尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第五十四話 安土城と図書館

 1578年(天正6年)。

 

 安土城が完成した。

 

 琵琶湖の東岸、安土山の頂に建つその城は、これまでセララが見てきたどの城とも違った。石垣が高く積み上げられ、七層の天守が空に向かって伸びている。外壁には鮮やかな色が施され、朝の光を受けると湖面に映って輝いた。

 

 史実より一年早い完成だった。信長の勢力が順調に広がり、資材の調達も人手の確保もかつてより速く進んだ結果だ。

 

 引っ越しの日、セララは城下から安土山を見上げた。

 

「大きいね」

 

「うむ。これが天下人の城になるだろう」

 

 隣に立った信長が、珍しく満足そうな顔で言った。

 

「天下人の城って、少し気が早いんじゃない?」

 

「だが時間の問題だ。もはや織田家に敵う勢力はいない。天下統一は決まったようなものだ」

 

 信長は短く言って先に城の方へ歩き始めた。

 

 セララはその背中を見ながら若干の不安を覚えた。史実の信長もここまで到達したが、天下を掴めなかった。この世界の本能寺の変はどうなるのだろうか。

 

 甲賀の忍びに頼み、明智光秀の様子はこっそりと探らせている。本能寺の変に繋がる兆候があればきっと事前に分かるはずだ。

 

 セララは気分を切り替え、その不安を振り払って信長の後に続いた。

 

 

 

 

 安土城の内部を見て回ったセララが最も喜んだのはセララ専用の厨房だった。

 

 信長が城の設計を進める中でセララに何度か意見を求めてきた。その時にセララが「ボクの厨房が欲しい」と言ったのだ。

 

「専用の厨房が必要な理由は何だ」

 

「色々な料理を試したいから。人の厨房を借りると使える時間に制限があるんだよ。自分の厨房があればいつでも好きな時に使える」

 

「料理を試すためだけに厨房一つ設けるのか」

 

「うん。あと甘いものが食べたい時にすぐ作れるのが良いんだよね」

 

 信長は少し呆れた顔をしたが許可を出した。どうせセララのことだから、料理から何か新しいものが生まれると思ったのだろう。

 

 完成した厨房は思ったより広かった。竈が二つ並び、作業台がゆったりと取られている。棚には調理道具が整然と収まっている。窓から琵琶湖が見えた。

 

「最高だよ」

 

 セララは両手を広げて厨房を見渡した。翼がひとりでに動いた。嬉しい時に出る癖だ。

 

 まず棚の中身を確認する。包丁の種類、鍋の大きさ、火加減を調整するための道具。全部揃っている。次に食材の保管場所を確認する。乾物、塩、味噌、醤油、蜂蜜。

 

「甘いものを作ろう」

 

 セララはまず何を作るか考えた。サツマイモが手に入る。牛乳もある。蜂蜜も十分ある。

 

 サツマイモを蒸して、蜂蜜と牛乳を合わせてなめらかに練る。スイートポテトだ。前世で食べたものとは少し違うかもしれないが、やってみる価値はある。

 

 作業を始めると時間が経つのを忘れた。蒸したサツマイモの甘い匂いが厨房に広がる。練りながら蜂蜜を少しずつ加えていく。形を整えて、竈の余熱で表面を軽く乾かす。

 

 完成したスイートポテトを皿に並べて、信長のいる部屋へ持っていった。

 

「新しい料理だよ。信長さん、食べてみて」

 

 信長は一つ取って口に入れた。表情が和らぐ。

 

「甘い芋だな。美味い」

 

「サツマイモを蒸して蜂蜜と牛乳で練ったんだよ。スイートポテトって言うんだ」

 

「また南蛮の名前か。名付けるのであれば、水神芋と……」

 

「名前は後にして今はよく味わって欲しい。甘くて美味しいでしょ」

 

「……うむ」

 

 それだけ言って信長はもう一つ取った。セララはそれを見て満足した。信長が黙って二つ目を取るのは気に入ったという意味だ。

 

「また作れ」

 

「任せて。でも料理の名前はボクが決めるからね」

 

 セララは笑顔で厨房に戻った。新しい厨房での初めての料理は上手くいった。

 

 厨房の窓から見える城下町には、安土城の完成と同じ頃に建てられた施設がある。セララが長年構想を練ってきた図書館だ。新しい厨房と同じくらい、セララが楽しみにしていた場所だった。

 

 

 

 

 安土城の城下町にはセララが以前から指示して建設を進めていた施設があった。

 

 図書館だ。

 

 建物は城下町の中央に近い場所に大学と共に建てられた。二階建てで、内部は区画ごとに分かれている。

 

 医療の区画には、薬草の使い方や体の仕組みをまとめた本が並んでいた。これまでセララが広めてきた衛生の知識や治療の方法が、文字として整理されている。

 

 農業の区画には、種まきの時期、土の性質、肥料の作り方をまとめた本が並んでいた。尾張や美濃、近江で実際に試して成果が出た方法が記されている。様々な作物の育て方や、輪作農法についての本もあった。

 

 商売の区画には、複式簿記の使い方や商売の基礎をまとめた本が並んでいた。セララが以前教えた内容を生徒たちが書き直して整理したものだ。生徒たち自身が書いた商売の本も多くある。

 

 数学と物理の区画には、算術の教科書と、てこの原理や滑車の仕組みをまとめた本が並んでいた。職人や大工に特に役立つ内容だ。

 

 歴史の区画には、尾張や美濃、畿内の歴史をまとめた記録が並んでいた。

 

 娯楽の区画には、物語の本がたくさん並んでいた。鬼滅の刃はこの区画に収蔵された。

 

 そして水神区画があった。

 

 水神区画には、尾張水神伝の最新版が収蔵されていた。セララが尾張に降り立ってからこれまでの出来事が丁寧に記録されている。雨乞い、井戸掘り、桶狭間の戦い、京への上洛、石山本願寺の終焉。読めばこの十数年の歴史が分かる。

 

 水神区画の棚の前に立ったセララは背表紙を一冊ずつ眺めた。

 

(こんなにたくさんになったんだ)

 

 清州城で初めて授業を始めた頃はここまで記録が積み重なるとは思っていなかった。それが今や一つの区画を埋めるほどになっている。

 

 この図書館は水神図書館と命名され、世界中のあらゆる知識を集めることが目的とされた。日本の本以外にも海外の本を取り寄せ、収集し、翻訳・研究するのだ。これはセララの前世の記憶にあった、古代に存在したと言うアレクサンドリア図書館のあり方を参考にしたものだ。

 

 セララはこの図書館を民衆に無料で公開したいと考えていた。

 

 

 

 

 水神図書館を無料にするという話をした時、信長は難しい顔をした。

 

「無料にすれば維持費はどこから出す」

 

「水神教に寄付が集まっているから、そこから出すつもりだよ。知識は皆のものだから誰でも来られるようにしたい」

 

「セララの考えや理想は尊重しよう。しかし、有料にした場合に集まる人数を一とするならば、無料にした場合は十の人数が訪れるぞ。それだけの広さの図書館を作り、本を詰め込むのは銭がかかりすぎる」

 

 セララは考えた。確かにその通りだ。無料にすれば人が集まる。人が集まれば本の傷みも早くなるし、管理する人手も増やさなければならない。建物も今の計画よりずっと大きくなる。

 

「……それは確かにそうだね」

 

「最初は有料にしておけ。維持費の目処が立ち、建物を広げる余裕ができてから、段階的に無料の日を設けるなり値を下げるなりすれば良い。焦って全てを一度にやる必要はない」

 

 セララは信長の意見について考えた。全員に開放したいという気持ちは変わらない。でも、無理に無料にして図書館そのものが立ち行かなくなっては意味がない。これは信長が正しい。

 

「分かった。有料にするね。でも、いつか無料にする日が来るように少しずつ進めていくよ」

 

「それで良い。儂も費用を分担する。お前だけに負わせるのは道理が通らん」

 

 信長は結局、いつもそう言って費用を分担してくれる。セララはその度に少し嬉しくなる。

 

 

 

 

 

 開館初日、図書館の前に人が集まった。

 

 最初は遠巻きに見ている者が多かった。城下に突然大きな建物ができたのだ。中に何があるのか、入っても良いのか、よく分からないという顔をしている。

 

 セララは入口に立って声をかけた。

 

「入館料はかかるけど、色々な本が読める場所だよ」

 

 それを聞いて、恐る恐る入ってきた者がいた。商人風の男だった。中に入り、棚を見渡して目を丸くした。

 

「これらの本は全部読んで良いのですか」

 

「うん。ここで読むなら自由だよ。持ち出しは禁止だからここで読んで行ってね」

 

「ありがたい……」

 

 男は商売の区画に直行して複式簿記の本を取り出した。その場に座り込んで読み始めた。

 

 次に入ってきたのは若い職人だった。迷いなく数学と物理の区画へ向かい、てこの原理の本を手に取った。ページをめくり、図を見て、また最初に戻った。

 

「水神様、これは本当ですか。棒一本でこれほど重いものが動かせるのですか」

 

「本当だよ。試してみると分かるよ」

 

「ぜひ試してみます」

 

 職人は本の内容を暗記して帰って行った。

 

 子供たちも来た。娯楽の区画の物語の本を見つけると、その場に座って読み始めた。途中で字が分からなくなって隣の大人に聞いている子供もいた。大人が教え、子供が読む。図書館の中で自然と小さな授業が始まっていた。

 

 水神区画には、やや年配の者が多く集まった。尾張水神伝を手に取り、ページをめくりながら小声で読んでいる。中には感極まって涙を拭いている者もいた。

 

 丹羽が静かにセララの隣に立った。

 

「賑やかになりましたね」

 

「そうだね」

 

「知識が人から人に伝わっていく場所になりそうです」

 

 セララは図書館の中を見渡した。読んでいる者、書き写している者、隣の人と話し合っている者。みなそれぞれのやり方で、ここにある知識に触れている。

 

(清州で最初に授業を始めた時は、十六人だったんだよね)

 

 あの十六人が今では各地の学校で教える側になっている。その人たちが書いた本が、今ここに並んでいる。

 

 セララは棚の本を一冊取り出した。農業の区画の教科書だ。最初にセララが書いた内容を、生徒たちが加筆修正して分かりやすくしたものだ。

 

 パラパラとページをめくる。図解が増え、説明が丁寧になっていた。最初に書いた時よりずっと良い本になっていた。

 

(皆が育てていってくれてるんだ)

 

 セララは本を棚に戻した。

 

 城下の景色が窓から見えた。琵琶湖の光が遠くに輝いている。人々が行き来する通りに、新しい建物が並んでいる。

 

 安土城の完成と共に、ここに新しい拠点が生まれた。水神図書館という、知識が集まり、広がっていく場所が。

 

 セララは水神図書館を出て、空を見上げた。

 

 知識がこの場所から、またどこかへ広がっていく。

 




Civilizationっていうゲームが好きでたまに遊ぶのですが、アレクサンドリア図書館っていう施設がめちゃめちゃ強いんです。
建設すると一気に技術開発が加速します。
なので日本にもあったら良いなと思い、日本版のアレクサンドリア図書館を作ってみました。


現代風wiki

<水神図書館>

水神図書館は、1578年(天正6年)に近江国安土の城下町、現代でいえば滋賀県近江八幡市安土町にあたる地に建設された大型図書施設です。
水神セララの発案・主導により建設され、世界中のあらゆる知識を収集・保存・公開することを目的としています。

本の種類ごとに区画が分けられており、初期は医療、農業、商売、数学と物理、歴史、娯楽、水神等の区画があり、そこから徐々に拡張していったとされています。その後も海外から取り寄せた書物の翻訳・研究が進むにつれ、区画は徐々に拡張されて行きました。

入館には料金が必要でしたが、身分による制限は設けられておらず、商人・職人・農民・子供など幅広い層が利用できました。知識を求める人々が連日訪れ、館内では読んでいる者・書き写す者・隣の人と話し合う者など、それぞれのやり方で知識に触れる姿が見られたといいます。

水神図書館の存在により、安土は知識と文化の集積地として各地から学者や商人が集まるようになり、やがて「本の都」と呼ばれて人々に愛される町となりました。
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