尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第三十二話 フリントロック銃の完成と統一規格

 1565年(永禄8年)。

 

 城下町に大学と小学校が完成した。

 

 完成の日、セララは建物の前に立ってしばらく眺めた。城の近くに並んで建つ二棟の建物。授業部屋の手狭さに悩んでいた頃から考えると、ずいぶん遠いところまで来たという気がした。

 

 小学校は最初から活気があった。

 

 昼食の無料提供が効いたのか、開校初日から子供たちが詰めかけた。親に連れられてきた子、兄弟で来た子、一人でやってきた子。年齢も様々だったが、みんな同じように水神文字を覚えようと真剣な顔をしていた。授業の声が毎日建物の外まで聞こえてくる。その声を聞くたびに、セララは少し嬉しい気持ちになった。

 

 大学には城下の商人や職人、武家の子弟が集まった。算術や複式簿記の授業が始まると、商人たちが目を輝かせた。物理の章が始まると、職人たちがてこや滑車の原理を実際の仕事に結びつけて議論を始めた。教える側も教わる側も熱が入り、授業が予定の時間を超えることも珍しくなかった。

 

 そんなある日、松平家から使者がやってきた。

 

「三河でも同じような学校を建てたいと、元康様からの要請でございます」

 

 信長が許可を出し、セララが松平家の使者に回答した。

 

「学校に必要なものを準備して渡すね。三河でもぜひ学校を広めて欲しい」

 

 水神教科書の写し、学校の設計図、運営の手引き。セララはそれらをまとめて使者に託した。これらの資料の代金として、松平家は三河の特産品を定期的に尾張へ提供する事を約束した。三河は綿花の産地として知られており、また三河湾沿岸では製塩も盛んだった。綿花と塩の安定した供給は尾張にとっても得になる取引だった。

 

 三河に学校が建てられたという報せが届いたのは、それから数ヶ月後のことだった。セララは三河の学校にも時々訪れて講義を行った。

 

 本を作り、学校を作り、授業をする。

 

 その繰り返しで時間があっという間に過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 小学校と大学での授業と並行してフリントロック銃の開発も進んだ。

 

 フリントロック銃の開発が完了したのは、着手からおよそ6年が経った頃だった。尾張の鍛冶職人たちは試行錯誤を繰り返し、セララが監修しながら少しずつ改良を重ねた。火打石の角度、バネの強さ、火皿の形状。何度も試作して、何度も問題が出て、その度に修正した。火皿の部分には雨除けも付けられるようにし、雨天での射撃も可能な仕組みにした。

 

 フリントロック銃の完成試射は城外の訓練場で行われた。

 

 信長、丹羽、主要な武将たちが並んで見守る中、選ばれた射手が新しい銃を手にした。空は曇っており、朝から細かい雨が降り続けていた。

 

 火縄銃であればこの天気は致命的だ。火縄が湿り、点火が安定しない。雨の日の戦で火縄銃が使えないことは武将たちが身をもって知っていた。

 

 射手が銃を構え、引き金を引いた。

 

 乾いた音が鳴り、的に穴が空いた。

 

 一発目。成功だ。

 

 続けて二発目、三発目。いずれも点火に失敗しなかった。雨の中で、三発続けて成功した。

 

 武将たちがざわめいた。

 

「雨の中で……」

 

「点火が通った。火縄銃では考えられん」

 

 信長は腕を組んで的を見ていた。それから射手に向かって言った。

 

「もう一度、今度は速く撃て」

 

 射手が再装填し、引き金を引いた。従来の火縄銃と比べて、構えてから発射までの動作が少ない。火縄に火をつけて維持する手順がない分だけ、動きが速い。

 

「装填時間はまだ改善の余地があるかもしれないけど、雨天での信頼性と発射までの速さは確実に上がってるよ」

 

 とセララは信長に言った。

 

「うむ、十分だ。では整備の面はどうか」

 

「構造上、発砲するたびに火打石と当たり金が接触して削れるんだ。だから数発発砲すると不発を起こしやすくなるよ。撃鉄のねじツマミを緩めて火打石の当たり具合を調整する必要があるんだ。火打石の定期的な交換も必要だね」

 

 セララが整備面での補足を行った。

 

「整備面で問題ありか。連射、命中率、整備を含めた総合的な性能を既存の火縄銃と比較するとどうなる?」

 

 信長がセララに尋ねた。

 

「発砲までの時間、命中率、連射速度を含めて考えると、整備面での苦労があっても火縄銃より優れているよ」

 

 セララが小さな胸をはって答えた。

 

「問題点もあるが、総合的に見て火縄銃よりも利点が多いと言う事だな。改善は可能か?」

 

「良質な火打石を入手できれば改善できると思う。石英やチャート、瑪瑙っていう石で、いろんな人に各地を探して貰っているんだ」

 

「改善の可能性は十分にありそうだな。引き続き良質な火打石を探してくれ。火薬の方はどうか」

 

 信長が丹羽に火薬について問いかける。

 

「硝石床を用いる事で硝石の生産に成功したため、火薬の生産も順調です。フリントロック銃を配備するのに問題はありませぬ」

 

 丹羽が答える。

 

「よくやった。配備の計画を立てろ。まず精鋭に持たせる。使い慣れた者が増えてから全軍に広げる」

 

「はっ、承知しました」

 

 武将たちの反応は様々だった。銃を中心に戦術を組み直す必要があると真剣に考え始めている者もいれば、実際に手に取って重さや構えを確かめている者もいた。

 

 信長はフリントロック銃の開発が完了した事に満足し、どうやって実戦で使うかを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 試射が終わってから、セララは鍛冶職人たちの作業場を訪ねた。

 

 作業場では職人たちが次の銃の製作に取り掛かっていた。試行錯誤を繰り返した6年間で、職人たちはフリントロックの構造を完全に理解していた。最初は図面を見ながら一つ一つ確認していた作業が、今は自然な手の動きになっている。

 

「お疲れ様。ずっと頑張ってくれてありがとう」

 

 とセララは声をかけた。

 

 職人の一人が顔を上げた。

 

「水神様のおかげでございます。最初は何度作っても上手くいかなくて……」

 

「皆さんが諦めずに続けてくれたからだよ。ボクは知識を伝えただけで、実際に手を動かして作り上げたのは鍛冶職人の皆だから」

 

 職人たちが顔を見合わせた。照れたような、しかし誇らしそうな表情をしていた。

 

 フリントロック銃の配備はその後少しずつ進んだ。最初は実績のある射手を中心に渡され、使い勝手の報告が集まるたびに改良が加えられた。フリントロック銃は整備面の問題があるものの性能が高く、兵からの評価は高かった。

 

 

 

 

 

 

 セララは新たに取り組んでいた課題があった。

 

 統一規格の整備だ。

 

 きっかけはフリントロック銃の開発だった。銃の部品を精密に作るには、寸法が正確でなければならない。しかしこの時代の職人は、長さの基準がそれぞれ微妙に違っていた。同じ一尺でも、工房によって実際の長さが僅かに異なる。その誤差が積み重なると、部品が合わなくなる。

 

 開発の初期、セララは何度もその問題に当たった。

 

 そこでセララは、自分の端末に入っているデータを元に、正確な物差しを作った。センチメートル法だ。一センチメートルを正確に刻んだ基準の物差しを作り、それを元に別の物差しを複製する。基準が統一されれば、どこの職人が作っても同じ寸法になる。

 

 フリントロック銃の開発ではこれが功を奏した。部品の精度が上がり、組み立ての失敗が減った。

 

 その経験を踏まえて、セララは民間への普及を提案していた。

 

「物差しの基準を揃えれば、建築も、道具作りも、布の裁断も、全部の精度が上がるよ。職人同士で注文のやり取りをするときも、数字で伝えれば伝わるから間違いが減るんだ」

 

 丹羽はすぐに理解して、信長への上申を行った。

 

「許可する。ただし、最初は試験的に導入し、問題が無いか確認してから本格的に導入するのだ」

 

 信長の許可が出た。

 

 セララは実際に物差しを作った後、試験として大工に使用をお願いして問題点が無いかを確認していた。

 

「一尺三寸五分と言えば分かるのに、41センチメートルと言われても……」

 

 と大工の棟梁が困り顔で言った。セララはこれを聞いてなるほどと思い、変換表を作成して大工に渡した。

 

「変換表を作ったから使ってみてね。慣れれば直接センチメートルで考えられるようになるから」

 

「変換表……なるほど、それなら何とか」

 

 棟梁は渡された紙を眺めた。一尺が約30.3センチメートル。一寸が約3センチメートル。慣れ親しんだ単位との対応が書いてある。

 

 しかし問題はそれだけではなかった。

 

 数日後、棟梁が再びセララのところへやってきた。

 

「水神様、変換表はありがたいのですが……現場で困っておりまして」

 

「どんな問題が起きてるの?」

 

「私が41センチメートルと職人に伝えても、職人が材木屋に発注するときに一尺三寸五分と言い直してしまうんです。材木屋がセンチメートルを知りませんから」

 

 なるほど、とセララは思った。物差しの基準を変えても、取引する相手が変わっていなければ意味がない。職人一人が覚えるだけでは不十分で、職人と取引するすべての業者が揃って変わらなければ機能しない。

 

「材木屋にも変換表を渡してみる。他に困っていることはある?」

 

「もう一つ、年配の職人が覚えにくいと言っておりまして。若い者はわりとすんなり覚えるのですが、長年一尺で仕事をしてきた者には頭で分かっていても、手がついていかないと」

 

 セララは少し考えた。

 

 無理に全員を切り替えさせようとすれば反発が出る。かといって古い単位を残し続けると統一規格の意味がなくなる。

 

「分かった。しばらくは古い単位との併記を認めるよ。棟梁が41センチメートルと書いた横に、一尺三寸五分とも書いてくれれば、材木屋にも年配の職人にも伝わるはずだよ」

 

「それならできると思います」

 

「ただ、新しい道具や銃の部品を作るときはセンチメートルだけで発注してほしい。あちらは精度が命だから、変換の誤差が出ると困るんだ」

 

「承知しました。用途によって使い分けると言うことですね」

 

 棟梁は納得した顔で帰っていった。

 

 こうして試験運用で見えてきた問題点を一つずつ潰していき、信長への上申を経て統一規格の普及が本格的に始まった。

 

 

 

 

 

 統一規格(物差しと新しい単位)の本格的な普及には二つの力が働いた。

 

 一つは信長のお触れだ。尾張の職人と商人に対して、新しい寸法の基準に従うよう命令が出た。また、三年間は移行期間として古い単位との併記も可とされた。

 

 もう一つは水神信仰だった。水神様の知識に従えば便利で豊かになる。その実感は農業改革や衛生知識の普及を通じて、尾張の人々に深く根づいていた。水神様が新しい物差しを広めようとしているなら、それには理由があるはずだという信頼があった。

 

 人々への説明や物差し・変換表の配布は水神教団が担った。村々を回って農業知識を広めてきた経験が、ここでも活きた。物差しと変換表を渡しながら使い方を説明し、疑問があればその場で答える。一度に全員に広めようとするのではなく、一軒ずつ丁寧に回っていく。

 

 それでも抵抗がなかったわけではない。

 

「先祖代々一尺でやってきた。今さら変える必要があるか」

 

 そう言って物差しや変換表を受け取らない年配の職人も少なくなかった。水神様への信頼があっても、長年染み付いた習慣を変えることへの抵抗は別物だった。

 

 しかし、新しい単位を使い始めた職人と、古い単位のままの職人の間でトラブルが起き始めた。注文の寸法が噛み合わず、作り直しが発生する。古い単位と新しい単位が混在する現場では、変換の誤差が積み重なって部品が合わなくなる事態も出た。

 

「結局、周りが変わっていくと自分も変えないと仕事にならなくなってきた」

 

 最初は抵抗していた職人が、そう言って物差しと変換表を受け取りに来るようになったのは、半年ほど経った頃からだった。

 

 強制ではなく、使った方が便利だという実感が人を動かした。そうして統一規格の整備は着実に進んでいった。

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