尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第四十一話 金ヶ崎の戦い

 1570年(元亀元年)春。

 

 信長が動いた。

 

 朝倉義景への攻撃を決断したのは、早春の風がまだ冷たい頃だった。足利義昭の要請もあったが、信長自身が朝倉との決着を求めていた。越前への道筋は確保されており、兵の準備も整っていた。

 

 織田軍が岐阜を出陣した。

 

 同盟国の徳川家康(松平元康から徳川家康に改名した)も軍を率いて合流し、総勢は数万に及んだ。先頭を行く隊列には、フリントロック銃を構えた銃兵が整然と並んでいる。三河一向一揆が史実より小規模で済んだ家康の軍勢は、兵の数が増えており、その一部には織田家から提供されたフリントロック銃が配備されていた。

 

 岐阜に残ったセララは、甲賀の頭領から届く報告を受け取りながら、内政の仕事を続けていた。

 

 進軍は順調だった。

 

 織田・徳川連合軍は越前に入り、金ヶ崎城を攻略した。朝倉軍は各地で抵抗を試みたが、フリントロック銃を装備した部隊の前に押し込まれていった。信長の顔に勝利の色が見え始めた、その時だった。

 

 

 

 

 岐阜のセララのもとに、甲賀の忍びから早馬が届いた。

 

 報告を読んだセララの顔が変わった。

 

 北近江の浅井長政が、軍を動かし始めているという情報だった。方向は越前。つまり、織田軍の背後だ。

 

(まずい)

 

 セララはすぐに書状をしたためた。暗号を使った甲賀式の伝達方法で、最速の使者を信長のもとへ送る。甲賀の忍びが持てる最速の手段だ。

 

 書状には一言だけ書いた。

 

『浅井長政、裏切り。背後に注意』

 

 使者が飛び出した。

 

 

 

 

 信長が書状を受け取ったのは、夕刻のことだった。

 

 広げた紙を読み、信長は一度目を閉じた。それから静かに開いた。その目に感情はなかった。

 

「長政が動いたか」

 

 傍にいた織田信勝が険しい顔をした。

 

「まさか。長政殿は同盟の相手では」

 

「セララの甲賀が動いたと言っている。甲賀の情報がこれまで外れたことはない」

 

 信長は立ち上がり、地図を広げた。現在地は越前の金ヶ崎。前方には朝倉義景の本隊。そして背後には、今まさに動き始めた浅井長政の軍。

 

 前後から挟まれる形だ。

 

「使者を出せ。浅井長政を呼び出す」

 

「はっ」

 

 しかし、信長はその間にも手を止めなかった。主要な武将を集めて指示を出し始めた。陣形の組み直し。銃兵の配置換え。予備の弾薬と、積み荷の中に隠してあった物の確認。

 

 呼び出しに応じなかった場合の備えを、信長はすでに始めていた。

 

 

 

 

 

 浅井長政からの返答は来なかった。

 

 代わりに背後から鬨の声が聞こえてきた。

 

「やはりか」

 

 信長は低く言った。

 

 動揺する様子はなかった。甲賀の報告を受けた時点で、この展開を想定していた。前方の朝倉、後方の浅井。二方向からの挟み撃ちだ。普通の大名であれば、撤退を選ぶ場面だ。

 

 しかし信長は違う判断をした。

 

「軍を二つに分ける」

 

 武将たちがざわめいた。

 

「挟撃を受けている状況で兵を分けるのですか」

 

「今の織田軍の戦力であれば、二正面で戦っても十分に押せる。問題はない」

 

 信長の声に迷いがなかった。

 

「それに、セララが以前から数を揃えておくよう言っていた『切り札』を今回は持って来ておる。使えば勝てるであろう」

 

 信長が自信たっぷりに言い切った。

 

「セララ様が進言していた火薬兵器ですな。あれならば十分に敵に勝てるでしょう」

 

 軍議に参加していた徳川家康が同意した。

 

「信勝、猿、家康殿が前方の朝倉を抑える。儂は後方の浅井を叩く。それぞれが持ち場で決着をつけろ」

 

「はっ」

 

 信長の命令が飛び、陣が動いた。

 

 

 

 

 

 藤吉郎は命令を受けて即座に動いた。

 

 前方の朝倉軍と対峙する位置に、徳川家康の軍が展開している。藤吉郎はその隣に自分の部隊を並べ、家康と短く言葉を交わした。

 

「家康殿、お互い持ち場で勝ちますぞ」

 

「もちろんだ」

 

 家康が自信を感じさせる声で答えた。三河一向一揆を水神教の助けで乗り越えた家康の軍は十分な数が揃っていた。精鋭も多く、士気も高い。

 

 朝倉軍が動き始めた。数は多い。しかし隊列は乱れており、統率が取れていない様子だった。金ヶ崎城が落とされているために士気が落ちているのだろう。

 

「銃兵、前へ」

 

 藤吉郎が指示を出した。

 

 フリントロック銃を装備した部隊が前に出た。整然とした列が、朝倉軍に向けて銃口を向ける。

 

 最初の銃声が響いた。

 

 それを合図に、次々と銃声が連なった。雨のように降り注ぐ銃弾の前に、朝倉の先頭の部隊が崩れた。突撃しようとした騎馬隊が銃弾を浴びて止まった。

 

「怯むな、前へ出ろ」

 

 朝倉の指揮官が叫んだが、銃声は止まらない。フリントロック銃は火縄を整える必要がない分、連射の間隔が短い。また、銃兵の数が多く、銃が壊れたり弾切れになってもすぐに次の銃兵が交代できる。朝倉の兵たちは対策として前衛に盾を持たせたが、銃弾は盾すら貫通した。前に出るたびに銃弾を受け、じりじりと後退するしかなかった。

 

 徳川軍も動いた。

 

 家康が自ら先頭に立ち、槍を持った精鋭部隊を率いて朝倉の側面に回り込んだ。銃兵が正面を押さえ、槍兵が側面を突く。朝倉軍の陣形が崩れ始めた。

 

「藤吉郎殿、今でございます」

 

 家康から声がかかった。

 

「了解です。全軍、突撃!」

 

 藤吉郎が全軍に突撃を命じた。

 

 崩れかけた朝倉軍に、織田・徳川の連合軍が一気に押し込んだ。朝倉の部隊は散り散りになって逃げ始めた。

 

 前方の朝倉軍との戦いは決着した。

 

 

 

 

 

 後方では信長が浅井長政の軍と向き合っていた。

 

 浅井の軍は精強だった。長政は戦上手であり、兵の士気も高い。もともと同盟軍として共に戦った相手だ。その強さは信長もよく知っていた。

 

 しかし信長は動じなかった。

 

「銃兵、第一列から順に射撃を始めろ。止めるな」

 

 フリントロック銃を装備した部隊が、波状に射撃を続けた。一列が撃ち終わると次の列が前に出て撃つ。その間に前の列が再装填する。絶え間なく銃弾が飛び続けた。

 

 浅井の兵たちが動揺した。

 

「なぜ弾が切れないのだ!」

 

「まだ撃ってくる!距離を詰める隙が無い!」

 

 怒鳴り声が飛び交った。浅井の精鋭たちは勇猛だったが、絶え間ない銃弾の前に前進できなかった。

 

 そこで信長が動いた。

 

「焙烙玉を用意せよ。惜しむな、全て使い切るつもりで行け」

 

 積み荷の中から陶器の球が次々と運び出された。焙烙玉という、火薬を詰めた陶器に導火線をつけた兵器だ。これは硝石の生産により火薬に余裕が出来た事から、かねてよりセララが進言していたものだった。密かに備蓄されていた織田軍の切り札であり、信長は今がこの手札を切る瞬間だと判断した。

 

 専門の投擲兵が布製のスリングを構えた。この時のために訓練された熟練の投擲兵は、狙った場所に投げ込む高い精度を持っていた。

 

「焙烙玉を投げろ!」

 

 敵の集まった場所を狙い、導火線に火がつけられた焙烙玉が投げ込まれた。

 

 爆発音が連続した。

 

 浅井軍の中央が混乱に陥った。煙が上がり、爆発の衝撃で兵たちが散った。何が起きているのか分からない兵たちが、我先にと後退し始めた。

 

「今だ、全軍突撃!」

 

 織田軍が一気に押し込んだ。銃弾と焙烙玉で混乱した浅井軍は、まともに迎撃できなかった。浅井長政は必死に陣を立て直そうとしたが、次々と部隊が崩れていく。

 

 やがて長政は撤退を決断した。

 

「退けっ、城に戻れ」

 

 浅井軍は小谷城へ向けて敗走した。

 

 信長はその場に馬を止め、遠ざかっていく浅井軍の背中を見た。

 

「ふん。長政め」

 

 それだけ言って、信長は前方の戦況を確認するために馬を返した。

 

 

 

 

 

 

 日が傾く頃には、両方の戦いに決着がついていた。

 

 藤吉郎と家康が朝倉軍を退け、信長が浅井軍を敗走させた。挟撃の危機は、二正面での同時勝利によって解消された。

 

 戦場に静けさが戻り始めた頃、藤吉郎が信長のもとへ駆けつけた。

 

「信長様、前方の朝倉を退けました」

 

「よくやった」

 

「しかし、長政殿は」

 

「逃げた。今回は城に籠らせておく。長政の問題はまた改めて決着をつける」

 

 信長は淡々と言った。怒りと悲しみを抑え、あえて平坦な口調で言っているのだと藤吉郎には分かった。

 

 同盟を結んでいたが裏切った浅井長政は、信長の妹であるお市が嫁いだ先だ。きっと信長はお市の安否が心配なのだろう。実際の所は浅井を攻めたいに違いない。

 

「浅井も朝倉も攻め滅ぼすには時間と物資が足りん。今回は両者の力を削いだ事で良しとし、横山城を落としてから岐阜へ帰還する」

 

「横山城を?」

 

「浅井の江南との連絡を断つためだ。横山城を押さえれば、浅井は小谷城に孤立する。兵糧と補給の道が細くなれば、長期的に追い詰められる」

 

 藤吉郎が頷いた。

 

「では横山城の攻略は誰が担当しますか」

 

「猿、お前だ。攻略に成功すれば横山城をお前に与える」

 

 信長が即座に言った。

 

「は、ははっ!この木下藤吉郎、必ずや横山城を落として見せましょうぞ!」

 

 藤吉郎は勢いよく頭を下げた。その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。城持ちの武将になれる。その歓喜が抑えきれなかった。

 

 

 

 

 横山城の攻略は短期間で終わった。

 

 金ヶ崎での敗退を受けて守備兵の士気は低く、フリントロック銃を擁する藤吉郎の部隊の前に城は数日で開城した。藤吉郎はこうして初めて城持ちの武将となった。

 

 信長は横山城を藤吉郎に与えてから、織田軍に岐阜への帰還を命じた。

 

 金ヶ崎から始まったこの一連の戦いで、浅井と朝倉は大きな損害を受けた。横山城を失った浅井は小谷城への補給路が細くなり、朝倉は精鋭を失って越前に引き籠もるしかなくなった。

 

 信長包囲網を形成しようとしていた浅井・朝倉の企ては、この戦いで大きくその力を削がれた。




史実において、金ヶ崎の戦いは金ヶ崎崩れとも呼ばれる織田信長の撤退戦です。
浅井長政から後方を突かれた場合、遠征中の織田・徳川連合軍に勝ち目が無いため、織田信長は撤退を決断。
木下藤吉郎・明智光秀・池田勝正らに殿軍を任せ、信長はわずかな兵を連れて先行して撤退したとされています。
かなりの危機だったようですね。

この歴史においては戦力が充実しているため、二正面作戦を選択。
敵軍を蹴散らした後、横山城を奪取してから京へと帰還しています。

また、史実の歴史ではこの後に姉川の戦い(姉川の野戦→横山城攻略)が発生します。
一方、この歴史では朝倉・浅井が金ヶ崎で敗退しているため姉川の戦いが発生せず、横山城攻略が行われました。
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