尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第四十七話 長島一向一揆

 1574年(天正2年)。

 

 伊勢長島で一向一揆が起きた。

 

 伊勢、尾張、美濃の三国が接する長島は、かつて一向宗の拠点として知られた土地だった。本願寺派の信徒と土豪、農民が結集し、長島城に立てこもって織田家への抵抗を宣言した。

 

 甲賀から報告書をセララが確認する。

 

「参加者は五千人程度だね。大勢が参加してるけど……それでも想定より少ない」

 

 丹羽が頷いた。

 

「はい。水神教団からの報告でも同様の情報が入っております。伊勢と尾張の境界周辺でも、水神教への改宗が進んでいた地域では一揆への参加を断った者が多かったようです」

 

「水神教が広まっていなければ、もっと大きな一揆になっていたかもしれないね」

 

「もし水神教が無ければ二万人以上が参加していたかと思われます。民が豊かになれば、命を張って戦う理由が薄れます。一揆の最大の動機は飢えと貧困ですから」

 

 セララはその言葉を受け止めながら、少し複雑な気持ちになった。

 

 水神教を広め、農業の知識を伝え、学校を作り、食料を配ってきた。それが結果として一揆の規模を小さくしたことは良いことだ。しかし一方で、今も長島城に五千人が立てこもっている。その五千人は豊かさの恩恵を十分に受けられなかった人々だ。

 

「信長さんに報告してくる」

 

 

 

 

 信長は報告を聞いて地図を広げた。長島の位置を確認し、どのように対応するかを考えていた。

 

「五千か。規模は小さいが、放置はできん。地の利を知っている者たちが立てこもれば厄介だ」

 

「攻略できる?」

 

「問題ない。ただ、強攻はしない」

 

 セララは少し驚いた。信長が自ら強攻を否定したのは珍しかった。

 

「どうするの?」

 

「兵糧攻めだ」

 

 信長は地図の長島周辺を指でなぞった。

 

「長島は水路と湿地に囲まれている。地の利は一揆勢にあり、正面から攻めれば損害が出る。だが補給を断てば、相手は自分から動かざるを得ない」

 

「兵糧攻めなら時間がかかるけど」

 

「うむ。しかし強攻よりも死者が少ない。それに、じわじわと追い詰めれば追い詰めるほど、降伏を選ぶ者が増える。改宗の条件を出せば、多くの者が生きる方を選ぶはずだ」

 

 セララはその言葉を聞いて、信長が比叡山の焼き討ちの経験から学んでいることを感じた。力で押し潰すより、逃げ道を作った方が結果として多くの命が残る。

 

「比叡山の時と同じように、改宗した者は許す方針なんだね」

 

「うむ。そちらの方が民心を維持できる。長い目で見て有効だと判断した」

 

 信長は書状をしたためながら言った。

 

「降伏勧告を先に送る。水神教に改宗すれば命を助けると伝えよう。返答がなければ包囲して兵糧を断つ」

 

「信長さん、ありがとう」

 

「礼はいらん。儂にとっても合理的な判断だ。天下統一が近づいてきた今、敵を倒す事と民心を維持する事、どちらも重要なのだ」

 

 

 

 

 

 降伏勧告の書状が長島城に届けられた。

 

 しかし返答はなかった。

 

 一向宗の僧侶たちが、降伏など認められないと信者たちを説いたのだろう。信仰のために戦うという言葉が、五千人を城に留まらせていた。

 

 織田軍は長島の周囲を取り囲んだ。水路に船を並べ、陸側の出入り口を塞いだ。補給の道を一つずつ断ち、城から出られない状態を作った。

 

 包囲が完成すると、フリントロック銃を装備した部隊が各方面に展開した。一揆勢が打って出ようとすれば銃弾が待っている。地の利があっても、外に出られなければ意味がなかった。

 

 その報告を受けながら、セララは長島城の人達がどうなるかを想像してしまい、心配な気持ちで日々を過ごした。

 

 城の中の五千人が少しずつ追い詰められていく。食料が減り、水が底をつき始める。そういう状況を意図的に作り出している。正しい判断だと理屈では分かっていても、気持ちの上では割り切れない部分がある。

 

(でも、強攻すれば双方にもっと多くの死者が出る。信長さんの判断は正しい)

 

 そう自分に言い聞かせながら、セララは水神教団と共に長島周辺の村々への物資配布を続けた。城の外にいる、一揆に参加しなかった村人たちへの支援だ。長島の地でまだ水神教が届いていない村が残っている。一揆がこれ以上広がらないよう、今のうちに動いておくことに意味があった。

 

 

 

 

 包囲から三週間が経った頃、変化が起きた。

 

 長島城から小さな集団が白旗を掲げて出てきた。

 

 最初は十数人だった。それが翌日には数十人になり、その次の日にはさらに多くの者が出てきた。城の中で飢えが進むにつれて、生きることを選ぶ者が増えていった。

 

 出てきた者たちは織田軍に保護され、水神教への改宗の意志を確認された。改宗を選んだ者はその場で赦免とされ、食料を与えられた。

 

 甲賀から届いた報告には、城内の様子が記されていた。降伏を拒んでいるのは一向宗の僧侶と少数の頑固な土豪だけになっている。農民の多くはもはや戦う気力を失っている。そういった内容だった。

 

 包囲から一か月が経過すると、ついに長島城から使者が出た。降伏の交渉を求めるという内容だった。

 

 信長は条件交渉を拒絶し、最初から宣言していた一つだけ提示した。

 

『水神教に改宗し、改めて民として生きる誓いを立てた者は全員赦免とする』

 

 その言葉が長島城の城内に広まると、残っていた者たちが次々と武器を置いた。一揆を扇動した僧侶の一部は最後まで抵抗の意志を示したが、もはや従う者はほとんどいなかった。

 

 こうして長島一向一揆は終息した。

 

 

 

 

 信長が岐阜に戻った日、セララは出迎えた。

 

「改宗した人は多かった?」

 

「一揆に参加した者の大半が改宗を選んだ。処断したのは一揆を扇動した僧侶と、最後まで抵抗を続けた首謀者のごく一部だ」

 

「そっか」

 

 セララは少し間を置いてから言った。

 

「兵糧攻めを選んでくれてありがとう。強攻していたら、もっと多くの人が死んでいたと思う」

 

「うむ。それが最も効率の良い方法だったからな」

 

「分かってる。でも、結果として多くの命が残ったのは事実だよ」

 

 信長は「うむ」と短く返事をした。

 

「長島での水神教の布教を強化しようと思うんだ。同じことがまた起きないようにするためにも」

 

「それは儂も望むところだ」

 

 信長は頷いた。

 

「丹羽に指示を出しておく。長島周辺への水神教団の増員と、農具と食料の配布を行え。一揆が起きない土地を作ることが、最も効率の良い治安対策だからな」

 

 その言葉の中に、信長の本気の意志があることをセララは知っていた。信長は天下統一を目標としているが、民を豊かにすることへの意志もまた本物だ。

 

 

 

 

 

 

 長島一向一揆の終息から、セララは水神教団とともに長島周辺の村々を回った。

 

 食料と農具を配り、農業の知識を伝え、水神教の教義を説いた。人に優しくすること。それだけが教義だ。難しいことは何もない。

 

 村人たちの反応は様々だった。一向宗への信仰を長く続けてきた者は、すぐには改宗を決められなかった。しかし食料を受け取り、農具を手にし、作物の育て方を教えてもらううちに、少しずつ表情が変わっていった。

 

 ある村で年老いた百姓がセララに言った。

 

「水神様、一向宗の坊主は来世で救われると言っていた。でも水神様は今の生の暮らしを良くしてくれる。どちらが本当に民を救ってくれるのでしょうか」

 

 セララはその言葉を聞いて答えた。

 

「水神教を信仰したからって来世が悪くなる事は無いよ。水神教を信仰して現世を豊かにして、善行を積んで来世でも救われよう。現世と来世の両方が大事なんだ」

 

 老いた百姓は深く頷いた。

 

 その後もセララは人々に食料を配り、水神教の教えを優しく説いて行った。




史実では長島一向一揆は1570年から1574年にかけて三度行われています。

この物語では水神教の広まりと民が豊かになった事により、
1574年に1度だけ長島一向一揆が発生しました。

史実の第三次長島攻めでは織田軍8万対一揆勢3万という規模で、降伏を許さず焼き討ちにしています。

この物語においては一揆の参加者が5000人と史実より大幅に少なく、
兵糧攻めで解決し、改宗した者は全員赦免という穏やかな結末になりました。
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