尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第十八話 地図を作ろう

 信長の執務室には毎日のように水神様に関する書状が届いていた。

 

 陳情の内容は様々だった。水神様に会いたい。うちの村に雨を降らせてほしい。井戸を掘ってほしい。水神様は本当に実在するのか。書状の山を眺めながら、信長は少し考えてから、セララを呼んだ。

 

「見てみろ」

 

 と信長は書状の一部をセララの前に並べた。

 

「これだけの陳情が来ている」

 

 セララは書状を一枚一枚手に取って眺めた。文字を追いながら、内容を把握していく。水不足、怪我人、水神様への信仰、実在の確認。切実なものもあれば、純粋な好奇心から来ているものもあった。

 

「これは……たくさん来てるね」

 

「各地の村や町からだ。完全に無視するわけにもいかん」

 

 信長は腕を組んだ。

 

「というわけで、セララには各地の村や町へ行き、姿を見せてやってほしいのだ。水不足の村があれば、雨を降らせたり井戸を掘って助けてやってくれ」

 

「わかったよ。ボクに任せて!」

 

 セララは即答した。各地を回ることへの迷いはなかった。困っている村があるなら、行けるうちに行った方がいい。翼があれば移動は速い。一日で複数の村を回ることもできる。

 

 翌朝、出発の準備をしていると、丹羽が部屋を訪ねてきた。手に巻かれた紙を持っている。

 

「セララ様、これをお持ちください」

 

 と丹羽は紙を広げた。

 

「尾張の地図でございます。各地の村の場所が描かれております」

 

 セララは地図を受け取って広げた。村の名前と位置、街道の線、川の流れ。手書きで描かれた地図は、所々の描き方が曖昧で、縮尺も一定ではなかった。どの方向にどの村があるかは分かるが、正確な距離感は掴みにくい。

 

「セララ様。地図は機密でございますので、無くしたり村人に見せないようにお願いいたします」

 

「うん、注意するね」

 

 丹羽が下がってから、セララはもう一度地図を眺めた。

 

 やはり物足りない。曖昧な部分が多く、上空から見た地形と照らし合わせるのが難しそうだ。

 

 そこで思いついた。

 

 各地の村を回るついでに、携帯端末で上空から地形を撮影すれば良い。正確な地形データが取れれば、地図職人に見せることでより精密な地図が作れるはずだ。戦略的にも農業計画にも、正確な地図は役に立つ。

 

 丹羽に戻ってもらい、その考えを伝えた。

 

「端末の機能で地形を絵として記録できるんだよ。それを見ながら地図を描き直せば、今よりずっと正確な地図が作れると思う」

 

「それは素晴らしい。信長様もきっとお喜びになります」

 

「じゃあ帰ってきたら地図職人を呼んでおいてね」

 

 準備を整えてからセララは城の外に出た。翼を広げて、空へと飛び立った。

 

 高度を上げながら端末を操作して撮影モードを起動した。地形が記録されていく。川の流れ、山の稜線、田んぼと畑の広がり、街道の線。上から見ると、地上では気づかない地形の繋がりがよく分かる。最初の村を目指して速度を上げた。

 

 

 

 

~村人視点~

 

 地上では農民の男が畑の端で空を見上げていた。

 

 畑の作業を終えて一息ついていたところだった。視線を遠くの山から手前に戻したとき、空に何かが見えた。

 

 鳥かと思った。しかし大きすぎる。それに飛び方が違う。羽ばたきはゆっくりで、白くて大きな翼が日差しを受けて輝いていた。しかも、どんどんこちらに向かってくる。

 

「た、大変だ!水神様だ!水神様が飛んでいるぞ!」

 

 男は叫んだ。

 

 声を聞いた近くの者が振り返った。空を見上げた。また別の者が気づいた。畑仕事をしていた人々が手を止めて、次々と空を見上げた。

 

 白い翼と金の輪が近づいてくる。間違いない。噂に聞いた水神様だ。

 

 やがてその姿はスピードを落とし、高度を下げ始めた。ゆっくりと、威圧することなく、村の入り口近くに降り立った。

 

「こんにちは。ボクは水神のセララだよ。この村で困っていることはあるかな?」

 

 金髪に赤い目の小さな少女だった。頭上に光る輪が浮かび、背中に白い翼が畳まれている。噂通りの姿だったが、実際に目の前にすると、その神聖さと可愛らしさが同時に伝わってきて、男はどう反応すれば良いか少し迷った。

 

 村長が前に出てきた。深く頭を下げてから、恐る恐る話し始めた。

 

「そ、それでしたら……実は井戸が一つ枯れかかっておりまして。それと、足を痛めて歩けない者がおりまして」

 

「分かった。順番に対処するね」

 

 水神様はまず怪我人のところへ歩いていった。足を引きずって杖をついていた中年の男の前に立ち、しゃがんで足を見た。

 

「少し見るね」

 

 それから呪文を唱えた。手から光が出て、怪我人の足に触れた。しばらくして、怪我人が恐る恐る足に力を入れた。立てた。歩けた。

 

「痛くない……!痛くないぞ!」

 

 周囲から歓声が上がった。

 

「次は井戸だね。場所を教えて」

 

 村長に案内されて井戸の近くに立った水神様は、少し周囲を見回してから、別の場所に移動した。

 

「ここに掘るよ」

 

 呪文を唱えると、地面が動いた。

 

 男はその光景を間近で見ていた。何もしていないのに、土が自分で動いている。穴の中心から土が周囲に押しのけられていき、見る間に深くなっていく。壁が固まり、形が整っていく。あっという間に、立派な井戸が出来上がった。

 

 まさに神の奇跡だった。

 

 村長が深く頭を下げた。

 

「水神様、なんとお礼を申し上げれば良いか……銭でも作物でも、できる限りのものをお受け取りください」

 

「金銭も作物もいらないよ。ボクは見返りが欲しくてこの村を助けたんじゃないから」

 

 水神様はあっさりと断った。

 

 男はその言葉に、胸の中で何かが動いた。神様というのは信仰や貢物を求めるものだと思っていた。しかしこの水神様は何も求めない。見た目も幼い少女で、話し方も穏やかだ。

 

 しばらく村の者たちと話をしてから、水神様は翼を広げた。

 

「次の村へ行くね。元気でいてね」

 

「ありがたや、水神様!」

 

 翼が大きく動いて、水神様の体が浮き上がった。あっという間に上空へ消えていく。その姿が小さくなっていくのを、村人たちは首を伸ばして見送った。

 

 男はしばらく空を見上げていた。

 

 奇跡が使えて、傲慢ではなく謙虚だった。光の輪も白い翼も神聖に感じたし、容姿も可愛い幼い少女だった。とても素敵な神様であり、信仰しようと素直に思った。

 

「よし、俺は今日から水神様を信仰するぞ!」

 

 男が宣言すると、村のあちこちから声が上がった。

 

「俺も!」

 

「私もだよ!」

 

「うちも水神様を拝むことにしよう!」

 

 どうやら皆も気持ちは同じらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 水神様が降臨した村では、こうしたことがよく起きた。

 

 セララが尾張の各地を回るにつれて、その話は村から村へと広まっていった。水神様が来た。奇跡を使ってくれた。何も求めなかった。感じの良い神様だった。そういう話が伝わり、次の村では最初から人が集まって待っていることもあった。

 

 数日かけて各地を巡り、清州城に戻ったセララは、携帯端末に記録した地形データを地図職人に見せた。

 

 地図職人は最初、端末の映像を見て言葉を失っていた。上空から見た尾張の地形が正確に記録されている。これほど正確な地形の記録は見たことがないと言い、その日から地図の描き直しに取り掛かった。

 

 丹羽が完成を心待ちにしていた。

 

「より正確な地図ができれば、各地への連絡や物資の輸送の計画にも役立ちます」

 

「戦略にも使えるよね」

 

 とセララは言った。

 

「はい。信長様もお喜びになるかと」

 

 セララは窓の外の空を見た。信長が喜んでくれるならもっと頑張ろうと思うのだった。

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