SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に来ちゃいました。 魔法と知識で日本を発展させます。 作:Lavian
演習当日の朝は、よく晴れていた。
もっともラビットコロニーに太陽はなく、晴れるという概念は居住棟の照明管理システムが作り出したものだ。それでもセララにとっては長年見慣れた朝の光であり、目が覚めたとき窓の外にやわらかな白光が満ちているのを見ると、なんとなく気持ちがほぐれる気がした。
朝食はママが作ったスープとトーストだった。
「今日がワープ演習の日ね」とママが言った。心配しているのか、声が少しだけ慎重だった。
「うん。低出力ジャンプだから、距離は短いけどね。ゲートをくぐって、設定座標にアウトして、また戻ってくるだけ」
「それでも、初めてのワープでしょう。慌てないようにしなさい」
「大丈夫だよ、ママ。手順は完璧に覚えてきた」
パパはスープを一口飲んでから、静かに言った。
「ワープ中は機体に任せる部分が大きい。自分でコントロールできない時間がある。そこで焦らないことが大切だ」
「うん、教本にもそう書いてあった。ワープ中のパイロットの役割は、監視と異常検知。余計な操作はかえって危険になる」
「よく読んでいる」パパは小さく頷いた。「気をつけて行ってきなさい」
セララは頷いてトーストをかじった。
訓練棟の格納庫に向かうと、ホワイトスワローがすでに整備済みの状態で待機していた。白い機体は全長十二メートルほどで、翼幅はそれより少し広い。武装はレーザータレットが機首に二基あるだけで、外観はどちらかというと丸みを帯びた流線形をしている。初心者向けの訓練機というだけあって、攻撃的な印象はあまりなかった。それがむしろセララは気に入っていた。
「シュトーレン、機体の状態確認は終わっているか」
教官が歩み寄ってきた。片手に端末を持っており色々なチェックを行っている。
「はい。整備記録も確認しました」
「よろしい。今日の演習の概要を改めて確認する。ラビットコロニー第三ゲートを使用した低出力ジャンプ演習だ。設定座標は近傍の安全宙域、ゲートをくぐった後は座標確認を行い、30分以内に帰還ルートを設定して戻ること。通信は演習中も常時オープンにしておくように」
「了解です」
「ワープ中に予期しない状況が発生した場合の対処は」
「バリアフィールドを展開してから状況を把握する。不必要な操作は行わない。通信で状況を報告する」
「よし」と教官は言った。「では準備ができたら出発しなさい」
セララはコックピットに乗り込み、シートベルトを締めた。計器類に電源が入り、画面が次々と点灯していく。チェックリストを一項目ずつ確認しながら、スイッチを操作した。
エンジンが静かに起動する感触がシートから伝わってきた。
「管制、こちらシュトーレン。出発準備完了」
「了解、シュトーレン。発進を許可する。ゲートまでの誘導波は設定済みだ」
ゆっくりとスロットルを押し込むと、ホワイトスワローは格納庫のレールを滑り、外へと押し出された。
宇宙が広がった。
何度見ても、この瞬間はすごいと思う。遮るものが何もない漆黒の空間に、無数の星が冷たく輝いている。ラビットコロニーの居住棟が左舷に流れていき、遠くにコロニー周辺の月の輪郭が見えた。
誘導波に沿って機体を進める。第三ゲートが正面に現れてきた。
ワープゲートは、光の輪だ。
直径三百メートルほどの構造体が、宇宙空間に静かに浮かんでいる。フレームの内側には見た目では何もない空間があるが、ゲートが起動するとそこに薄い光の膜が張られる。あの膜の向こうが、ワープ空間への入り口だ。
技術書で読んだ理論は頭に入っている。魔導結晶と重力制御技術を組み合わせた空間折曲装置。ワープゲートは空間の二点を接続する固定型の転移装置であり、正しく使用すれば安全性は極めて高い。歴史上でもワープ事故の発生率は極めて低く、それも大半が整備不良か操作ミスが原因だった。
怖くはなかった。少しだけ、どきどきはしていたけれど。
「シュトーレン、ゲートまで距離100。速度を落として接近してください」
「了解」
スロットルを絞り、機体を減速させた。接近するにつれてゲートのフレームが大きくなり、光の膜の揺らぎが見えてきた。青白い光が表面を静かに流れていて、まるで水面のようだった。
速度計が低速域に落ちたのを確認する。座標設定を最終チェック。バリアフィールドの待機状態を確認。すべて問題なし。
「シュトーレン、ゲートに突入します」
「了解。気をつけて」と教官の声が聞こえた。
セララは一度だけ深く息を吸って、機首をゲートの中心に合わせた。
光の膜が目の前に迫り、そして包まれた。
ワープ空間は、シミュレーターや動画で見た通りだった。周囲の色彩が消え、代わりに白と青が混ざり合ったような光が視界を満たす。機体の揺れがわずかに感じられるが、重力の感覚は奇妙に薄れている。計器類は通常とは異なる数値を示しているが、これもワープ中の正常値として学んでいた。
パパが言っていた。ワープ中は機体に任せる部分が大きい。焦らないこと。
セララは計器を静かに見つめながら、状況を監視していた。
そのときだった。
空間が、歪んだ。
視界の端で光が乱れ、次の瞬間には轟音のような振動がコックピット全体を揺さぶった。計器が一斉に異常値を示し始め、警告アラートが重なるように鳴り響く。
「ッ――」
セララは反射的に操縦桿を握り直した。状況を把握しようとモニターを見たが、画面の半分以上がノイズに覆われていた。ワープ空間の光が乱れ、白と青の穏やかな世界が激しく明滅している。
通信機から呼びかけようとしたが、教官の声は途切れ途切れにしか聞こえない。
頭が冷えた。
慌てるな。まず対処だ。
「バリアフィールド、全展開ッ」
手動でシステムを呼び出し、機体バリアの出力を最大にした。ホワイトスワローの周囲に淡い光の膜が張られる。バリアフィールド展開により魔力の消費量が跳ね上がったのを感じたが、今は惜しんでいる場合じゃない。
衝撃波が来た。
第一波は機体を左右に大きく振った。第二波はそれより強く、シートから体が浮きそうになった。ワープ空間のノイズはさらに激しくなり、もはや計器の数値を読み取ることすら困難になっていた。
頼むよ、無事に終わって!
セララはバリアに魔力を注ぎ込みながら祈るように歯を食いしばった。
そして第三波が来た瞬間、機体が強制的にワープアウトした。
光が弾けた。
視界が戻ってきたとき、そこは宇宙ではなかった。
青い空だった。雲があった。眼下に緑色の地表が広がっていた。
コントロールが効かない。
スロットルを操作しても反応が鈍く、機首が下を向いていく。高度計の数値が急速に落ちていた。エンジン出力が不安定で、推力が断続的にしか出ていない。
「まずいっ」
セララは両手で操縦桿を引き絞り、減速しようとした。だが機体はすでに大気に引き込まれていた。重力がホワイトスワローをまっすぐ地面へと引いていく。
バリアに魔力を叩き込んだ。
残っている魔力の全部を、とにかく機体の周囲に集中させた。計器の数値を読む余裕もなかった。ただ地面が近づいてくる映像が目の前にあった。
激突した。
衝撃がシートを通じて体全体に伝わり、セララは一瞬意識を失った。
どのくらいの時間が経ったのかは分からない。
気がついたとき、コックピットの中は静かだった。
警告アラートはまだいくつか鳴っていたが、先ほどのような緊迫感はなかった。エンジンは完全に停止している。計器の画面はいくつか消えていたが、いくつかはまだ動いていた。
セララはゆっくりと目を開け、まず自分の手足を確かめた。
痛みはある。肩とわき腹に鈍い痛みが残っていたが、動かせた。シートベルトが衝撃をかなり吸収してくれたらしい。バリアも最後まで機能していたようだった。
生きている。
一度だけ大きく息を吐いてから、セララは体を起こして機体のシステム確認を始めた。
機体内部の構造は維持されている。与圧も正常だ。電力残量は五十三パーセント。通信システムは起動しているが電波が届かない。完全な通信圏外だった。
問題は機体の翼だった。
外部カメラの映像を呼び出すと、右翼の根元から先が完全に折れていた。左翼も大きく変形しており、飛行に耐えられる状態ではない。自己修復用のナノマシンシステムは動作中を示しているが、損傷スケールを入力して推定修復時間を計算すると、結果が表示された。
推定修復期間、115年から130年。
セララはしばらくその数字を見つめた。
スカイエルフの寿命から考えれば長い年月ではない。しかし今すぐ飛び立てないことには変わりなかった。
次に惑星データの照合を試みた。コンピュータは大気組成から重力値、磁場パターンまでを自動で計測し始めた。データベースとの照合が始まり、数秒後に結果が表示された。
該当なし。
既知の惑星データベースに一致するものがない。聖国の探査記録にもない。未知の惑星、もしくはデータが存在しない領域に放り出されたということだ。
大気組成は呼吸可能な範囲だった。酸素と窒素の比率が標準値に近く、有毒成分は検出されていない。重力は聖国の標準よりわずかに高い程度で、体への負担は大きくない。
コックピットのハッチを少しだけ開いて、外の空気を確かめた。木の葉と土の匂いがした。温かかった。
完全にハッチを開けて、外に出た。
機体は森の中に墜落していた。背の高い木々が周囲を囲み、折れた枝や掘り起こされた土が墜落の跡を生々しく示している。空は木々の隙間から見えるだけだったが、青かった。どこか懐かしい色をしていた。
レーダーを起動した。
動物の反応が無数にある。森の中に生体反応が散らばっていた。小さいものから大きいものまで、さまざまなサイズがある。脅威になるかどうかはまだ分からない。
そしてレーダーの探知範囲を最大まで広げたとき、森の外縁部の向こうに別の反応が現れた。
人間のサイズ。20から30個体程度。まとまった位置に集中している。
集落だろう。
セララはしばらく考えた。
この惑星で生きていくとして、何が必要か。食料、水、安全な場所。機体の中には非常用の食料と浄水装置があるが、無限ではない。長期間ここで過ごすつもりなら、いずれ外部の資源に頼る必要が出てくる。
言語翻訳機能は使える。首にかけているペンダント型の携帯端末には様々な機能が搭載されており、その一つに言語翻訳がある。未知の言語でも一定の会話量があれば解析して翻訳を行ってくれるはずだ。
問題は、接触すること自体のリスクだ。
スカイエルフは翼とヘイローを持つ。この惑星の原住民がスカイエルフを知っているかどうかは分からない。友好的に受け入れてくれるかもしれない。あるいは正体不明の異形として恐れ、攻撃してくるかもしれない。
セララは機体に戻り、コックピットの収納区画からレーザー銃を取り出した。手のひらに乗る小型のもので、スカイエルフの標準装備だ。しばらく眺めてから、ホルスターに戻して収納区画に置いた。
武器を持って接触しても、原住民を怯えさせるだけかもしれない。それに、もし敵対的な反応が来ても、自分の翼があれば逃げられる。高く飛べば矢や石の届かない高さに逃げられるはずだ。
ならば武器は置いていく。
逃げ方は決めた。接触のメリットを考えれば、リスクは取る価値がある。この惑星で長く生きるつもりなら、一人でいるよりも誰かと関係を作る方がずっといい。
セララはペンダント端末を握って、森の向こうの反応を見つめた。
前世では引っ込み思案な自分が、人に話しかけることすら億劫で、毎日同じルートを歩いて同じオフィスに向かっていた。あの頃の自分と今の自分は、もう全然違う。
行こう。
森の入り口に向かって歩き始めた。足元の土は柔らかく、踏みしめるたびに湿った音がした。木々の間を抜ける風が、金色の髪をかすかに揺らした。