尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第三十八話 京の空を飛ぶ

 上洛の道のりは思ったよりも速く進んだ。

 

 三好三人衆を中心とする三好勢力は抵抗したが、各地の戦いで次々と敗退し、撤退した。フリントロック銃を多数配備した織田軍の前に、旧来の戦法では対抗できなかった。京都近郊の敵対勢力が一掃されると上洛の道が開けた。

 

 織田軍が京に入った。セララは信長の隣でその光景を見ていた。

 

 最初に目についたのは焼け跡だった。

 

 応仁の乱から百年近くが経っていたが、その傷跡はまだ京のあちこちに残っていた。かつて建物が立っていたはずの場所が、草に覆われた空き地になっている。柱だけが残って屋根が落ちた家が、誰にも修繕されないまま傾いていた。立派な造りだったと思われる屋敷も、壁が崩れ、庭が荒れ果てていた。

 

 街道を歩く人々の顔が暗かった。

 

 尾張の城下町では、楽市で活気づいた商人たちが声を張り上げて客を呼んでいた。行き交う人々の顔も明るかった。しかし京の街道では、人々が俯いて歩いていた。食べ物を持っていない子供が道端にしゃがみ込んでいた。老人が物乞いをしていた。

 

(ここが、日本の都だったところ)

 

 セララは内心で呟いた。前世の記憶の中の京都は、観光客で溢れた美しい都だった。しかし今目の前にある京は、戦乱で傷つき、疲れ果てた街だった。

 

「信長さん、ここは……」

 

「応仁の乱から百年だ。その間、ずっとこの状態だ」

 

 信長は淡々と言った。しかしその目が、街を観察していた。何が必要か、何から手をつけるか。すでに考えているのが分かった。

 

「朝廷も困窮しておると聞く。天皇の住まいである禁裏も、修繕する銭がなくて荒れたままだ」

 

「天皇が住む場所が荒れてるの?」

 

「そうだ。三好や松永が権力を握ってからは、朝廷に金が回らなくなった。朝廷の儀式も満足にできない状態が続いている」

 

 セララは禁裏の方角を見た。日本で最も権威ある場所が、修繕もされずに荒れているという現実が、この時代の歪みを象徴しているように思えた。

 

 街道の脇に、痩せた子供たちが群がっていた。織田軍の荷車を遠巻きに見ている。食べ物が積まれているのを察しているのか、目が荷車を追っていた。

 

「物資を持って来て良かった。京の民を救わないと」

 

「うむ。義昭の征夷大将軍就任の儀式が終わった後に物資を配る予定だ。今の内から準備をさせておこう」

 

 織田軍の荷車が次々と京に入ってきた。米、塩、味噌、薬、布。セララが信長に頼んで用意してもらった物資だ。大量の物資を準備し、無料で配布できるほどに今の尾張は豊かだった。

 

 

 

 

 

 

 足利義昭の征夷大将軍就任の儀式は厳かに行われた。

 

 広間に集まった公家や武将たちの中で信長が堂々と座っていた。その隣にセララも席を与えられていた。

 

 義昭が前に出て、征夷大将軍の宣下を受けた瞬間、信長が目配せした。水神様も認めているという形を作れ、という意味だ。

 

 セララは静かに立ち上がり、翼を広げた。ヘイローが室内の灯りを受けて輝いた。

 

「水神、セララ。足利義昭殿の征夷大将軍就任を祝福します」

 

 短い言葉だったが、その場にいた全員に届いた。

 

 公家の何人かが深く頭を下げ、義昭本人も水神に敬意を持っているようで深く頭を下げた。

 

 儀式が終わると信長が小声で言った。

 

「上出来だ」

 

「緊張したよ」

 

「くくっ。神が緊張してどうする。征夷大将軍なぞより神の方が偉いだろう」

 

「そんなこと言っても、ボクは一般家庭の出身だから緊張しちゃうの」

 

 セララと信長は他愛無い会話をして笑いあった。

 

 こうして信長は足利義昭を将軍に擁立することで、『将軍の後見人』という立場を得た。これにより、信長が他の大名に命令できる大義名分が生まれた。

 

 

 

 

 

 翌朝から物資の配布が始まった。

 

 京の広場に人々が集まってきた。最初は警戒している様子だったが、米や塩が無料で配られると分かると、人垣が膨らんだ。

 

 尾張水神伝の本も配られた。水神様の奇跡の話を記した本だ。読み書きのできる者が受け取り、できない者には読んで聞かせた。紙芝居も行われ、水神様が実在するという話が京の人々にも広がっていった。

 

「水神様が本当にいるのか」

 

「尾張水神伝に書いてある通りの見た目だ」

 

「あの翼と光の輪は本物なのか」

 

 そういう声が聞こえるたびに、セララは翼を広げて空に上がった。

 

 京の空は広かった。高く上がれば京の全体が見渡せた。川が光り、家の屋根が並び、山が遠くに連なっている。荒れた場所も、それでも美しい街並みが残っていた。

 

 上空を飛ぶセララの姿を見上げた人々が声を上げた。

 

「本当に飛んでいる!」

 

「翼がある!本物の水神様だ!」

 

 子供たちが指を差して走り回った。老人が手を合わせた。

 

 セララは高度を下げながら、人の集まっている場所の近くに降り立った。

 

 すぐに人が集まってきた。

 

「水神様、本当にいらっしゃったんですね」

 

「尾張水神伝を読みました。様々な奇跡を起こされていると」

 

「怪我を治してもらえると聞いたのですが……」

 

 最後の声を上げたのは、足を引きずった老人だった。付き添いの者が心配そうに見ている。

 

「見せてもらえる?」

 

 老人の足に触れて魔力を流した。古傷だったが、修復に応じてくれた。老人が恐る恐る足に力を入れると、痛みが消えていた。

 

「歩ける……!」

 

 周囲から歓声が上がった。

 

 それから数日間、セララは京の各地を回った。

 

 怪我人を治し、空を飛んで姿を見せ、物資の配布を手伝った。病気は治せないが、骨折や外傷には手を尽くした。子供に囲まれることもあった。空を飛んでほしいとせがまれて、何人かを抱きかかえて上空を一回りした。

 

 最初は天狗と疑う者もいたが、セララが実際に京都で人々を助ける活動を行っていると、水神様は本物であると言う噂の方が圧倒的に広まっていった。

 

 一方、織田軍は京の治安回復に動いていた。

 

 略奪は一切禁じられていた。信長の命令は徹底していた。城下で盗賊の動きがあれば即座に対処し、街道の治安を回復させた。関所も撤廃され、これまで関所で銭を取られていた商人や旅人が自由に往来できるようになった。

 

 関所撤廃の話が広まると、商人たちが良い噂を広め始めた。

 

「関所がなくなれば、費用が減る。品物の値段も下がる」

 

「織田の殿様はやることが違う」

 

「水神様が一緒にいるからだろう」

 

 信長とセララの両方の評判が、京の人々の間で上がっていった。

 

 

 

 

 

 物資の配布をして京で過ごしていると、一人の公家がセララのもとを訪ねてきた。

 

 二条晴良という、朝廷の重臣の一人だった。従者を連れてはいたが、供回りは少なく、改まった様子というよりは個人として会いに来たという雰囲気だった。

 

「水神様にお目にかかれて光栄にございます」

 

 二条晴良は丁寧に頭を下げた。公家らしい優雅な所作だったが、その目は真剣にセララを見ていた。

 

「こちらこそ。わざわざ来てくれてありがとう」

 

 セララが答えると、晴良はわずかに表情を緩めた。

 

「水神様が京の民に物資を配っておられると聞き、お礼を申し上げたく参りました。戦乱が続き、朝廷もなかなか民を助けられずにおりました。忸怩たる思いがございます」

 

「朝廷も大変な状況が続いていたんだね」

 

「はい。水神様の評判は京にも届いておりました。尾張で雨を降らせたこと、怪我人を癒されたこと、農業の知識で民を豊かにされたこと。にわかには信じがたい話でしたが、実際にお姿を拝見して……これは本物だと確信しております」

 

 晴良はしばらく間を置いてから、続けた。

 

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 

「どうぞ」

 

「水神様は、この国をどのようにしたいとお考えですか」

 

 率直な問いだった。公家らしい回りくどさがなく、真剣に答えを求めている目だった。

 

「人々が飢えず、争いが少なく、普通に暮らせる国になればと思ってるよ」

 

 セララは前世の現代の日本を思い出しながら答えた。

 

「普通に暮らせる国、とおっしゃいますが……それが最も難しいことでございます」

 

 晴良が続けた。

 

「朝廷は長い間、それを望みながら実現できずにおりました。水神様がそれを少しでも近づけてくださるなら、朝廷としても協力を惜しみません」

 

「ありがとう。朝廷と協力できることがあれば、ぜひお願いしたいな」

 

 晴良は深く頭を下げた。

 

「こちらこそ。水神様が京においでになる際は、いつでもお声がけください」

 

 晴良が去った後、セララは公家について改めて考えた。

 

 公家は京の惨状を放置している事から、セララとしては良い印象を持っていなかった。しかし会話をしてみると、きちんと人々を救いたいと思っているのが伝わって来た。

 

 公家は京の惨状を故意に放置しているのではなく、無力故に手が出せないのだろう。

 

 であれば、織田家と公家が協力する事で京の民を救えるのではとセララは思った。

 

 

 

 

 

 

 二条晴良の訪問から数日後、セララのもとに丹羽が報告に来た。

 

「セララ様、朝廷からお達しがございました」

 

「朝廷から?」

 

「はい。正親町天皇より、セララ様を正式に神として扱うとのお達しです。水神セララは実在する神であり、朝廷はこれを敬うと」

 

 セララは丹羽の報告を聞いて驚いた。

 

「ええと、つまり……朝廷お墨付きの神様になったってこと?」

 

「はい、その認識で良いでしょう。将軍就任の儀式でセララ様のお姿を直接拝見した公家たちが、これは本物の神であると天皇に奏上したようです。京での物資配布や怪我の治療も後押しになったかと思われます」

 

 その話を聞いた信長は満足そうな顔をした。

 

「これで水神の存在は天下公認となった。朝廷が認めたとなれば、どの大名も水神を無視できなくなる」

 

「そんなに大きな影響力があるの?」

 

「うむ。寺社が神仏を権威の拠り所とするように、朝廷が認めたというのは絶大な力を持つ。水神を天狗と批判することは、朝廷の判断を疑うことと同じになるからだ」

 

 セララはその言葉を聞いて、改めて事の重大さを感じた。

 

 民衆からだけでなく、朝廷からも神聖な存在として認められる日が来るとは思っていなかった。水神様として普段から振る舞っているが、こうしてどんどん広まっていくと小市民な自分としては少し不安になってしまう。

 

 とはいえ、なるようにしかならない。自分を信じてくれる人々のためにも、これからも水神様として相応しい行動を心がけようと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある夕方、配布の仕事が一段落したところで、信長がセララの隣に来た。

 

「どうだ、京は」

 

「思ったよりずっと酷い状況だったよ。物資を配れたのは良かったけど、これだけじゃ足りないかも」

 

「物資を配るのにも限界がある。京の治安を回復させ、自力で立てるようにする所までが儂らの役目だ。全てを救う事はできんぞ」

 

「うん。分かってる。無償で与え続けると人々はそれに頼ってしまうよね。だからボク達の手助けは限定しなければいけない」

 

「分かってるならば良い」

 

 信長は川の方を眺めた。夕日が水面に映っていた。

 

「お前は既に十分な数の人々を助けている。お前が京の空を飛んだことで、多くの民が希望を抱いた。儂一人では民に物資を配れても、未来への希望まで持たせられたかは分からん」

 

「水神様を上手く利用したね」

 

「利用と言うな。共に動いたと言え」

 

 セララは少し笑った。

 

「分かった。共に動いたね」

 

 信長も口元をわずかに動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 織田軍は京都に滞在している間、物資配布と治安回復を行った。また、水神教の布教もあわせて行った。

 

 およそ一カ月半程度が経過し、京の治安回復を確認すると織田軍は岐阜への帰還を始めた。

 

 帰り道、セララは空を飛んで上空から京を見下ろした。

 

 荒れた場所は確かにあった。しかし人々が動いていた。配られた米を持って歩く者、道を行き来する商人、空を見上げてまだ水神様を探している子供。

 

 織田軍が来る前よりも京は確実に良い状況になった。絶望していた人々も、希望を抱いて前向きになってきている。

 

 こうして人々を救っていけたら良いとセララは思うのだった。

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