィン!!
装甲が吹き飛ぶ。
「うわあああああっ!?」
カトラスが横転する。
砂を巻き上げながら何度も転がる。
ドガン!!ドガン!!
そして。
停止。
沈黙。
「……」
「……」
ジョンは息を止める。
「やったか?」
一拍。
そして。
『カトラス、行動不能!!』
アナウンス。
『勝者――ジョン・サトウ!!』
歓声が爆発した。
観客席が揺れる。
「勝った……」
ジョンが呟く。
まだ実感が薄い。
「勝利確認」
セリアが淡々と言う。
「生存も確認」
「そっちも大事だな」
ジョンは脱力する。
全身から一気に力が抜けた。
一方。横転したカトラスから、ドゥドゥが這い出てくる。
「いててて……」
頭を押さえながら立ち上がる。
そして。
「負けたー!」
やたら明るい。
「いやー、面白かった!」
「切り替え早いなお前」
ジョンが苦笑する。
ドゥドゥは笑った。
「速さだけじゃ勝てないってことだな!」
「まあな」
「でも楽しかった!」
本当に悔しそうではない。
ただ純粋に楽しんでいた。
「次はもっと速くなるわ」
「勘弁してくれ」
勝利。だが。
ジョンは視線を上げる。
観客席の上段。
そこに。
ドン・ジーツーが立っていた。
無言でこちらを見下ろしている。
その目に浮かぶのは――わずかな興味。
「……見られてるな」
「ええ」
セリアが答える。
「認識された」
「嬉しくねえな」
だが。
これは確かだ。
一回戦突破。
そして。
ジョン・サトウは、確かに“勝者側”へ進んだ。
次の敵は、さらに強い。
だが――もう引き返せない。