尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第三十一話 天秤鞴と水神刀

「セララよ、儂はどうしても水の呼吸の技を使ってみたい」

 

 執務室で書類を片付けていた信長がセララに向かって言った。

 

「……またその話だね」

 

「当然だ。鬼滅の刃の紙芝居を見るたびに思っておる。どうにかならないか」

 

「水の呼吸は空想の物語だからできないよ。以前も話したでしょ」

 

「うむ、分かっておる」

 

 信長は少し間を置いてから続けた。

 

「そこで考えたのだが……儂に呼吸の力が無いなら、刀に持たせれば良いのだ」

 

「刀に?」

 

「セララよ、水の力を持つ妖刀を作れないか?」

 

 信長の目が真剣だ。そしてセララにものすごく期待しているのが分かる。

 

「信長さん、そこまでして水の呼吸を使いたいんだね」

 

 セララは若干あきれながら言った。

 

「当然だ。全ての武士の憧れである。で、どうだ?できるか?」

 

「うーん……やるだけやってみるね」

 

 

 

 

 

 

 

 自室に戻って、セララは本気で考え始めた。

 

 エンチャント・ウォーター。武器に水属性を付加する魔法だ。刀に水流を纏わせて、振るたびに水が流れる。この魔法はセララでも使用できる。

 

 問題は持続時間だ。セララが直接魔力を込める場合、効果は三十分ほどで切れる。付与した魔力を使い切ったら終わりだ。

 

 一時的な妖刀にはなっても、三十分で普通の刀に戻っては信長も満足しないだろう。毎回セララに魔法をかけてもらうのも現実的ではない。

 

 永続させるには二つの条件が必要だ。

 

 一つ目は、周辺環境から魔力を集める素材を刀に使うこと。環境中の微弱な魔力を自動的に吸収して、刀自身に貯蔵する仕組みが作れれば、外部から補充し続けられる。

 

 そういう素材としてセララの羽がある。

 

 スカイエルフの羽は魔力を帯びている。抜け落ちた羽を以前から集めていたが、あれを刀の素材に練り込めれば、魔力を集める媒介になるかもしれない。

 

 二つ目の条件は消費魔力を極限まで下げること。

 

 実際に水を出すのは消費魔力が高い。でも水を実体のない幻影に留めれば消費魔力は格段に下がる。

 

 つまり、水が出るのは見た目だけにする。

 

 信長が水の呼吸の型を再現するためだけに使うなら水が幻影でも十分だろう。見た目で水が流れれば、それで水の呼吸になる。

 

「これでいけるかもしれない」

 

 こうしてセララは水の妖刀の製作を開始した。

 

 

 

 

 

 

 最初に鍛冶師を呼んで相談する事にした。刀に羽を混ぜ込む事の確認だ。

 

「刀の玉鋼にこの羽を練り込みたいんだ。可能かな」

 

 鍛冶師は羽を受け取って、しばらく眺めた。

 

「玉鋼に羽の形を残したまま練りこむのは無理ですよ。いったん燃やして灰にして、その灰を練りこむって言う方法でも大丈夫ですか?」

 

 鍛冶師の話を聞いてセララが頷く。

 

「ボクの国の伝統的な魔法装備には、スカイエルフの羽を燃やしてできた灰を混ぜ込むのもあったんだ。だから灰でも効果があるはず。問題ないよ」

 

「それならできますね。混ぜ込む量はいかほどで?」

 

「玉鋼には羽2~3枚分の灰を混ぜ込んで欲しいな。それで全く効果が無ければ、もっと羽の数を増やしたヤツも作ってみるって事で」

 

「承知しました」

 

 適切な羽の枚数なんてセララも分からないので、ここは実験あるのみだ。幸い、ここまで貯めこんできたスカイエルフの羽の在庫はそこそこあった。

 

「柄と鍔にも仕込みたい。できる?」

 

「柄の中に羽を巻き込む形なら問題ありません。鍔は薄く削って羽を挟む形にしましょう」

 

「ありがとう。大事な作業になるから、丁寧にお願いね」

 

 

 

 

 

 

 こうしてセララの羽を使った刀の製作が始まった。鍛冶屋が鉄と刀を作る工程はセララも見学することにした。これは興味があったのと、セララの知識で製鉄方法や炉の改良をできないかという検討のためだった。

 

 この時代の製鉄方法はたたら製鉄という方法で、玉鋼を作る製鉄の職人は村下(むらげ)と言って刀鍛冶とは別の職人だった。最初にセララはたたら製鉄の方式を見学する事にした。

 

 粘土で作った縦型の炉に砂鉄と木炭を交互に入れ、鞴(ふいご)という足踏みの送風機で空気を送り続けて燃焼させるのがたたら製鉄だ。これは実際に見学してみると、セララの予想以上に大変な作業だった。

 

 鞴は巨大であり、5~6人の職人がタイミングを合わせて足踏みして鞴を踏んで空気を送っているのだ。

 

「鞴を踏むのって単純だけど大変な作業だね……どのぐらいの時間、鞴を踏み続けるの?」

 

「へぇ。鉄を作るには3日間、昼夜を問わず炉を常に燃やし続ける必要がありやす。だから鞴は3日3晩踏み続るんでさあ」

 

 セララが職人の頭に問いかけると、この大変な作業は3日間連続して行う必要があると言う。これはあまりに大変だと思い、セララは製鉄作業の期間中にデータベースから改良案を探してみた。

 

 検索で見つかったのは天秤鞴だ。まだこの時代には存在しない道具であり、本来であれば130年近く後の道具である。現状の鞴の改良版であり、材料や構造は問題なく作れそうだ。

 

 天秤鞴とは、シーソーのような天秤構造を利用し、連続的かつ効率的に炉へ大量の風を送る鞴だ。

 

 左右に2つ並んだ踏み板(ペダル)が天秤でつながっており、右足で右側を踏み下げると、連動して左側が上がる仕組みになっています。この上下運動によって空気がピストンから押し出され、休むことなく安定した風を炉に送り込むことができる。送り込む風量も大きくすることができる。

 

 セララは職人の頭を呼んで天秤鞴の仕組みをホロ画像付きで説明した。職人の頭はホロ画像に驚いていたが、天秤鞴に強く興味を持ったようで色々な角度から画像を眺めて構造を確認していた。

 

「この天秤鞴を作れれば炉に風を送り込む作業が楽になるはずだよ」

 

「なるほど、理屈はわかりやした。やってみる価値はありやす。今回の製鉄には間に合いやせんが、近いうちに天秤鞴の試作品を作って試してみやす」

 

 職人の頭は天秤鞴の価値を理解し、試作品を作ることを了承した。こうしてたたら製鉄の改良が開始されたのだった。

 

 

 

 

 

 たたら製鉄によってセララの羽の灰入りの玉鋼を確保したセララは次に刀鍛冶の職人を訪れた。話は既に通っており、鍛冶職人はセララが持って来た玉鋼を興味深く観察した。

 

「これが水神様の羽の灰が入った玉鋼ですが。見た目は普通の玉鋼と変わりませんね」

 

「羽の灰が入ってる量がほんの少しだからね。この玉鋼で刀を作る過程で違和感や普段と違う事があれば教えてね」

 

「承知しました」

 

 特殊な玉鋼を用いた刀作りが始まった。

 

 玉鋼を炉で熱して真っ赤にしてからハンマーで叩いて伸ばし、折り畳んでまた叩く。繰り返すことで不純物が排出され、炭素量が均一になっていく。

 

 この折り畳んでまた叩くと言う鍛造方法が、刀を作る秘訣らしい。

 

 作業が進むと硬い鉄で柔らかい鉄を包み込む構造を作り、熱して叩いて一体化させる。

 

「硬い鉄だけだと切れ味は良いけど折れやすい。柔らかい鉄だけだと折れにくいけど曲がりやすい。両方を組み合わせることで硬さと粘りを両立するんですよ」

 

 と刀鍛冶の職人が説明してくれた。セララはこれらの工程を興味深く観察していた。

 

 炉の温度管理、刀の鍛造、鉄の見極め。どれも職人芸であり、セララの知識から改良できる点は現時点では無さそうだった。改良するなら刀鍛冶の方では無く、製鉄方法を改良するのが現実的だろう。

 

 その後も刀鍛冶の作業を見学し、完成を見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 1か月後、完成した刀がセララの元に届けられた。

 

 柄と鍔には外から見えないように羽が仕込まれており、刀身には羽の灰が練りこまれている。見た目は普通の日本刀だ。

 

 完成した刀を手に取ってみた。持った瞬間に、微かな魔力の流れが感じられた。組み込まれた羽が周辺環境の魔力を吸収して、刀の中に蓄えている。

 

「刀に魔法素材を組み込むのは上手くいったね。魔力が宿るようになった」

 

 次はエンチャントを付与する。

 

 通常のエンチャント・ウォーターより格下のバージョン。水の幻影を出す魔法だ。刀を振ると水の幻影が発生し、刀に追従して水が動く設定にする。操作はできない。刀の軌跡を水の幻影が追う。それだけのシンプルな設定だ。

 

 魔法を付与すると刀身が薄い光を纏った。

 

 刀を振ると、刀の軌跡を追いかけるように水の幻影が流れた。

 

 魔力消費量もかなり低く、仮に魔力を使い切っても1日あれば魔力が復活して使えるようになる。狙った通りの妖刀の完成だ。

 

 さらに経年劣化を防止するための保存魔法もかけた。

 

「バッチリだね。完成!」

 

 信長を呼び、完成した刀を見せた。

 

 薄く光る刀身を見て信長の目が輝いた。

 

「これは……」

 

「持ってみて。魔力がない人でも発動するよ」

 

 信長が刀を受け取った。軽く振ると、水が流れるように揺れた。

 

「おお……本当に水が流れているように見えるな」

 

 信長は感動しながら言った。

 

「見た目だけだけど、水の呼吸の型を使う時に雰囲気が出るよ」

 

「これで良い。これで十分過ぎる」

 

 信長は満足そうにうなずいた。

 

「刀の名前は信長さんが決めて良いよ」

 

 信長は少し考えてから言った。

 

「水神が作った妖刀だ。よって水神刀・時雨と名付ける」

 

「良い名前だね。実はもう一本作ってあるんだけど」

 

「なに?」

 

「こっちは試作品だね。性能はどちらも同じだよ」

 

「水神刀を2本作ったのか……セララよ。今後も水神刀を作り続ける事は可能か?」

 

「うーん……材料のボクの羽を複数枚使ってるから、ため込んだボクの羽の在庫がある限りは。今の所、追加でもう10本までなら作れると思う」

 

 セララが悩みながら答える。

 

「追加で10本も作れるのか、凄まじい事だな……セララよ、儂は水神刀を手にした時こう思った。『この妖刀ならば、城と交換してでも欲しがる者がいるだろう』と。それがもう10本だ。これはあまりにも大きい。外交を大きく変える力がある」

 

 信長が水神刀の凄さをセララに解説する。

 

「そんなに?だって、ただ水の幻影が出るだけだよ。全然強くも無いし、それがお城と同じ価値だなんて」

 

 セララは困惑しながら信長に言う。

 

「城など銭と人手があればいくらでも作れる。一方、水神刀を作れるのはセララだけだ。皆が欲しがるであろう。水神刀と引き換えに他国の武将を裏切らせる事とて可能だろう。あるいは、水神刀を渡す事で同盟を組む事さえも……」

 

 信長が腕を組んで考え始める。水神刀を利用した外交戦略のようだが、セララとしては半信半疑だ。

 

「ボクとしては、水の出る玩具を作ったぐらいの感覚なんだけどね」

 

「くくっ!神の作った妖刀が水の出る玩具か!まあ良い。水神刀は非常に価値が高い。作れるなら追加製作を頼むぞ。水だけでなく、炎や雷を出せる刀もあると良い」

 

「了解だよ。炎や雷の幻影が出る刀も作ってみるね」

 

「期待しているぞ。そうそう、試作品である水神刀の二本目はセララが持つと良い。誰かに褒美を渡したい場合に与えるのが良かろう。水神刀・叢雨と名付ける」

 

「分かった。じゃあ水神刀・叢雨はボクの部屋に飾っておくね」

 

「うむ。それでは儂は水の呼吸を試す事にする」

 

 信長は水神刀・時雨を持ったまま、すでに水の呼吸の構えを試し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 それからは毎日だった。

 

 朝の鍛錬の後、信長は水神刀・時雨を持って水の呼吸の型を披露した。

 

 最初は配下たちも「おお!」と驚いていた。妖刀から水が流れている、本当に水の呼吸だ、と興奮した。

 

 三日目も披露した。

 

 五日目も披露した。

 

 七日目も披露した。

 

「また水の呼吸か」

 

 という顔が、配下たちの中に出始めたのは五日目くらいからだった。でも信長の前では誰も言えない。

 

 十日が経った頃、こっそりとセララのところへ相談に来る者が現れた。

 

「セララ様、少しよろしいでしょうか」

 

 丹羽だった。

 

「どうしたの?」

 

 丹羽は辺りを確認してから、小声で言った。

 

「信長様の水の呼吸の披露なのですが……毎日続いておりまして、配下たちが少々……その……」

 

「うんざりしてる?」

 

 丹羽は表情を変えずに言った。

 

「そのような言い方は……まあ、はい。毎日同じ型を見ているうちに、反応が難しくなってきたと申し上げましょうか」

 

「なるほど」

 

「セララ様から信長様に、少し控えるようお伝えいただけないでしょうか」

 

「うーん……」

 

 セララは考えた。信長に水の呼吸をやめるよう言うのは少し気が引ける。あれほど喜んでいたのだから。

 

「しばらく様子を見てみよう。きっとそのうち自然と落ち着くよ」

 

「そうでしょうか……」

 

「まあ大丈夫だよ。多分……」

 

 

 

 

 

 セララが言ったその数日後。

 

 セララは城下町への外出していた。建設中の学校の様子を確認したり、各地からの報告を受けたりする用事で、城を出たのは昼前のことだった。

 

 その日の午前中、信長はいつものように水神刀・時雨を手に取り、水の呼吸の型を始めた。

 

「水の呼吸——」

 

 信長は大きく体をねじった。

 

 その瞬間だった。

 

「っ!」

 

 信長の動きが止まり、腰を押さえた。体が震えている。

 

「……」

 

 配下たちが心配そうに集まってきた。

 

「信長様、どうされました」

 

「な、なんでも……ない……」

 

 信長の顔が青ざめていた。ギックリ腰だった。

 

 無理に大きな体勢で型を繰り返し行ったことで、腰に負担が蓄積していたのだろう。

 

「水神様を呼んでまいります!」

 

 配下が走り出した。

 

 しかしセララは城下町にいた。使いを出して、城下で用事を済ませていたセララに伝えて、戻ってくるまで二時間かかった。

 

 その二時間の間、信長は畳の上で身動きできない状態で過ごした。ギックリ腰は動くたびに激痛が走る。配下たちが心配そうに周囲を取り囲んでいたが、誰もどうすることもできない。

 

「……痛い」

 

 普段は弱音を絶対に言わない信長が、小声で呟いた。

 

 配下たちは困り果てた顔で顔を見合わせた。

 

 

 

 

 二時間後、セララが戻ってきた。事情を聞きながら信長のもとへ急いだ。

 

「信長さん、大丈夫?」

 

「……セララか。ずいぶん待ったぞ」

 

「ごめんね。すぐに治すよ」

 

 回復魔法をかけた。淡い光が信長の腰に広がる。

 

 数分後、信長がゆっくりと身を起こした。

 

「……痛みが引いて楽になった」

 

「良かった。病気じゃなくて怪我だったから、回復魔法が効いたよ」

 

 信長は立ち上がって、腰を軽く動かした。痛みがない。

 

「感謝する。しかし、セララが来るまでの待ち時間は地獄の痛みだった」

 

 と信長は言った。

 

「水の呼吸の型をやる時は、準備運動をきちんとしてね。あと同じ型を毎日続けると体に負担がかかるから、頻度を下げた方が良いよ」

 

「……分かった」

 

 珍しく素直な返事だった。

 

 二時間の苦しみが信長に反省を促したらしい。

 

 

 

 

 

 翌日から、水の呼吸の披露は毎日ではなくなった。

 

 配下たちは誰も口にはしなかったが、その日の城の空気が少し軽くなったのを、セララは感じ取った。

 

 丹羽がセララの横に来て、小声で言った。

 

「セララ様、解決いたしましたね」

 

「ボクは何もしてないよ」

 

「腰痛が解決してくれました」

 

「……まあ、そうだね」

 

 水神刀・時雨は今も信長の手元にある。

 

 ただし、使う頻度は適切な範囲に落ち着いたのだった。




現代のwikiの水神刀・時雨の項目

<水神刀・時雨>

水神刀は1560年代の尾張において水神セララによって製作された妖刀の総称である。
特別な材料として、水神セララの羽が複数枚使用されている。

水神刀・時雨は水属性の幻影魔法を恒久付与された刀であり、刀を振るたびに刀身の軌跡を水の幻影が追従するという視覚的特性を持つ。あくまで幻影であり、実際の水は発生しない。

経年劣化を防止するための保存魔法がかけられており、数百年経過した現在でも当時のままの姿と切れ味を維持している。

なお、幻影及び保存の魔法は水神セララがかけたものであり、人類が魔法を扱う術は見つかっていない。

当時の所持者は織田信長。毎朝の鍛錬後に水の呼吸の型の実演に使用されていた事が水神セララの日記[1]に記録されている。


水神刀は全部で12本製作され、十二神刀[2]と呼ばれている。
水神刀に恒久付与された幻影は様々で、炎・雷・風・氷・光等の幻影がある。

国内にある刀は全て国宝指定されている。
国外にある刀としては水神刀・陽炎があり、ローマ教皇庁に聖遺物として保管されている。[3]


【出典】
1、水神セララの日記『信長さんギックリ腰事件』の章より。当該日記は現在○○博物館に所蔵されている。
2、十二神刀の詳細については「尾張水神伝、刀鍛冶の章」を参照。製作年代は永禄年間(1558年〜1570年頃)とされるが、一部の刀については製作年の特定が困難とされている。
3、水神刀・陽炎がローマ教皇庁に渡った経緯についてはルイス・フロイス著『日本史』を参照。
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