Nox Re:Code 〜TSメス堕ちなんてするわけない〜   作:きむちーず

5 / 6
親睦会

 

門をくぐった瞬間、空気が変わった。

 

アルクは一歩踏み込んだところで、わずかに眉をひそめる。

 

(……濃い)

 

魔力の密度が違う。ただ多いだけじゃない。整っている。流れがある。街中とは明らかに違う、“管理された魔力環境”。

 

「なにこれ……」

 

リアも小さく呟く。だがその目は、むしろ少し楽しそうだった。

 

視界が開ける。広い。

 

学院、と聞いていたが、規模が違う。都市一つ分とまではいかないが、軽く街区は超えている。石造りの建物が規則的に並び、その合間を魔力の流線みたいな光が走っている。

 

上空には、いくつもの浮遊構造体。

 

「……は?」

 

アルクが思わず声を漏らす。

 

建物が、浮いている。

 

完全に独立した塔が、空中に静止している。足場も支えもない。ただ、そこに“ある”。

 

「結界と重力制御の複合ってとこかな」

 

後ろから声。振り返る必要はなかった。

 

あのときの試験官の男がいつの間にかすぐ後ろに立っている。

 

「ようこそ、ノクスへ。ってね」

 

軽く手を広げる。

 

「改めて自己紹介しとこうか。俺はレオン•ガルヴィア。ここの教員――兼、防衛隊員だ」

 

軽い口調。だが、その気配は軽くない。

 

アルクはじっとレオンを見る。

 

「……試験官って言ってたな」

「そうそう。君みたいな“例外”を拾う係」

 

さらっと言う。

 

リアが一歩前に出た。

 

「例外って、結構いるの?」

 

レオンは少しだけ考える仕草をしてから、肩をすくめる。

 

「いるにはいる。でも、彼女みたいに“変質込み”は珍しいね」

 

視線がアルクに向く。

 

「特に君はね」

 

アルクは何も言わない。ただ視線だけで返す。

 

レオンは気にした様子もなく、くるりと背を向けた。

 

「まあ立ち話もなんだし、案内するよ。君たちは例外も例外。本来は12歳頃から教育を受けさせるんだけど…君たちの故郷は結構田舎でね。こんな素晴らしい才能に気づくのが遅れてしまった」

 

歩き出す。

 

アルクとリアも、その後に続く。

 

 

石畳の道を進む。

 

すれ違う人間が、ちらちらとこちらを見る。

 

露骨ではない。

 

だが、確実に視線は向いている。

 

(……見られてんな……いや、俺じゃない。リアとコイツか)

 

アルクは内心で舌打ちする。理由は分かる。

 

恐ろしいほど洗練されているからだ。この二人の魔力は。目立たないわけがない。

 

「ここは大きく分けて三つに分かれてる」

 

レオンが歩きながら説明を始める。

 

「座学棟、実技棟、それから研究区画。まあ名前のまんまだね」

 

指でそれぞれの方向を示す。

 

「君らがメインで使うのは実技棟と座学棟。研究区画は基本立ち入り制限あり」

 

「なんで?」

 

リアが聞く。

 

「危ないから」

 

即答。

 

「シンプルに死人が出るレベルの研究がゴロゴロしてる。許可なしで入ったら普通に消し飛ぶよ」

 

軽い調子で言う内容じゃない。

 

軽い調子で言う内容じゃない。

リアが「へぇ」と普通に頷いてるのもどうかしてる。

 

アルクは小さく息を吐いた。

 

(……やっぱり来る場所間違えたかもしれねぇな)

 

軽い調子で言う内容じゃない。

リアが「へぇ」と普通に頷いてるのもどうかしてる。

 

アルクは小さく息を吐いた。

だが、足は止まらない。

 

「で、君たちの立ち位置なんだけど」

 

レオンが振り返る。

 

「ちょっとこの学校は変わり者が多くてね。普通の扱いはされないと思っていい」

「別に構わねぇよ」

 

レオンは一瞬だけ目を細めた。

 

「いいね、その感じ」

 

道が開ける。

 

目の前に現れた建物は、一回り大きい。外壁には無数の魔術刻印。空気が微かに震えている。

 

「実技棟。まあ一番“分かりやすく危ない”場所だ」

 

扉が開く。

 

――衝撃音。

 

広い空間。区画ごとに戦闘が行われている。魔力がぶつかり、爆ぜ、床が抉れる。

 

アルクの視線が鋭くなる。

 

一つの区画。放出型の火炎をばら撒く相手。それを掻い潜って間合いに入るもう一人。

 

(……速いな)

 

速度だけじゃない。判断が速い。無駄がない。

 

「基準は高めだよ」

 

レオンが軽く言う。

 

「入学時点である程度は選別済み」

 

――ドンッ。

 

鈍い音。

 

近くの区画で一人の大男が吹き飛ばされ、床を転がる。

 

「あー、やりすぎ」

 

レオンが頭を掻く。

 

その前に立つのは、一人の少女。

 

細い。だが隙がない。

 

「次」

 

短い一言。

 

空気が張り詰める。

 

(……強い)

 

アルクは即座に判断する。速さでも、魔力量でもない。

 

“完成度”だ。それも、リアに及ぶ程度の。

 

リアも見ている。

 

「へぇ……」

 

わずかに笑う。レオンが口元を歪める。

 

「気になる?」

「まあね」

 

視線は外さない。

 

レオンは頷く。

 

「トップ層の一人だ。名前は――」

 

一瞬、間。

 

「まあ、後でいっか」

 

軽く流す。

 

「君たちは今日からあのクラスだ」

「は?」

 

アルクが眉をひそめる。

 

「途中入学は実力振り分け。で、君たちは――上」

 

当然のように言う。その横で。

 

「いいじゃん」

 

リアが笑う。

 

「分かりやすくて」

 

完全に“戦う側”の目。レオンは小さく笑った。

 

「歓迎するよ、そういうの」

 

踵を返す。

 

「行こうか。君たちのクラスだ」

 

廊下を進む。足音がやけに響く。実技棟の喧騒が嘘みたいに、ここは静かだった。

 

(……さっきより、見られてるな)

 

アルクは横目で気配を拾う。扉の隙間。窓越し。通り過ぎる生徒。視線は隠しているつもりでも、全部“向いている”。

 

歩いている途中で分かった。このレオンとかいう男はどうやら、かなり尊敬の目で見られている。俺と戦った時はそこまですごい人のようには見えなかったが。

 

 

「ここ」

 

レオンが足を止める。無機質な扉。他と変わらないはずなのに、妙に空気が重い。

 

「一応言っとくけど」

 

ノックもせず、レオンが手をかける。

 

「このクラス、“上位”だけど――」

 

わずかに口元が上がる。

 

「性格は最悪だから」

 

ガラッ。扉が開く。

 

一斉に、視線が刺さる。音が消えたみたいに、静かになる。

 

 

 

教室。十人ほど。誰一人として視線を逸らさない。

 

値踏み。観察。興味。拒絶。全部混ざった空気。

 

(……濃いな)

魔力じゃない。“人間”の圧。

アルクは一歩、踏み込む。リアも並ぶ。

 

「はい注目ー」

 

レオンが軽く手を叩く。その一音で、空気がわずかに緩む。

 

「こいつら転入生、仲良くしろよー」

 

雑な紹介。数人が小さく笑う。数人は無反応。数人は露骨に不快そうに眉を寄せる。

 

「自己紹介どうぞ」

 

丸投げ。

アルクは前に出る。全員の視線を受ける。逃げ場はない。

 

 

「……アルク•シリウス」

 

たった一言、それだけ。

 

「可愛い顔して随分と冷めてるじゃん」

 

後ろの方から声。アルクはそっちを見ない。

 

リアが一歩前に出る。

 

「リア•ルクシア。趣味はおしゃれと、スポーツ。走るのは結構得意かな」

 

柔らかい声。だが――

 

 

 

“隙がない”。

 

 

一瞬だけ。教室の何人かの表情が変わる。

 

 

 

(気づいたか)

 

アルクは横目で見る。

 

リアの魔力。普段は抑えているが、完全には消していない。

 

“分かるやつには分かる”程度に滲ませている。

 

 

 

(……あえてか)

レオンが満足そうに頷いた。

 

 

 

「はい以上。席は――適当に空いてるとこ使って」

 

雑。

 

アルクは空いている席に向かう。後方寄り。壁側。

 

 

 

リアはその隣に座った。

 

「わざわざ隣じゃなくてもいいのに」

「いーでしょ別にぃ」

軽い調子。

 

だが、その一言で――数人の視線が、ほんのわずかに鋭くなる。

 

(……分かりやす)

 

アルクは内心で思う。“縄張り意識”。強いやつほどそれがある。ましてここは上位クラス。尚更だ。

 

「へぇ」

 

前の席の男子が、椅子ごと振り返る。金髪。軽そうな笑み。

 

「仲良しじゃん。付き合ってんの?レズってやつ?」

「違う」

「えーそう見えるー?」

 

軽い声。軽い笑み。だが目は軽くない。

 

アルクは軽く舌打ちをし、男に目を向ける。

 

「そう見えんならお前の魔力探知は大したことないだろうな」

「はは、無口な子かと思ったけど、結構可愛いこと言ってくれるね」

 

笑いながらも、男子は引かない。むしろ少し身を乗り出す。

 

「でもさ、そんな生意気なことを言える実力は君にあるかな?」

 

トーンが少しだけ落ちる。

 

ぴたり、と空気が止まる。周囲の何人かが、わずかに反応する。

 

リアが首を傾げる。

 

「?多分だけどあんたよりアルクの方が全然強いよ」

「君までそんな生意気なこと言うのかい?リア」

「いきなり名前呼びとかチャラいね君」

「そりゃあ可愛い子とは仲良くなりたいもんね」

「あっそ」

 

 

リアは面倒臭くなったのか、颯爽と話を切り上げ、アルクを見つめた。

「怖いねぇ、ここ」

 

軽い口調。だが声の奥は少しだけ楽しんでいる。アルクは肩を預けたまま小声で言う。

 

「お前が煽るからだろ」

「えー?煽ってないよ?てゆーか最初に煽ったのアルクじゃん」

 

リアはくすっと笑う。

 

「でもさ」

 

少しだけ声を落とす。

 

「こういうとこって、最初に“位置”決まるでしょ」

 

アルクは答えない。

 

「だからさ」

 

リアが前を見る。教室の空気を、視線でなぞるみたいに。

 

「分かりやすくしといた方が楽じゃない?」

 

その言い方。もう“戦う前提”。アルクは小さく息を吐く。

 

(……ほんと、こういうとこは昔から変わんねぇな)

 

やると決めたら、最短で上を取りに行く。回り道をしない。一番しか知らない彼女は。

 

そのとき。

 

「はい、そこまでー」

 

レオンがぱん、と手を叩く。空気がわずかに揺れる。

 

「交流も大事だけど、ここは実技クラスだからね」

 

にやり、と笑う。

 

「口だけじゃなくて、見せてもらおうか」

 

何人かがすぐに反応する。椅子が引かれる音。立ち上がる気配。

 

空気が、一気に“戦闘前”に変わる。

 

「この子らと軽く一戦。戦いたい人は早い者勝ち」

 

雑なルール。でも全員理解している。リアがすっと立ち上がる。

 

「じゃ、私先にいくね」

 

アルクが横目で見る。

 

「……無理すんなよ」

 

短く。リアは一瞬だけきょとんとして、それから、ふっと笑う。

 

「なにそれ、優しいじゃん」

「うるさい」

 

視線を逸らす。リアは教卓の前に立ち、にやけた。

 

「じゃあ誰やる?」

 

その一言で――数人の気配が動く。一歩踏み出しかける者、様子を見る者。

 

その中で、さっきの金髪がゆっくり立ち上がる。

 

「じゃ、俺」

 

少しばかりイラついた様子を見せる男は他を制して前に出る。

 

「さっきの続きやろうよ」

 

リアは目を細める。ほんの少しだけ。

 

「いいよ」

 

 

 

 

 

—————

 

実技棟の空気は、教室とは別物だった。

 

広いはずの空間が、妙に狭く感じる。床一面に刻まれた魔術刻印が淡く脈動し、ここが“戦うために作られた場所”だと嫌でも理解させてくる。

 

その中心に、リアと金髪の男子が向かい合って立つ。

 

周囲はすでに半円状に距離を取っていた。観戦する側の目は、どれも同じだ。興味と、少しの期待と、そして警戒。

 

アルクは少し離れた位置で腕を組む。隣ではレオンが壁にもたれ、楽しそうに目を細めていた。

 

「じゃあ、始める前に」

 

レオンが軽く手を叩く。

 

「一応、自己紹介しておこうか。ほら、こういうの大事でしょ」

 

適当なようで、場を整える声。

 

金髪の男一歩前に出る。金髪を軽くかき上げ、余裕のある笑みを浮かべた。

 

「カイル・グランツ」

 

声ははっきりしている。

 

「氷術系統・第二位階。得意分野は構築魔法と予測演算」

 

淡々とした説明。だが、その中に“自信”が混ざっている。

 

カイルは視線をリアに向けた。

 

「で、君は?」

 

リアは一瞬だけ首を傾げる。

 

「リア・ルクシア。得意は……まあ全部?」

 

軽い。あまりにも軽い。一瞬、空気が止まる。

 

カイルの片眉がわずかに動いた。

 

「全部、って言った?」

「うん」

 

リアは悪びれずに頷く。

 

「細かく分けるの面倒じゃない?」

 

くす、と何人かが笑う。カイルは笑わない。視線が一瞬だけ鋭くなる。

 

 

レオンが小さく口元を歪めた。

 

「いいね、初手から相性最悪」

 

アルクはため息を吐く。

 

「おい、あんな調子じゃ危ないんじゃ」

 

レオンは横目でアルクを見る。

 

「止める?」

「止めたら聞くと思うか?」

「……思わない」

 

即答だった。カイルが軽く息を吐く。

 

「じゃあ確認だけさせて」

 

声のトーンが変わる。さっきより“戦闘用”の響き。

 

「君の魔力少し妙だね」

 

リアの目が細くなる。

 

「そう?」

「うん。流れが綺麗すぎる。一般家庭から産まれるような魔力じゃない。どこの家系だ……?」

 

周囲が少しざわつく。カイルは続ける。

 

「身体強化か、変質系統か……どちらにせよ魔力総量はそれほど多くはない」

 

一歩、踏み込む。

 

「金髪のクセして随分とオタクみたいな発言をするね、君」

 

リアが軽く笑いながら言う。カイルの片眉がぴくりと動く。

 

「人を見た目で判断するのは良くないって習わなかったのかい?」

「ごめんごめん」

 

カイルの目が細くなる。その時、リアは一歩だけ前に出る。

 

瞬間、空気の“質”が変わった。

 

薄く、しかし確実に――周囲の魔力の流れが乱れる。

 

「私の魔法はね」

 

リアがゆっくり言う。指先を軽く振る。

 

その瞬間、床の刻印が一瞬だけ“逆流”するように揺れた。

 

ピリ、と空気が張る。カイルの表情が初めて崩れる。

 

「……何をした?」

「まだ何もしてないよ」

 

リアは笑う。でも、その笑みはさっきまでより少しだけ薄い。

 

視線が床の刻印に落ちる。

 

「魔法が起こる現象を…少しだけ」

 

カイルの背中に、冷たいものが走る。リアは指を軽く閉じる。

 

「いじれる」

 

――瞬間。

 

カイルの周囲の空気温度が“揺れた”。上がるでも下がるでもない。

 

“安定していない”。震えている。

 

「……っ」

 

カイルが一歩下がる。

 

リアはその場で軽く息を吐く。

 

レオンが手を軽く上げる。

 

「じゃあ――」

 

にやりと笑う。

 

「開始でいいね?」

 

リアとカイルの視線が、真正面でぶつかる。

 

空気が止まる。

 

次の瞬間――戦闘が始まる直前の静寂が、完全に切れた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。