尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第五十話 新たな熾天使

 1576年(天正4年)。

 

 岐阜城に珍しい来客があった。

 

 南蛮から来た一団だという報告を甲賀から受けたのは、その前日のことだった。大勢の人間が長崎に上陸し、岐阜へ向かっているという。イエズス会の者たちが案内役を務めており、その中に見慣れない紋章を身に着けた高位の者がいるという情報もあった。

 

 セララはその報告を聞いて不思議に思った。

 

「イエズス会の人達が案内してる。キリスト教の偉い人かな」

 

「つい先ほど報告が来ました。ローマ教皇庁より、天使の調査団が派遣されて来たとの事です。フロイス殿が本国に天使の出現を報告されてから十年が経ちます。調査団を送るのに十分な時間です」

 

 と丹羽が言った。

 

「会ってみるよ。断る理由もないし」

 

 信長はそれを聞いて腕を組んだ。

 

「ローマ教皇庁か。どのような者たちか見ておく必要がある。儂も同席する」

 

「うん。信長さんがいてくれると助かる」

 

 

 

 

 

 

 翌日、一団が岐阜城に到着した。

 

 先頭に立つのはルイス・フロイスだった。久しぶりの再会だ。フロイスは少し緊張した様子が見えた。その後ろに見慣れない装束をまとった一団が続いていた。

 

 中心にいた人物が前に出た。

 

 年は六十程度で白髪混じりの顎鬚を整えていた。纏っている衣は深い赤紫色で、首には金の十字架が下がっている。顔には長い旅の疲れが刻まれていたが、その目は澄んで穏やかだった。

 

「私はロドリゴ・デ・メンドーサと申します。ローマ教皇庁では大司教を務めており、本日は特使として参りました。ローマ法王様より、水神様がキリスト教における天使かどうかを確認する任務を受けております」

 

 流暢な日本語だった。長い旅の間に習得したのだろう。フロイスが横で小さく頷いているのを見ると、フロイスが教えたのかもしれない。

 

「こんにちわ。水神のセララだよ。遠いところからありがとう」

 

 デ・メンドーサは深く頭を下げた。

 

「お目にかかれて光栄です」

 

「ローマからここまで、どのくらいかかったの?」

 

「二年ほどでございます」

 

 セララは少し申し訳なさそうな顔をした。

 

「わざわざありがとう。大変だったね」

 

「天使様に会うために二年など、短すぎるくらいです」

 

 デ・メンドーサは穏やかに首を振った。その声には本心が滲んでいた。単なる儀礼的な言葉ではなく、本当にそう思っているのだとセララには伝わった。

 

「あなたは何故地上に降臨され、人々を導いているのですか」

 

 デ・メンドーサが静かに聞いた。

 

「ボクが地上に降りて来たのは偶然なんだ。でも地上に来てから人々を助けているのはボクの意思だよ。困っている人を見たら助けてあげたくなるのは普通でしょう?」

 

 デ・メンドーサはその言葉に感銘を受けたようだった。

 

「……それこそが、神の意志なのかもしれません」

 

 広間が静かになった。デ・メンドーサの言葉が、その場にいた全員の心に届いたように感じられた。

 

 

 

 

 しばらく話した後、デ・メンドーサが申し出た。

 

「恐れながら、奇跡の御力を拝見させていただけないでしょうか。私どもはあなたが何者であるかを確認するという使命を帯びております。その使命を果たすためにも、御力を直接見せていただければ幸いです」

 

「もちろんだよ」

 

 セララは立ち上がり、翼を広げた。一息で地面を蹴り、広間の中を軽く飛んだ。天井が高い部屋だったので、ゆっくりと旋回しながら一周してから降り立った。

 

 調査団の者たちが息をのんだ。フロイスは以前にも見ていたので落ち着いていたが、初めて見る者たちは顔色が変わっていた。デ・メンドーサは飛んでいるセララをじっと見つめていた。驚きながらも、観察者としての冷静さが目の奥にあった。

 

「次は氷だよ。アイスウォール」

 

 空中に氷の塊が現れた。白く濁った氷が光を受けてきらきらと輝く。

 

「これを溶かしてみるね。ファイアボール」

 

 小さな炎の球が氷に当たった。氷が解けて水になり、床に広がった。炎と氷が同じ者から出るという光景に調査団の者たちがまた動揺した。

 

 デ・メンドーサもまた、奇跡を見て驚愕しているようだった。

 

「炎と氷の力を見せていただき、ありがとうございます。傷を癒す力もあると伺いましたが、どの程度の傷であれば癒せるのでしょうか」

 

「腕や足の欠損は無理だけど、それより軽い怪我なら治せるよ。古傷も治療できる」

 

「では、この者は右手の指が一本欠けておりまして、治療する事はできますか?」

 

 調査団の中から一人の若者が進み出て、跪いてセララの前に右手を差し出す。確かに指が一本欠けている。

 

「問題ないよ。治療するね」

 

 セララが若者の右手を両手で包み、光が溢れる。数分ほど経過して光が収まり、両手を離すと若者の欠けた指が復活していた。

 

「き、奇跡だ……ありがとうございます」

 

 若者は深く感謝してセララに礼を行う。

 

「どういたしまして。治って良かったね」

 

 セララがそう言うと若者は感動したようだ。涙を流しながら後ろへ下がる。

 

「これは人の業ではございません。疑いの余地はありません」

 

 この流れを見ていたデ・メンドーサが言った。

 

「私も十年前に奇跡を拝見しております。あの時から確信しておりましたが、改めて申し上げます。これは紛れもなく天使の御業です」

 

 フロイスが傍らで頷いて発言する。

 

「一つお願いがございます。あなたが天使であることの証となるものを頂戴できないでしょうか。それを持ち帰ることができれば、ローマ教皇庁として正式な認定を行う根拠とすることができます」

 

 デ・メンドーサが続けた。どうやらローマ教皇庁はセララが天使だと言う正式な証拠を求めているようだ。

 

 セララは少し考えた。

 

 証となるもの。フロイスにも以前に羽根を渡した。今回も同じものが良いだろう。それに加えてもう一つ渡せるものがある。

 

「分かった。二つ渡すよ」

 

 セララは翼から羽を一枚丁寧に抜いた。手のひらに乗せて光魔法を付与すると、羽根がほのかな光を放ち始めた。

 

「永続の光魔法を付与した羽根だよ。消えないでずっと光り続ける」

 

 デ・メンドーサが両手で受け取った。光る羽根を見つめて、その手が小刻みに震えた。

 

「……聖遺物に間違いありません」

 

 低い声で言って、デ・メンドーサは羽根を胸に押し当てた。目を閉じて、祈りの言葉を口の中で唱えていた。

 

「もう一つはこれだよ」

 

 セララは腰に下げていた刀を取り出した。最近新たに製作した水神刀・陽炎だ。鞘から抜くと刀身が美しく光を反射した。

 

 セララが刀を振ると、刀身の軌跡に炎の幻影が現れる。燃えているように見えるが、熱はない。揺れる炎の光が広間を照らした。

 

「この刀には炎の幻影の魔法が付与してある。振れば誰でも炎の幻影を出せるよ。証明として渡すね」

 

 デ・メンドーサが受け取った。おそるおそる刀を振ると炎の幻影が現れた。デ・メンドーサが目を見開き、調査団の者たちが息をのんだ。

 

「これほどのものを……ありがたく頂戴いたします」

 

 水神刀を受け取り、深く礼をしたデ・メンドーサが顔を上げて再び口を開いた。

 

「私はローマ教皇庁より、この地における天使の調査と仮認定の権限を与えられております。正式な認定は帰国後に教皇庁で審議されますが、私の権限において仮認定を行い、それをローマに持ち帰ることができます」

 

「仮認定、というのは?」

 

「本来であれば教皇庁全体で審議すべき事柄です。しかしこれほど明白な御業と聖遺物を目の当たりにした以上、私の権限の範囲で認定を行い、その根拠と証拠をローマに持ち帰って正式な承認を求めることが私の使命と考えております」

 

 デ・メンドーサは立ち上がり、改まった様子でセララの前に立った。

 

「私はセララ様を熾天使として仮認定いたします。その根拠を申し上げます」

 

 広間が静まり返った。

 

「第一に、様々な御業を扱う事ができます。人とは異なる存在です。第二に、あなたは翼を持ちます。これは天使の証です。第三に、頭上に光輪があります。これもまた天使の証です。第四に、この地においてあなたは広く信仰されており、神として崇められています。これは神の業務を地上で代行していると考えられ、神に最も近い存在である証です」

 

 デ・メンドーサは話しつつ、水神刀・陽炎を皆に見えるように掲げた。

 

「そして今しがた、炎の剣を携えておられることを拝見いたしました。熾天使は燃える炎の力を持つとされています」

 

 フロイスが小声でセララに補足した。

 

「熾天使は天使の階級の中で最も高い位に置かれる存在でございます」

 

「キリスト教では複数の熾天使が知られておりますが、あなたはそのいずれでもなく、近年になって地上へ降臨した存在です」

 

 デ・メンドーサは続けた。

 

「セララ様は神がこの地上に遣わされた、新たな熾天使です。私の権限において、ローマ教皇庁を代表してこれを仮認定いたします。帰国後、正式な承認を教皇庁に求めることをここに誓います」

 

 デ・メンドーサが再び頭を下げた。これに従い、調査団の者たちとフロイスも深く頭を下げた。

 

 セララは少し困った顔をした。

 

「ええっと……熾天使と言うか、ボクは水神なんだけど」

 

 信長が横で腕を組んだ。

 

「ふっ。水神でありキリスト教の熾天使でもある。お前は忙しいな、セララ」

 

「もう。信長さんは他人事だからって気楽に言ってくれるよね」

 

 信長とセララのやり取りに場の緊張が一気にほぐれた。デ・メンドーサが顔を上げ、穏やかに微笑んだ。

 

「神や天使の御名は信仰する者によって異なります。しかし人々を助け、導くその御業はいずれの信仰においても同じものでしょう」

 

「そう言ってもらえると少し気が楽になるよ」

 

 セララは正直に言った。

 

「熾天使の認定は受け取るけど、キリスト教のために特別な活動を行ったりはしないよ。これからも水神として、困っている人を助けて行くだけ」

 

「それで十分でございます」

 

 デ・メンドーサは静かに言った。

 

「神の御意志とは、難しいことではないのかもしれません。困っている者を助けたいという、その一心こそが神の御意志なのでしょう」

 

 

 

 

 翌日、調査団は長崎へ向けて出発した。

 

 光る羽と水神刀・陽炎を携えて、遠いローマへの帰路につく。長い航海の後、これらはローマ教皇庁に届けられるだろう。

 

 見送りの場で、デ・メンドーサが最後に言った。

 

「セララ様。最後に質問させてください。私の信仰は神に届いているのでしょうか?」

 

 不安の籠った声だった。

 

 もちろんセララには神の心なんて分からない。だが、セララは彼を安心させてあげたかった。

 

「神に貴方の信仰が届いたかはわからない。でも、少なくとも貴方の信仰はボクに届いたよ」

 

「おお……ありがとうございます」

 

 セララの答えにデ・メンドーサは声を震わせて礼を言った。

 

「セララ様。あなたにお会いできたことは、私の生涯で最も幸いな出来事です。ローマに戻り、あなたのことを伝えます。あなたの御名と御業が、世界に広まることを願っております」

 

「ありがとう。長い旅、気をつけてね」

 

 一団が城門を出ていく。デ・メンドーサが最後に振り返り、深く頭を下げた。

 

 セララはその背中が見えなくなるまで見送った。

 

 信長が隣に立って言った。

 

「ローマ教皇庁が認定したとなれば、南蛮の国々にお前の名が広まるだろう。良い事だ」

 

「そうなのかな?」

 

「日の本で水神に希望を持つ者がいるように、南蛮の国でも天使の実在を知って希望を持つ者がいるだろう」

 

 セララは空を見上げて西洋の国々を想像した。

 

 キリスト教の熾天使と言うのは何だか妙な感じだが……キリスト教を信じている人々が、本物の天使が降臨していると知って希望を持てるのであれば良い事だと思った。




ルイス・フロイスは実在の人物ですが、ロドリゴ・デ・メンドーサは架空の人物です。
この3年後の1579年、ローマ教皇庁で審議された結果、セララは正式にキリスト教における新たな熾天使として認定されました。

日ノ本の国に降臨した熾天使の活躍を描いた尾張水神伝が翻訳され、海外でも広く読まれるようになりました。

あわせて熾天使が執筆した鬼滅の刃も出版され、各地で人気となりました。当時の海外では創作と現実の区別が曖昧なまま伝わってしまうことも少なくありませんでした。熾天使という本物の超常の存在が地上にいるならば、鬼や呼吸の技もまた実在するのではないか。そう考えた人々が一定数いたと伝えられています。

水神刀・陽炎は熾天使より授けられた品として、通常の聖人由来の聖遺物とは区別された「天使由来の聖遺物」という特別な分類で扱われ、ローマ教皇庁の聖遺物保管庫に納められています。前例のない品であったため、教会内でも特別な扱いとされました。

以降、代々の教皇は就任の儀式において水神刀・陽炎を掲げ、祝福の言葉を唱えながら刀身に炎の幻影を灯す事が伝統となりました。熾天使の加護を新たな教皇に示す儀式として、長く受け継がれていくことになります。
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