Nox Re:Code 〜TSメス堕ちなんてするわけない〜   作:きむちーず

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合格

 

風が、裂けた。

 

踏み込む。地面を蹴った瞬間、足裏に伝わる反発がわずかに重い。外気に混じる魔力が干渉して、動きに“抵抗”が乗る。それでも止まらない。むしろ、その抵抗ごと踏み抜くように加速する。

 

「速っ……!」

 

試験官の目がわずかに開く。遅い。もう間合いだ。

 

右手を振り抜く。掌に収束させた雷を、刃の形に圧縮する。放出じゃない。“纏う”。これがアルクのやり方だ。基本的な魔法は外に撃ち出す“放出型”と、身体や武器に重ねる“付与型”。多くの魔術師はどちらかに偏る。アルクは後者――それも極端に、内側に寄せるタイプ。

 

「お前が遅い」

 

音が遅れて鳴る。振り抜いた軌跡だけが一瞬、白く焼けた。

 

試験官は紙一重で避ける。外套の端が焼け、空気が焦げる匂いが広がった。

 

「危ねぇな……!」

 

踏み替え。追撃。今度は蹴りに雷を乗せる。脚部に流す魔力は腕よりも制御が難しいが、その分、威力は段違いだ。重心移動と同時に流量を増やし、インパクトの瞬間にだけ解放する。

 

「――《轟脚(◻︎◻︎)》」

 

直撃。鈍い衝撃音。試験官の身体が横に弾かれ、地面を滑る。だが――浅い。

 

(受けたな)

 

完全に避けられなかった代わりに、衝撃を“逃がしている”。体表に薄く展開した防御術式。放出型の応用、防御膜。接触の瞬間に衝撃を拡散させるやつだ。

 

「なるほど、付与型か……しかも雷。女のくせに武闘派とは珍しいな」

 

起き上がりながら、試験官が笑う。あいにく元男だったもんで。

 

「普通は外に撃ちたがるもんだ。放出の方がイメージしやすいし、見栄えもいいしな。でも君は違う。内側で完結させてる。だから速いし、無駄がない。けど――」

 

指が軽く弾かれる。

 

空気が、震えた。

 

「――範囲が狭い」

 

次の瞬間、周囲一帯の地面が爆ぜた。見えない圧が叩きつけられる。面制圧。放出型の典型だ。広範囲に圧力をばら撒いて、動きを潰す。

 

(面倒くせぇな……!)

 

飛び退く。だが完全には逃げきれない。足元が崩れ、体勢がわずかに流れる。その一瞬。

 

「もら――」

 

来る。

 

考えるより先に、身体が動く。右足に魔力を集中、地面に叩きつける。

 

「――《雷杭(△▽)》」

 

足元から雷を“打ち込む”。地面を媒介にして、下から突き上げる形で電流を走らせる。放出型に見せかけた付与型の応用。範囲は狭いが、発生が速い。

 

「っ!」

 

試験官の足が一瞬止まる。筋肉が痺れる。その隙を逃さない。

 

距離を詰める。近接。ここが土俵だ。

 

(足りねぇ分は――)

 

一歩、二歩、三歩。踏み込みのたびに魔力を削る。無駄を切る。流量を最適化する。昔みたいに雑にぶち込めないなら、全部計算で埋める。

 

(精度で補う)

 

拳を握る。雷が細く、鋭く収束する。さっきよりも、さらに細い。だが密度は上がっている。

 

「――《穿雷(◻︎◻︎)》」

 

突き。一直線。避けられない軌道。

 

試験官は咄嗟に腕で受ける。防御膜を重ねる。だが――

 

「甘い」

 

貫いた。

 

防御膜を一点で破る。拡散させる前に、密度で押し切る。付与型の利点はここだ。面で受ける相手に、点でねじ込める。

 

「ぐっ……!」

 

試験官の身体が後ろに弾かれる。地面に叩きつけられ、砂煙が上がる。

 

息が荒い。胸が上下する。魔力の消費がはっきりと分かる。さっきまでの数発で、もう軽く三割は削った感覚だ。放出型の魔法の方が燃費が悪いように思えるが、実際大して変わらない。むしろ付与型の方が構築が難しいため燃費も悪い。

 

(……やっぱ減ってんな)

 

舌打ちが出そうになるのを抑える。

 

でも。

 

「だからどうした」

 

小さく吐き捨てる。

 

砂煙の向こうで、試験官がゆっくりと立ち上がる。口元に血を滲ませながら、それでも笑っていた。

 

「いいねぇ……そういうの、嫌いじゃない」

 

肩を回す。骨の鳴る音。

 

「でもさ――それ、いつまで持つ?」

 

空気が変わる。

 

(来るな)

 

直感が告げる。

 

試験官の周囲に、魔力が集まる。今度は広くじゃない。収束。圧縮。放出型の中でも、明確に“殺す”ための構え。

 

「君のは良くも悪くも近接特化だ。だったら――」

 

腕が振り上がる。

 

「近づけさせなければいい」

 

空気が裂ける音。

 

視界いっぱいに、圧が落ちてきた。

 

(避け――)

 

きれない。

 

範囲が広すぎる。速度も速い。

 

歯を食いしばる。防御に回すか、それとも――

 

その瞬間。

 

――轟音。

 

空が、割れた。

 

落ちてきた圧が、途中で“砕ける”。上から叩き潰されたみたいに、術式そのものが崩壊する。

 

「(避け――)

 

きれない。

 

判断は一瞬で終わる。間に合わない。なら、やることは一つだけだ。

 

踏み込む。

 

真正面へ。

 

「は?」

 

男の目がわずかに揺れる。予想外。面で押し潰す攻撃に対して、後退でも横移動でもなく、“前進”。

 

アルクは右腕に魔力を叩き込む。収束。限界まで細く、限界まで密度を上げる。もう余力はない。これで外したら終わりだと、身体が理解している。

 

圧が落ちてくる。空気が悲鳴を上げる。骨が軋む。

 

それでも止まらない。

 

「――《穿雷(◻︎◻︎)》ッ!!」

 

振り抜く。

 

一点。

 

ただ一点を貫くためだけの軌道。

 

落ちてくる圧の“中心”へ。

 

ぶつかる。

 

――瞬間、世界が歪んだ。

 

音が消える。

 

衝撃が、遅れて爆ぜた。

 

アルクの腕が弾かれる。骨に響く反動。収束しきれなかった雷が暴れ、制御を失って散る。圧は止まらない。削れたが、消えていない。

 

「……っ、ぐ――!」

 

押し潰される。

 

地面が砕ける。膝が沈む。呼吸が潰れる。肺が空気を拒否するみたいに動かない。

 

視界が滲む。

 

腕はまだ前に出ている。だが、届いていない。あと、ほんの少し。ほんの少し魔力出力が高ければ。ほんの少し腕が長ければ。

 

その“少し”が、埋まらない。ここにきて体が変わったことの不利が生じた。

 

圧が完全に落ち切る。

 

衝撃。

 

身体が叩きつけられる。背中から地面に落ち、空気が強制的に吐き出される。

 

音が戻る。

 

遅れて、痛みが来た。

 

「……は、っ……」

 

呼吸がうまくできない。胸が重い。指先に力が入らない。魔力も、ほとんど残っていない。流そうとしても、空回りする感覚だけが残る。

 

(……終わり、か)

 

視界の端で、試験官がゆっくりと歩いてくるのが見える。余裕はない。だが、崩れてもいない。

 

完全に、押し切られた。

 

「惜しいな」

 

声が落ちてくる。

 

アルクは答えない。ただ睨み上げる。

 

試験官はその視線を受けて、小さく息を吐いた。

 

「あと一歩だった。さっきの突き、あれは良かったよ。面に対して点で貫く判断も、前に出る選択も悪くない。むしろ正解に近い」

 

一歩、距離を詰める。

 

「でもな」

 

足元で止まる。

 

「“あと少しだったな”」

 

それだけだった。

 

分かっている。

 

言われなくても。

 

(……くそ)

 

歯を食いしばる。指先がわずかに動く。まだ、完全には終わっていない。そう思いたいだけかもしれない。それでも。

 

動こうとする。

 

その瞬間。

 

「いい」

 

試験官が、手を軽く上げた。

 

圧が、消える。

 

さっきまで張り詰めていた魔力が、嘘みたいに引いていく。

 

「もう十分だ」

 

「……は?」

 

声が掠れる。

 

試験官は肩を回しながら、苦笑した。

 

「これ以上やっても、結果は変わらん。お前はもう動けないし、俺も無駄に削られるだけだ」

 

視線が、まっすぐ落ちてくる。

 

「――合格だ」

 

一瞬、意味が分からなかった。

 

「……は?」

 

さっきと同じ言葉しか出てこない。

 

「だから、合格。聞こえなかったか?」

 

「……何が合格だよ」

 

事実を言う。

 

押し切られた。届かなかった。地面に転がっている。

 

どう見ても敗北だ。

 

試験官は、あっさりと頷いた。

 

「元々は回収って言われてたんだけど、君強いしさ、ちゃんと育てたら面白いことになる気がするからね」

 

軽い調子だった。

 

だが、その言葉の中身は軽くない。

 

アルクの眉がわずかに動く。

 

「さっきも言ってたが回収ってなんだよ」

 

掠れた声で問う。

 

試験官は少しだけ首を傾けてから、ああ、と納得したように笑った。

 

「知らないのか。まあ無理もないか、そっち側にはほとんど流れてない話だし」

 

一歩、距離を取る。もう“敵意”は感じない。だが油断はできない。

 

「簡単に言うと、お前は“対象”だよ。変質個体。魔力構造の再編成――つまり、君の変化」

 

心臓が、一拍強く打つ。

 

「……それが、なんだ」

 

「原因があるってこと」

 

あっさりと言う。

 

「偶然じゃない。事故でもない。ちゃんと“理由”があって起きてる現象だ」

 

 

空気が、重くなる。

 

 

「……お前らがやったのか?」

 

低く問う。

 

試験官は、少しだけ楽しそうに笑った。

 

「それは違うさ。ただ一つ言えるのは――」

 

視線が、わずかに上を向く。

 

「ノクスに行けばその“原因”を解明できるかもしれない」

 

 

沈黙。

 

 

アルクの思考が、一瞬止まる。

 

 

(ノクス……?)

 

 

名前は、知っている。

 

だがそれだけだ。

 

噂程度。遠い場所。異端の魔術機関。危険だとか、天才が集まるとか、色々聞いたことはある。

 

でも――

 

「……なぜそれが分かる」

 

試験官は肩をすくめた。

 

「昔にも同じようなことがあったって話だからね」

 

「ま、来るかどうかは自由だよ。強制はしない。ただ――」

 

 

少しだけ、声のトーンが落ちる。

 

 

「このままだと、お前は“止まる”」

 

 

視線が、アルクを射抜く。

 

 

「魔力は減った。身体も変わった。戦い方も変えなきゃいけない。環境も、情報も足りてない」

 

一つ一つ、事実を並べる。

 

「でもノクスなら、全部揃う」

 

そのとき。

 

風が、止んだ。

 

いや――正確には、“押さえつけられた”。

 

さっきまで空間を満たしていた圧が、別の“何か”に上書きされる。見えないはずの空気に、明確な重さが生まれる。

 

ダミア・シリウスが、そこに立っていた。

 

一歩も動いていない。ただ立っているだけなのに、場の主導権が完全に移る。

 

試験官が、わずかに目を細めた。

 

「……やっぱり来るよな」

 

軽く肩を回す。その動作に無駄はないが、先ほどまでの余裕は、ほんの少しだけ削れていた。

 

「随分と好き勝手やってくれたな」

 

ダミアの声は低い。抑えられているが、芯が重い。

 

怒りというより――確認だ。

 

「悪いね。仕事なんだ」

 

試験官はあっさりと返す。

 

ダミアの視線がアルクへと流れた。倒れたままの息子。呼吸は荒いが、意識はある。視線はまだ死んでいない。

 

それを確認してから、再び前を見る。

 

「……合格、か」

 

ぽつりと呟く。

 

試験官は肩をすくめた。

 

「すごいんだよコイツ、あの状況で前に出る。しかも“点で破りに来た”。あれができるやつはそういない」

 

少しだけ、楽しそうに笑う。

 

「伸びるよ、こいつは」

 

ダミアは、何も言わない。ただ一歩、前に出る。

 

――その瞬間。

 

空気が、沈んだ。

 

目に見えない圧が、地面ごと押し下げる。さっき試験官が使っていた“面制圧”とは質が違う。広げているわけじゃない。ただ、そこに“ある”だけで、周囲が従う。

 

アルクは、地面に倒れたままそれを感じた。

 

(……なんだよ、これ)

 

魔力、なのは分かる。

だが、“流れていない”。

動いていないのに、支配している。

試験官の頬に、冷や汗が一筋落ちた。

 

「……冗談きついな」

 

軽口は叩くが、足は半歩引いている。

 

「やる気か?」

 

ダミアは答えない。

 

ただ――ほんのわずかに、指が動いた。

 

次の瞬間。

 

「――っ!」

 

試験官の身体が“消えた”。

 

いや、違う。

 

吹き飛ばされた。

 

音が遅れて追いつく。地面が抉れ、数十メートル先で止まる。防御膜を張っていたはずなのに、その上から叩き潰されている。

 

「……は、はは……」

 

立ち上がりながら、試験官は笑う。

 

「これが“元最強”かよ……」

 

ダミアは動かない。追撃もない。

ただ、言う。

 

「今日はもう帰れ」

 

短く。それだけ。

 

試験官は数秒、黙ってから息を吐いた。

 

「……了解。今日は引くよ」

 

軽く手を上げる。

 

敵意は、完全に消えた。

 

「合格は変わらない。来るかどうかはそっち次第だ」

 

最後にもう一度、アルクを見る。

 

「でも来た方がいい。今のお前、間違いなく“途中”だからな」

 

そのまま、気配が消える。

 

本当に一瞬だった。さっきまでそこにいたはずの存在が、嘘みたいに消失する。

 

静寂が戻る。

 

――遅れて、重さも消えた。

 

アルクは、ようやく息を吐いた。

 

「……は、っ……」

 

肺が焼けるみたいに痛い。視界の端で、ダミアが近づいてくる。見下ろされる。

 

「立てるか」

「……無理だな」

 

正直に答える。

 

ダミアはそれ以上何も言わず、腕を掴んで引き起こした。強引だが、雑ではない。

 

そのまま肩を貸す。

 

ノクス。原因。回収。

 

断片的な言葉が、頭の中で繋がりかけて、まだ形にならない。

 

「……」

 

ダミアが問う。短い。だが、それで十分だった。

 

アルクは少しだけ俯く。

拳を、握る。

 

さっきの“あと少し”。

 

届かなかった感触。

 

削られた魔力。

 

変わった身体。

 

全部が、まだ中途半端なまま止まっている。

 

「……行く。俺はノクスとやらに行くぞ、親父」

 

はっきりと言った。

 

迷いはない。

 

ダミアは、わずかに目を細める。

 

否定もしない。

 

肯定もしない。

 

ただ一言。

 

「そうか」

 

それだけ。

 

――そのとき。

 

「じゃあ、私も行く」

 

後ろから声。振り返る。リアが立っていた。

 

いつからいたのか分からない。だが、その目は最初から全部見ていたみたいにまっすぐだった。

 

「は?」

 

思わず間の抜けた声が出る。

 

「なんでいるんだよ」

 

リアは、きょとんとした顔で言う。

 

「なんでって、あんな魔力を感じて急いで出てみたら…まさかおじさんだったとはね」

 

リアは肩をすくめる。ダミアは小さく息を吐いた。

 

「騒がせたな」

「ほんとだよ。街ごと吹き飛ばす気かと思った」

 

軽口。だが、その視線はすぐにアルクへ戻る。

 

「で?」

 

短い一言。

 

「行くんでしょ」

 

確認じゃない。分かっている上での言葉だ。

 

アルクは眉をひそめる。

 

「……ああ」

 

「じゃあ私も行く」

 

即答だった。

 

「は?」

 

さっきと同じ声が出る。

 

「なんでだよ」

 

リアは少しだけ呆れたように目を細めた。

 

「一人で行かせると思う?」

「いやお前までから必要は」

「私だってノクスから推薦きてるから」

「は?お前のところにも危ない奴ら来たのか?」

「いや、私は普通に手紙」

 

 なんだよそれ。いや、危険な奴らに会ってないだけいいことなんだけど。

 

間が空く。アルクは言葉を探すが、うまく出てこない。

 

「危ねぇかもしれねぇぞ」

 

ようやく出たのは、それだった。リアは少しだけ考える素振りをしてから、

 

「知ってる」

と、あっさり言った。

 

「でも、あんた一人で行って、無茶して、倒れて、終わりってなる方が嫌」

 

視線が、逸れない。

 

「それに」

 

少しだけ笑う。

 

「面白そうだし」

「……は?」

「“異端の魔術機関”でしょ? 一回くらい見てみたいじゃん」

 

軽い。けど、それだけじゃないのは分かる。

 

アルクは頭を掻いた。

 

「……そうなったお前に敵うわけ……勝手にしろ」

「うん、勝手にする」

 

即答。

 

完全に来る気だ。

 

そのやり取りを、ダミアは黙って見ていた。

 

そして、

 

「準備は明日までだ」

 

ぽつりと言う。

 

二人の視線が向く。早っや。

 

「行くなら最短で行け。のんびり準備してたらさっきみたいな奴らがまた来るかもしれんしな。だか最低限の装備と、情報は揃えろ」

 

「……親父」

 

アルクが何か言いかける。

 

だが、ダミアはそれを遮るように続けた。

 

「止めはしない」

 

一歩、近づく。その視線は、真っ直ぐだった。

 

「だが、帰ってこい」

 

それだけ。命令でも、願いでもない。ただの事実みたいに、置かれる。

 

アルクは、一瞬だけ言葉に詰まって――

 

「……分かってる」

 

そう、小さく返した。

 

 





 前回高評価をしてくださった でびるめいくらいさん、ありがとうございます!!
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