尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
1571年(元亀2年)。
ガレオン船の設計思想を参考に竜骨と西洋式帆装を組み合わせた小型実験船がついに完成した。ガレオン船そのものではないが、その安定性と航行性能の高さを目指して設計した船だ。
進水式は伊勢の港で行われた。船大工たちと南蛮の船匠、それにセララと丹羽が立ち会った。
大きさは全長20メートルほど。船体は日本の船より幅が狭く、船底が深い。竜骨が船体の底を縦に貫いており、横から見るとこれまでの日本の船とは明らかに異なるシルエットだった。二本のマストに帆が張られ、風を受ける準備が整っている。
綱が解かれ、船がゆっくりと水面に降ろされた。
セララは緊張で拳を握りしめながら見守った。
設計通りに浮くか。竜骨が正しく機能するか。模型では何度も確認してきたが、実物は別だ。理論通りにいかない可能性もある。
船が水面に触れた。
沈まず、傾かなかった。まっすぐに安定して水の上に浮かんだ。
「浮いた……!」
船大工の若い一人が思わず声を上げた。その声がきっかけで、その場にいた全員が動き出した。老いた船大工が笑みを浮かべて船体を見つめ、南蛮の船匠が小さく頷き、セララが安堵したように息を吐いた。
試験航行が始まった。
選ばれた船乗りたちが乗り込み、帆を張った。風を受けた帆が膨らむと、船がゆっくりと前へ進み始めた。速度が上がるにつれて水音が変わり、船首が波を切る音がはっきりと聞こえてきた。
岸から見ていたセララは、翼が勝手に動いていることに気づいた。嬉しいときに出る癖だ。
船が沖へ出た。帆の角度を変えながら向かい風の中を進む。これまでの日本の船では難しかった動きだ。しかし実験船は、角度を調整するたびに確実に前へ進んだ。
「向かい風でも走ります。これは凄まじいですな」
岸に戻ってきた老いた船大工が、まだ信じられないという顔で言った。
「波に対して揺れ方が違う。安定しています。こんな船は初めてです」
「竜骨が横向きの力に抵抗してくれるから、波に横から押されても流されにくくなるんだ」
セララが竜骨の効果を説明した。
「作っている最中は初の試みで不安でしたが、完成するとこんなに素晴らしい船になるとは思いませんでした」
老船大工は船体をゆっくりと手で撫でた。長年船を作ってきた手が、新しい船を確かめるように動いた。
「この船を作れたことは、儂の一生の中で一番の仕事かもしれません」
その言葉を聞いて、セララはこの船を作って良かったと思った。
模型の段階から何度も修正を重ね、材料の調達に苦労し、寸法の誤差と格闘してきた。最初は設計図の意味が分からなかった船大工たちが、今では南蛮の船匠と並んで議論できるほどになっていた。
「皆が諦めずに作ってくれたからだよ。設計はボクが出したけど、実際に手を動かして形にしたのは船大工の皆だから」
「日本の職人の木材加工の技術は素晴らしい。設計は西洋のものを使いながら、加工の精度は日本の職人の方が上かもしれません。お互いの良いところが合わさった船です」
南蛮の船匠も頷いた。
「でも、これはまだ最初の一歩なんだ。今回のは実験船だから小型の船。次はもっと大きな船を作るよ」
セララがそう宣言した。
「この船は設計思想を参考にしただけで、マストの数も大きさも本物のガレオン船とは違う。いつかは本物と同じ規模の船を作りたいんだ。皆、これからもよろしくね」
最終的な目標は本格的なガレオン船だが、今回の実験船はその途中段階として竜骨と西洋式帆装の構造を確かめ、技術を蓄積するためのものだった。実験船での試験から得られたデータをまとめて次の設計を始める予定だ。まずは模型作りからになるだろう。
いつか大型のガレオン船が完成すれば、海上での輸送力が大幅に変わり、遠い場所との交易も可能になるはずだ。セララはその日が来るのが楽しみだった。
後日、丹羽から信長への報告が行われた。
小型実験船が成功したと聞いた信長は何かを悩む表情を見せた。地図を広げ、少し考えてからセララを呼んだ。
「織田家は水軍が弱い。故に、あの船を作った技術を利用して軍艦を作って欲しい」
セララは少し悩んだ。実験船はあくまで技術と経験を得るためのものだ。武装を想定した設計ではない。
「あの船は小さいから武装は難しいよ。軍艦にするならもっと大きくして作り直さないと。でも、ボクはあの船の技術を使って次は貿易用の船を作りたかったんだけど……」
「すまぬ。今は貿易よりも水軍が必要なのだ。軍艦を揃えた後はより大きな貿易船を作る許可を出すから、今は軍艦に注力してくれ」
信長が申し訳なさそうに言った。
「うん、わかったよ。それで軍艦という事は武装を積むのかな」
「大砲を積む。海上で敵の船を攻撃できるようにしたい」
「大砲を積むこと自体はできると思うよ。舷側に砲口を開ければ良い。ただ船の重心が変わるから、設計を調整する必要があるね」
「それはお前に任せる」
信長は続けた。
「それともう一つ。火矢への対策をできないか」
「火矢?」
「海戦では火矢と焙烙玉が主な攻撃手段だ。木造の船は火に弱い。あの船も同じだろう」
セララは端末を操作して考えた。火矢への対策として最も有効なのは、燃えない素材で船の表面を覆うことだ。
「薄い鉄板を船の重要な部分に張り付けるのはどう? 全体を覆うと重くなりすぎて安定性が落ちるけど、砲台の周辺や操舵室など、特に守りたい部分だけに絞れば、重量の問題は解決できると思う」
「鉄板を張った船か」
信長は目を細めた。
「それはどの程度の厚さが必要だ」
「薄くて良いよ。火矢の炎を通さない程度の厚さでいい。端末で確認するね」
セララはホワイトスワローのデータベースを参照した。材料の強度と重量の計算が表示される。
「三ミリから五ミリ程度の鉄板で十分だと思う。それなら重量も許容範囲に収まる」
「鍛冶職人に作らせる事は可能か?」
「うん、出来ると思う。今まで銃の部品で精密な鉄の加工を行ってきたし対応できるはずだよ」
セララの回答に信長は満足そうにうなずいた。
「合計で中型の軍艦を五隻、新造したい。全ての船に鉄板を張り、大砲を積む」
「五隻全部を鉄板を使った船にするの?」
「そうだ。一隻では意味がない。敵に圧力を与えるには複数の船を揃える必要がある」
「分かった。中型の軍艦の設計を開始するよ。でも急ぎすぎると精度が落ちて完成度が低くなる。それを防ぐためにもある程度の期間は必要だよ」
「どのくらいかかる」
信長の質問をセララが脳内で計算した。
「設計を改良するのが半年、新造の五隻が三年かな。四年以内には五隻揃えられると思う」
「うむ。予算はいくらでも出す。頼んだぞ」
信長はそう言ってセララに軍艦の建造を依頼した。
設計の見直しが始まった。
まずは図面の見直しだ。船を一回り大きくし、舷側に砲口を開け、大砲を据える台を設ける。砲台の周囲、操舵室、火薬庫の周辺に薄い鉄板を張り付ける。重心の変化を計算しながら、安定性を保てる配置を慎重に決めていった。竜骨のおかげで既存の船よりは重心が安定しているため、設計上では鉄板による防御力強化も大砲の搭載も可能な見込みだ。
鍛冶職人が呼ばれた。
「鉄板を作ってほしい。厚さは四ミリで統一、幅と長さはこの寸法で」
セララは端末に表示された数値を見せた。統一規格で作られた物差しを使えば、どの職人が担当しても同じ寸法の鉄板ができる。以前に広めた度量衡の統一が、ここでも機能した。
「承知しました。この寸法であれば、うちの仕事場で問題なく作れます」
職人は慣れた様子で言った。フリントロック銃の部品を精密に作り続けてきた経験が、鉄板の加工にも活きていた。
試作の鉄板が届くと、並べた木材に鉄板を張り付けて実際に検証した。
「焙烙玉を当てて確かめたい」
とセララは言った。
離れた場所から焙烙玉を投げ込んだ。爆発の衝撃と炎が鉄板に当たり、炎が一瞬燃え上がったが、鉄板の内側の木材には届かなかった。
「これで十分だね。火矢や焙烙玉ならこの厚さの鉄板で防げる」
とセララは言った。
南蛮の船匠も検証に立ち会っていた。
「これはポルトガルの軍船に近い発想です。ヨーロッパでも同じような試みがあります。鉄を部分的に使うやり方は理にかなっています」
「ヨーロッパでも同じことを考えていたんだね」
「はい。海戦では火が最も恐ろしい。その対策として鉄を使うのは自然な発想です」
実験船での経験を活かした図面が完成し、模型の製作が始まった。
新しい軍艦の名前は信長に確認し、鉄板を使っているため鉄甲船という名前になった。
こうして鉄甲船の建造が進んでいった。
完成すれば海上での戦い方が変わる。大砲を持ち、火矢への防御力が高い船が五隻揃えば、きっと海戦で活躍する事だろう。
セララはその日を想像しながら、次の設計作業に戻った。
この物語の船のサイズを記載します。
小型実験船は全長20メートル、排水量70トン程度。
マストは二本、大砲は積まない純粋な帆走船です。
当時の小型キャラベル船とほぼ同等のサイズになります。
鉄甲船は全長30メートル、排水量200トン程度。
マストは3本、大砲を10門搭載。
ただし鉄甲船は純粋なガレオン船ではなく、日本の造船技術と西洋の設計を組み合わせた独自の船です。
キャラベル船とガレオン船の中間的な船になります。
なお、この話には出て来ませんが比較用として、
中型ガレオン船は全長35〜45メートル程度、排水量500〜800トン。
大型ガレオン船は全長45〜60メートル以上、排水量900〜1,200トン以上となります。