尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第三十三話 墨俣一夜城

 1566年(永禄9年)。

 

 尾張の豊かさは、年を経るごとに確かなものになっていった。

 

 塩水選種と正条植えを導入して数年が経ち、輪作農法の成果も出始めていた。収穫量は以前と比べて三割以上増えた村もあった。千歯こきは各地に普及し、脱穀の手間が大幅に減った分だけ、農民たちは別の作業に時間を回せるようになっていた。養鶏、養蜂、牛の飼育も各地の村に広まった。

 

 豊作が続けば食料が余り、余った食料が売れ、銭が動く。城下の商いは活気づいており、料理屋では水神様由来の料理が並び、本屋では鬼滅の刃と尾張水神伝の写本が売れ続けていた。

 

 尾張の豊かさが増すにつれて、セララは次の段階について考えるようになっていた。

 

 これだけの品物が集まれば、国内だけでなく海の向こうとも取引できるはずだ。鬼滅の刃の写本も水神餅も、尾張の外で売れる可能性がある。逆に、まだこの国にない作物や技術が外の世界にはあるはずだ。そのためにはまず、外の世界に出ていける船が必要になる。

 

 ただ、今の尾張には外洋に出られるような大きな船がない。南蛮の商人が乗ってくる大きな船の話は聞いていたが、実際に見たことはなかった。いつかそういう船を作れる人と出会える機会があれば、と思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 尾張の国力が高まり、銭に余裕が出来た事で信長はフリントロック銃の配備と銃兵の育成を進めた。また、銃の配備が進んだことで信長が美濃への侵攻を本格化させた。

 

 城の広間では戦の話が増えた。セララは相変わらず内政に専念し、戦には直接関わらなかった。信長もセララを戦に引っ張り出すのは最後の手段と決めており、その方針は変わっていなかった。

 

 ある日の午後、廊下をセララが歩いていると、後ろから声をかけられた。

 

「セララ様、少しよろしいでしょうか」

 

 振り返ると、木下藤吉郎が立っていた。

 

 水神村で会った時から藤吉郎とは会話をしたり食事をすることがあった。藤吉郎は明るくて会話が上手く、セララと藤吉郎は気心の知れた友人だった。

 

 だが藤吉郎の顔には陰りがあり、今回はただの雑談では無く真剣な悩みごとのようだ。

 

「どうしたの?」

 

「実はご相談があって。美濃侵攻に関連した話でございまして……」

 

「部屋で話そうか」

 

 二人が席についてから、藤吉郎は本題を切り出した。

 

「美濃への侵攻において、木曽川沿いに墨俣という場所があります。そこに橋頭堡となる城を築きたいのですが、問題がございまして」

 

「問題というのは?」

 

「墨俣は美濃の領内に近く、城を築こうとすれば敵に妨害されます。時間をかけて普通の手順で建てれば、完成する前に攻められて失敗に終わる可能性が高い。ですから……わずかな期間で城を築くためにはどうすれば良いか、一緒に考えていただけませんか」

 

 セララは少し考えた。

 

 短時間で城を築く。それは通常の建築の常識を覆す必要がある。普通に材木を切り出して、現地で加工して、組み立てて、という手順を踏んでいたら当然時間がかかる。

 

「うん、一緒に考えよう」

 

 藤吉郎の表情がわずかに和らいだ。

 

「まず問題を整理するね。時間がかかる原因はどこだと思う?」

 

「材木の調達と加工、それと運搬でございます。現地で一から全てやろうとすれば、どうしても日数がかかります」

 

「だよね。逆に言えば、現地での作業を最小限にすれば速くできるはず」

 

「と言いますと」

 

「資材の下ごしらえを事前に済ませておくんだよ。切り出した木材を、現地で組み立てられる形まで加工しておく。現地でやるのは組み立てだけにすれば、ずっと速く完成させられるはずだよ」

 

 藤吉郎が頷いた。

 

「なるほど。しかし加工済みの大量の木材を、いかにして墨俣まで運ぶかが問題でございます。道を通じて運べば、敵に気づかれる恐れがあります」

 

 セララは地図を引き寄せて、墨俣の位置と周囲の地形を確認した。木曽川が流れている。

 

「川を使えばどう?木曽川に木材を流して運ぶんだ。上流で材木を切り出して加工しておいて、川に流せば自然と墨俣まで届く。道を通る必要がないから、敵に察知されにくい」

 

 藤吉郎が地図の川を指でなぞっていく。

 

「川に流す……確かに、大量の材木を素早く運ぶには最適な方法でございます。上流で加工して束ねておけば、一気に流せる」

 

「あとはボクも手伝えるよ」

 

「セララ様が、でございますか」

 

「重い資材は風魔法で運べる。土を掘ったり固めたりする魔法もある。井戸も短時間で作れるよ。人の手では時間のかかる作業を魔法でやれば、かなりの時間が短縮できるはずだよ」

 

 藤吉郎はしばらく黙って考えていた。指が膝の上で動いていた。頭の中で計画を組み立てているのだろう。

 

「川で材木を運び、セララ様の魔法で土台と井戸を作り、運んだ材木を素早く組み立てる……理論上は一日で城の骨格を作ることができるかもしれません」

 

「やってみる価値はあると思う」

 

「お力添えをいただけますか」

 

「もちろん。藤吉郎さんが相談してくれたんだから、最後まで協力するよ」

 

 藤吉郎は深く頭を下げた。

 

 それから準備が進んだ。

 

 上流の山で木材が切り出され、柱や壁板、床材として加工された。組み立てに必要な形に整えられた木材が束ねられ、川に流す準備が整えられた。作業は人目につかないように、少人数で手際よく進められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実行の日、木曽川沿いの墨俣に着いたのは、夜が始まったばかりの時間帯だった。藤吉郎と精選された人夫たちが待っていた。人夫たちの顔には緊張と覚悟が滲んでいた。全員が今日の作業が時間との勝負だと分かっていた。

 

「では、作業を開始せよ」

 

 藤吉郎が宣言した。

 

 川を見ると、上流から木材が流れてきていた。束になった材木が川面を滑るように運ばれてくる。藤吉郎が事前に決めていた持ち場に人夫たちが散り、誰に言われるでもなく動き始めた。川岸では材木を受け取る者、陸に引き上げる者、種類ごとに仕分ける者。それぞれが無駄なく動いていた。

 

「柱材はあちら、壁板はこちらへ」

 

 藤吉郎が要所で指示を飛ばす。声は小さいが通っていた。人夫たちの動きが乱れることなく、材木が次々と陸に積み上がっていく。

 

 セララは地面に向かって魔力を集めた。

 

「アースシェイプ」

 

 城の土台になる部分の地面を平らに均し、土を固めた。石を積む作業が必要な場所には、周囲の土を変質させて固い層を作る。人夫が手でやれば何日もかかる作業が、魔法では短時間で進んだ。土台が整うと、待ち構えていた人夫たちがすぐに動き出した。基礎の石を据える者、柱を立てる位置を確認する者。藤吉郎が事前に図面を叩き込んでいたのだろう、指示がなくても手が動いていた。

 

 井戸も掘った。以前から何度もやってきた作業だ。帯水層の位置を端末で確認してから、アースシェイプで穴を掘り、クリエイトアースで岩を作って壁を固めた。水が湧いてきたのを確認すると、藤吉郎が安堵した顔をした。

 

「セララ様のおかげで井戸を確保できましたな」

 

「うん。数時間もすれば水が貯まって使えるようになるよ」

 

 重い柱材を組み上げる場面では、風魔法を使った。人の手では持ち上げることもできない太い柱を、魔力で浮かせて所定の位置まで運ぶ。柱が宙に浮かぶ光景に人夫たちが一瞬息を呑んだが、すぐに我に返って固定の作業に入った。手際が良い。柱が降りてくる前に金具と縄の準備を整えており、柱が収まった瞬間には固定が始まっていた。

 

「あそこの梁もお願いいたします」

 

 藤吉郎が次の場所を指示する。

 

「うん、分かった」

 

 セララが梁を浮かせ、人夫たちがそれを受け取って組み込む。魔法と人の手が噛み合うように動いていた。セララが力仕事を担い、藤吉郎が全体の流れを管理し、人夫たちが細かい作業を積み重ねる。誰が欠けても成り立たない仕事だった。

 

 空が明るくなる頃には、城の骨格が見えてきていた。夜が明けきる前に壁が立ち、屋根が乗った。加工済みの木材の組み合わせが綺麗に噛み合い、急造とは思えない形が出来上がっていく。

 

 太陽が完全に昇る頃には、城の形が完成していた。

 

 人夫たちが座り込んで息をついた。一晩中動き続けた体に、疲労が一気に押し寄せてきたのだろう。しかしその顔には達成感があった。

 

 藤吉郎が城の前に立って全体を眺めた。

 

「……できましたな」

 

「できたね」

 

 藤吉郎は笑顔で額の汗をぬぐった。

 

「本当に一日で城が立ちました」

 

「セララ様と藤吉郎様がいなければ無理でございました」

 

 と人夫の一人が言った。

 

「藤吉郎さんが計画したから上手くいったんだよ。入念な準備と、皆が動いてくれたから。ボクの魔法だけじゃここまでできなかった」

 

「この場にいる全員のおかげで城を築けたということですな」

 

 藤吉郎はそう言うと、この場にいる皆に「よくやった」「お前たちのおかげだ」という感謝の言葉をかけていった。

 

 

 

 

 

 敵側がその存在に気づいたのは、城が完成した後のことだった。昨日までなかった場所に、今日突然城が立っている。その事実が美濃の陣営に混乱を招いた。

 

「たった一夜で城が……」

 

「いったい何が起こったのだ。寝る前はあんな城は無かったぞ」

 

 物見の報告を受けた武将たちが城壁の方向を眺め、顔を見合わせた。誰も言葉が出なかった。一夜で城が建つなどという話は、聞いたことがない。

 

「もしや、水神の奇跡か」

 

 誰かが呟いた。その言葉が場の空気を変えた。

 

「水神……織田の水神様のことか」

 

「尾張では水神様の奇跡で雨が降り、怪我が治り、豊作が続いていると聞く。三河の一向一揆も水神様の力で収まったと言う話だ」

 

「わしの親戚が尾張の村に住んでおるが、文に水神様の教えのことを書いてきた。人に優しくすれば天国に行けると……」

 

 兵の一人が言うと、周囲がざわめいた。美濃にも水神の噂は届いていた。尾張との交易を通じて、商人や旅人が水神様の話を持ち込んでいたのだ。豊かになった尾張の話は、隣国の人々の耳にも入っていた。

 

「水神様が織田に助力して城を作ったのであれば……織田に逆らうことは、水神様に逆らうことになるのではないか」

 

「縁起でもないことを言うな」

 

 打ち消す声が上がったが、その言葉の動揺は隠せなかった。

 

「だが実際にあの城はどう説明する。人の手だけであの速さは有り得ん」

 

「あんな場所に城が出来たのなら、ここはもう織田の勢力圏内かもしれん」

 

「水神がついている限り、織田が何をするか分からん。ここは撤退しよう」

 

 反論する者はいなかった。

 

 敵の動揺は大きかった。墨俣に橋頭堡が確立されたことで、美濃侵攻の足場が一気に整った。そして水神の名が、尾張の外でも人々の心に静かに根を張り始めていることを、この出来事は示していた。

 

 

 

 

 

 帰り道、セララは藤吉郎と並んで歩いた。

 

「藤吉郎さん一緒に仕事ができて楽しかったよ」

 

 とセララは言った。

 

「楽しかった、でございますか」

 

「うん。難しい問題があって、一緒に悩んで解決しようとする。それで実際にやり遂げた。これってすごく楽しい事だと思わない?」

 

 藤吉郎は笑顔で頷いた。

 

「確かに……楽しく、充実した時間でございました。次の機会があればまたセララ様と一緒に悩んで解決しとうございます」

 

「うん。また困ったことがあれば来てね。藤吉郎さんと一緒に働くのは楽しいから」

 

「なんとありがたい。必ず相談いたします」

 

 空は青く晴れていた。

 

 墨俣の方向を振り返ると、木々の向こうに城の屋根が見えた。昨日まで何もなかった場所に立つ城が、朝の光の中で静かに存在していた。

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