尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
1566年(永禄9年)。
信長に謁見を求める者たちが現れた。イエズス会の宣教師たちだった。
先頭に立つ長身の男がルイス・フロイスと名乗った。ポルトガル語訛りの日本語で、信長とセララへの謁見を丁寧に願い出て、信長が許可を出した。
広間に通されたイエズス会の一行は、信長に頭を下げてからセララを見た。
フロイスの動きが一瞬止まった。翼とヘイローを見て、その目が大きく開いた。しかし膝をついたり祈り始めたりはしなかった。ただじっと、セララを観察していた。その目は驚愕というより、強烈な好奇心に満ちていた。
周囲の宣教師たちは動揺を隠せなかった。何人かが小声で祈りの言葉を呟き、手を組んだ。しかしフロイスだけは違った。視線を細めながら、翼の構造を確認するように見ていた。頭上のヘイローに目を移し、その光の性質を確かめようとするように。
それから周囲の宣教師たちに何かをラテン語で告げた。宣教師たちが落ち着きを取り戻し、フロイスに倣って姿勢を正した。フロイスが宣教師たちに言った会話の中で「Angelus(アンゲルス)」という単語をセララは聞き取った。意味は天使だ。
「私はルイス・フロイスと申します。イエズス会の宣教師です」
フロイスは信長に、次いでセララに丁寧に頭を下げた。
「水神様にお目にかかれたことは、生涯忘れられない経験になるでしょう。謁見を許可してくださったことに感謝申し上げます」
「ボクもイエズス会の皆さんと嬉しいよ。イエズス会の皆さんはボクに会って、話したいことや頼みたいことがあるのかな?」
フロイスが顔を上げた。
「はい。キリスト教の布教の許可を得る事と、水神様が何者であるかを確認するのが我々の目的です。貴方は水神様と呼ばれていますが、神なのでしょうか。それとも天使にあたるのでしょうか」
キリスト教の知識を持つ宣教師たちにとって、翼とヘイローは天使の証そのものだろう。ただ、フロイスはセララの見た目だけで天使とは決めつけず、観察しながら探っているようだ。
天使では無いと訂正すべきか。
少し考えてから、セララは訂正しないことにした。スカイエルフだと説明しても、この時代の人々には理解できない。そしてこれまで積み上げてきた信仰との整合性も必要だ。
やや良心が痛むが、天使だと思われているなら利用すべきだと判断した。キリスト教を相手に異教徒の神や異端の神と思われるのは致命的な事態を招く可能性がある。
最悪のケースを考えると、悪魔扱いや魔女狩りの対象にだってなるかもしれない。これらを回避するためなら嘘をつくのも仕方ないと、セララは自分自身を納得させた。
ただ、勘違いを利用するにしても嘘は最小限にしたいと思った。やはり嘘をつくのは気が引けるのだ。
「ええっと……ボクのいた場所だと、一番偉いのは太陽神様だね。ボクは太陽神様に仕える存在になるかな。ボクが水神様って呼ばれるようになったのはこの国で信仰されるようになったからで、地上に降りてから後天的に神になった形だね」
セララの故郷、聖国では皆が太陽神様を信仰していたので、太陽神様に仕える存在だったと言っても一応嘘ではないはずだ。
フロイスが目を見開いた。
「おお……では太陽神様とは、唯一絶対の神でございますか」
セララは少し迷った。聖国の太陽神アルテリスは確かに実在するが、唯一絶対というわけではない。しかしここで複雑な説明をしても混乱を招くだけだ。
「他の神もいるから唯一では無いけれど、他の全ての神よりも偉大なのが太陽神様だよ」
「では貴方様は、その偉大な神に仕える天使であり、地上では水神様と呼ばれていると理解してよろしいでしょうか」
「……うん、あっているよ」
誤解されている事を承知でセララは頷いた。
フロイスは隣の宣教師と何か小声で話し合ってから、再びセララに向き直った。
「私たちはこの国に水神様がいらっしゃることを、本国に伝えたいと思います。よろしいでしょうか」
「うん、本国に伝えるのを許可するよ」
セララは自分の翼をかすかに動かした。一枚の羽根が自然に抜けた。白く大きな羽根を手に取って、魔力を流し込んだ。
光魔法を付与する。一度かければ永続する術式だ。羽根がほのかな白い光を放ち始めた。
「本国にボクの事を説明する時に役立つよう、ボクの羽根をあげるね」
フロイスに羽根を差し出した。
フロイスは両手でそれを受け取った。光る羽根を見つめて、その手が震えた。
「こ、これは……水神様の羽根、聖遺物だ……ありがたく頂戴いたします」
フロイスは羽根を胸に押し当て、目を閉じた。周囲の宣教師たちも静かに祈った。
その後はフロイスから奇跡を見せて欲しいと頼まれ、氷や炎を出したり、部屋の中で少しだけ飛んで見せたりした。
しばらく話した後、フロイスはキリスト教の布教について切り出した。
「我々のもう一つの目的、キリスト教の布教についてなのですが、尾張で布教する許可を頂けないでしょうか」
「信長さん、どうしようか?」
セララとしては問題なかったが、政治に関わる問題なので信長に確認を行う。
「儂としてはキリスト教よりも水神教を広めたい所だ。しかし、一向宗を抑え込む手札を増やす事の方が重要である。よってキリスト教の布教を認めよう」
信長は一向宗へ対抗する事を重視し、キリスト教の布教を許可した。
「信長さんの許可が出たね。だったらボクも水神としてキリスト教の布教を許可するよ。異国の地での布教は大変だろうけど頑張ってね」
「ははっ!布教の許可を頂き、感謝いたします」
フロイスたちは布教の許可を貰えたことに感謝し、深くお辞儀をした。
「そうそう。布教の許可の代わりと言ってはなんだけど、実はイエズス会の皆さんにお願いがあるんだ。探してきてほしい作物があって」
「作物、でございますか」
セララはペンダント型の端末を操作して、ホログラフィックの映像を展開した。
「な、なんと。空中に作物の幻が浮かび上がりました。これが水神様の奇跡ですか……」
宣教師たちが映像に驚いた様子を見せたが、天使の奇跡として納得したようですぐに映像に視線を向けた。
「これはジャガイモ。これはサツマイモ。これはトウモロコシだよ」
三つの作物の映像が次々と映し出された。
「これらはこの国にはまだないけど、南の方の大陸にあるはずの作物だよ。食べられるし、栄養もある。特にジャガイモとサツマイモは痩せた土地でも育ちやすくて、飢えの対策になるんだ。後で詳しい説明と絵を描いて渡すね」
「南の方の大陸ですね、承知しました。これらの作物を探すよう本国に伝えます」
とフロイスは言った。
「他にも食べられる作物の種なら何でも買いたいよ。見つけたものは全部持ってきてほしい」
「承知いたしました。水神様のご依頼とあれば、全力を尽くします」
「よろしくね。それと、もう一つ頼みがあって。ボクは南蛮で作っているような立派な船を作りたいんだけど、南蛮の船に詳しい大工の人を紹介して貰えないかな。」
セララは西洋のガレオン船を思い浮かべた。すぐには無理だとしても、いずれは立派な船を作って外国と貿易をしたいと思っていたのだ。
「船大工ですね、承知しました。腕の良い職人を確保いたします」
会談が終わり、宣教師たちが深く頭を下げて退室した。
イエズス会の宣教師たちがいなくなり、広間が静かになってから信長がセララに向かって言った。
「セララの羽根は水神刀の製作に使っていたが……その光る羽根も便利そうだな。配下への報酬や外交材料に良さそうだ」
「とは言いつつ、部屋の明かりにも使いたいとか思ってるでしょ」
セララが指摘をすると信長が笑った。
「くくっ、セララは儂の事をよくわかっておるな。火を付けずとも良い蝋燭は便利であろう。問題はセララの羽根が希少である事だが」
「羽根は貯め込んでるし、数枚であれば明かりに使うのも良いと思うよ。後で光る羽根を渡してあげるね」
「であれば頼む。先ほどのイエズス会の者たちが喜んで受け取った羽根を、部屋の明かりに使うとは何とも面白い」
「ボクの感覚としては、単に抜け落ちた羽根だから明かり扱い程度が丁度良いんだけどね」
そう言ってセララは肩をすくめた。
「そう言うな。セララも親しい者に光る羽根を渡してやったらどうだ?皆も喜ぶだろう」
「それはそうかも。明かりとしても便利だしね。皆に渡す事にするよ」
後日、セララは友人の藤吉郎や世話になっている職人に光る羽根を配った。
藤吉郎は羽根を受け取って笑みを浮かべた。
「これはありがたい。家宝にいたします」
「家宝って少し大げさじゃないかな」
「いいえ、大げさではございません。水神様の羽根を持っていれば、どんな戦でも勝てそうでございます」
藤吉郎は羽根を両手で抱えるようにして、宝物を扱うような手つきで懐にしまった。その顔が本当に嬉しそうだったので、セララも悪い気はしなかった。
丹羽に対しては光る羽根に加えて、特別な贈り物として水神刀・叢雨をプレゼントした。水の幻影と劣化防止の魔法が付与された妖刀だ。
丹羽は刀を受け取った瞬間、言葉を失った。
「セララ様……これは」
「いつもボクのことを支えてくれてるから。受け取ってほしいな」
丹羽はもう一度刀を見つめ、それからゆっくりと頭を下げた。
「ありがたく、頂戴いたします」
しばらくしてから、丹羽がぽつりと言った。
「実は自分も水の呼吸をやってみたかったのです。信長様の水の呼吸を見て羨ましいと思っておりました」
「腰痛にならないように注意してね」
「それはもちろんでございます」
丹羽は笑って頷いた。
史実でイエズス会が信長と会うのは1569年ですが、この歴史では3年早いです。
イエズス会が水神様に興味津々だったからですね。