SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に来ちゃいました。 魔法と知識で日本を発展させます。 作:Lavian
森の木々は思ったよりも深かった。
踏み込んでみると、枝葉が頭上で絡み合い、空を細い隙間からしか見せてくれない。地面は落ち葉と湿った土が重なっていて、歩くたびに沈み込む感触がした。遠くで鳥の声がした。前世でも聞いたことのある、どこか懐かしい音だった。
セララはしばらく歩いてから、翼を広げた。
一息で地面を蹴り、木々の上へと舞い上がる。枝に引っかからないよう体をひねりながら上昇すると、梢を抜けた瞬間に視界が一気に開けた。
青い空が広がっていた。
地平線の向こうまで続く緑の森と、その先に見える丘の稜線。空気は澄んでいて、遠くの山の輪郭がくっきりと見えた。太陽が高い位置にあり、白くまぶしい光を惜しみなく降り注いでいる。
セララは翼をゆっくりと動かしながら、高度を保ったまま水平移動した。レーダーで確認した方向へ進むと、森が途切れ、開けた場所が見えてきた。
村だった。
茅葺の屋根が十数棟ほど集まっていて、周囲は畑に囲まれている。畑には緑色の作物が整然と並んでいた。村の端には細い川が流れていて、そこから水路が引かれているようだった。人の姿もある。畑を耕しているもの、荷物を運んでいるもの、子供が走り回っているのも見えた。
セララは高度を保ちながら、村の様子を観察した。
建物の構造は木と土と藁でできている。石造りの建物は見当たらない。着ている衣服も素朴で、色は藍色や茶色が多かった。農具らしきものを持って作業している姿は、前世で見た歴史の教科書の挿絵に近い印象を与えた。
武器を持った人間は、今のところ見えない。
では、どうやって接触するか。
考えていた計画通りだ。村の上空にいれば向こうも気づく。気づいたときの反応を見て、次をどうするか決める。問題は、今まさにその時を待っているということだった。
高度をわずかに下げた。
木々の梢よりは高く、でも村の屋根よりは上。その位置でゆっくりと弧を描くように飛んでいると、やがて一人の村人が空を見上げた。
畑の端で作業をしていた中年の女性だった。何気なく顔を上げて、そのまま固まった。
セララは見られていることに気づいたが、動きを変えなかった。ゆっくりと、穏やかに飛び続ける。脅威ではないと伝えるために、急激な動きは避けた方がいい。
女性が隣の人間の袖を引いた。その人間が空を見上げた。また別の人間が気づいた。
少しずつ、村の中に動きが広がっていくのが見えた。
人が集まり始めていた。
<村長の視点>
村長の名は五兵衛といった。七十を過ぎた老齢で、腰は少し曲がっているが目だけはまだ鋭い。長年この村を取り仕切ってきた経験が、その目の奥に積み重なっている。
五兵衛が畑から呼び声を聞いて出てきたとき、村人のほとんどがすでに空を見上げていた。五兵衛も釣られて顔を上げた。
空に、何かがいた。
人の形をしていた。しかし背中に大きな翼があり、頭上には金色に光る輪が浮かんでいた。白い羽根の翼が太陽の光を受けて輝いており、金の輪がその周囲をやわらかく照らしていた。
五兵衛はしばらくその姿を見つめていた。
「あれはいったい何だ」と若い男が言った。
「見たことがない」と別の声が続いた。
「翼がある。鳥か?」
「いや、形が人だ。人の形をしている」
村人たちがざわめく中、五兵衛は黙って空を見続けた。翼のある人の形。頭上に輝く金色の輪。高い空をゆっくりと、脅かすことなく飛んでいる。
五兵衛の脳裏に、幼い頃に寺の和尚から聞いた話がよみがえった。
「……天の国から降りてきたに違いない」
五兵衛は静かに言った。周囲の声が少し収まった。
「あれはきっと天の使いじゃ」
誰も反論しなかった。
翼があり、頭上に金色の輪がある。空から降りてくる。それ以外の何だというのだ。村人たちは顔を見合わせ、それから一人、また一人と頷き始めた。きっとそうに違いない、という言葉が波のように広がっていった。
そして誰かが膝を折った。
それを見た隣の者が膝を折った。またその隣が膝を折った。子供たちも、大人に倣うように手を合わせた。五兵衛も静かに膝を折り、手を合わせた。
「天の使い様が村に降りてきてくださった」と五兵衛は言った。声が自然と低くなった。「ありがたや、ありがたや」
村人たちがその言葉を繰り返した。手を合わせ、頭を下げ、祈り始めた。
<セララ視点>
セララの目に、その光景が飛び込んできた。
全員が膝をついていた。手を合わせていた。自分に向かって、祈っていた。
セララは内心で盛大に困惑した。
(いやいやいや。ちょっと待って。まさかこうなるとは思っていなかった。武器を持ち出してくる可能性と、友好的に受け入れてくれる可能性は考えていたよ。でも祈られる可能性は、正直一ミリも想定していなかったよ!)
スカイエルフの翼とヘイローが、この人たちには天使の特徴に見えているらしい。言われてみれば、前世で見た宗教画の天使はこんな見た目をしていた気がする。翼と光輪。確かに一致する。仮に天使を知らなくてもこの時代の人からすれば神聖な存在だと思ってしまうのは無理なかった。
でも、ボクは神様でも天使でも何でもない。ただの転生者だ。前世では残業で疲れ切ったOLだった。
とはいえ。
セララは空中で静止しながら、もう一度村人たちを見下ろした。
誰も武器を持っていない。誰も石を投げようとしていない。村人たちは怖がってもおらず、むしろ歓迎しているように見えた。
これ以上穏便な接触の仕方があるだろうか。
この勘違いを正すのは後でいい。今は情報が必要だ。まずこの場所がどこなのかを確かめないといけない。そのためには村人と話す必要がある。
セララはゆっくりと高度を下げ始めた。
村人たちが一斉に顔を上げた。祈りの声が高くなった。ありがたや、ありがたや、という言葉が重なり合って聞こえてくる。
地面が近くなる。セララは翼を広げたまま、静かに着地した。土の感触が足裏に伝わった。
村人たちが一歩引いた。それからまた膝を折り、深く頭を下げた。
セララは少しだけ姿勢を正してから、なるべく穏やかな声で言った。
「はじめまして。ボクの名前はセララだよ」
翻訳機能を使うつもりで端末に触れかけたとき、気づいた。
使う必要がなかった。
相手の言葉が、そのまま聞き取れる。意味が分かる。自分の口から出た言葉も、翻訳なしに届いているらしい。村人たちが驚いた様子もなく聞いているところを見ると、自分の発した言葉も向こうには通じているようだった。
これはどういうことだ。
セララは一瞬混乱したが、すぐに理解が追いついた。
この言語は日本語だ。
前世の自分が、生まれてから二十数年間使い続けた言語と同じものだった。発音も、単語も、文法も、全部聞き覚えがある。転生してからスカイエルフの言語を母語として育ったため普段は意識していなかったが、前世の記憶としてちゃんと残っていたらしい。
セララは続けた。
「この村には、ちょっと教えてほしい事があって降りてきたんだ。ボクは世間の事に疎くて……この国の事、この村の事、君達の事、周辺地域の事、君達の常識。これらを教えてもらえないかな」
村人たちがざわめいた。そのざわめきは恐れではなく、感激に近い響きがあった。
五兵衛が顔を上げた。七十過ぎとは思えないくらいの勢いで立ち上がり、深く頭を下げながら言った。
「ははあ!もちろん、知っておる事はすべてお話しいたします!」
それから五兵衛は、よどみなく話し始めた。
この国の名は尾張である。織田の殿様が治めておられる国だ。この村は尾張の端にある小さな村で、米を作って暮らしている。周辺には同じような村がいくつかある。山を越えた向こうには別の国がある。最近は世情が物騒で、遠くでは戦があると聞いている。
セララはじっと聞いていた。
聞きながら、頭の中で情報を整理していた。
尾張。織田。
その二つの言葉が、前世の記憶と強くつながった。
歴史の授業で習った。漫画でも見た。ゲームでも遊んだ。尾張の織田といえば、戦国時代の日本において最も有名な地名と氏名の組み合わせの一つだ。
(ボク、日本の戦国時代に来ちゃった?)
衝撃は大きかったが、同時に妙な納得感もあった。ワープ事故は時空を超えることがある、という記述を技術書で読んだことがある。通常のワープはあくまで空間の折り畳みだが、強力な外乱が加わった場合に時間軸方向への跳躍が起こる事例が理論上存在するという内容だった。もしくは、転生した時点で時間が巻き戻っていたり並行世界だったとか。
もっとも、今はその驚きを表に出している場合ではなかった。
五兵衛が話し終えたところで、セララは落ち着いた声で礼を言った。
「ありがとう、とても参考になったよ」
「天の使い様……他には何かございますか?我々にできることが何かあれば」
五兵衛の声には純粋な敬意と、もしかしたら少しの期待が混じっていた。
セララは少し考えた。
この勘違いを維持するかどうかについては、もう決めている。正体を明かすのはリスクが高い。この時代の人間がスカイエルフを理解できるとは思えないし、理解できないまま異物として排除されても困る。天の使いという認識は、少なくとも今は悪くない。
しかしそれならば、天の使いとして振る舞い続ける必要がある。
天の使いが村人から何かを受け取るなら、代わりに何かを与えなければならない。一方的に搾取するだけでは、いずれ信頼が崩れる。それは長期的に見て損だ。
「ありがとう。君達の気持ちが嬉しいよ」
セララはゆっくりと言った。
「それならボクは食事が欲しいな。代わりに、君達が困っていることがあれば手伝いたいと思う。何かあるかな?」
五兵衛が顔を上げた。村人たちが顔を見合わせた。
しばらく沈黙があった。
「天の使い様……」
五兵衛は少し言い辛そうに、しかし意を決したように口を開いた。
「我々の村では最近、井戸が枯れてしまいまして。雨も降らず、水不足でございます。畑の作物も干上がりかけており……どうにかならないでしょうか」
村人たちが一斉に同じ方向を見た。村の中央あたりだ。
セララもその方向に視線を向けた。石で組まれた井戸の輪郭が見えた。周囲の土は乾いており、ひびが入っている場所もあった。畑の作物も、近くで見ると葉の端が茶色くなりかけているものがある。
セララはその状況を静かに観察した。
水不足。井戸が枯れた。雨が降らない。
解決できるかどうかは、まだ分からない。何が原因で井戸が枯れたのかによる。地下水脈の問題なのか、単純に水位が下がっているだけなのか。周辺の地形を確認する必要がある。
ただ、一つだけ分かることがある。
魔法は使える。
前世では想像の中にしかなかった力が、今の自分には備わっている。水に関連した魔法の理論はひと通り学んでいた。実際に試したことがあるものとないものがある。この状況でどこまでできるかはやってみなければ分からないが、全く手がないということはないはずだった。
セララは五兵衛の目を見た。老いた目の奥に、困窮と、そしてわずかな希望が混じっていた。
「分かった」とセララは言った。
「ちょっと見てくるね。すぐには答えられないけど、何ができるか考えてみるよ」
五兵衛が深く頭を下げた。後ろの村人たちも同じように頭を下げた。
ありがたや、ありがたや、という声がまた重なった。
セララは井戸の方へゆっくりと歩きながら、内心で静かに息をついた。
天の使い、か。
前世では毎日同じ道を歩いて同じオフィスに向かい、夜遅くに残業をして、コンビニのおにぎりを食べながら帰る日々を送っていた。誰かに感謝されることも、頼りにされることも、あまりなかった。
それが今は、見知らぬ土地で、見知らぬ時代の人間たちに、ありがたやと言われながら問題を解決しようとしている。
おかしな話だと思う。
でも嫌いじゃない、と正直なところセララは思っていた。
井戸の縁に手をかけて、深さを覗き込んだ。底は暗く、遠かった。石の壁を伝って指を走らせると、ところどころに水の跡が残っている。完全に枯れているわけではなく、水位がかなり下がっているようだった。
地下水脈の問題か、あるいは水量が絶対的に不足しているのか。
まずは地形を確認する必要がある。
セララは翼を一度広げて、上空から周辺を見渡した。村の南側に川があり、そこから水路が引かれているが、川の水量自体がかなり少ない。川の源流方向を確認すると、上流に向かって地形が少し高くなっている。
川の水が少ないということは、上流で何かが起きているのかもしれない。あるいは季節的なものか。
空の上から見渡しても原因は不明だったが何とかする方法はある。
ボクはただの人間ではなくスカイエルフ。魔法もあるし高度に発展した科学もある。この力を使って村を助けよう。