SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に来ちゃいました。 魔法と知識で日本を発展させます。 作:Lavian
雨が降っていた。
普通の雨ではなかった。空が割れたような豪雨で、視界は数メートル先も霞んでいた。雨音が全ての音を飲み込み、足元の土は泥になって足を取る。
セララは雲の上から状況を見下ろしていた。
初めての実戦だが落ち着いている。精神を落ち着ける魔法、ライオンハートを自分にかけたからだ。感情の全てを消すわけではないが、恐怖や動揺を大幅に軽減して冷静にしてくれる魔法だ。
雨雲の中にいれば地上からは見えない。豪雨の音が魔力の気配を掻き消してくれる。奇襲を仕掛けるには、これ以上ない条件だった。
信長の軍が動き始めた。
地上では織田の兵たちが桶狭間へ向かって進んでいる。泥を踏み、雨を受けながら、静かに動いていた。声を出す者はいない。足音も雨の中に消えていく。
セララは雲の切れ間から地上を確認した。
桶狭間の地形が見えた。今川方の陣がそこに広がっている。休息を取っていたはずの今川義元の本隊が、雨の中で動き始めているのが見えた。信長の軍が動いたことに気づいたのだろう。
しかし遅い。
セララは魔法で視力を強化して地上を観察し、義元の位置を探した。軍の中に一か所だけ、多くの旗印が見える。さらに護衛の密度が高い場所がある。おそらくあの中心にいるはずだ。
地上では信長の軍が今川方に突入し始めていた。雨の中で怒号が上がる音が雨音に混じった。
今だ。
セララは雲の中から急降下した。
雨が顔を叩いた。速度が上がるにつれて雨粒が痛いほど体に当たったが、バリアを薄く展開して受け流した。高度が下がるにつれて地上の様子が鮮明になった。
セララが観察し、急降下しながら向かっている場所はやはり本陣のようだ。
本陣の中に旗印があり、さらに輿(人を乗せる台の下に2本の棒があるもの)が見えた。輿の周りに護衛が集まっている。
旗、護衛密集、輿の3つの要素が揃っている。今川義元が高確率でその場所にいるのだろう。
今川の兵たちは、まだ上空に気づいていない。
雨音が全てを覆い、視界も悪い。
セララは高度五十メートルあたりで急減速して、上空に静止した。眼下に輿を中心に護衛が密集している。上空からの魔法で今川義元を仕留められれば最良。それが無理でも、魔法で護衛を散らせば敵軍が混乱し、降下して奇襲で仕留める隙が出来るだろう。
使用する魔法を選択する。豪雨のため、威力も範囲も大幅減となるファイアーボールは無しだ。逆に豪雨で威力を増す魔法は雷属性。
この時代の人々にとって、落雷は神が怒りを示す現象だ。サンダーボルトを連続で叩き込めば、戦意よりも恐怖が勝り大きな混乱が起きる可能性がある。豪雨もありこの距離では命中率が悪いが、直撃せずとも混乱を引き起こせるはずだ。
セララは急降下しながら魔力を集中させて魔法を放った。
「サンダーボルト!」
輿の周囲に一撃目が落ちた。
轟音と閃光が輿に炸裂した。
「サンダーボルト!サンダーボルト!サンダーボルト!」
続けて三撃。計四発の雷が輿の周囲に連続して落ちた。落雷が直撃した護衛もいる。
地上が混乱した。
雷が落ちた。しかも連続で。それも自然の落雷ではなく、明らかに何かが狙って放っている。護衛の兵たちが叫び声を上げた。空を見上げる者、地面に伏せる者、混乱して仲間にぶつかる者。密集していた護衛の陣形が崩れた。
「サンダーボルト!」
五発目は輿に直撃した。輿が落雷により燃え上がる。
だが、セララの目は落雷の寸前に輿から飛び出した、豪華な兜と鎧を付けた人物を見て取った。今川義元だ。
「サンダーボルト!」
迷わず魔法を放つ。だがその魔法は義元に届くことなく、護衛が宙に放り投げた兜に当たった。兜が落雷を受け、激しくスパークして燃え上がる。
「……!!」
この短時間で対応された。魔法を見せすぎたというより、義元の護衛達が猛者であるというべきだろう。敵もこちらを視認したらしい。義元が指示を飛ばし、何人かが弓を構えるのが見えた。
このまま魔法を連発しても良いが、豪雨かつ遠距離では魔法の命中率が悪く、大雑把な狙いしかつけられない。また、先程と同じように対応されて防がれ、その間に義元に逃げられるかもしれない。見失った上で豪華な兜と鎧を脱がれたら、この豪雨では大量の兵の中から見つける事はできないだろう。
確実に仕留めるには接近戦が必要だ。
セララは魔法の連発で仕留めるのを諦め、接近戦で義元を討つ決意を固める。
落下速度をさらに上げ、弓矢の狙いを振り切って急降下する。
バリアを展開したまま、崩れた護衛の間を抜けて、義元の前に降り立った。
着地の衝撃で泥が飛んだ。翼を広げて勢いを殺し、泥の上に両足で立った。
目の前に、今川義元がいた。
公家風の装いが雨と泥で濡れていたが、その目は揺れていなかった。先ほどまで乗っていた輿が落雷で燃えたと言うのに恐怖も混乱も無く、義元は降り立ったセララをまっすぐに見ていた。
「我が名は今川義元!海道一の弓取りである!名乗られよ!」
豪雨の中でも通る声だった。
セララは答えた。
「ボクの名はセララ!水神だ!今川義元、いざ、尋常に勝負!」
名乗りの言葉が終わるより先に、義元の周囲にいた武将たちがセララに向かってきた。サンダーボルトで何人も蹴散らしたはずだが、恐怖よりも義元を守ると言う気概の方が勝っているようだ。鬼気迫る表情で殺到してくる。
しかしセララの方が速かった。
魔力による身体強化が体全体に満ちている。普通の人間の動きが、セララの目にはゆっくりと見えた。
月光剣を展開した。
白く輝く光の刃が、雨の中で煌めいた。セララは横薙ぎに振るい、一撃で複数の武将を斬り抜けた。
刀を断ち切り、鎧を両断し、血飛沫が舞う。
セララにとっては初の実戦、初の殺人だ。ライオンハートの魔法は恐怖や動揺の大半を消してくれるが、全てでは無い。魔法で消しきれなかった恐怖がわずかにセララの冷静さを崩していた。
しかし、敵の攻撃を防ぎ、カウンターで斬りつける手は止まらない
軍事学校での訓練が体に染みついていた。戦闘中に感情が揺れることは想定内の事態だと、教官は繰り返し言っていた。感情を消す必要はない。感情があっても体が動くように、訓練を積む。それがセララの故郷、聖国の軍事教育だった。
その訓練が今、セララを支えていた。白く輝く月光剣が敵をまた一人斬った。
「あれは……あれが神の刀なのか!輝く刀に触れるな!!」
義元が叫んだ。その声を聞いて、次の集団が止まりかけた。しかし義元を守ろうとする意志が勝り、また向かってきた。
セララが月光剣を振るう。敵は月光剣を避けようとしなかった。致命傷になりながらもセララと相打ちになるべく刀を振るってくる。その執念がセララに刃を届かせ、バリアに弾かれる。バリアはヒビが入りながらも敵の一撃を防ぎ、動きの止まった所をセララが月光剣で仕留めた。
「結界だと……!?」
「だが見ろ!結界にヒビが入っているぞ。叩き割れ!」
次の集団が連携を取りながら攻撃を仕掛けてくる。バリアに攻撃を防がれる姿を見ても動揺が少ない。
セララは敵の脅威度を大きく上方修正した。森可成との演習とは比べ物にならないほど一人一人の兵が強い。その上、自身の命をかえりみず、相打ち上等でセララに特攻を仕掛けてくる。
義元へ突撃しようにも、サンダーボルトで混乱させて散らしたはずの護衛がもう立ち直っており、まずは護衛の数を減らさないと近づけない。
それに先程の攻撃でバリアにヒビが入った。バリアが耐えられる攻撃はあと2~3発程度だ。バリアと言えども無敵ではない。この場で戦い続けるのはリスクが高く、セララと言えども死の危険性がある。
だが、離脱する気にはならなかった。ここで自分が義元を仕留められなければ信長が死ぬ可能性がある。それは嫌だった。
(信長さんを生かすために……ボクは勝つ!)
周囲の敵が斬りかかってくる。一人、また一人。強化された身体能力で回避し、月光剣が振れるたびに敵が倒れた。
「休ませるな!複数の兵で同時にかかれ!」
義元の指示により4人の兵が同時に攻撃を仕掛けてくる。どの兵も猛者であり、自分と刺し違える覚悟での一撃だ。
セララはまず右側二人への対処を優先した。攻撃を回避し、カウンターで仕留める。その分、左側二人への対処が遅れた。
回避しきれない攻撃によってバリアが割れ、セララの頬を刀が掠めて切り傷が出来る。セララは素早く反撃し、左側の敵兵二人も斬った。
その後も無数の敵兵が連携して襲い掛かるが、セララは腕や足に多少の切り傷を負いながらも返り討ちにし続ける。
セララが月光剣を振るうたびに周囲の敵兵の数が減って行き、やがて敵の攻撃が途切れた。
義元の護衛が後退していた。月光剣への恐怖と、次々と仲間が倒れていく現実が、命知らずであるはずの兵たちの足を止めさせていた。
「ば、ばけものだ……」
恐怖に支配された護衛がつぶやく。心が折れた彼らはもうセララを阻止できない。
セララが前に出た。
今川義元が正面にいた。距離は数メートル。義元も刀を構えている。
「今川義元、覚悟!」
「来るか、水神よ!神ならば相手に不足なし!」
義元が踏み込んでくる。
洗練された動きだった。武士として鍛えた動きが、その一瞬に現れていた。
これは今川義元の生涯で最高の一撃だった。人生で最も早く、鋭い刃がセララの首目掛けて振るわれる。
しかし身体強化されたセララの動体視力はこの剣閃をしっかりと捉えていた。
セララは沈み込むように姿勢を低くし、紙一重で回避する。数本の髪の毛を切り裂き、義元の刃がセララの頭上を空振りする。
義元の表情は驚愕に満ちていた。今の一撃が回避されるとは思ってもいなかったようだった。
セララは低い姿勢からカウンターを放つ。流れるような動作で、逆袈裟斬りに月光剣を振った。
義元の胸が深く切り裂かれる。致命傷だ。
セララは胸を斬られてよろける義元に追撃を行う。首を目掛けて月光剣を水平に振るった。
今川義元の首が、宙に飛んだ。
まるで時が止まったかのように周囲の護衛達は動けなかった。
セララは飛んだ首を空中でキャッチした。雨の中に白い翼を広げ、月光剣を消してから、高く首を掲げた。
「今川義元、水神セララが討ち取った!」
声が戦場に響いた。
これが戦の作法だと知っていても、首を掲げるのは気持ちの良いものではなかった。だが、織田軍のためにやる必要があった。
雨音の向こうで音が変わった。
今川方の兵たちから、叫び声や悲鳴ではない、別の種類の声が広がっていった。主将が討たれた。水神が義元を討ち取った。その事実が波のように広がっていくにつれ、今川の陣形が崩れ始めた。
信長の軍が全力で突撃している。
セララは義元の首を持ったまま、空中に飛び上がって離脱していく。翼を動かすたびに腕の傷が痛んだが、構わず高度を上げた。雨が全身を濡らしていた。翼から水が滴り落ちる。
戦場は変わっていた。
先ほどまで今川方が持っていた空気が、崩れていく。指揮系統が断たれた大軍は、数があっても機能しない。小さな混乱が連鎖して、大きな崩壊になっていく。
セララは戦場を見下ろしながら、静かに息を吐いた。
胸の奥では、まだ何かが揺れていた。初めて人を斬った事実は、戦いが終わっても消えるものではない。最良の結果を出しており、後悔も無かったが、それでも辛い気持ちがあった。
「……ごめんね」
戦場の上空で、雨に打たれながら死者への祈りを捧げた。