尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
桶狭間の戦いが終わった。
今川義元討死の報が伝わると、今川軍は総崩れとなった。砦を攻めていた部隊も、後詰めの部隊も、主将を失った混乱の中で次々と撤退を始めた。25000の大軍が、指揮系統を失って崩れていく様は、戦場を上空から見ていたセララの目にも鮮明だった。
しかし一箇所だけ、崩れない場所があった。
鳴海城だ。
城を守る武将は、義元討死の報を聞いた後も降伏しなかった。織田軍が攻めかかっても頑固な抵抗を続け、何日経っても城は落ちなかった。その粘り強さに、織田方の将たちも攻めあぐんだ。
信長は交渉の使者を送った。
武将の回答は簡潔だった。
「今川義元様の首と引き換えに、城を明け渡そう」
主君への忠義を最後まで貫こうとしていた。
信長は了承した。義元の首が届けられると、鳴海城の武将は約束通り城を明け渡した。最後まで主君の首を求めて戦い続けた武将の話は、敵味方問わず静かな敬意をもって語られた。
こうして織田軍は今川軍を撃退したのだった。
数日後、清州城で評定が開かれた。
広間には信長を中心に武将たちが揃い、セララも席についていた。戦の結果と今後の方針が話し合われ、各武将の戦功が読み上げられた。
戦功の筆頭として、セララの名が呼ばれた。
「今川義元を討ち取ったのはセララだ」
と信長は言った。
「この戦の勝利はお前のおかげだ。故に十分な報酬を与えたい。お前が望むなら、城と領土を与えよう。どうする?」
城と領土。この時代の武将にとってはこれ以上ない報酬だ。しかしセララは少し考えてから、首を横に振った。
「自分のお城や領土はいらないから辞退するよ。清州城の生活で満足しているからね」
武将たちがざわめいた。城と領土を断るとは、という驚きがあった。
一方で信長はセララのこの回答を予想していたようだ。清州城で満足していると言うのはセララの本心だと分かっているのだろう。
「では、セララには代わりに大量の銭を与えよう。自由に使うが良い」
「それは受け取るよ。ありがとう」
こうしてセララは多くの資金を得た。具体的な使い道はまだ決めていなかったが、この時代で何かをするための元手になる。ありがたく受け取ることにした。
評定が続き、全ての武将を評価し終えた後、信長は別の話を持ち出した。
「今回はセララが出陣したおかげで危機を乗り切ったが、今後、セララの出陣はよほどの緊急事態以外では無いものと考えよ」
武将たちに困惑が広がる。あれほど強いのであれば、戦場で頼りになると思っているのだろう。
「理由を話す」
そう言って信長は指を1本立てた。
「まず、セララが戦場で討死する危険性だ。儂が死んでも織田家は続くが、水神の代わりはいない。水神信仰によって商人や職人が清州に集まり、城下町の発展に繋がっている。民の数が増え、税収にも影響している。つまり、水神信仰は織田家の力を支える大きな要素になっているのだ。現状でこの状態ならば、水神信仰がより広まった場合にどれほどの利益になる事か。故に、セララを死なせて信仰心と言う力を失う事はできん」
信長は2本目の指を立てる。
「次に、セララは戦場に引っ張り出すよりも内政をさせた方が良い効果を出す。農業改革、衛生、栄養、どれも重要な知識であり尾張の発展を支えている、今回は開発中で間に合わなかったが、新型の銃も良い例だ」
3本目の指が立つ。
「最後だ。今川義元は水神が倒した。良いか?『織田軍ではなく水神が倒した』のだ。これでは織田軍の『格』が上がらん。織田軍が精強であり、他国より強いという事実が我々には必要なのだ。いつまでも弱小勢力と思われたままでは周辺勢力を従える事ができん。外交が不利になるのだ」
信長は全てを言い終えると口を閉じる。武将たちは信長の言葉を聞き、理解を示した。
「信長様。セララ様を戦場に出さない点について承知しました。これについて公言をされるのでしょうか?」
武将の一人が信長に質問する。
「良い質問だ。公言はしないし、他言無用としてこの場にいる者以外に話す事も禁じる。つまり……我々以外は水神が戦場に出るか分からないというわけだ。敵には常に『水神が空から奇襲してくる可能性がある』と思わせておけば良い。これだけで敵はだいぶ動きにくくなるだろう」
「水神様の虚像により敵を翻弄するわけですな。流石でございます」
「うむ。戦になった際は『この戦場で水神を見かけた』という噂を流しても良いぞ。敵は大いに狼狽えるであろう」
信長はニヤリと笑って言う。戦略家としての才能を披露したのだった。
評定の後、信長は話があるとしてセララと丹羽を呼び、3人で別室に集まって相談をしていた。
「今回の戦の話を世に広める。本と紙芝居の両方を作るように手配せよ」
丹羽が頷いた。
「本は記録として残し、紙芝居は大衆に分かりやすく伝えるためでございますね」
「そうだ。鬼滅の刃の紙芝居が大衆に広まっているのは見ての通りだ。あの手法が有効なのは分かっている。水神の活躍を同じ形で伝えれば、広く届く」
セララは少し照れた。
「ボクが主役の物語になるの?」
「当然だ。今川義元を討ち取ったのはお前だ。それを伝えることは儂にとっても意味がある」
信長の言葉には打算と誠意の両方があった。水神が織田と共にあるという事実を広く知らしめることは織田の権威を高める。
同時に、信長が本当にセララの活躍を世に伝えたいと思っていることも伝わって来た。
「まずはセララが尾張に降臨してから桶狭間で勝利するまでの物語とする。また、セララは今後も活躍するだろうから、何か活躍があるたびに物語の続編を発行せよ」
「セララ様の活躍は多岐に渡ります。長い物語になりますし、今後も考えると複数の巻に分割して作るのが良さそうですな」
丹羽の言葉に信長が頷く。
「うむ。民衆が馴染みやすいように分割して作成せよ。なお、一連の物語の題名は『尾張水神伝』とする」
それと、と信長は続けた。
「完成したら儂に一番に見せるのだ。楽しみに待っているぞ」
鬼滅の刃を通じて、すっかり紙芝居と小説が好きになった信長だった。
城下の書物師が呼ばれ、本の制作が始まった。紙芝居の絵師も手配された。セララが描いた鬼滅の刃の絵を模写してきた職人たちが、今度は水神様の姿を描くことになった。
紙芝居が完成したのは、それから一月ほど後のことだった。
最初の上演は城下の広場で行われた。
上演が始まると、人が集まってきた。最初は十人ほどだったが、語り手が物語を進めるにつれて人垣が厚くなった。物語が第三部の桶狭間戦まで進むころには大量の人で溢れていた。
語り手は声に張りがあった。
「今川の大軍、25000。対する織田はわずか3000。誰もが織田の負けと思った、その戦に……水神様が現れたのです!」
集まった人々がざわめいた。
絵が次々と替わった。雨の桶狭間。雲から降り注ぐ雷。義元の護衛が混乱する場面。そして白い翼を持つ小さな少女が、雨の中に降り立つ絵が出た。
「我が名は今川義元!東海一の弓取りである!名乗られよ!」
「ボクの名はセララ!水神だ!今川義元、いざ尋常に勝負!」
語り手が声色を変えて義元とセララの名乗りを再現すると、広場がどよめいた。
「月光剣が輝いた!白く輝く神の刀が、敵兵を一刀両断!」
「その刀に触れるな!と義元が叫ぶも、神の前に敵はなく!」
絵に描かれた月光剣は、白く太い線で描かれていた。輝きそのものは表現しきれないが、それでも普通の刀とは明らかに異なる神聖な刃だということは伝わった。子供たちが声を上げた。
「あれが月光剣か!」
「今川義元、水神セララが討ち取った!」
語り手が高らかに宣言した瞬間、広場から歓声が上がった。拍手が起きた。子供たちが飛び跳ねた。
上演が終わると、人々は興奮した様子で話し合っていた。
「水神様は本当にすごいんだな」
「雷を何発も今川義元の側に降らしたそうだ。神の天罰を使われたのだろう」
「月光剣というのか。神の刀か……」
「海道一の弓取り相手を相手に刀で勝利してしまうとは」
「大量の敵軍の中を奇襲して今川義元を倒したのか。神様というのはすごいもんだな」
別の場所でも上演が始まった。城下のあちこちに語り手が散り、それぞれの場所で尾張水神伝が語られた。
子供たちの間では月光剣の真似が流行った。棒切れや木の枝を手に持ち、セララの台詞を叫びながら振り回す姿が、城下の路地のあちこちで見られた。鬼滅の刃で水の呼吸の型を真似していた子供たちが、今度は月光剣を真似し始めた。
本の方も、写本が作られて広まっていった。読み書きのできる者が読んで、できない者に聞かせる。そうして話が伝わっていく。旅の商人が別の町に持ち込み、その町でまた写本が作られる。
上演が始まってから十日ほど後、丹羽がセララの部屋を訪ねてきた。
「セララ様、尾張水神伝についてご報告いたします。清州の城下町で紙芝居の上演が行われているとのことです。また、水神様が今川義元を討ち取ったという話は、すでに尾張の外にも伝わり始めているようでございます」
「順調に広まっているみたいだね」
「はい。本の写しも作られており、想像以上の速さで広まっております。今、清州で最も流行っている物語と言って良いでしょう」
セララはそれを聞いて照れてしまう。
自分の行動が本や紙芝居になって親しまれていると言うのは、なんだか不思議な気分だった。