Nox Re:Code 〜TSメス堕ちなんてするわけない〜 作:きむちーず
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
アルクは一歩踏み込んだところで、わずかに眉をひそめる。
(……濃い)
魔力の密度が違う。ただ多いだけじゃない。整っている。流れがある。街中とは明らかに違う、“管理された魔力環境”。
「なにこれ……」
リアも小さく呟く。だがその目は、むしろ少し楽しそうだった。
視界が開ける。広い。
学院、と聞いていたが、規模が違う。都市一つ分とまではいかないが、軽く街区は超えている。石造りの建物が規則的に並び、その合間を魔力の流線みたいな光が走っている。
上空には、いくつもの浮遊構造体。
「……は?」
アルクが思わず声を漏らす。
建物が、浮いている。
完全に独立した塔が、空中に静止している。足場も支えもない。ただ、そこに“ある”。
「結界と重力制御の複合ってとこかな」
後ろから声。振り返る必要はなかった。
あのときの試験官の男がいつの間にかすぐ後ろに立っている。
「ようこそ、ノクスへ。ってね」
軽く手を広げる。
「改めて自己紹介しとこうか。俺はレオン•ガルヴィア。ここの教員――兼、防衛隊員だ」
軽い口調。だが、その気配は軽くない。
アルクはじっとレオンを見る。
「……試験官って言ってたな」
「そうそう。君みたいな“例外”を拾う係」
さらっと言う。
リアが一歩前に出た。
「例外って、結構いるの?」
レオンは少しだけ考える仕草をしてから、肩をすくめる。
「いるにはいる。でも、彼女みたいに“変質込み”は珍しいね」
視線がアルクに向く。
「特に君はね」
アルクは何も言わない。ただ視線だけで返す。
レオンは気にした様子もなく、くるりと背を向けた。
「まあ立ち話もなんだし、案内するよ。君たちは例外も例外。本来は12歳頃から教育を受けさせるんだけど…君たちの故郷は結構田舎でね。こんな素晴らしい才能に気づくのが遅れてしまった」
歩き出す。
アルクとリアも、その後に続く。
⸻
石畳の道を進む。
すれ違う人間が、ちらちらとこちらを見る。
露骨ではない。
だが、確実に視線は向いている。
(……見られてんな……いや、俺じゃない。リアとコイツか)
アルクは内心で舌打ちする。理由は分かる。
恐ろしいほど洗練されているからだ。この二人の魔力は。目立たないわけがない。
「ここは大きく分けて三つに分かれてる」
レオンが歩きながら説明を始める。
「座学棟、実技棟、それから研究区画。まあ名前のまんまだね」
指でそれぞれの方向を示す。
「君らがメインで使うのは実技棟と座学棟。研究区画は基本立ち入り制限あり」
「なんで?」
リアが聞く。
「危ないから」
即答。
「シンプルに死人が出るレベルの研究がゴロゴロしてる。許可なしで入ったら普通に消し飛ぶよ」
軽い調子で言う内容じゃない。
軽い調子で言う内容じゃない。
リアが「へぇ」と普通に頷いてるのもどうかしてる。
アルクは小さく息を吐いた。
(……やっぱり来る場所間違えたかもしれねぇな)
軽い調子で言う内容じゃない。
リアが「へぇ」と普通に頷いてるのもどうかしてる。
アルクは小さく息を吐いた。
だが、足は止まらない。
「で、君たちの立ち位置なんだけど」
レオンが振り返る。
「ちょっとこの学校は変わり者が多くてね。普通の扱いはされないと思っていい」
「別に構わねぇよ」
レオンは一瞬だけ目を細めた。
「いいね、その感じ」
道が開ける。
目の前に現れた建物は、一回り大きい。外壁には無数の魔術刻印。空気が微かに震えている。
「実技棟。まあ一番“分かりやすく危ない”場所だ」
扉が開く。
――衝撃音。
広い空間。区画ごとに戦闘が行われている。魔力がぶつかり、爆ぜ、床が抉れる。
アルクの視線が鋭くなる。
一つの区画。放出型の火炎をばら撒く相手。それを掻い潜って間合いに入るもう一人。
(……速いな)
速度だけじゃない。判断が速い。無駄がない。
「基準は高めだよ」
レオンが軽く言う。
「入学時点である程度は選別済み」
――ドンッ。
鈍い音。
近くの区画で一人の大男が吹き飛ばされ、床を転がる。
「あー、やりすぎ」
レオンが頭を掻く。
その前に立つのは、一人の少女。
細い。だが隙がない。
「次」
短い一言。
空気が張り詰める。
(……強い)
アルクは即座に判断する。速さでも、魔力量でもない。
“完成度”だ。それも、リアに及ぶ程度の。
リアも見ている。
「へぇ……」
わずかに笑う。レオンが口元を歪める。
「気になる?」
「まあね」
視線は外さない。
レオンは頷く。
「トップ層の一人だ。名前は――」
一瞬、間。
「まあ、後でいっか」
軽く流す。
「君たちは今日からあのクラスだ」
「は?」
アルクが眉をひそめる。
「途中入学は実力振り分け。で、君たちは――上」
当然のように言う。その横で。
「いいじゃん」
リアが笑う。
「分かりやすくて」
完全に“戦う側”の目。レオンは小さく笑った。
「歓迎するよ、そういうの」
踵を返す。
「行こうか。君たちのクラスだ」
廊下を進む。足音がやけに響く。実技棟の喧騒が嘘みたいに、ここは静かだった。
(……さっきより、見られてるな)
アルクは横目で気配を拾う。扉の隙間。窓越し。通り過ぎる生徒。視線は隠しているつもりでも、全部“向いている”。
歩いている途中で分かった。このレオンとかいう男はどうやら、かなり尊敬の目で見られている。俺と戦った時はそこまですごい人のようには見えなかったが。
「ここ」
レオンが足を止める。無機質な扉。他と変わらないはずなのに、妙に空気が重い。
「一応言っとくけど」
ノックもせず、レオンが手をかける。
「このクラス、“上位”だけど――」
わずかに口元が上がる。
「性格は最悪だから」
ガラッ。扉が開く。
一斉に、視線が刺さる。音が消えたみたいに、静かになる。
教室。十人ほど。誰一人として視線を逸らさない。
値踏み。観察。興味。拒絶。全部混ざった空気。
(……濃いな)
魔力じゃない。“人間”の圧。
アルクは一歩、踏み込む。リアも並ぶ。
「はい注目ー」
レオンが軽く手を叩く。その一音で、空気がわずかに緩む。
「こいつら転入生、仲良くしろよー」
雑な紹介。数人が小さく笑う。数人は無反応。数人は露骨に不快そうに眉を寄せる。
「自己紹介どうぞ」
丸投げ。
アルクは前に出る。全員の視線を受ける。逃げ場はない。
「……アルク•シリウス」
たった一言、それだけ。
「可愛い顔して随分と冷めてるじゃん」
後ろの方から声。アルクはそっちを見ない。
リアが一歩前に出る。
「リア•ルクシア。趣味はおしゃれと、スポーツ。走るのは結構得意かな」
柔らかい声。だが――
“隙がない”。
一瞬だけ。教室の何人かの表情が変わる。
(気づいたか)
アルクは横目で見る。
リアの魔力。普段は抑えているが、完全には消していない。
“分かるやつには分かる”程度に滲ませている。
(……あえてか)
レオンが満足そうに頷いた。
「はい以上。席は――適当に空いてるとこ使って」
雑。
アルクは空いている席に向かう。後方寄り。壁側。
リアはその隣に座った。
「わざわざ隣じゃなくてもいいのに」
「いーでしょ別にぃ」
軽い調子。
だが、その一言で――数人の視線が、ほんのわずかに鋭くなる。
(……分かりやす)
アルクは内心で思う。“縄張り意識”。強いやつほどそれがある。ましてここは上位クラス。尚更だ。
「へぇ」
前の席の男子が、椅子ごと振り返る。金髪。軽そうな笑み。
「仲良しじゃん。付き合ってんの?レズってやつ?」
「違う」
「えーそう見えるー?」
軽い声。軽い笑み。だが目は軽くない。
アルクは軽く舌打ちをし、男に目を向ける。
「そう見えんならお前の魔力探知は大したことないだろうな」
「はは、無口な子かと思ったけど、結構可愛いこと言ってくれるね」
笑いながらも、男子は引かない。むしろ少し身を乗り出す。
「でもさ、そんな生意気なことを言える実力は君にあるかな?」
トーンが少しだけ落ちる。
ぴたり、と空気が止まる。周囲の何人かが、わずかに反応する。
リアが首を傾げる。
「?多分だけどあんたよりアルクの方が全然強いよ」
「君までそんな生意気なこと言うのかい?リア」
「いきなり名前呼びとかチャラいね君」
「そりゃあ可愛い子とは仲良くなりたいもんね」
「あっそ」
リアは面倒臭くなったのか、颯爽と話を切り上げ、アルクを見つめた。
「怖いねぇ、ここ」
軽い口調。だが声の奥は少しだけ楽しんでいる。アルクは肩を預けたまま小声で言う。
「お前が煽るからだろ」
「えー?煽ってないよ?てゆーか最初に煽ったのアルクじゃん」
リアはくすっと笑う。
「でもさ」
少しだけ声を落とす。
「こういうとこって、最初に“位置”決まるでしょ」
アルクは答えない。
「だからさ」
リアが前を見る。教室の空気を、視線でなぞるみたいに。
「分かりやすくしといた方が楽じゃない?」
その言い方。もう“戦う前提”。アルクは小さく息を吐く。
(……ほんと、こういうとこは昔から変わんねぇな)
やると決めたら、最短で上を取りに行く。回り道をしない。一番しか知らない彼女は。
そのとき。
「はい、そこまでー」
レオンがぱん、と手を叩く。空気がわずかに揺れる。
「交流も大事だけど、ここは実技クラスだからね」
にやり、と笑う。
「口だけじゃなくて、見せてもらおうか」
何人かがすぐに反応する。椅子が引かれる音。立ち上がる気配。
空気が、一気に“戦闘前”に変わる。
「この子らと軽く一戦。戦いたい人は早い者勝ち」
雑なルール。でも全員理解している。リアがすっと立ち上がる。
「じゃ、私先にいくね」
アルクが横目で見る。
「……無理すんなよ」
短く。リアは一瞬だけきょとんとして、それから、ふっと笑う。
「なにそれ、優しいじゃん」
「うるさい」
視線を逸らす。リアは教卓の前に立ち、にやけた。
「じゃあ誰やる?」
その一言で――数人の気配が動く。一歩踏み出しかける者、様子を見る者。
その中で、さっきの金髪がゆっくり立ち上がる。
「じゃ、俺」
少しばかりイラついた様子を見せる男は他を制して前に出る。
「さっきの続きやろうよ」
リアは目を細める。ほんの少しだけ。
「いいよ」
—————
実技棟の空気は、教室とは別物だった。
広いはずの空間が、妙に狭く感じる。床一面に刻まれた魔術刻印が淡く脈動し、ここが“戦うために作られた場所”だと嫌でも理解させてくる。
その中心に、リアと金髪の男子が向かい合って立つ。
周囲はすでに半円状に距離を取っていた。観戦する側の目は、どれも同じだ。興味と、少しの期待と、そして警戒。
アルクは少し離れた位置で腕を組む。隣ではレオンが壁にもたれ、楽しそうに目を細めていた。
「じゃあ、始める前に」
レオンが軽く手を叩く。
「一応、自己紹介しておこうか。ほら、こういうの大事でしょ」
適当なようで、場を整える声。
金髪の男一歩前に出る。金髪を軽くかき上げ、余裕のある笑みを浮かべた。
「カイル・グランツ」
声ははっきりしている。
「氷術系統・第二位階。得意分野は構築魔法と予測演算」
淡々とした説明。だが、その中に“自信”が混ざっている。
カイルは視線をリアに向けた。
「で、君は?」
リアは一瞬だけ首を傾げる。
「リア・ルクシア。得意は……まあ全部?」
軽い。あまりにも軽い。一瞬、空気が止まる。
カイルの片眉がわずかに動いた。
「全部、って言った?」
「うん」
リアは悪びれずに頷く。
「細かく分けるの面倒じゃない?」
くす、と何人かが笑う。カイルは笑わない。視線が一瞬だけ鋭くなる。
レオンが小さく口元を歪めた。
「いいね、初手から相性最悪」
アルクはため息を吐く。
「おい、あんな調子じゃ危ないんじゃ」
レオンは横目でアルクを見る。
「止める?」
「止めたら聞くと思うか?」
「……思わない」
即答だった。カイルが軽く息を吐く。
「じゃあ確認だけさせて」
声のトーンが変わる。さっきより“戦闘用”の響き。
「君の魔力少し妙だね」
リアの目が細くなる。
「そう?」
「うん。流れが綺麗すぎる。一般家庭から産まれるような魔力じゃない。どこの家系だ……?」
周囲が少しざわつく。カイルは続ける。
「身体強化か、変質系統か……どちらにせよ魔力総量はそれほど多くはない」
一歩、踏み込む。
「金髪のクセして随分とオタクみたいな発言をするね、君」
リアが軽く笑いながら言う。カイルの片眉がぴくりと動く。
「人を見た目で判断するのは良くないって習わなかったのかい?」
「ごめんごめん」
カイルの目が細くなる。その時、リアは一歩だけ前に出る。
瞬間、空気の“質”が変わった。
薄く、しかし確実に――周囲の魔力の流れが乱れる。
「私の魔法はね」
リアがゆっくり言う。指先を軽く振る。
その瞬間、床の刻印が一瞬だけ“逆流”するように揺れた。
ピリ、と空気が張る。カイルの表情が初めて崩れる。
「……何をした?」
「まだ何もしてないよ」
リアは笑う。でも、その笑みはさっきまでより少しだけ薄い。
視線が床の刻印に落ちる。
「魔法が起こる現象を…少しだけ」
カイルの背中に、冷たいものが走る。リアは指を軽く閉じる。
「いじれる」
――瞬間。
カイルの周囲の空気温度が“揺れた”。上がるでも下がるでもない。
“安定していない”。震えている。
「……っ」
カイルが一歩下がる。
リアはその場で軽く息を吐く。
レオンが手を軽く上げる。
「じゃあ――」
にやりと笑う。
「開始でいいね?」
リアとカイルの視線が、真正面でぶつかる。
空気が止まる。
次の瞬間――戦闘が始まる直前の静寂が、完全に切れた。