尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第十一話 セララの告白

 広間には灯りが満ちていた。

 

 いくつもの燭台に火が入り、部屋全体をやわらかく照らしている。畳の上に膳が並び、それぞれに椀や皿が置かれていた。信長を中心に武将たちが座り、その隣にセララの席が用意されていた。

 

 セララの前に置かれた膳を見て、思わず顔がほころんだ。

 

 白いご飯。焼き魚。味噌汁。漬物。素朴な料理だが、湯気が立っていて、香りがいい。味噌汁の匂いが鼻に届いた瞬間、前世の記憶が温かく蘇った。

 

「セララ、食事を楽しむが良い。今日は儂とセララが友人になった記念日なのだからな!」

 

 信長が杯を持ち上げながら言った。その声は広間に響いて、武将たちもそれに倣って杯を手にした。

 

「ありがとう、信長さん!」

 

 セララも笑顔で答えた。

 

 宴が始まった。

 

 料理が運ばれ、杯が回り、広間の空気が少しずつほぐれていった。最初は緊張の色が濃かった武将たちも、信長がくつろいだ様子でいるのを見て、次第に表情が和らいでいった。

 

 セララは焼き魚をほぐしながら食べた。塩加減がちょうど良くて、ご飯が進む。味噌汁を一口飲むと、体の芯から温まる気がした。こういう食事が前世では当たり前だったのに、転生してからはなかなか食べる機会がなかった。聖国の食事はもちろん美味しかったが、日本の食事には別の懐かしさがある。

 

 食事が落ち着いてきた頃、雑談が始まった。

 

 最初に口を開いたのは、信長の隣に座っていた壮年の武将だった。

 

「水神様は天の国からやってきたのですか?」

 

 セララは箸を置いて、少し考えた。

 

 どう答えるべきか。完全に正直に話すことには、まだ迷いがある。しかし嘘をついても、いつかほころびが出る。この場にいる人々はどこまで理解できるだろうか。

 

「ええと……まずボクが元いた世界は、この空のずっとずっと上にある世界だね」

 

 穏やかに話し始めた。

 

「死後の世界とは別の世界で、生きている人たちの世界だよ。そこにはたくさんの人がいるんだ。神様も実際にいて、一番偉い神様は太陽神アルテリス様だね」

 

 広間がざわめいた。

 

「天の国は本当にあったのですね!」

 

「太陽神というと、天照大御神様ではないのですか?」

 

「それはどのような世界なのですか?」

 

 質問が重なった。皆の目が輝いている。おとぎ話の中にしかなかった神々の世界の話を、目の前の存在から直接聞けるかもしれないという期待が、広間全体に広がっていた。

 

 セララは少し考えてから、見せた方が早いよね、と思ってペンダント型の端末に手を触れた。

 

 念じて操作すると、端末から光が広がった。

 

 光が形を成し、色を持ち、立体的な映像として宙に浮かんだ。ホログラフィックの映像だ。まず現れたのは、アルテリス聖国の都市の街並みだった。宙に浮かぶ白い建物、反重力で動く乗り物、遠くに見える巨大な構造物。夜の都市には無数の光が輝いていた。

 

 武将たちが息をのんだ。

 

 映像が切り替わった。街を歩くスカイエルフたちの姿が映った。白い翼、金色のヘイロー、セララと同じ特徴を持つ人々が、普通に生活している光景だ。子供が走り回り、大人が会話をしている。次の映像では何十メートルもある建築物が並び、乗り物が空中を飛んでいる。

 

 また切り替わった。今度は一枚の肖像画が映し出された。圧倒的な存在感を持つ女神の姿。太陽を思わせる光の中に立つ、太陽神アルテリスの肖像だ。

 

「これがボクがいた国だね。アルテリス聖国って呼ばれているよ。肖像画は太陽神アルテリス様だね」

 

 広間は静かだった。静かというより、誰も声を出せないでいた。

 

 最初に口を開いたのは信長だった。

 

「これが天の国の街か」

 

「そうだよ」

 

「人の手で作ったものか?」

 

「うん。ボクたちの国はすごく技術力が高いんだ。あの建物も、動いている乗り物も、全部人が作ったものだよ」

 

「天の国の名前はアルテリス聖国というのですね」

 

 と武将の一人が言った。声に畏敬の色がある。

 

「水神様と同じく、光の輪と白い翼を持った人々が大勢いますね。全員が神なのですか?」

 

 と別の武将が映像を見ながら言った。

 

 その質問が、セララの胸に刺さった。

 

 全員が神かどうか。本当のことを言えば、違う。スカイエルフは神様ではない。セララ自身も神様ではない。水神様と呼ばれているのは、村人たちが勝手にそう呼び始めたからだ。最初はその誤解を利用していた。都合が良かったから。

 

 でも、今日この宴が始まってからずっと、その言葉が心に引っかかっていた。

 

 信長と友人になると宣言した。信長は筋の通った言葉で接してくれた。飛行を楽しんで、一緒に歩いて、今こうして同じ卓を囲んでいる。嘘の上に成り立った関係が、どれほど続くのか。いつかこの誤魔化しがほころびたとき、今日の宴が全部台無しになるかもしれない。

 

 それが嫌だった。

 

 信長を信用したいと思った。だからこそ、嘘はついたままにしたくなかった。

 

「……実は、ちゃんと話さないといけないことがあって」

 

 セララは箸を置いた。

 

「ボクは神様ではなくて、天の国のただの住人というのが正しいんだ」

 

 広間が静かになり、誰も声を出さなかった。

 

「村の中で雨を降らせる奇跡を見せたら、村人たちが水神様の奇跡だって言って。それで否定しなかったら、そのまま水神様ということになっちゃったんだ」

 

 セララは続けた。

 

「この映像の中の人たちも、ほぼ全員がただの住人であって……ボクはその中の一人。ただの平民なんだ」

 

 広間は静まり返っていた。

 

 武将たちが顔を見合わせた。言葉を探しているようだったが、誰も口を開かなかった。

 

 セララは信長の顔を見た。怒っているだろうか。騙されたと思っているだろうか。友人と言ったのに嘘をついていたと、失望するだろうか。

 

 信長はセララを見ていた。その目が何を考えているか、読めなかった。

 

 沈黙が続いた。

 

 一瞬が、ひどく長く感じられた。セララは手のひらに汗をかきながら、それでも信長の目から視線を外さなかった。

 

 

 

 やがて信長が口を開いた。

 

「セララよ。儂との会話を覚えているか?」

 

 信長の声は静かだった。糾弾でも詰問でもない。友人に話しかけるときの、落ち着いた声だった。

 

「神と妖怪の差は何であるか、という問いだ」

 

 セララは信長の目を見た。

 

「覚えてるよ。信長さんは『信仰の有無』と答えて、ボクは『人の役に立つかどうか』と答えた」

 

「その通りだ」

 

 信長が頷いた。

 

「であるならば、天の国ではセララが神でなくとも、尾張に降り立った後に神になったのだ。奇跡の力を人々のために使い、信仰されることによってな。だから水神様を名乗っても問題あるまい。尾張の殿である儂が保証しよう」

 

 それに、と信長が言葉を続けた。

 

「後天的に神になった存在は神話にもいる。セララも同じなのだ」

 

 信長の言葉が、じわりとセララの胸の中に広がっていった。

 

 正直に告白したとき、どう受け取られるかは分からなかった。怒られるかもしれない、信用を失うかもしれないと思っていた。しかし信長は糾弾しなかった。むしろ、セララが神である根拠を自分の言葉で組み立てて、それを宣言してくれた。

 

 これまでずっと、居心地が悪かった。神でもないのに水神様と呼ばれて、否定しないままここまで来てしまった。騙しているという感覚が、心の隅にずっとあった。

 

 しかし信長の言葉はその後ろめたい気持ちを払ってくれた。

 

 後天的に至った神。人の役に立ち、信仰を得ることで神になった。

 

 それなら、確かにそうかもしれない。

 

「そっか。そう考えても良いんだね」

 

 セララは少しだけ目が潤んだが、笑顔になった。

 

「えへへ。信長さん、ありがとう!」

 

 笑みを浮かべて信長に礼を言う。心の重しがようやく取れた瞬間だった。

 

 信長はそれ以上何も言わなかった。ただ杯を持ち上げて、一口飲んだ。

 

 広間の空気がゆっくりとほぐれていった。武将たちの顔から緊張が抜けて、それぞれが隣の者と小声で何かを話し始めた。偽物ではない。後天的に至った神。その認識が部屋全体に広がっていくのを、セララは感じた。

 

 宴は再び和やかになった。

 

 武将たちからセララへの質問が戻ってきた。天の国の食べ物はどんなものか。天の国にも四季はあるのか。住人はどんな暮らしをしているのか。セララはそれぞれに答えながら、聖国の話を少しずつ語った。

 

 話しながら、セララはふと思った。

 

 嘘をついたままでいれば、この宴はもっと気楽に過ごせたかもしれない。誰も傷つかず、誰も困らず、水神様のままでいられた。

 

 でも、あの沈黙の後に信長が返してくれた言葉は、嘘をついたままでは絶対に聞けなかった言葉だった。

 

 夜が深くなるまで、広間の灯りは消えなかった。




物語本編にはあまり関わらない、どうでも良い設定。

セララの故郷、アルテリス聖国は宗教国家。
本物の神様である太陽神アルテリス様がいて、統治者や巫女に信託をくれたりする。
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