阿良々木暦は止まらない 作:ぼんぼーる
001
岸辺露伴、という名の漫画家が居る。
当時十六歳という若さで某有名少年漫画誌の連載権を獲得し、以来、『ピンクダークの少年』という漫画を描き続けている人物だ。
この作品は絵柄が非常に特徴的であり、リアルかつグロテスクな描写の数々は相応に読み手を選ぶものの、その上で尚根強い人気があるのだから、漫画としての完成度の高さが窺えるというもの。
かくいう僕も愛読しており——直截的に言ってしまえばファンである。態々本誌と単行本の両方で追っているぐらいだと言えば、僕が抱く熱量の高さも、少しは伝わるだろうか。
クセになる絵のタッチに、独特のセリフ回しやポージング。オリジナリティに溢れた作風でありつつ、それでいて王道的に盛り上がる展開もしっかり押さえられているのだから、まったくもって魅力的が過ぎて、僕如きの語彙力では到底言い表せようもないと言っておこう。
こんな事を熱く語っていると、そろそろ少年漫画は卒業する年齢ではないかという世間の声も聞こえてきそうなものだが(とは言いつつ多様性万歳な今の世においては、むしろそういった意見の方が排斥される側なのかもしれない)、今の僕は高校三年生である。
高校三年生——十七歳あるいは十八歳という年齢は、少年と呼ばれる範囲を少々逸脱しつつあるものの、一応はまだ学生の身分である。加えて、僕の心はいつだって小学生にも劣らぬ若々しさを保っているのだから、少年漫画を読む資格は十二分に有していると主張したい。
ちなみに、この話を僕の大きい方の妹である火憐ちゃんにしたところ、
「兄ちゃんは精神的に子供なだけだろ」
と一蹴されてしまった(ここで言う一蹴とは、文字通りに蹴りを伴っているという事を補足させてもらう)ことについては、あえて触れないものとさせていただく。健全な精神を保つ上では、時に見ないふりをするというのも肝要だ。
と、僕の話はこの辺りにしておこうと思う。あまり自由に喋り過ぎると、書籍換算で数十ページ以上も続けてしまいかねない。
そんな訳で、話を戻そう。
岸辺露伴。
職業漫画家、M県S市の杜王町在住。
表舞台に立つ事はほぼないが、顔は公表している。
気難しい性格だがファンには比較的丁寧であり、サインなんかを頼めば断られることはまずない(加えて、頼んだ側が気付かぬ内に書き終える程の速筆らしい)のだとか。
などというのは、後から個人的に調べて知った話。
今回の件の後で知った話だ。
まあ普通、いくら作品のファンだったとしても、その作者の事までも詳しいというのは珍しいだろうから、僕が知らずとも特段不自然ではないと思うが。
それに。
この程度の事前情報を仕入れていたところで、僕が今回巻き込まれた件において優位に働く場面があったのかと振り返れば、そんなことは無いと断言できる。
今回の事件。
高校三年生になる直前の春休み——地獄の春休み以降、幾度も立ち会う事になっている事件群とは若干毛色が異なる、今回の件。
それは、僕が僕——阿良々木暦という人間であるが故に関わらざるを得なかったものであり。
そして、彼が彼——岸辺露伴という人間であるが故に起きてしまったものであるのだから。
漫画家、岸辺露伴。
天国への扉を開く者。
僕にとっての恩人、委員長の中の委員長こと羽川翼を思わせる——聡明さを持つ男。
僕にとっての恩人、アロハシャツの小汚いおっさんこと忍野メメを思わせる——底知れなさを持つ男。
僕の知る怪異とは——知った気になっていた怪異とは、一味違う不可思議を知る男。
八月前半。
僕が通う、私立直江津高校が夏休みに入って暫くのこと。
僕は、岸辺露伴と出会った。
ばったりと、出会ってしまった。
はっきりと、出遭ってしまった。
それは、衝撃的な邂逅であった。
ノーマルでありながら、アブノーマルな彼との遭遇は。
僕にとって、そう思わざるを得ないものだった。
羽川と、猫。
戦場ヶ原と、蟹。
八九寺と、蝸牛。
神原と、猿。
千石と、蛇。
そして——僕と、吸血鬼。
各々が関わってしまった——若しくは、自ら関わりにいってしまった怪異たち。
これら錚々たるラインナップに混ぜたとて違和感がないくらいには、衝撃的だったのだ。
だからこそ、今回の話のサブタイトルは、こうするべきだと思った。
怪異ではなく。
英単語でもなく。
一般名詞ですらない。
そんな、特定の個人名をこのように使うのは失礼に当たるかもしれないが、それでも、これ以上にしっくりくる命名は無いように思えて仕方ないので、どうか許していただきたい。
さて、前置きが長くなってしまった。
プロローグは終わりにして、いよいよ僕と岸辺露伴にまつわるエピソード——その詳細に触れるとしよう。
『阿良々木暦は止まらない』。
サブタイトルは——『こよみロハン』。
開幕だ。