尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
1567年(永禄10年)。
岐阜城での生活をセララは気に入っていた。
新しい城は金華山の山頂に建つ山城で、眼下には長良川が流れ、その向こうに濃尾平野が広がっている。セララは城の天守に立って景色を眺め、笑みを浮かべた。
信長は岐阜の城下町の整備に力を入れており、楽市によって人が増え、物が集まり、にぎやかさが日ごとに増していった。
セララは日々発展していく城下町を眺めるのが好きだった。しかし、城下町で一つ気になっていることがあった。
水だ。
人が増えるということは、必要な水も増えるということだ。早めに手を打ち、井戸を増やしておくべきだと思っていた。
ある朝、セララは携帯端末のセンサーを起動して、翼を広げた。
目的は水脈の探査だ。岐阜の城下町でも井戸を増やしておこうと考えての行動だった。
上空から端末を操作すると、地下の状態を読み取る機能が動き出した。岩盤の深さ、土の含水量、水の流れる層の位置。以前から何度も使ってきた機能だが、今日はいつもより広い範囲を丁寧に見ていくつもりだった。
城下町の上空をゆっくりと飛びながら、端末の画面を確認していく。帯水層の反応がいくつか出た。井戸を掘るのに向いた場所が数か所ある。位置と深さを記録していく。
金華山の山麓を過ぎ、長良川の方向へ視線を向けたときだった。
端末が反応した。しかも、これまでとは種類が違う。
地下水の反応ではない。温度がかなり高い。地中から上昇する熱の流れが、端末のセンサーにはっきりと捉えられていた。
「……これって」
セララは高度を下げた。金華山の麓から長良川沿いにかけて、地下深くから熱水が上がってくる反応がある。城下町の外縁部から少し離れた場所だ。
「温泉だ!」
思わず声に出た。
温泉が湧く可能性のある場所がある。それも、城下町から少し離れた場所に。
セララはしばらく画面を見つめてから、翼の角度を変えて城へ向かった。これは早く信長に報告しなければならない。
信長に見つかった水脈の報告をすると、信長は地図を引き寄せて、セララが示した場所に視線を落とした。
「金華山の麓で、城下町から多少歩いた場所か」
「うん。調査した結果、ここに温泉が湧くと思う」
「温泉が……城下町から歩いて行ける場所にか」
信長は地図から目を上げてセララを見た。
「掘れば確実に出るのか」
「ボクが探知した内容から考えると、かなり高い確率で出ると思う。熱水の流れがはっきり出ているから」
「であれば、掘らぬ理由が無いな。温泉の採掘を許可する。丹羽に連絡して職人を手配すると良いだろう」
信長が許可を出し、さらに言葉を続ける。
「ただし、温泉ができた暁には、儂が専用で入るための区画を準備せよ。城のすぐそばに温泉ができるとなれば、使わぬ手はない」
と信長は続けた。
「了解だよ。でも、ボク専用の温泉区画も作るからね」
とセララは宣言した。
信長が片眉を上げた。
「……セララも作るのか」
「当然だよ。温泉を見つけたのはボクだもん。それにボク、温泉って大好きなんだ」
信長は頷いた。
「ではセララも専用の温泉区画を作ると良い。だが、儂の区画の方を広くする事が条件だ」
対抗意識を燃やすのが実に信長らしくて、セララは笑ってしまった。
準備には数日かかった。
大工や石工、左官職人たちを手配し、建物の設計を考え、必要な材木や石材を揃えた。場所の選定は端末のデータを基にセララが行い、掘削の位置と向きを大工棟梁に伝えた。
準備を整えてから現地に移動した。城下町から少し離れた、長良川が近い場所だ。地面は草に覆われた平地で、一見すると何もない土地に見えた。
大工と職人たちが周囲を囲む中、セララは地面に向かって魔力を集めた。
「アースシェイプ」
地面が動き始めた。
土が押し分けられ、穴が開いていく。魔力を集中させながら、端末で反応を確認しつつ、慎重に深く掘り進めた。熱水の層まであと少し、というところで、地面の温度が急に上がった。
次の瞬間、湯が噴き出た。
地面から白い湯気が上がり、温かい水が湧き出してきた。微かに土の匂いがする。
「出た!」
セララは思わず飛び上がった。翼が広がり、空中でくるくると回る。
「温泉が出たよ!本当に出た!」
周囲の大工や職人たちが、湧き出す湯を見て声を上げた。熱い湯が地面から自然と溢れてくる光景に、誰もが目を丸くしていた。
「水神様が湯を呼んだ!」
「これが温泉か……本物だ」
「熱い。触れると熱い!」
騒ぎが広がる中、セララは着地して湧き出した湯に手を近づけた。ほどよく熱く、刺激が少ない。泉質を端末で簡単に解析すると、鉄分を含む泉質だと出た。体を温めるのに適しており、疲労の回復や関節の痛みにも効果が期待できるものだった。
「湯を丁度良い温度に加熱する仕組みも作らないとね」
「それはどのような仕組みとするのですか?」
大工の棟梁がセララに質問する。
「石と土で竈を作って、その上に湯を溜める石の槽を置くんだ。下から薪で火を焚けば湯を温められるはずだよ。後で簡単に絵を書いて説明するね」
棟梁が腕を組んで考え込んだ。
「なるほど。石の槽の底や側面に火を通す隙間を通せば、効率よく熱が伝わりますな。薪の量も抑えられます」
「そういうことだね。湯が湧き出す場所から石の槽まで引き込む水路も作ってほしいな。流量を調整できるようにしておけば、温度の管理もしやすくなるはずだから」
「石工に相談して、熱した湯を通す溝がある浴槽を作らせましょう」
棟梁が頷いた。
「よろしくね。ここを温泉の大浴場にするんだ。水神温泉って名前にするよ」
セララは上機嫌で大浴場の計画を語った。翼が自然にパタパタと動いている。温泉が出来る事でテンションが上がっているのだ。
「承知しました。水神様のご指示通りに建てましょう」
「区画はいくつかに分けて欲しいんだ。一般の民が使う銭湯区画、武家用の区画、それから信長さん専用の区画と……ボク専用の区画もね」
「水神様のご専用まで」
「うん。広くてのんびり入れるやつをお願いしたいな」
「分かりました。満足していただけるような、素晴らしいものを作って見せましょう」
棟梁は自信満々に宣言して約束した。
温泉による大浴場が完成するまでの約二か月の間、セララは別の仕事に着手した。
石鹸の開発だ。
以前から衛生の知識を広める中で、石鹸という道具の存在はセララの頭にあった。この時代の日本では体を洗うのに灰汁や米ぬかを使っていたが、石鹸があればもっと効率よく汚れが落ちる。衛生への効果は本物だ。
それに、温泉には石鹸が必要だとセララは強く思っていた。風呂に入るなら石鹸も使いたい。セララにとっては風呂と石鹸はセットであるというのが常識だったからだ。
材料は揃えた。木灰から作った灰汁と、椿油だ。灰汁の濃度を調整するために卵を使った。灰汁に卵を浮かべて、半分だけ浮いた状態になれば濃度がちょうど良いという確認方法は、石鹸を作る職人に説明しやすくて便利だった。
最初の試作は失敗した。灰汁と椿油が分離してしまい、混ざり合わなかった。加熱しながらよく混ぜ続けることが必要だったらしい。
二度目は分離こそしなかったが、灰汁が強すぎたのか、手に触れると肌が荒れた。使い物にならない。
三度目でようやく納得のいくものができた。とろみがあって扱いやすく、泡立ちがあり、洗い上がりがすっきりしている。椿油のおかげか、肌が荒れる感じもない。小さな陶器の器に入れておけば、必要な分だけ取り出して使える。残念ながら固形の石鹸にはならなかったが、液体の石鹸として扱うならこれで完成だ。
「固形にはならないけど、これで十分汚れが落ちるよ」
セララは完成した液体石鹸を丹羽に見せながら、衛生への効果を説明した。
「汚れをよく落とし、手洗いの効果を高める道具だよ。温泉に置いて体を洗うのに使って貰えば衛生面でも大きな効果が出るはず」
「なるほど。液体ならば器に入れておけば使いやすいですな」
「そうだね。それに温泉の湯で溶かしながら使えるから、むしろ固形より使い勝手が良いかもしれない」
「温泉との組み合わせは理にかなっておりますな」
「でしょ」
セララはにこにこしながら器の中の石鹸を眺めた。衛生に役立つのは本当のことだ。ただ、もう一つ正直なことを言えば、自分専用の温泉で石鹸を使いたい、本当の目的はそちらであった。
二か月後、水神温泉が完成した。
長良川沿いに建てられた建物は、城下町からやや離れた場所の建物としては大きく立派な造りだった。木材と石を組み合わせた構造で、内部はいくつかの区画に分かれている。一般の民衆が使える銭湯区画が最も広く、武家用の区画がそれに次ぐ。奥には信長専用区画とセララ専用区画が別々に設けられていた。また、城下町から水神温泉までの街道も整備された。
完成の日、最初に入ったのは信長だった。
配下の武将たちが外で待つ中、信長は専用区画へと入った。
しばらくして、声が漏れてきた。
「……おお」
静かな感嘆の声だった。
それからしばらくして、水音が聞こえてきた。豪快な水音だった。
外で待っていた丹羽が、何事かと首を傾けた頃、さらに大きな水音がした。
「……信長様?」
丹羽は中の様子を確認しようか迷った。信長の専用温泉の区画の戸をほんの少しだけ開き、音が聞こえやすくなるようにした。戸の中からは湯気が漏れている。
信長が湯船の端から端まで、勢いよく泳ぎ回っている音がした。
「これは良い!ふははははは!!」
上機嫌な声が漏れてきた。
丹羽は戸を閉めた。配下たちが目を合わせた。誰も何も言わなかった。
信長は結局、かなり長い時間温泉に浸かり、あるいは泳ぎ、ようやく出てきたときには珍しく上機嫌な顔をしていた。
「セララ、良いものを作ったな」
「喜んでくれて良かったよ。信長さんが楽しそうで何より」
「また入る」
「うん。いつでもどうぞ」
信長はそれだけ言って、機嫌よく去っていった。
民衆への開放は翌日から始まった。
最初は半信半疑で来た者が多かった。地面から湯が湧くと聞いても、信じていない顔をしている者もいた。
しかし一度入った者が出てきた顔を見て、後ろに並んでいた者たちの表情が変わった。
「どうだった?」
「……熱くて気持ちいい。体の芯から温まる感じがする」
「本当か」
「本当だ。温泉とは素晴らしいものだ。お前も入ってみれば分かる」
その言葉が伝わるのは早かった。
翌日には列が伸びた。さらに翌日にはもっと伸びた。城下の職人や商人が仕事終わりに立ち寄るようになり、遠くの村から来る者まで現れた。
「水神様の温泉に入ると体が楽になる」
「温泉はまるで極楽のようだった」
噂が広がるにつれて、水神温泉の評判は城下全体に届いた。
追加料金を払えば使用可能になる、小さな器の石鹸も話題になった。器の中にとろみのある液体が入っており、これで体を洗うと汚れがよく落ちると分かると、大浴場で人気となった。
また、この温泉ではセララの「お風呂上りに牛乳を飲むと美味しい」という発言によって牛乳が販売されており、温泉に入ったら牛乳を飲む文化が定着していった。
セララは自分専用区画の温泉の戸を開いた。
広い湯船だった。一人で入るには十分すぎるくらいの広さがある。湯気が立ちのぼり、木の香りが漂っている。
まず湯船の外で体を洗うことにした。器から液体石鹸を少し取り出して手のひらに乗せ、泡立てる。椿油の香りがほんのりと広がった。腕や肩、足先まで丁寧に泡をなじませてから、桶の湯で流した。泡と一緒に汚れが落ちていく感覚が気持ちよかった。
「やっぱり石鹸があると全然違うね。お風呂はこうじゃないと」
体を洗い終えてから湯船に入った。じわじわと体の奥まで熱を伝えてくる。肩まで沈めると、旅の疲れがほぐれていくようだった。
銭湯区画のにぎやかな声が壁越しにかすかに届く。笑い声や会話の断片が混じり合っていた。皆が楽しんでいるらしい。
セララはゆっくりと首まで湯に沈みながら、幸せそうに笑みを浮かべた。
(本当に温泉ができて良かったよ。とっても気持ち良い)
「ふんふふんふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら、セララはぼんやりと考えた。
こうして温泉が見つかったという事は、他にも温泉の反応があっても不思議はない。携帯端末のスキャン機能を使えば手軽に温泉を探す事が可能だ。
これから温泉をもっと探してみても良いかも。
そんなことを思いながら、セララはまたしばらく湯に浸かり続けた。外から笑い声が聞こえるたびに、なんとなく口元がほころんだ。
貴重な温泉回です。信長が温泉で豪快に泳ぎ回るサービスシーンをお楽しみください。
セララが掘り当てたのは岐阜県岐阜市にある長良川温泉を参考にしています。現実にある温泉です。
温泉街は岐阜城のすぐ側にあります。
ただ、温泉街の温泉は源泉から引っ張ってきているので、実際の源泉の方はもっと遠いようです。
この物語では長良川温泉の温泉街とほぼ同じ位置に源泉があるという設定にし、それをセララが発掘しました。
また、ご都合主義により温泉の温度も丁度良い物としました。