SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に来ちゃいました。 魔法と知識で日本を発展させます。 作:Lavian
空から戻って来たセララはペンダント型の携帯端末を起動した。
ペンダントは普段は首から下げているだけの小さな楕円形の宝石のように見えるが、念じると薄い光の画面が展開される。スカイエルフの技術で作られた多機能端末であり、通信、翻訳、地形スキャン、気象観測、AIによる分析など、様々な機能が詰め込まれていた。
「地形スキャン、開始」
小声でコマンドを入力すると、端末から見えない探査波が周囲に広がり始めた。地下の構造を魔導波で読み取り、地層の分布や水脈の位置を三次元データとして構築していく機能だ。スキャン自体はすぐに始まるが、十分な精度のデータを得るには時間がかかる。端末の画面に「分析中。推定完了まで数時間」と表示が出た。
数時間か。
セララは画面を見ながら少し考えた。
地形スキャンが終わるまでは井戸の問題には手をつけられない。正確なデータなしに手当たり次第に掘っても水脈に当たるとは限らないし、何より魔法で地面を操作するのに正確な位置情報は必要だ。焦って動いても意味がない。
では、その間に何ができるか。
村人たちが抱えているもう一つの問題がある。雨が降らないという話だ。
水不足の原因は二つある。一つは井戸が枯れたこと。もう一つは雨が降らないこと。対処は別々に考えられる。
雨を降らせる魔法は存在する。
水属性魔法の上級術式、コールレイン。大気中の水分を集め、気象に働きかけて降水を促す魔法だ。理論は頭に入っている。実習でも一度試みたことがあるが、そのときは小雨程度しか呼べなかった。もっとも、あのときはまだ魔力の制御が今ほど精密ではなかった。
問題は消費魔力だ。
天候操作は上級魔法の中でも特に消費が激しい。スカイエルフは種族的に魔力が高いとはいえ、ワープ事故と墜落の際のバリアへ魔力を注ぎ込んだため、今は魔力残量が減っている。
コールレインを本格的に使えば魔力はほぼ底をついてしまう。魔力が空になれば、バリアも攻撃魔法も、あらゆる魔法が一時的に使えなくなる。
見知らぬ土地で、見知らぬ時代の人間に囲まれた状態で、完全に無防備にリスクがある。
セララは村人たちの方を見た。五兵衛が少し離れたところで、心配そうにこちらを窺っている。その後ろには、同じように不安そうな顔をした村人たちが並んでいた。干上がりかけた畑が、その向こうに広がっている。葉の端が茶色くなった作物が、力なくうなだれていた。
この人たちは困っている。助けを求めて、天の使いだと信じて、頭を下げてくれている。
前世の自分だったら、リスクを理由に引いていたかもしれない。
でも、今は違う。
せっかく転生したんだ。自分に出来る事があるならやってみたい。この人たちが困っているなら助けてあげたいと思った。
「畑の前まで案内して」とセララは言った。「雨を降らせるよ」
五兵衛が目を見開いた。
「おお……!助けてくださるのですね!」
「やってみる、という段階だけどね。行こう」
五兵衛に先導されて、セララは畑の前に立った。村人たちが後ろに集まってきた。何事かと聞きつけた子供たちも駆けてきて、大人の影からこちらを覗いている。
セララは空を見上げた。晴れている。雲はほとんどない。大気の湿度はそれほど高くないが、水分がゼロというわけでもない。やれないことはないはずだ。
足元に意識を集中させた。
魔法陣を展開するとき、セララはいつも足元から始める。地面に光の紋様が描かれるように魔力が流れ出し、複雑な幾何学模様が広がっていく。今回は大魔法だ。魔法陣の直径はセララの身長の何倍にもなる大きさに広がった。光の線が組み合わさり、水属性の術式紋様が形成されていく。
村人たちがどよめいた。
「な、何が始まるんじゃ」
「足元が光っておるぞ」
「静かにして」と五兵衛が低く言い、周囲の声が収まった。
セララは目を閉じた。
体の奥から魔力を引き上げる。根こそぎ使うつもりで、力を集める。肺の奥から息を吐くように、魔力が体の表面に滲み出てくる感覚がある。それを腕に集め、掌に集め、天に向かって解き放つ形を作る。
目を開けた。
「雨雲よ、我が呼びかけに応えよ」
声は静かだったが、はっきりとしていた。
「コールレイン!」
掌から光が放たれた。
白に近い青い光の柱が、真上に向かって伸びていく。高く、高く、雲よりも高い場所まで届くように。魔力が急激に流れ出していく感覚がある。体の芯から力が抜けていくような、独特の消耗感が広がり始めた。
光は天に届いた。
しばらく何も起きなかった。
セララは立ったまま空を見続けた。足元の魔法陣がゆっくりと光を失っていく。体から魔力が抜けていくのを感じながら、それでも空から目を離さなかった。
やがて、空の色が変わり始めた。
青かった空の一角に、黒い染みが生まれた。染みはゆっくりと広がり、形を持ち始め、雲になった。薄い雲が集まり、重なり、厚みを増していく。分かるほどのスピードで雲が育っていった。
それから、一粒の水が落ちてきた。
次に、また一粒。
やがてぽつり、ぽつりと、畑の乾いた土の上に雨が落ち始めた。
「ふぅ……成功だよ」
セララは息を吐いた。体が少し重かった。予想通り、魔力はほぼ空になっている。今すぐ何かをしようとしても、小さな光球一つ出せるかどうかも怪しかった。
だが雨は降っている。
ぽつりぽつりだったものが、やがてしっかりした雨になった。乾いた土が濡れていく。畑の作物の葉に水が滴り、土埃が落ち着いていく。
村人たちが歓声を上げた。
「雨じゃ!雨が降ったぞ!」
「畑が……畑が潤っていく!」
「セララ様!あなたは雨を降らしてくださった。きっと水の加護を持つ神様なのですね!」
老人が声を上げた。その声を受けて、別の誰かが叫んだ。
「水神様!水神様だ!!」
その言葉が広がった。
セララは降り始めた雨の中に立ちながら、内心で目を丸くした。
神の使いから水神に格上げされてしまった。
訂正すべきか、と一瞬思った。しかし今の自分は魔力が空で、この場で何かあっても対処できない状況だ。村人たちが自分を神様だと信じて崇めてくれているなら、それはむしろ都合がいい。敵対心を持たれるよりずっとマシだ。
セララは困惑を顔に出さないように気をつけながら、穏やかな表情を保った。
雨の中、村人たちが集まってきた。五兵衛が深く頭を下げた。
「水神様。誠にありがとうございます。この雨がどれほど有り難いか……」
「お役に立てたなら良かったよ」
「どうかお願いでございます」と五兵衛は続けた。「水神様にはぜひ、この村に住んでいただけないでしょうか。ボロ家で申し訳ないのですが、村に空き家がございまして……」
村人たちが一斉に頷いた。住んでほしい、住んでほしいという声が重なった。
セララは少し考えた。
断る理由はなかった。ホワイトスワローの機体の中で寝起きするより、屋根のある建物の方がずっといい。機体から荷物を取り出す必要もあるし、ここを拠点にするのは合理的な判断だ。
「ありがとう。お言葉に甘えるよ」
「ありがたや!ありがたや!」
村人たちが雨の中で喜んだ。
その日の夜、セララは案内された空き家に入った。
古い作りで、床は板張り、壁は土壁だった。窓には障子紙が張られていたが、いくつかは破れていた。広さは前世のワンルームアパートよりも狭いくらいだ。しかし雨風はしのげる。
村人たちが布団と食事を届けてくれた。食事は白米と漬物だった。久しぶりの和食に前世の記憶を呼び起こした。一口食べると、素朴で、でも確かに美味しかった。
食べながら、ペンダント端末の画面を開いた。
地形スキャンの分析が完了していた。
周辺地下の地層データが三次元マップとして表示されている。AIによる分析結果には、帯水層の位置と深さが明記されていた。現在の井戸から北東に80メートルほどの場所に、十分な水量を持つ水脈があると表示されている。深さは現在の井戸よりも深く、地表から8メートルほどのところだ。
いける、とセララは思った。
アースシェイプの魔法を使えば土を操れる。明日の朝には魔力も回復しているはずだ。
布団に横になりながら、窓の外の雨音を聞いた。しっかりした雨が降り続いている。屋根を叩く音が規則正しく続いていて、不思議と落ち着いた。
水神様か。
前世では神様なんて全然信じていなかったし、信じる余裕もなかった。それが今は水神様と呼ばれている。人生は分からないものだと思いながら、セララは目を閉じた。
翌朝、雨は上がっていた。
土は十分に湿っており、畑の作物が昨日より生き生きとしているように見えた。朝の空気は澄んでいて、遠くの山の輪郭がくっきりと見えた。
村人たちが広場に集まっていた。セララが空き家から出てくると、一斉に視線が集まった。
「水神様、おはようございます」と五兵衛が頭を下げた。
「おはよう」
「今日も何か良いことが起きるのでしょうか」と誰かが期待の声で言った。
「起きるかも」とセララは答えた。「今日は井戸の話をしようと思って」
五兵衛が目を見開いた。
「井戸の件も、お力添えいただけるのですか」
「うん。昨日の間に周辺を調べたよ。新しく掘る場所を決めてある」
村人たちがざわめいた。新しく掘るとはどういうことか、という声もあったが、全体の空気は期待に満ちていた。
セララは端末のデータを確認しながら、村の中を歩いた。北東の方向へ80メートル。畑と畑の間の、何もない空き地だ。
「ここ」とセララは言って、足元の地面を示した。
「そこでございますか」と五兵衛が首を傾けた。「しかし、なぜそこが……」
「地下に水の流れがある。深いところに。ここが一番近い」
五兵衛は何か言いたそうにしていたが、昨日雨を降らせた相手の言葉を疑うには至らないようだった。
「分かりました。お任せいたします」
セララは地面に向かって、魔力を集め始めた。一晩で回復した魔力は、昨日ほどには減っていなかった。コールレインほどの消費ではないはずだ。
「アースシェイプ」
足元の土が反応した。
固かった地面が、まるで水に濡れた砂のようにやわらかくなっていく。セララは魔力の流れを操作しながら、やわらかくなった土を横に押しのけていった。土が動く。中心部が掘れていく。村人たちがその様子を見て声を失っていた。
深さが増すにつれて、土の色が変わってきた。上の層は乾いた茶色だったが、下に行くほど濃くなり、やがて黒に近い色になった。湿気を含んだ地層に差し掛かっている証拠だ。
さらに深く。
8メートルを超えたあたりで、掘り進めた穴の底に水がにじみ始めた。少しずつ、しかし確実に水が湧いてきている。
セララは次の術式に切り替えた。
「クリエイトアース」
今度は逆のことをする。周囲の土を固める。穴の壁面に沿って魔力を流し込み、土の成分を変換して岩に近い硬さにしていく。崩れにくい井戸の壁を作るためだ。底から順に固めていき、壁が岩質に変わっていくのを感じながら作業を続けた。
三十分ほどで、セララは立ち上がった。
「これで大丈夫。ちゃんと水脈に当たったし、数時間もすれば水が貯まるよ」
村人たちが一瞬静まり返った。
それからどっと声が上がった。
「信じられん!地面が掘れていく……!」
「壁が固まっていったぞ!」
「水が出た!底に水が見える!」
五兵衛が穴を覗き込んで、声を震わせた。
「水じゃ……確かに水が湧いておる」
「水神様、水神様だ!やはり本物の水神様だ!」
村人たちの歓声が広場に響き渡った。子供たちが喜んで飛び跳ね、老人たちが手を合わせた。泣いている人も何人かいた。
セララは穴の縁に立ちながら、その様子を眺めた。
30分程度の作業で、この人たちがこれほど喜んでいる。前世では残業を何時間やっても、誰かにこんな顔をしてもらったことはなかった。
これはこれで、悪くない人生だな、とセララは思った。
数時間後、新しい井戸には十分な水が貯まった。
村人たちが桶で水をくみ上げて歓声を上げ、子供たちが水を触って笑った。畑への水路にも水が流れ込んでいく。乾いていた土が潤い、作物が息を吹き返したように見えた。
「水神様のおかげでございます」と五兵衛は深く頭を下げた。「村の者一同、決して忘れません」
「ボクも、皆を助けられて良かったよ」
セララは空を見上げた。
青い空が広がっていた。これからの生活に不安はあるが、今は誇らしい気分だった。