尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第四十三話 比叡山焼き討ち

 1571年(元亀2年)。

 

 信長包囲網という言葉が各地から聞こえてくるようになっていた。

 

 浅井長政と朝倉家が近江と越前で兵を構え、石山本願寺が摂津で抵抗を続け、三好の残党が畿内で動き、武田信玄が東から圧力をかける。それぞれが別の思惑を持ちながら、織田を締め上げようとしていた。

 

 信長はその状況を地図の前で見渡しながら言った。

 

「比叡山を落とす」

 

 執務室にいたのは信長とセララ、それに丹羽だった。

 

「比叡山延暦寺でございますか」

 

 丹羽が確認する。

 

「そうだ。浅井・朝倉連合軍を支援し、我らに敵対し続けている。放置すれば背後の脅威になる。今のうちに叩く」

 

 セララは信長の言葉を聞きながら、地図を見ていた。

 

 比叡山延暦寺。かつて水神教を天狗と批判し、一揆を扇動しようとした勢力だ。朝廷が水神を神と認めた後も、批判をやめなかった。しかし民衆はその批判を受け入れなかった。水神教が広まるにつれて延暦寺の勢力は弱まり続け、今では往時の力はない。

 

「信長さんなら間違いなく勝てると思う。ただ、一つ聞いていい?」

 

「何だ」

 

「攻略した後、延暦寺の人々をどうするつもり?」

 

「老若男女問わず、全員始末する」

 

 信長はきっぱりと言った。少しの迷いも感じさせなかった。

 

 セララは信長の目を見た。冗談ではなく、本気だと分かった。

 

「……それは、やりすぎだよ」

 

「やりすぎではない。中途半端に残せばまた反旗を翻す。根を断たなければ同じことが繰り返される」

 

「でも女性や子供、一般の信者は違うよ。延暦寺に所属する者全員が敵じゃない。信長さんに敵対せず、平和に暮らしたいだけの者もいるはずだよ」

 

 信長は腕を組んだ。

 

「いるかもしれん。だが、そう見せかけて逃げる者も混じるだろう。故に、敵を逃さぬためには全員を斬るしかないのだ」

 

「でも全員を殺せば、それを見た人々が織田家を恐れるかもしれない。民心を失ったら、内政がいくら進んでいても国は立ち行かなくなるよ」

 

 信長が考えていた。感情ではなく、計算として聞いていた。

 

「民心は確かに重要だな。一考の価値はある」

 

「天台宗への信仰を捨て、水神教に改宗するならば命を助けるという条件を出してほしい。降伏と改宗を促してから戦に入れば、戦わずに済む者も出てくる。信長さんが慈悲を見せれば、延暦寺を滅ぼしても民の恐れが和らぐはずだよ」

 

「しかし宗教の強制改宗はお前が望む事では無いはずだ。良いのか」

 

 信長が鋭く突いた。

 

「そうだね。ボクの本音を言えば、改宗を条件にするのも本当は嫌だよ。人の信仰に口を出したくない」

 

「では何故そう言う」

 

「全員殺すよりはずっとマシだから。完全に正しい選択肢がないなら、より良い方を選ぶしかない。改宗を選ばなかった者が死ぬのは、延暦寺が織田家に敵対し続けた結果だと割り切るしかないと思ってる」

 

 信長は頷いた。

 

「分かった。お前の案を採用する。ただし、条件を拒んだ者への容赦はない。それは変えぬ」

 

「うん。それで良いよ」

 

 セララは答えた。

 

「丹羽、開戦前に使者を出せ。天台宗の信仰を捨て水神教に改宗するならば命を助けると、延暦寺に伝えよ」

 

「はっ、承知しました」

 

 

 

 

 

 1571年9月12日。

 

 信長は全軍に比叡山への総攻撃を命じた。

 

 延暦寺への使者は事前に送られていた。しかし返答はなかった。降伏の呼びかけを無視した形だ。

 

 セララは岐阜で報告を受け取りながら、これからの事を想って空を見上げた。

 

 延暦寺は長年、水神教を批判し続けてきた。だからと言って全員が悪人なわけではない。修行に励んでいた僧侶もいたはずだ。信仰に誠実な者もいたはずだ。

 

 しかし延暦寺は浅井・朝倉連合軍を支援し、信長に敵対し続けた。降伏の呼びかけにも応じなかった。結果として、これ以上庇護する言葉をセララは持てなかった。

 

 

 

 

 比叡山での戦いは短時間で決した。

 

 かつての延暦寺には強力な僧兵がいた。しかし水神教の広まりで勢力が弱まっていた延暦寺に、フリントロック銃を装備した織田軍と正面から渡り合う力はなかった。銃声が山に響き、僧兵たちの抵抗は瞬く間に崩れていった。

 

 戦の中でも信長の命令は徹底されていた。

 

「降伏した者、捕らえた者には改宗の意志を確認せよ。水神教への改宗を選んだ者は助けろ。拒んだ者は切り捨てて良い」

 

 改宗を選んだ者は少なくなかった。特に女性や子供を連れた者の多くが、命を選んだ。改宗を拒んだのは、信仰を最後まで譲らなかった僧侶たちだった。

 

 戦が終わった後、信長は延暦寺に火をつけた。

 

 堂塔伽藍が次々と炎に包まれた。長年積み上げてきた建物が、煙を上げて崩れていく。天台宗の軍事的拠点を完全に破壊するためだった。

 

 

 

 

 信長が岐阜に戻ってきたのは二週間後のことだった。

 

 セララは城門で出迎えた。

 

 信長は馬から降りるといつも通りの足取りで歩いてきた。しかしその顔には普段の鋭さとは少し違う疲れが滲んでいた。勝利した者の顔ではなく、長い仕事を終えた者の顔だった。

 

「お帰り、信長さん」

 

「ああ」

 

 短い返事だった。信長はセララの隣を通り過ぎようとして、少し足を止めた。

 

「お前の言った通り、改宗した者は助けた。数は少なくなかった」

 

「良かった。信長さん、ボクのお願いを聞いてくれてありがとう」

 

「かまわん。友人の頼みだからな」

 

 ぶっきらぼうに信長が言った。それからゆっくりと歩き出した。

 

 執務室への廊下を並んで歩きながら、信長がぽつりと口を開いた。

 

「今回の件について一向宗の者どもが書状で文句を言ってきた。腹が立ったから、儂は第六天魔王であると書いて返信してやった」

 

「確か……仏教の世界で最も恐ろしい存在の名前だったよね。自分から名乗ったの?」

 

「ああ。セララが水神であるからな。儂も何かを名乗りたかった」

 

 セララは少し驚いた。

 

「気にしてたの?」

 

「少しだけな。だが、これで儂は魔王と呼ばれる事になるだろう」

 

 信長は口の端を上げた。

 

「儂が第六天魔王、信長である。水神と第六天魔王が揃った織田家に敵はいない!……と、次からはこう名乗ればよい」

 

 セララは少し笑ってしまった。

 

「信長さんらしい」

 

「お前は笑うが、あながち間違いでもないだろう。水神がいる織田家を相手に、真正面から勝てる者がこの国にどれだけいる」

 

「それはそうかもしれないけど……ボクはできれば戦わずに済む世の中を作りたいんだ」

 

「儂もそう思っている。だから犠牲が出たとしても迷わず、躊躇わず、何としても天下を取るのだ」

 

 信長は真剣な顔で言った。

 

 その言葉に嘘はないとセララには分かった。この人は本当に、戦のない世を作ろうとしている。そのための手段が時に苛烈であっても、目指す場所は同じだ。

 

「じゃあ早く天下を取ってね。ボクが争いや犠牲を少なくするように手助けするから」

 

「うむ。これからも頼むぞ」

 

 信長は短く笑い、執務室へ歩いていった。

 

 セララはその背中を見送りながら、今日のことを振り返った。

 

 信長が天下統一を目指す以上、敵対勢力に犠牲が出るのは仕方ない。けれど、自分の行動次第でその犠牲を少なくできる可能性はある。

 

 これからも精一杯頑張ろうと思うのだった。




史実での比叡山焼き討ちは皆殺しでしたが、この歴史の信長は史実より穏やかになっている事とセララの進言により、改宗すれば命を助ける事になりました。

また、信長が第六天魔王と名乗るのは史実では1573年の武田信玄相手ですが、この歴史では1571年の一向宗相手に名乗る事になりました。

水神教を脅威として考えている一向宗が信長に強く反抗している事と、セララに対抗するために信長が魔王と名乗りたかったからですね。
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