尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第二章 天下統一編
第二十六話 水神文字と木活字


その日、セララの部屋に信長が訪れ、二人は将棋を打って対戦していた。

 

 盤面は互角。どちらが勝ってもおかしくない状態である。セララは信長を仕留めるために連続で王手を仕掛けていた。

 

「飛車をここに移動させて王手だよ!」

 

「ふむ。そう来たか……ならばこうだ」

 

 信長は新たに歩を打ち、セララの飛車をブロックする。これはセララにとって予想外の対応であり、飛車による王手の流れが止まった。

 

「むむむ……この歩、邪魔すぎるよ」

 

「邪魔になるように打ったからな。セララよ、読みが甘かったな」

 

 信長が飛車の攻めを上手く回避したことで、攻守が逆転していく。信長が王手を仕掛け、セララが逃げ回る展開となった。

 

「えっとえっと……玉をここに逃がすよ」

 

「甘い!ここに角を打ち、一気に詰みだ!」

 

 信長がセララの予想外の場所に角を打ち、王手を仕掛けつつ逃げ道も潰す。

 

「う、うわーー!そこは駄目!待って待って!!」

 

「待ったは無しだ。諦めよ」

 

 得意気に信長が宣言する。

 

 セララがなんとか玉の逃げ道を探すも活路は無い。セララは長考した後に降参を宣言するのだった。

 

 

 

 

 

 

 将棋が終わって信長が帰った後、丹羽が部屋を訪ねてきた。

 

 いつもは落ち着いた様子の丹羽が、今日はわずかに眉間に皺を寄せていた。何か困っていることがあるときの顔だと、セララはすでに覚えていた。

 

「セララ様、少しご相談がございまして」

 

「どうぞ、座って話して」

 

 丹羽は座ってから、少し言葉を選ぶように間を置いた。

 

「本を作ることの効率化についてでございます」

 

「効率化?」

 

「はい。現状は本を作るために木版印刷を行っているのですが、版を彫刻する職人が不足しているのです。鬼滅の刃と尾張水神伝が大変な人気でして、本を作り続けているのですが、製作速度が追い付かず悩んでおります」

 

 セララは少し考えた。

 

「木版印刷っていうのはどういうやり方なの?」

 

「硬い木材を平らに削り、一枚分、文字と挿絵の内容をすべて鏡文字で彫刻いたします。不要な部分を彫り下げて、文字部分を凸状に残す凸版方式でございます。こうして版を作り、和紙に押し付けて印刷するのです」

 

 セララはその説明を聞きながら、問題の構造を整理した。

 

 一ページごとに版を一から彫る。ということは、一冊の本を作るには、そのページ数だけ版が必要になる。しかも一枚の版を作るのに相当な手間がかかる。職人が不足すれば、版の制作が追いつかない。需要が増えれば増えるほど、その問題は大きくなる。

 

 何か解決策はないか。

 

 セララはペンダント型の端末に手を触れて、検索を始めた。今まではホワイトスワローのデータベースにアクセスしていたが、最近は使用しそうなデータ・技術を整理してペンダント型の端末にもデータを保存しているのだ。

 

 印刷技術の改善方法で検索するといくつかの情報が表示された。活版印刷、木活字。

 

「木活字っていう技術を使ってみるのはどうかな」

 

「木活字、でございますか」

 

「一ページ分の版を一度に彫るんじゃなくて、一文字ずつ独立した小さな版を準備するんだよ。数百から数千文字分の活字を、職人たちで分担して作るの」

 

 丹羽が和紙に筆でメモをしていく。

 

「版を作ったら、文章に合わせて版を綺麗に並べて固定して、組版にして印刷するの。これだったら一回の彫刻で何度も使える。同じ文字の版を並べ替えれば、違う内容の本も作れるよ。訂正や改訂も容易だし」

 

 丹羽がその説明を聞き、最初の困り顔が理解と興味の顔に変わっていく。

 

「一文字ずつ作っておけば、組み合わせを変えるだけで様々な文章が印刷できるということですね」

 

「そう。版の彫刻作業を多くの職人で分担できるから、製作速度が上がる。しかも一度作った活字は繰り返し使えるから、長い目で見ると手間が大幅に減るはずだよ」

 

「流石はセララ様です。これが実現すれば印刷速度が上がり、本を容易に作ることができます。早速職人に話を……」

 

「ちょっと待って。前から少し言いたかった事があるんだ。」

 

 セララは端末を閉じて、丹羽が持ってきていた本の写しを手に取った。

 

 1ページ目を開いて文字を見る。この文字がセララとしてはとても読みにくかった。

 

 一文字一文字の形が人によって違い、線の太さも傾き方も一定ではない。にょろにょろと流れるような書き方をしている文字もあれば、極端に崩れて別の文字に見えるものもある。

 

「君達の字……崩し文字が汚くて読めないよ。人によって字の癖が強いし、にょろにょろしてるし」

 

 丹羽が少し申し訳なさそうな顔をした。

 

「ははは……字とはそういうものなのです。書く者によって形が変わるのは、ある意味では仕方のないことでして」

 

 セララは少し考えた。

 

 木活字を作るとして、活字の文字の形が人によってバラバラでは意味がない。統一された、読みやすい文字の形が必要だ。

 

「これを機会に、ボクが綺麗な文字を考案するのはどうかな。文字の種類を変えるのではなく、字の形を統一して印刷に適した形にするんだ」

 

「ふむ……文字は同じですが、形を整えると言う事ですな。しかし使い慣れた形の文字を捨てさせ、新しい形の文字を覚えさせるのは苦労しそうです。実行するならば、水神様が考案された文字として『水神文字』と名付ければ皆がありがたがって習得するかもしれません」

 

 丹羽が悩みながら答える。

 

「それだ!その方向で考えてみるね」

 

 セララは端末を開いて、現代の日本語で使われている文字を表示した。

 

 ひらがな、カタカナ、そして漢字の基本的なもの。崩されていないその文字は一画一画が明確で、どの文字も形が統一されている。手書きではなく、印刷に向いた明朝体に近いフォントを参考に、紙に書き起こし始めた。

 

 一つひとつの文字を丁寧に書いて、五十音を並べていく。現状の崩し文字も隣に書いて対応表を作った。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、信長と武将たち、丹羽、そして授業の生徒たちを集めて、水神文字の発表を行った。

 

 セララが書いた文字を広げて見せると、広間がざわめいた。

 

「これが水神文字でございますか。確かに読みやすい。線が均一で、文字の形がはっきりしています」

 

 丹羽が文字を読みながら感嘆した声で言った。

 

「今の文字とけっこう違うよね。でもこっちの方が読みやすいと思う。書き方を覚えれば誰でも同じ形の文字が書けるから、木活字を作るのにも向いているはずだよ」

 

 信長が水神文字を手に取って眺めた。

 

「今の字は書き手によって形が変わるが、これは形が一定だな」

 

「そう。形が統一されているから、印刷に使いやすいんだよ」

 

 生徒たちの間で意見が交わされた。

 

「文字を変えるとなると、皆が習い直す必要がある」

 

「しかし読みやすいのは確かだ。子供たちが習う文字としても、こちらの方が覚えやすいかもしれない」

 

「水神様が考案された文字ならば、民も受け入れやすいのでは」

 

 信長はしばらく考えてから言った。

 

「文字を変えることは重要な事項だ。すぐに全てを変えるのではなく、まずは水神文字を使った本を作り、大衆の反応を見てみることにしよう」

 

「賢明なご判断かと思います。」

 

 と丹羽が頷いた。

 

「鬼滅の刃と尾張水神伝の次の刷りから、水神文字を使って様子を見る。その本の最初のページに現状の崩し文字と、水神文字との比較表を掲載するのだ。この比較表を見れば水神文字が読めるようにな。読んだ者がどう反応するかを確かめてから、継続して水神文字を使うかを判断する」

 

 信長の許可が出た。

 

「ありがとう、信長さん!」

 

 セララはあのにょろにょろした崩し文字を早く駆逐したかったので、自分の提案が通った事を喜び、信長に感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日で木活字の制作が始まった。

 

 水神文字の一文字一文字を、職人たちが小さな木片に彫っていく。丹羽が職人を取りまとめ、文字の形がセララの書いた見本通りになるよう、細かく確認した。

 

 セララも作業場を訪れて、職人たちに直接アドバイスした。

 

「この文字はこの部分の角度が大事で、ここが崩れると別の文字に見えちゃう。一画目と二画目の間隔も均一にしてほしいな」

 

 職人たちは真剣な顔で聞き、見本と見比べながら彫り進めた。最初は難しそうにしていた職人も、何十文字と彫るうちに手が慣れてきた。

 

 一週間ほどで、基本的な文字の活字が揃った。

 

 組版を試みた。活字を文章の順に並べ、枠で固定して和紙に押し付ける。インクを均一に乗せることに最初は手間取ったが、何度か試すうちに綺麗に印刷できるようになった。

 

 最初に水神文字で印刷された鬼滅の刃の一節を見て、丹羽が目を細めた。

 

「本になると一目瞭然ですな。これは確かに、今までより分かりやすい」

 

「文字の形が統一されているから、目が慣れればすらすら読めるはずだよ」

 

 完成した本が城下に出回り始めると、最初は敬遠された。

 

「この尾張水神伝は新しい文字で書かれている。この文字を習得しないと物語を読めないとは酷い話だ」

 

「物語を読めないのは困る。ならば比較表を見ながら文字を覚えるしかあるまい」

 

 一般的にはこのような反応であった。新たな文字を覚えるのは面倒くさい。だがそれ以上に物語を読みたいと言う気持ちが勝っていた。本の1ページ目に古い文字と水神文字との対応表が載っており、頑張れば文字を覚える事ができる。

 

 さらに一週間が経過すると大衆の反応が変わって来た。水神文字を覚えた人達がその有用性に気が付いたのだ。

 

「これは読みやすい」

 

 という声が広まった。

 

「水神様の文字だそうだ」

 

「確かに今までの崩し字より分かりやすい」

 

 子供に習わせたいという親の声も出てきた。

 

 尾張水神伝を水神文字で読んだ者たちが、物語の内容だけでなく文字そのものについても話し合った。

 

「今までは人によって字の形が違って読みにくい写本もあったが、これは誰が読んでも同じだな」

 

「水神様はまた新しいものを作られたのか」

 

「文字まで変えてしまうとは、神様というのはすごいものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 信長は水神文字の報告を受けてから、セララに言った。

 

「大衆の反応は良いようだ。段階的に水神文字を尾張の標準として採用することとする。第一段階として、政治、軍事、商売に関わらない書物でのみ水神文字の使用を許可する」

 

「本当に?ありがとう、信長さん」

 

「お前の文字が尾張に根付けば、書物が広まりやすくなる。知識を広めるお前の仕事にも、直接繋がることだ」

 

 セララは頷いた。

 

 文字が広まれば、本が広まる。本が広まれば、知識が広まる。農業の知識も、衛生の知識も、文字が読める人間が増えれば、より多くの人に届く。

 

 木活字と水神文字は、そのための道具だ。

 

「第一段階が上手くいった後はどんな順番を考えているの?」

 

「問題なければ第二段階で商売での使用許可を出す。帳簿や看板だな。第三段階で政治と軍事に使用許可を出すつもりだ」

 

 信長が言った。

 

「水神文字を教育する場が必要ですな。あと、水神文字を習得した者は商売や城の仕事で優先する仕組みを作っても良いかもしれません」

 

 丹羽が提案を行い、信長が頷く。

 

「うむ。良い提案だ。水神文字に関する教育と、商売や仕事で優先する仕組みの検討は丹羽に任せるぞ」

 

「はっ!承知いたしました」

 

 丹羽が返事をする。

 

 セララが考えた知識や技術はそのままでは尾張に馴染まない。これを制度や仕組みに落とし込むのが丹羽はとても上手だ。きっと今回も上手くやってくれるだろう。

 

 信長、丹羽、セララ。この3人で新しい知識や技術を広めて行く作業がセララはとても楽しかった。

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