SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に来ちゃいました。 魔法と知識で日本を発展させます。 作:Lavian
清州城に入った後、最初は客間へ案内されて待機するように言われた。謁見の準備が整うまでしばらくかかるとの事だった。
藤吉郎は身分の高そうな武将に呼ばれて退室していった。おそらくだがセララの事を信長に報告しているのだろう。そしてその報告を受けて、信長がこの後の謁見でどう対応するか決めるはずだ。
セララは緊張し、そわそわして羽をパタパタさせながら呼ばれるのを待つのだった。
1時間ほど待機すると声がかかり、大きな部屋に案内される。
磨き上げられた床板、整然と並んだ調度品、床の間に飾られた一輪の花。清洲城の中でも格の高い部屋だということは、セララにも分かった。
部屋の奥に一人の男が座っていた。
周囲には武将たちが並んでいる。全員がセララを見ていた。翼とヘイローに視線が集まっているのを感じたが、誰も声を上げなかった。静寂が張り詰めている。
セララは部屋の中央まで進んで、立ち止まった。
奥に座る男が信長だった。
年は二十代半ばだろう。細身で背が高く、座っていても存在感がある。目が鋭い。部屋全体を掌握しているような、そういう静けさがあった。その目がセララを捉えて、動かなかった。
信長はしばらくセララを観察していた。
頭上の光る輪。背中の白い翼。小柄な体。金の髪。赤い目。見れば見るほど、作り物ではないと分かる。縫い付けた翼なら不自然な継ぎ目がある。頭上の輪は何も吊るすものがない空中に浮いている。
人ではない。それは確かだ。
神か妖怪かは、まだ分からない。しかしこの者が思ったよりも腰が低いことは、部屋に入ってきた瞬間から感じていた。傲慢な様子がない。周囲を威圧しようとしていない。
これが演技なのか、素の性格なのか。見極めねばならない。
信長は口を開いた。
「我が清洲城に来ていただき感謝する。儂が尾張を治める織田信長だ」
「こんにちは。セララと言います。本日は招いてくださりありがとうございます」
セララの声は落ち着いていた。緊張しているのは信長にも分かったが、それでも声が震えていない。
「お前は水神様と呼ばれているそうだが……神であることを証明できるだろうか?」
信長は無難な会話を続けるより、率直に聞いて情報を引き出す事を選んだ。
「実際に見ないと信じられないのは良く分かります。それでは今から指先に炎を出しますね」
セララが一指し指を立て、広間の全員がその指先を注視する。
「ファイア」
セララの右手の人差し指の先に、小さな炎が灯った。
周囲の武将たちがざわめいた。手が刀の柄に動いた者もいたが、信長が動かないのを見て止まった。信長自身は冷静にその炎を観察していたが、内心では驚きと好奇心があった。
炎は安定していた。風もないのに揺れない。ろうそくの炎とは違う、魔力の光を持った炎だ。セララが指を動かすと炎もそれに従って動いた。しばらくしてセララが手を握ると、炎は消えた。
「なるほど。確かにこれは人間のできる事ではない。だが、『神の奇跡』か『天狗の妖術』か、我々には区別できん」
水神様が本物だった場合、天狗と疑う言葉が失礼であるという自覚は信長自身にもあった。本物の神であればこの発言は罪深い。しかし信長の勘は、この者は怒らないと告げていた。
セララはわずかに首を傾けてから、言った。
「そうですね。では、神と妖怪の差って、そもそも何だと思いますか?」
信長は少し考えてから答えた。
「神と妖怪の差か……人外の力を持っているのは共通だ。実はどちらも同じ存在であり、差とは信仰の有無ではないか?」
「ボクも同感です。どちらも超常的な力を持っていますが、神は人に利益を与えて信仰される。妖怪は人に害を与えて畏怖される。つまり、人の役に立つかどうかが神か妖怪かの境界線です。そして、ボクはこれまで複数の村で結果を出してきました」
「お前の主張は今まで善行を積んできたから神であると、そういうことだな」
「そうです」
「一理ある。だが」
信長は理解を示したものの『だが』と続けた。問答と共に部屋が緊張に包まれている。
「水神様は善行を積んでいるとの噂だが、その善行をこれからも尾張で善を行うとは限らん」
セララは黙って続きを聞く。
「これは水神様の性格を言っているのではないぞ」
信長は言葉を続ける。
「尾張で行う善行は隣国から見れば悪になる。逆に隣国で行う善行は尾張から見れば悪になるということだ」
セララは信長の言葉の意図を理解した。明言はしていない。しかし言いたいことは分かる。
「なるほど。意図が見えてきました」
セララは言った。
「つまり……隣国に行くな。尾張の味方になれ。そうすれば神として認める、ということですね」
部屋の武将の何人かが息を飲んだ。水神様の返答次第では尾張の味方にならないかもしれない。もしかすると、最悪の場合は敵になる事もありえる。
「安心してください。ボクは尾張の味方となり、尾張で善行を積みましょう」
信長はその返答を聞いて少し安堵したようだ。緊張がやや解れたように見える。
しかし態度はまだ硬いままであり、それは問答がまだ終わっていないことを示していた。
「であれば、もう一つ決めることがある。セララ。お前は儂の『上』と『下』。どちらを望む?」
セララはその問いの意味を理解した。信長の上に立つ神として君臨するか、信長の配下として従うか。どちらを選ぶかということだ。
セララは少しだけ間を置いてから、答えた。
「いえ、ボクは信長さんの『隣』を希望します。『友人』として対等な立場で付き合いたいです」
信長はしばらくセララを見つめていた。それから、口元がわずかに動いた。
「あいわかった」
信長は言った。
「友人ならば敬語は不要であろう。気軽に話すことを許す」
ニヤリと、信長が笑った。
セララもほっとして笑い返した。
信長はその問答を通して、セララの理性と判断力を測っていた。
上の立場を選んでいれば、信長はこの少女を利用した上で排除するか飼い殺しを考えただろう。自分より上の存在を認めるような信長ではない。下の立場を選んでいれば、配下にして積極的に利用しようとしただろう。しかし神を配下にした場合、周囲からどう見られるかという問題が生じる。神の上に立つ人間は罰当たりと罵られかねない。よって配下であっても形の上では友人として扱うしかなくなる。
であれば最初から対等な友人であると宣言する方が、互いにとって筋が通っている。その判断を、この小さな神は即座にやってみせた。
十分に賢い。もしかしたらそこまで考えておらず、素で答えたのかもしれないが。
「友達になれて嬉しいよ、信長さん。よろしくねっ!」
セララは笑顔で言った。
武将たちがざわめいた。殿に向かってよろしくねと言う者を、今まで誰も見たことがなかったからだ。しかし信長は気分を害した様子もなく、むしろ目に面白そうな色が浮かんだ。
「さて。こうしてセララが友人となってくれたなら、歓迎の宴を行わねばなるまい。準備を頼むぞ」
周囲の武将たちが動き始めた。廊下に声が飛んだ。部屋の外が慌ただしくなる。
信長はそれを眺めてから、セララに向き直った。
「宴の準備をしている間にセララに頼みがある」
「えっと、何かな?」
「儂は空を飛んでみたいのだ。儂を抱きかかえて飛んでくれないだろうか?」
セララはすぐに笑顔になった。
「もちろん大丈夫だよ。友人の頼みだからね!」
信長が立ち上がった。周囲の武将たちが慌てて止めようとしたが、信長は手で制した。
「心配するな」
二人は城の外に出た。中庭の広い場所に立つと、信長は空を見上げた。青い空が広がっていた。
「どこを掴まればよい」
「ボクの腕!」とセララは示した。「しっかり掴まっていて。落としたりしないけど」
「分かった」
信長の体を両腕で抱えた。思ったより体が軽かった。細身だからかもしれない。しかし抱えてみると、緊張しているのか体がわずかに固かった。
「それじゃあ行くよ!」
翼を大きく動かして、地面を蹴った。
一気に上昇した。
信長が息をのんだのが分かった。地面が遠ざかっていく。城の屋根が見えた。それを越えた。城下の町が広がって見えた。川が細い線のように輝いている。山の稜線が遠くに連なっていた。
信長は黙っていた。しばらくそのまま飛んでから、信長が言った。
「もっと早く飛べ」
「大丈夫?」
「問題ない。もっと早く飛んでくれ」
セララは翼の角度を変えて、速度を上げた。風が強くなった。信長の髪と衣が後ろに流れた。
「もっと高く飛べ」
「分かった。少し寒くなるよ」とセララは言いながら、高度を上げた。雲に手が届きそうな高さまで上がると、地上が遠く霞んで見えた。
「これが……空か」
信長が小さく言った。
セララはその言葉を聞きながら、ゆっくりと水平に飛んだ。城の周囲を大きく一周する。眼下に尾張の大地が広がっていた。田んぼ、森、川、街道、そして点在する村々。信長はそれを黙って見下ろしていた。
「空から見れば尾張は小さいのだな」
しばらく飛んでから高度を下げ始めた。中庭にゆっくりと降りると、城の縁から武将たちが覗いているのが見えた。
地面に足がつき、信長が体を離した。
「面白かった。良い体験をした」
「また飛んでみる?」
「宴の後にもう一度頼む」
「了解」
セララは笑って頷いた。信長は飛行を気に入ったようだ。
城の中から武将が駆けてきた。宴の準備が整ったという報告だった。
信長は踵を返しながら、セララに言った。
「行くぞ、セララ」
「うん」
並んで歩きながら、セララは少し前を行く信長の横顔を見た。
まさかこんなに早く信長と友人になるとは思っていなかった。話してみれば、怖いだけの人ではない。鋭いが、筋が通っている。そして意外にも、空を飛んで純粋に喜んでいた。
この先、信長がどんな道を歩むかをセララは知っている。信長は天下を掴む直前で死ぬ。
けれど、信長が生き残って天下統一する未来を見てみたいと思った。