Nox Re:Code 〜TSメス堕ちなんてするわけない〜 作:きむちーず
「始め」
レオンの声が落ちた瞬間――カイルが先に動いた。
――バキンッ!!
床が凍りつく。
リアの足元から一気に広がる氷結。表面だけじゃない。踏み込みそのものを奪うための拘束術式。
同時に。
「《氷牙》」
空中に五本、鋭い氷杭が魔法陣なしで生成される。
速い。普通の魔術師なら、構築だけで数秒はかかる。
だがカイルは違う。氷杭は出現と同時に射出され、一直線ではなく、軌道を変えながらリアを囲い込む。
「うわ」
リアが小さく声を漏らす。避け道がない。
正面を避ければ横。
横を避ければ背後。
完全に“逃げる位置”を読んで撃っている。
アルクの目が細くなる。
(……機動計算が上手いな)
動きを先読みし、最適解を押し付けるタイプ。次第に追い詰められるような非常に厄介なものである。
「――あ、そうだ。説明してなかったね」
隣にいるレオンが思い出したように声を上げる。
「ノクスでは、生徒の実力を“位階”で管理してる」
「第一位階から第七位階まで。数字が小さくなるほど良いって感じね。単純な魔力量だけじゃなく、“技術”“戦闘理解”“魔法制御”も含めて評価されてる」
レオンがカイルを顎で示す。
「カイルは氷術系統・第二位階。他のは第四ぐらいだったはずだね」
「一応、このクラスだとトップ層に入ってるね。君たちもいずれ位階がつけられるんじゃない?」
その時、リアが横へ踏み込む。
――パキィッ!!
移動先の床から氷槍が突き出した。
「っ!」
無理やり身体を捻る。頬を浅く裂きながら回避。だが、その硬直に合わせるように最後の氷杭が迫る。
カイルが静かに呟いた。
「詰み」
直後。
――ギィン!!
氷杭が、リアの目の前で“逸れた”。
「……危な」
レオンがそれを見て、目を見開く。
リアの魔法の真骨頂は、単純なものではない。
現象への干渉。相手の魔法の条件を少しだけいじることができる。
先ほど魅せたのは相手の魔法の軌道をずらすという行為。一見そこまで難しくないように思えるが、カイルの機動計算や構築術式のレベルがとても高く、難易度としては激高。
こんなことができる魔術師はごく僅かである。魔法はイメージの世界。姿形があるものは当然イメージしやすく、構築も容易である。
リアのこの魔法はまさに神業。だが当然、負担も大きい。
リアは軽く笑う。だが、その額にはうっすら汗が浮いていた。
カイルはその変化を見逃さなかった。
「……なるほど」
小さく呟く。
「干渉の瞬間だけ、周囲の法則を書き換えてる。だから魔力消費が異常に重い」
観戦していた何人かがざわつく。
そんなことが可能なのかと、驚いた表情でいっぱいだ。
レオンが楽しそうに笑う。
「素晴らしいセンスだねぇ。彼女も取ってきて正解だった」
刹那、カイルは右手を軽く振る。
――パキパキパキッ!!
床一面に氷紋が広がる。
冷気が濃くなる。ただ凍らせているわけじゃない。
空気中の水分配置まで操作している。
周囲の環境そのものを、自分に有利な盤面へ変えていく。正面火力じゃない。
“逃げ場を削る戦い方”。
カイルは一歩も動かない。なのに、リアの立てる場所だけが少しずつ減っていく。
「《氷界形成》」
低い声。直後。
空中に、無数の氷片が展開された。
十。
二十。
三十。
薄い鏡みたいな氷刃。しかも全部、微妙に大きさや角度が違う。
リアの視線が鋭くなる。
(うわ、一回見せただけなのにここまで対策取れるのか)
カイルは冷静だった。
「君の能力は厄介だ」
氷片が回転を始める。
「でも万能じゃない」
次の瞬間。――射出。
暴風みたいな氷弾幕。正面、左右、頭上。逃げ道を潰すような連続攻撃。
リアが後ろへ跳ぶ。
その着地点へ、さらに氷槍。横へ回避。追うように氷片が曲がる。
「っ……!」
リアが舌打ちする。
観戦側がざわついた。押している。明らかに、カイルが試合を支配していた。
アルクが小さく息を吐く。
「……やばいな」
「だね」
レオンが笑う。
「どうやら彼女は“感覚で最適解を掴む”タイプ。でもカイルは、“相手の最適解を全部潰す”タイプだ」
真逆。だからこそ噛み合う。
リアが氷片を紙一重で避けながら、小さく笑った。
「本当に勤勉だね君は」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
カイルの魔力がさらに膨れ上がる。まるで実技場そのものが、氷術用に作り変えられていくみたいだった。
リアは少しだけ、口角を上げた。
指先を軽く鳴らす。ピシッ――と。
空気にヒビみたいな音が走る。
瞬間。
実技場の空気が“ブレた”。
カイルの展開していた冷気領域が、一瞬だけ不安定化する。
床を覆っていた氷紋が、ピキピキと嫌な音を立てた。
「――っ」
カイルの目が鋭くなる。すぐに後方へ跳ぶ。
――バギィッ!!
氷界の一部が内側から砕け散った。
冷気が乱流になる。普通なら有り得ない。氷は、低温であるほど安定する。
それが“自然現象”だ。
だが今。その前提そのものが揺らいだ。
観戦していた生徒たちがざわつく。
「は?」
「今なにした……?」
レオンだけが、妙に楽しそうだった。
「うわー、無茶するなぁ」
リアは息を吐く。明らかに呼吸が重い。額には汗。
指先もわずかに震えている。
リアの魔法は、“干渉”だ。
火を消すんじゃない。
“火が燃える理由”に触る。
氷を砕くんじゃない。
“氷が安定する条件”を揺らす。
だから強い。その代わり。
魔力消費と精神負荷が異常だった。
少し間違えれば、自分の魔術回路の方が先に焼き切れる。カイルもそれを理解したのか、小さく息を吐いた。
「……長期戦は無理そうだね」
リアが笑う。
「バレた?」
「分かるよ」
カイルの周囲に、再び氷片が浮かぶ。だが今度は数が少ない。
代わりに。密度が違う。空気が張り詰める。
アルクの目が細くなった。
(圧縮してる)
数を減らし、その分一つ一つの威力と硬度を上げた。干渉される前に、“押し切る”気だ。
カイルが右手を掲げる。空中の氷片が、一枚ずつ槍へ変形していく。
細い。
だが異様に鋭い。
「《氷槍・重奏》」
瞬間。六本の氷槍が、音を置き去りにして射出された。
速い。さっきまでとは比べ物にならない。
リアの目が見開かれる。
(これ――)
避け切れない。そう判断した瞬間。
リアが右手を前へ出した。
空気が、歪む。
「――“加速”って、絶対?」
次の瞬間。先頭の氷槍が、リアの目の前で急激に失速した。
いや。
“進む”という現象そのものが鈍っている。
後続の氷槍も巻き込まれるように軌道が乱れ、床へ激突した。
――ドゴォン!!
轟音。氷片が弾け飛ぶ。観戦側にまで冷気が吹き荒れる。
だが、リアの身体がぐらりと揺れた。
「っ……!」
片膝をつく。呼吸が乱れる。
無茶をしている。明らかに。
それでもリアは笑った。
「いやー……」
息を切らしながら。
「君、めちゃくちゃ強いね」
「……でも」
リアがゆっくり立ち上がる。呼吸は乱れている。指先からは血が垂れていた。
それなのに。空気が変わった。
観戦していた数人が、反射的に息を呑む。アルクだけが小さく眉をひそめた。
(あ、おい)
知っている。リアが“こういう顔”をした時。大抵、加減を忘れる。
カイルも感じ取ったのか、魔力出力を一段階引き上げた。冷気が膨張する。氷片が再展開。
空間支配を維持したまま、次の一手へ繋げようとする。
だが。リアはその氷界を見て、小さく首を傾げた。
「ねぇカイル」
声が静かだった。
「君って、“氷を作ってる”んじゃないよね」
カイルの眉が動く。
「空気中の水分を制御して、熱量を奪って、結果として氷を形成してる。だから以上に生成が速い」
リアが一歩踏み出す。
パキ、と。
足元の氷が勝手に砕けた。
「つまり君の魔法って」
もう一歩。
「“温度差”に依存してる」
瞬間。カイルの表情が変わった。理解した。何をされるか。
「――っ!!」
カイルが即座に氷槍を展開する。速い。
完全に最適解。
リアへ到達する最短軌道。だが。リアが、指を鳴らした。
――カン。
軽い音。その瞬間。
実技場全体の温度感覚が、狂った。
「な――」
カイルの氷槍が、途中で“霧散”する。凍結維持ができない。熱量計算が成立しない。
氷術式そのものが崩壊していく。
ざわっ、と観戦席が揺れた。
「消えた!?」
「いや、違う……術式が維持できてない……!」
レオンが目を細める。
(もうその段階まで……)
リアは笑っていた。でも、その呼吸は重い。頬も少し青い。無理矢理だ。
周囲の“熱の流れ”そのものへ干渉している。
こんなの、本来なら人間がやる制御じゃない。
カイルが即座に距離を取る。
判断は正しい。氷術との相性が最悪になった以上、近接へ切り替えるしかない。
腰の短剣を抜く。踏み込む。速い。身体強化まで高水準。
一瞬でリアの懐へ入る。
「っ!」
短剣が閃く。
だが。
リアは避けない。その代わり——
「“届く”って、誰が決めたの?」
カイルの刃が。リアの数センチ手前で、“止まった”。
「な……」
空間が歪んでいる。違う。
“距離”の認識がズレている。
届くはずの間合いが、届かない。
リアはそのまま、カイルの胸へ軽く手を当てた。
「はい」
次の瞬間。
――ドンッ!!!!
見えない衝撃。カイルの身体が吹き飛ぶ。床を滑り、結界寸前で停止。
実技場が静まり返った。誰も喋らない。
カイルが、ゆっくり顔を上げる。
目の前。
リアが立っている。肩で息をしながら。それでも笑って。
「まだやる?」
その瞬間。観戦していた全員が理解した。
(さすがは俺の目標…!)
“格”が違うと。
———
静寂。
実技棟の広い空間から、さっきまでのざわめきが消えていた。誰も動かない。
カイルは床に手をつきながら、小さく息を吐く。胸元に鈍い痛みが残っていた。
(……今の、なんだ)
衝撃魔法じゃない。放出でもない。そもそも、魔力の“流れ”が見えなかった。
リアは肩で息をしている。明らかに消耗している。それでも。
立っているだけで空気が変わる。
「……降参」
カイルが苦笑しながら手を上げた。
「これ以上やると、僕の心が折れる」
その瞬間。実技場の空気が一気に戻る。
観戦していた生徒たちが一斉にざわめき始める。
リアはそこでようやく力を抜いた。
「っ、はぁ……」
ふら、と身体が揺れる。アルクがすぐ横へ来る。
「バカ」
短い一言。リアが不満そうに顔を上げた。
「勝ったじゃん」
「そういう話じゃねぇ」
アルクはリアの指先を見る。血。魔術回路の過負荷。
リアも気づいていたのか、小さく舌を出した。
「ちょっとやりすぎたかも」
「綺麗な手なんだからあまり傷つけんなよ」
「ん、ありがと」
レオンが近づいてくる。その顔は、珍しく少し真面目だった。
「いやー……想像以上」
リアを見る。
「君、自分の魔法どれだけ危ないか理解してる?」
「なんとなく?」
「それ理解してない人の返事」
周囲の生徒たちも、さっきまでとは明らかに目が違う。
興味。警戒。
そして――畏れ。
その中で。壁際にいた少女が、静かに口を開いた。
「カイル」
低く、綺麗な声。全員の視線がそちらへ向く。
銀髪。冷たい目。
ホームルームに入る前に見た、“完成度の高い少女”。
カイルが苦笑する。
「……ごめん、姉さん」
短い返答。カイルの姉らしき少女の視線が、まっすぐリアへ向く。
その瞬間。空気が少しだけ張った。
リアも気づく。
(あ、強い)
直感だった。
カイルより静か。なのに、圧が違う。少女は数秒、リアを見つめ――そして。
「リア・ルクシア」
名前を呼ぶ。
「あなた、術式構築が雑」
場が静まる。
リアがぱちぱち瞬きをした。
「……は?」
「魔力制御も荒い。身体強化は高いのに、出力配分が感覚依存」
淡々と。
まるで事実を確認するみたいに言う。
「今の戦い、あと二分続いていたら自滅してた」
リアの笑みが少し引きつる。図星だった。
アルクが小さく吹き出す。
「はっ、言われてんぞ」
「うるさい」
少女は続ける。
「でも」
ほんの少しだけ、その目が細くなる。
「強い」
一切の感情を感じさせない声。
なのに、それはこの場で誰よりも重い“評価”だった。クラスの空気が変わる。
この少女が認めた。それだけで意味があるらしい。
レオンが面白そうに笑う。
「おー、珍しい。エルヴィアが褒めた」
「褒めてません」
「いや褒めてるってそれ」
アルクは壁に寄りかかったまま、改めて銀髪の少女を見る。
さっきから気配が薄い。いや、違う。
“無駄が無さすぎて存在感が研ぎ澄まされてる”。
立ち方一つ、視線一つ、呼吸の間隔まで整っている。まるで機械のようだ。
彼女はそんなアルクの視線に気づいたのか、ゆっくりそちらを見る。
数秒、視線が交差する。
不思議と、先に逸らした方が負けみたいな空気があった。
だが彼女は何も言わない。ただ静かにアルクを観察している。
(……なんだこいつ)
リアみたいな分かりやすい圧はない。
なのに、妙に居心地が悪い。見透かされているというより、“測られている”感覚。
やがて。彼女が静かに口を開く。
「あなた」
「……なんだよ」
「変」
短い。アルクの顔が露骨にしかめられる。
「悪口か?」
「事実です」
即答。
カイルが「あー……」と頭を押さえる。
「姉さん、それだと言葉足らずだよ」
「必要?」
「必要だよ」
少女は数秒考え、
「……まるで男性のような魔力をしている」
空気が、止まった。
何人かの生徒が目を見開く。
アルクの眉がぴくりと動いた。
「……は?」
「正確には違う。でも近い。魔力の流し方が女性的じゃない」
「なんだそれ」
「普通、女性の魔力は循環制御を重視する。繊細で、安定性が高い。その代わり瞬間放出は男性に劣る」
視線がアルクの全身をなぞる。
「でもあなたは逆。魔力制御が雑。その程度でここに入れるとは思えない」
レオンが面白そうに口笛を吹いた。
「良い観察眼してんねぇ」
「なんとなくです」
リアがアルクの横腹を軽く肘で突く。
「どうするアルク?バレそうじゃん」
「静かにしてろ」
その時。レオンがぱん、と手を叩いた。
「はいはい、分析会はそこまで」
にやりと笑う。
「せっかくだし、次やる?」
視線がアルクと少女に向く。
一瞬、空気が変わった。周囲の生徒たちもざわつく。
「おいマジか」
「エルヴィアが?」
名前だけで反応が違う。
アルクは壁から背を離した。
「別にいいけど」
「……」
静かだ。なのに、空気が重い。リアがそれを見て、少し楽しそうに笑った。
エルヴィアは数秒アルクを見つめ――やがて静かに口を開く。
「条件があります」
「……なんだよ」
「せいぜい足掻いてください」
ざわり、と空気が揺れた。
エルヴィア・グランツ。
水術系統・第一位階。
学年一と名高い。
正真正銘の天才