SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に来ちゃいました。 魔法と知識で日本を発展させます。   作:Lavian

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第二十三話 桶狭間、前夜

 1560年、5月。

 

 尾張の空は青かった。しかし清州城の中では、その青さとは無縁の緊張が満ちていた。

 

 今川義元が動いた。

 

 5月12日、今川の大軍が進軍を開始したという報告が入った。その数、25000。対する織田方は3000。広間に集まった武将たちの顔に隠しきれない重さがあった。

 

「来たか」

 

 と信長は言った。報告を聞いても、声に動揺はなかった。

 

 セララは広間の端で信長の様子を見ていた。

 

 25000対3000。数字だけ見れば絶望的だ。しかし信長の顔には諦めの色がない。むしろどこか静かな集中があった。

 

「地図を出せ」

 

 丹羽がすぐに精密な地図を広げた。セララが上空から撮影したデータを元に作られた地図だ。街道の位置、川の流れ、丘の高さ。一年以上前に完成してから、何度も参照されてきた。

 

 信長は地図に視線を落とした。指が街道の線をなぞっていく。今川の進軍ルートを頭の中で追っているのだろう。

 

「内通者からの報告は?」

 

「本日付けの報せでございます」

 

と配下の一人が前に出た。

 

「今川方の動きは予測通り。各砦への攻撃を順次行いながら進軍する方針のようです」

 

 内通者。今川方の兵の中に、織田に情報を送り続けてくれている者がいた。

 

 その者が織田に寝返ったのは、水神様への信仰が理由だと聞いていた。セララが各地の村を回るうちに広まった信仰は、尾張の外にも届いていた。水神様がいるなら織田が正しい道を歩んでいるはずだという、純粋な信心が一人の男を動かした。

 

 セララはそのことを複雑な気持ちで聞いていた。信仰心を悪用している事で若干の後ろめたさがあったが、必要な事だと割り切って言及しないことにした。

 

「信長さん。ボクは何をすれば良い?」

 

「今はまだ待て。今川が動き始めたばかりだ。まだ決戦の時ではない」

 

 信長は冷静に作戦を練っていた。

 

「分かった」

 

「しかし準備はしておいてくれ。動くときは速い」

 

 

 

 

 

 

 それから七日が過ぎた。

 

 その間も今川軍は着実に進んできた。織田方の砦に対して断続的な攻撃が行われ、報告が次々と入ってきた。信長はそのたびに地図を見ながら、内通者の情報と照らし合わせた。

 

 5月19日の深夜、清州城に緊張が走った。

 

 午前3時。

 

 今川軍が織田軍の丸根砦、鷲津砦への攻撃を開始したという報せが来た。

 

「予測通りだ」

 

 と信長は静かに言った。

 

 広間には信長と主要な武将たちが集まっていた。睡眠を削って待機していた者もいる。セララも広間の端に座って待っていた。

 

「今川方の動きを整理する」

 

と信長は言った。

 

「25000のうち、砦攻めに10000、後方の守りに10000。義元本隊についているのは5000だ」

 

「本当にそれほど分散しているのですか」

 

と武将の一人が確認するように言った。

 

「内通者の情報と、これまでの進軍の動きを合わせれば、ほぼ確かだ」

 

 丹羽が地図に書き込んだ数字を見ながら頷いた。

 

「25000が相手では手も足も出ません。しかし義元本隊の5000のみを相手にするならば……」

 

「それでも5000対3000だ」

 

 と別の武将が言った。声に迷いがある。

 

「しかも今川方は精強です。兵の質においても、我々が劣ります」

 

「だから今川義元一人を狙う」

 

 と信長は言い切った。

 

 主将の首を取れば軍は崩れる。それは当然の理屈だ。しかし25000の大軍の中にいる主将を狙うということの難しさは、武将たちも分かっていた。

 

 信長は続けた。

 

「3000の内、300を今川軍に突入させる。囮だ。義元本隊の5000の兵を引き寄せ、義元の周囲を手薄にする」

 

「300で5000を引きつけるのですか」

 

 と若い武将が声を上げた。

 

「引きつければ良い。まともに戦う必要はない。義元の周囲から兵を引き剥がすだけで十分だ。上手く敵を釣りながら後退し、戦線を引き延ばせ」

 

 その言葉の冷静さに、セララは改めて信長という人物の凄さを感じた。圧倒的な兵力差であっても策を巡らせ、勝利する気でいる。事実、本来の歴史では勝利してしまうのだ。

 

「セララ」

 

「うん」

 

「お前に動いてもらうのは、義元の周囲が手薄になった後だ。タイミングは儂が指示する。それまでは儂に同行し,側で待機してくれ」

 

「分かった」

 

 セララの返事を聞くと信長は。

 

「皆の者、出陣の準備をせよ」

 

 と信長は続けた。

 

 

 

 

 

 出陣した織田信長の軍は熱田神宮を経由して善照寺砦に入り、3000人の軍勢を整えた。

 

 戦況は動き続けた。今川方が砦への攻撃を継続し、織田軍の砦が二つ落ちたという報せが入った。武将たちの顔が険しくなった。

 

「このままでは今川に……」

 

 と心配する声が上がったが、

 

「予定通りだ」

 

 と信長は動じなかった。

 

 昼が近づく頃、内通者からの一報が届いた。報せを受け取った配下が本陣に駆け込んできた。

 

「申し上げます!今川義元、桶狭間に到着との報せです!砦を二つ落とし、300の織田兵を撃退した義元は大いに喜び、桶狭間で休息を取っているとのことです!」

 

 信長は地図に視線を走らせた。桶狭間の位置を確認して、指で押さえた。それからゆっくりと顔を上げた。

 

「計算通りだ」

 

 信長は立ち上がった。今まで座っていた体が、一瞬で別の緊張をまとった。

 

「動くぞ」

 

 武将たちが一斉に動き始めた。

 

 セララは立ち上がりながら、拳を握りしめた。

 

 桶狭間。今川義元。休息を取っている。

 

 ここまで積み上げてきた準備が、この瞬間に収束しようとしていた。精密な地図、内通者の情報、300の囮、セララの戦闘力。それらが組み合わさって、織田信長の奇襲が発動される。

 

 信長が振り返ってセララを見た。

 

「準備はいいか」

 

「いつでも行けるよ」

 

とセララは答えた。

 

「敵は大軍だが勝算は十分にある。今川に勝ちに行くぞ!皆の者、出陣だ!」

 

 織田信長が動いた。

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