Nox Re:Code 〜TSメス堕ちなんてするわけない〜 作:きむちーず
翌朝。
空気が少しだけ冷たい。まだ人通りの少ない通りに、二つの影が立っている。荷物は多くない。
アルクは動きやすさ重視の軽装。最低限の替えと、簡単な携行具だけ。リアはそれより少し多いが、それでも身軽な範囲に収めている。
「ほんとにそれでいいの?」
リアがアルクの荷物を見て言う。
「足りなきゃ現地調達だ」
「私の服もっと持ってけばいいのに」
「お前の明日フリフリした服は着たくない」
「ひど!あれが可愛いのに」
やり取りは、いつも通り。けど、その裏に少しだけ緊張が混じっている。
その少し後ろ。ダミアが立っていた。
腕を組み、何も言わずに二人を見る。
「……じゃあ行く」
アルクが言う。
ダミアは頷かない。
ただ、視線を外さないまま――
「アルク」
呼ぶ。一瞬、空気が締まる。
「無理はするな、とは言わん」
らしい言葉だった。
「だが、“折れるな”」
短い。だが、重い。
アルクは口の端を少しだけ上げた。
「誰に言ってんだよ」
その返しに、ダミアはわずかに目を細める。ほんの一瞬だけ。それだけで十分だった。
「行くぞ、リア」
「はいはい」
軽く手を振る。
「大丈夫だよおじさん、私がいるから」
「……ああ」
二人は歩き出す。振り返らない。足音が、少しずつ遠ざかっていく。
やがて、その気配も薄れて――
静けさだけが残る。
ダミアは、しばらくその場に立っていた。風が吹く。誰もいない道を見つめながら、
「……ガキが」
小さく呟く。
だがその声は、どこか――
少しだけ、誇らしげだった。
————
通りを抜ける。
朝の光が少しずつ強くなっていく。石畳を踏む音が、規則的に重なる。アルクは前を歩く。
迷いがない歩き方だった。目的地を決めた人間の足取り。振り返らないし、周りもあまり見ていない。
(ほんと、変わんないな……)
リアは少しだけ距離を空けて、その背中を見る。
昔からそうだった。
一度決めたら、一直線。止めても止まらないし、危ないって分かってても突っ込む。
だから――
(放っておけないんだよ)
小さく息を吐く。視線を少しだけ下げる。自分の手。
さっき、出発前に軽く振っただけのその手が、なんとなく落ち着かない。
(……変なの)
昨日、手を引いたときの感触が、まだ残っている気がした。昔なら、そんなの何も思わなかった。
むしろ、もっと雑に触れてた気がする。
でも今は――
(……なんでこんな意識してんの、私)
少しだけ顔をしかめる。原因は分かっている。分かっているけど、認めたくない。
前を歩くアルクの背中。
細くなった肩。少しだけ低くなった重心。けど、その中にある“芯”は何も変わっていない。
中身は、同じ。
なのに――
(見え方、変わりすぎでしょ)
思わず、視線を逸らす。胸の奥が、少しだけ騒がしい。昔から知ってる。
ずっと一緒にいた。
どんだけ勝負に負けても、何度も何度も追い越そうとして、気づいたら目で追ってて――
(……あーもう)
頭の中で言葉を切る。これ以上考えると、ろくなことにならない。リアは少しだけ歩幅を上げた。
アルクの隣に並ぶ。
「ねえ」
「なんだ」
「ノクス行ったらさ」
何気ない調子で言う。
「ちゃんと女の子になりきるんだよ。身体が変わるとか普通ありえないからね。浮いちゃうよ」
「うるせぇな」
即答。
リアは少しだけ笑う。その横顔を、ほんの一瞬だけ見て――
(……やっぱ好きだわ)
あっさり、心の中で認めた。言葉にはしない。する気もない。
今はまだ、そのタイミングじゃない。
でも――
(だから来たんだし)
それで十分だった。
「あとさ」
「まだあんのかよ」
「ある」
即答する。
少しだけ、悪戯っぽく。
「死なないでよ」
「は?」
アルクが眉をしかめる。
リアは前を向いたまま、肩をすくめる。
「私が困るから」
軽い言い方。でも、その奥は軽くない。
アルクは少しだけ黙って――
「お前もな」
ぶっきらぼうに返す。それだけ。それだけなのに。
(……ずる)
リアは小さく笑った。
夜。
火が、小さく揺れている。枝が弾ける音だけが、静かな空気に混ざっていた。
アルクは少し離れた場所に座っていた。背中を木に預け、目を閉じている。
「……」
呼吸が浅い。本人は隠しているつもりだったが、分かる人間には分かる。
リアは焚き火の向こうから、それを見ていた。
(……おかしい)
旅の疲れだけじゃない。さっきから、微妙に動きが鈍い。
呼吸も、リズムが崩れてる。
「アルク」
声をかける。
「……なんだ」
返事は来る。けど、間がある。リアは立ち上がった。そしてアルクの前にしゃがみ込む。
「顔、ちょっと青い」
「気のせいだ」
即答。でも、その声に力がない。リアは少しだけ眉をひそめる。
「気のせいじゃないでしょ」
手を伸ばしかけて――止める。触れるか、迷う。少しだけ、間。
「……触るからね」
「勝手にしろ」
投げやりな返事。リアはそっと手を伸ばして、アルクの額に触れた。
「……熱はない」
「ねえ、どこ痛いの」
「痛くねぇ」
「嘘」
即座に返す。アルクの眉がわずかに動く。
「……うるせぇな」
「じゃあなんでそんな顔してんの」
少しだけ、強く言う。アルクは視線を逸らした。
火の音だけが続く。
そのとき。
「……腹」
ぽつりと、落ちる。リアの目が、わずかに細くなる。
「腹?」
「……鈍い。重い感じ」
それだけ。説明としては足りない。
でも――
(……あ)
リアは気づく。違和感が、確信に変わる。でも、すぐには言えなかった。
一瞬、言葉を飲み込む。
「……それ」
「なんだよ」
アルクが苛立った目でリアを見つめる。
「はっきり言え」
リアは少しだけ目を逸らしてから、戻す。覚悟を決めるみたいに。
「多分……その」
言いづらそうにする。アルクの苛立ちが強くなる。
「だから何だよ」
「……来てる」
「は?」
間の抜けた声。リアは少しだけだけど、真剣な顔で言う。
「多分だけど来てる……女の子の日」
沈黙。アルクの思考が止まる。
数秒。
「……は?」
もう一度。
でも今度は、さっきより低い。理解し始めてる声。
「いや、待て」
手を地面につく。少しだけ体を起こす。
「そんなわけ――」
言い切れない。腹の違和感が、否定を邪魔する。
「……ぱんつ見せて」
「は?」
間髪入れずに返す。さっきと同じ言葉なのに、今度は明確に拒絶の色が乗っていた。
「なんでそうなるんだよ」
「確認しないと分かんないでしょ」
「分かるだろ他で!」
「分かんないって、初めてなんだから」
リアはわりと真顔だった。
アルクの眉間にしわが寄る。反論しようとして――止まる。確かに、“初めて”だ。自分の体なのに、判断基準がない。
「……くそ」
舌打ちが漏れる。視線を逸らして、少しだけ身体を丸める。
下腹部の重さが、じわじわと主張してくる。ただの痛みじゃない。鈍くて、逃げ場がなくて、じっとしてても消えないやつだ。
(これが……?)
認めたくない現実が、じわじわと形になる。
リアはそんな様子を見ながら、少しだけ息を吐いた。
「私のぱんつも見せてあげるからさ」
「は?」
アルクの顔が一気に険しくなる。
「意味分かんねぇこと言うな」
「いや、だから確認しやすいでしょ。比較対象あった方が」
「いらねぇよそんな比較!」
「ひっどー!天才美少女様のぱんつ見たくない人なんかこの世にいるわけ?」
「そりゃ見たくないって言ったら嘘になるけど!!」
リアは一瞬ぽかんとして――次の瞬間、顔を真っ赤にした。
「な、なにそれ!!素直すぎでしょ!!」
「そっちが振ってきたんだろうが!!」
アルクも言い返しながら、さすがに気まずそうに視線を逸らす。
「いやでも今のは完全にアウトだからね!?」
「どっちがだよ!!」
アルクは舌打ちしながら顔をしかめた。
「……くそ、話の流れおかしくなってんだろ」
「最初からおかしいのはあんたの体調でしょ!!」
言い返しながらも、リアはふっと息を吐く。
(……でも)
少しだけ、空気が軽くなった。
さっきまでの張り詰めた感じが、ほんの少しだけ緩んでいる。アルクもそれに気づいてるのか、肩の力がわずかに抜けていた。
「……まあいいや」
リアは軽く頭を振って、気持ちを切り替える。
「とにかく、今はそれどころじゃないから」
「……分かってる」
短く返す。さっきよりも素直な声。リアはそれを聞いて、少しだけ満足そうに頷いた。
「今日は安静。異論は?」
「……ねぇよ」
渋々、といった感じ。でも拒否はしない。リアは小さく笑った。
「よし」
そして少しだけ近づいて、軽くアルクの額を小突く。
「変なこと言う余裕あるなら大丈夫だね」
「誰のせいだと思ってんだ……」
ぼそっと返すアルクに、リアは肩をすくめる。
「さあね」
そのまま立ち上がる。視線が、夜へと向く。さっきまでの軽口とは違う、静かな集中。
「……で」
少しだけ声のトーンが落ちる。
「そろそろ出てきてもいいんじゃない?」
風が、わずかに揺れた。リアの目が細くなる。
「バレてるよ」
一歩、踏み出す。空気が変わる。さっきまで笑ってた少女の気配が、すっと消える。
残るのは――
研ぎ澄まされた、“戦う側”の気配。
アルクは木にもたれたまま、小さく息を吐いた。
「……頼んだ」
短い一言。リアは振り返らずに、軽く手を振る。
「任せといて」
その背中はあの頃と全く変わらず眩しかった。
風が、揺れる。次の瞬間――
「ぎゃっ!!」
間抜けな悲鳴が上がった。
木陰から飛び出してきたのは、さっきリアが気配で捉えていた男だった。ボロい外套、やたらとニヤついた顔。
「ひひっ……いいねぇ、こんな夜に女の子二人――」
言い切る前に、
「うるさい」
リアが踏み込む。一瞬だった。
視界から消えたと思った次の瞬間、男の腹に拳がめり込んでいる。
「ごっ――!?」
空気が抜ける音。
間髪入れず、膝。顎。回転して蹴り。
全部、無駄がない。
「ちょ、ま――」
言葉にならない。最後に首元を掴んで――
「死ねよ変態」
軽く地面に叩きつける。
ドン、という鈍い音。
完全に沈黙。数秒。
何事もなかったみたいに、リアは手を払った。
「……よし」
軽い。本当に軽い。
アルクはそれをぼんやり見ていた。
(……相変わらずのゴリラ具合。純粋な身体能力強化だけでこれだもんな)
動けない状態でも分かる。判断、速度、精度。全部が高い。
リアが振り返る。
「どう?強いでしょ!」
「……ああ」
短く答える。
リアは少しだけ得意げに笑って――
そのときだった。
足元の小石に、軽くつまずく。
「え」
バランスが崩れる。
ほんの一瞬。
でも、その一瞬で――
体勢が前に倒れる。
「っ!?」
咄嗟に手をつく。
その拍子に、服の裾がふわっと持ち上がる。
――見えた。
「…………」
一瞬の静止。
リアの思考が止まる。
ゆっくり、顔だけがアルクの方を向く。
アルクも固まっていた。
「…………」
「…………」
数秒。
沈黙。
そして――
「見た?」
低い声。
「……いや」
「見たよね?」
「……見えた」
正直に言った。その瞬間、
「この変態!!!」
石が飛んできた。
「っぶね!?」
避ける余裕はないが、なんとか顔をそらす。
ゴッ、と横の木に当たる音。
リアは顔を真っ赤にしている。
「なんで見るの!?普通目逸らすでしょ!!」
「不可抗力だろうが!!そっちが転んだんだろ!!」
「だからって見るな!!」
完全に理不尽。アルクはため息をついた。
「……いや、お前さっき自分から見せるとか言ってただろ」
「それとこれとは違うの!!」
即答。
でも――
少しだけ、声が揺れる。
「……違うの」
ぽつりと、小さく。
アルクはそれ以上言わなかった。
リアも、それ以上何も言わない。
ただ、そっぽを向いて――
「……最悪」
小さく呟く。
でもその耳は真っ赤に染まっていた。
前回高評価をしてくださった
遠藤紫苑さん、ありがとうございます!!