尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第二十九話 三河一向一揆

 1562年(永禄5年)の秋。

 

 清洲同盟が結ばれた事で水神信仰が同盟国の三河にも伝わり、尾張と三河からさらに各地に広まっていった。特に尾張水神伝という物語と、木活字による印刷速度の向上がこの広まりを後押しした。水神様の存在を知る者が増えるにつれて、信仰の輪が大きくなっていった。

 

 しかしその広まりを、快く思わない者たちがいた。

 

 セララと信長が執務室にいる時、丹羽が報告のために部屋を訪ねてきた。その顔がいつもより険しかった。

 

「信長様、セララ様、少々厄介な話がございまして」

 

「厄介な話?いったいどうしたの?」

 

「比叡山延暦寺と本願寺から、水神様への批判が出始めております」

 

「比叡山と本願寺、という事は天台宗と一向宗だね」

 

「はい。天台宗、一向宗は口を揃え、水神様を『怪しい理屈により人々を惑わす天狗』と呼んでおります。水神様の知識は嘘であり、人々を欺いていると主張しているようです」

 

「嘘って言われても……農業の収穫が増えたのも、雨を降らしたり怪我を治療したのも、全部本当だよ。目撃者もたくさんいるのに」

 

「おっしゃる通りです。しかし彼らにとっては真実はどうでも良いのです。水神信仰が広まることにより教徒が減っている事が重要で、危機感があるのかと思われます」

 

 丹羽の報告を聞いていた信長は苦々しい表情で言った。

 

「比叡山と本願寺か。あの生臭坊主どもが」

 

「武力と宗教が揃った織田家を脅威と感じ、水神信仰を崩そうとしているようです」

 

 と丹羽が言った。

 

「水神様への批判をそのままにしておけば、民心が揺れる可能性があります」

 

 信長はセララを見た。

 

「セララ、どう思う」

 

 セララは少し考えた。

 

 批判されることは予想の範囲内だった。力が広まれば、それを脅威に思う者が出る。しかし批判をそのままにしておけば、積み上げてきた信頼が揺らぐ可能性がある。

 

「正式に水神教を立ち上げようと思う。水神教の組織を作って、きちんとした形にするよ」

 

「組織を作って対抗するというわけか」

 

 と信長は言った。

 

「水神の教えを広める専門の組織があれば、対応できる事の幅が広がるからね」

 

「組織の名前は?」

 

「水神教団はどうかな。分かりやすさ重視の名前だよ。紋章は白い翼を使うのが良いと思う」

 

「水神教団ですな。白い翼の紋章も分かりやすく、民衆も受け入れやすいと思います」

 

 丹羽がセララの命名に同意する。

 

「うん。それと水神教の教義も決めたい」

 

「どのような教義にするのだ」

 

 信長がセララに尋ねる。

 

「既存の宗教みたいに細かい規則や罰則は作らないよ。複雑な決まりを増やしても意味がないから。教義はただ一つ、人に優しくすること」

 

「それだけか」

 

「それだけ。難しい経典も、複雑な儀式も、怖い罰則もいらない。人に優しくすることができれば水神教の信者だよ。人に優しくすれば死後も天国に行けるっていう教えにしたい」

 

 丹羽が頷いた。

 

「誰にでも分かる教えですね。守れる教えでもあります」

 

「普通に生きている人々は既に実践してるはずだよ。生きて行く上で皆が助け合い、人に優しくしているからね。教義を守れないのは悪人だけ」

 

「セララの考えは分かった。だが、教義がそれだけでは天台宗と一向宗に対抗するのは難しいのではないか?仏教を排除する教義を組み込めば効果的だと思うが」

 

 信長が自分の考えを言ったが、セララは首を横に振った。

 

「信長さん、それは駄目だよ。宗教は誰かを排除するための物じゃない。人を幸せにするためにあるんだ。少なくとも、水神教はそうありたい」

 

 セララの真っすぐな言葉を信長は受け止めた。

 

「ふっ。失言であったな。では水神教の教義は『人に優しくすること』とし、水神教団の設立を許可する。組織の整備は丹羽に任せよう」

 

「ははっ。水神教団の設立、承知しました」

 

 と丹羽が頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 水神教団の設立は速やかに進んだ。

 

 これまでセララの授業を受けてきた者たちが、最初の会員として名を連ねた。水神様の教えを広めることが自分たちの役目だという意識が、自然と集まった人々の中にあった。

 

 水神教団のシンボルとなった白い翼の紋様が、旗や建物に描かれ始めた。

 

 水神教の教義は簡潔だったが、それゆえに人々に浸透しやすかった。

 

 難しい経典を読む必要がない。修行をしなくても良い。銭を納めなくても良い。ただ人に優しくすれば良い。そうすれば死後に天国へ行ける。

 

 それだけなら、誰でも今日からできる。分かりやすさ、親しまれやすさが水神教の強みとなった。

 

 各地の村を回って農業知識や養鶏、養蜂、酪農を各地の村に広める役目を水神教団が担当する事となった。

 

 水神教団は各地の村々を回り、水神様の知識と恩恵を説き、それを実践していった。水神様の知識を実践すれば豊作になると言う『目に見える利益』によって信者を増やしていった。

 

 

 

 

 

 水神教団が立ち上がった後も既存の宗教勢力との対立は続いていた。

 

 天台宗からの批判は収まらなかった。水神様の知識は真の神の教えではないという主張が寺の説法で繰り返された。一向宗からも同様の批判が出始めた。

 

 しかし、この説法は尾張の人々に受け入れられなかった。

 

「水神様の教えを実践したら本当に豊かになった。それの何が嘘なのか」

 

「怪我を治してもらった者が何人もいる。それを天狗の妖術と呼ぶのか」

 

「我々が困っている時、仏様は何も助けてくれなかったではないか」

 

 このように水神様の恩恵を受けた村人たちが各地で反論を行ったためだ。天台宗と一向宗の方々が嘘だと言うなら、目の前の事実を見てほしい、という声が民衆から自然に上がり始めた。

 

 水神の批判で劣勢となった天台宗や一向宗は尾張の各地で扇動して一揆を起こそうとした。

 

 しかし、尾張の村々は毎年の豊作で豊かになっており、それが水神様の恩恵であると知っていたので村人は一揆の誘いを拒絶した。水神教が広まり、一揆を起こすよりも水神様の教えにしたがった方が豊かになれると人々が知っていたのも大きな理由だ。

 

 一揆への最大の対策は農民を豊かにすることだったのだ。尾張では意図せずそれが実践されていた。

 

 こうして執拗に水神を批判し、一揆を扇動しようとした天台宗、一向宗は尾張での信頼を失い、活動規模を縮小させていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丹羽が月次の報告をまとめながら言った。

 

「水神教団の活動が軌道に乗ってきております。各地で集まりが開かれ、水神様の教えが伝わっています」

 

「それは良かった」

 

 とセララは安心して言った。

 

「ただ、既存の宗教勢力との対立は今後も続くと思われます。一揆を扇動しようとした痕跡がありますし、彼らも簡単には引かないでしょう」

 

「分かってる。でも武力で天台宗や一向宗を排除すると批判が大きいよ。地道に水神教の信者を増やしていく方が良いと思う。このまま布教活動を継続しよう」

 

 丹羽は頷く。

 

「尾張での一揆が失敗したため、次は周辺国や同盟国……三河で一揆を狙うやもしれません。尾張は水神信仰が強かったから問題ありませんでしたが、三河で一揆を扇動された場合は防ぐのが難しいかと」

 

「分かった。水神教団は三河での布教に力を入れるように伝えるね。松平家にも宗教勢力による一揆を警戒するように伝えよう。三河では知識に追加して、農具や食料を配布させて人気を得るのも良いかも」

 

「はい、それがよろしいかと思います」

 

「それと、ボク自身も三河で布教している水神教団にしばらく同行するよ。ボクがいれば雨を降らせたり怪我の回復っていう奇跡を見せられるし、一向宗を信じている人でも改宗してくれると思うんだ」

 

「セララ様が忙しくなってしまいますが、天台宗や一向宗による一揆を未然に防ぐのであれば非常に効果的ですな。信長様に許可を取り、その方向で進めましょう」

 

 丹羽とセララは具体的に三河での水神教団の活動方針について話し合った。

 

 この年の翌年、セララと丹羽の懸念は的中する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1563年(永禄6年)、三河の岡崎城。

 

 三河の空は薄い雲に覆われ、どこか重苦しい空気が漂っていた。

 

 セララは松平元康の居城、岡崎城の一室に招かれていた。部屋には元康と側近たちが集まっている。元康の表情は珍しく険しく、いつもの落ち着いた雰囲気が影を潜めていた。

 

「セララ様、三河で一向宗が一揆を起こしました」

 

 元康が重い口を開いた。

 

「ことの発端は、不入の権の廃止です」

 

「不入の権?」

 

「これまで寺院や神社には、領主の役人が立ち入ることを拒める権利が認められておりました。しかし一向宗の寺がその権利を盾に、我が領内で好き勝手に振る舞っている。年貢の横流しや、農民への不当な取り立てが後を絶たない。それを正すため、不入の権を廃止することとしました」

 

「それで一向宗が反発した、というわけだね」

 

「はい。各地の一向宗の信徒を扇動し、一揆を呼び掛けています」

 

 元康は顔を曇らせながら続けた。

 

「不入の権の廃止は、領主として当然の政です。しかし一向宗はそれを己の権益への侵害と受け取り、農民を扇動しております」

 

「一向宗に同調している武将はいるの?」

 

「それが……」

 

 元康は少し言いにくそうにした。

 

「一年前であれば、家臣団の多くが一向宗の信者でした。しかし水神様が三河においでになり、直接お話しくださり、奇跡を見せてくださったことで、今は多くの者が水神教に改宗しております。ただし、全員ではありません」

 

「つまり、一向宗を信仰している武将が松平家にも複数いる?」

 

「はい。家臣団のおおよその割合ですが、一揆が起きても松平家に付くのが6割、一向一揆に付くのが2割、どちらにも与さない者が2割と見ています。セララ様にはどちらにも与さない者の説得をお願いしたいのです」

 

「家臣団の内、どっちに付くか迷ってる人の説得だね、分かったよ。元康さんはどうするの?」

 

 元康の頼みをセララはすぐに了承した。

 

「出陣し、一向一揆勢を合戦で打ち破ります。蹴散らした上で降伏勧告を行えば多くの者が受け入れるでしょう」

 

「一向一揆を起こしてるのは三河の民なんだよね?合戦で倒さずに説得だけでなんとかできないのかな」

 

 セララは大勢の人々が死んでしまう合戦を回避できないかと元康に尋ねる。

 

「一向一揆の集団が大きくなり、勢いが付いています。合戦前の状態では例えセララ様が交渉しても決裂するでしょう。合戦の回避は難しいと思われます」

 

 元康はきっぱりと言い切った。セララが優しい性格で戦に心を痛めているのを承知の上で、説得が無謀であるという現実を伝えた。そうしなければセララが説得に拘ると思ったのかもしれない。

 

「そっか……わかった。元康さんの判断を信じるよ。合戦は元康さんに任せて、ボクは迷ってる武将の説得に回るね」

 

「感謝いたします。どうかよろしくお願いいたします」

 

 元康と家臣団達が頭を下げた。こうして役割分担が決定した。

 

 

 

 

 

 セララは一揆への参加を迷っているとされる武将たちを個別に訪ねることにした。

 

 最初に向かったのは、渡辺半蔵(後の渡辺守綱)の屋敷だった。

 

 渡辺半蔵は古くから一向宗の信者だったが、水神様の存在を知り、一向宗とどちらが正しいのかを判断しかねていた。

 

 屋敷に通されたセララを渡辺半蔵は複雑な表情で迎えた。20歳前後の若者で屈強な体躯をしている。

 

「水神様がわざわざおいでとは、恐れ入ります」

 

「直接話したかったから来たよ。半蔵さんは今、迷っているんじゃないかな」

 

「……お恥ずかしい話ですが、その通りです」

 

 半蔵は絞り出すように言った

 

「一向宗に長く帰依してきたんだね」

 

「代々信仰して来ました。一向宗を裏切るという事は、仏様を裏切ることになるのではないかと……」

 

「仏様への信仰があるんだね」

 

「はい」

 

 セララは半蔵の目をまっすぐ見た。

 

「ボクはあなたに、一向宗を捨てろとか、仏様への信仰が間違っていたとか言うつもりはないよ。長年の信仰を大切に思う気持ちは本物だと思う」

 

「では、なぜ」

 

「仏様の事を思うなら、なおさら一揆を止めた方が良いんじゃないかな。一揆が起きれば、参加した農民たちも武将たちも傷つく。それは仏様が本当に望んでいることかな」

 

 半蔵は唸って考え込んだ。

 

「仏様は農民を救いたいと思っているはずだよ。でも一揆で農民を戦に駆り出すことが彼らを救うことになるかな。仏様が地上にいたら、きっと一揆を止めたんじゃないかなって」

 

 半蔵はしばらく目を閉じた。

 

「……水神様のおっしゃる通りかもしれません」

 

「仏様の信仰と一揆を止めて平和に暮らす事、本来は矛盾しないはずだよ」

 

 半蔵は長い沈黙の後、静かに頭を垂れた。

 

「……此度の一揆には参加しません。水神様のお言葉を聞いて、己の迷いが晴れました」

 

 セララは小さく頷いた。

 

 

 

 

 その後もセララは迷っている武将たちの元を一人ずつ訪ねた。

 

 セララはどの武将に対しても、その者の気持ちを否定しなかった。ただ、一揆が本当に仏様の意思なのかを問いかけた。

 

 説得に応じた者もいれば、最後まで迷いを抱えたまま答えを保留した者もいた。しかしセララが訪ねた武将の中で、実際に一揆への参加を選んだ者は、ほんのわずかだった。

 

 

 

 

 元康は兵をまとめ、一向一揆勢と対峙した。

 

 一揆の規模は、当初の懸念よりもはるかに小さかった。水神教団がこの一年で三河の村々を回り、食料と農具を配り、雨を降らせ、怪我人を治してきた結果として、多くの農民はすでに水神教に改宗していた。一向宗の呼びかけに応じる農民は、水神教の布教が無ければ数万に及ぶはずが、実際は数千に留まっていた。

 

 家臣団もまた、セララの説得もあり、一揆側に寝返る者はごくわずかだった。

 

 合戦は短期間で決した。

 

 元康の軍が一向一揆勢を打ち破り、扇動していた一向宗の僧達を捕縛した。

 

 戦が終わり、元康は一揆に参加した者たちに向けて宣言した。

 

「此度の一揆に加わった者であっても、水神教に改宗し、改めて三河の民として生きる誓いを立てた者は全員赦免とする」

 

 この言葉が伝わると、一揆に参加していた農民たちは次々と武器を置いた。

 

 厳しい罰を覚悟していた者たちにとって、この寛大な宣言は予想外だった。

 

「水神教に改宗するだけで、許してもらえるのか」

 

「水神様の教えはただ一つ、人に優しくすること。それだけだ。誰でも今日からできる」

 

 元康の兵や水神教団の者がそう伝えると、人々は顔を見合わせ、やがてゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 三河一向一揆が終息した後、元康はセララと並んで岡崎城の廊下を歩いていた。

 

「セララ様のおかげで一向一揆による被害は最小限で済みました」

 

「元康さんが合戦で勝ってくれたから一向一揆が終わったんだよ。ボクだけの力じゃないよ」

 

「いえ、謙遜なさらないで下さい。武将たちへの説得、本当に助かりました。水神教団の活動についてもです。あと一年、水神教の布教が遅ければ、一揆の規模は数倍になり、家臣団を割る大きな内乱になっていたと思います」

 

 元康はどこか遠くを見るような目をして続けた。

 

「一年前の三河は、今より貧しかったのです。しかし、水神様が来てから知識によって村々の収穫が増え、農具や食料の配布もあり、人々が豊かになりました。腹が満ちれば人は争うことを選びにくくなる。それを今回、改めて感じました」

 

「そうだね」

 

 セララは窓の外の空を見上げた。雲が流れ、青空が広がっていた。

 

「一揆が小さくなったのは、ボクが来たからじゃなくて、三河の人たちが変わったからだよ。豊かになっている実感があったから、戦うことを選ばなかった」

 

「それはセララ様が種を蒔いてくださったからです」

 

「種を大きくしたのは三河の皆だよ」

 

「では、セララ様と三河の人々、全員の功績にさせてください」

 

 元康とセララは二人で笑いあった。




史実の三河一向一揆では元康(改名後は家康)の家臣団が二つに割れて味方が敵に回るなど、かなり危機的状況に追い込まれたようです。

なのでこの歴史ではかなり一揆を抑え込んだ形ですね。
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