尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
1581年(天正9年)。
信長は四国攻略を織田信孝と滝川一益に、九州攻略を織田信勝と柴田勝家に任せた。織田信忠は信長の側に立って軍略や内政の調整役を担い、信長の後継者としての経験を積んでいた。
播磨攻めの時と同様にセララは水神教団に指示を出し、織田軍が攻略した後の地域に布教と物資配布を行って民心を掴んでいった。
信長とセララは安土城から大まかな指示を出したり、内政をして過ごしていた。
ある日、狩りに出かけていた信長が獲物を持ってセララの元へやってきた。
狩りは信長の気晴らしの一つだ。最近は政務が続いていたから久しぶりに出かけたらしく、機嫌が良かった。
「セララよ。狩りに出かけた際に猪を狩ったのだが、猪肉で何か美味い料理を作れるか?」
「猪のお肉の料理だね。考えてみるよ」
「頼む。楽しみにしているぞ」
信長が去ってからセララは自室で考え始めた。
猪肉の料理といえばまず浮かぶのは牡丹鍋だ。猪肉と野菜を味噌仕立てで煮込む鍋料理。この時代の人々にも馴染み深いはずだ。
「でも牡丹鍋は知ってる人もいるだろうし……どうせならこの時代に存在しない肉料理の方が良さそう」
せっかくなら、誰も食べたことのない料理を作りたい。信長の反応も知っている料理より知らない料理の方が面白い。
この時代の食材で作れて、なおかつ存在しない肉料理。
「閃いた!ハンバーグにしよう!」
ハンバーグ。肉を細かくして固めて焼く料理だ。この時代の日本では肉をこういう形で調理する文化はない。全く新しい料理として提供できる。
ただし、材料をこの時代に合わせて工夫する必要がある。
「ハンバーグの材料で使いたいのは、お肉、パン粉、卵、玉ねぎ」
猪肉はある。卵もある。でも玉ねぎはこの時代の日本では一般的ではない。
「玉ねぎは無さそうだから……刻んだ葱で良いかな。風味は違うけど、似たような役割は果たせるはずだよ」
パン粉も問題だ。パンはこの時代の日本では普及していない。
「パン粉も無いから米粉で代用しよう」
米粉なら手に入る。ハンバーグのつなぎとしての役割は米粉でも果たせるはずだ。あとはタレだ。通常のハンバーグはデミグラスソースなどをかけるが、この時代では作れない。
「タレは醤油、酢、大根おろしで和風ソースを作ってみよう」
さっぱりとした和風の味付けが、猪肉の濃い旨みと合うはずだ。こうして材料と作り方が固まった。
セララは台所を借りて調理を始めた。
水神様が料理をする日は見学者が集まる。今日も厨房の外に人が並んでいる。料理人たちも仕事の合間に様子を見ている。いつものように信長も来ていた。
「セララよ、今回は何を作っているのだ?」
「ハンバーグっていう肉料理だよ」
「ハンバーグとは聞いたことがないな。どのような料理なのだ?」
「細かく刻んだ肉を卵や米粉、刻んだ葱と混ぜて捏ねて焼くんだ。大根おろしをかけて、醤油で作ったタレをかけるの」
「ほう。それは何とも美味そうだ。出来上がるのが楽しみだな」
信長は腕を組んだ。
「少し時間がかかるから待っててね」
まず猪肉の処理から始めた。
大きな塊の猪肉を、包丁で細かく切っていく。ひき肉のように細かくするのは手間がかかるが、この工程がハンバーグの柔らかさを生み出す重要な作業だ。
「肉をこんなに細かくするのですか」
と見ていた料理人が驚いた顔で言った。
「そうだよ。細かくすることで、焼いた後に柔らかくなるんだ」
「不思議ですね。普通は肉は塊のまま焼くものかと」
「細かくするとバラバラになっちゃうからね。でも、米粉と卵を混ぜる事で細かい肉を繋いで塊にできるんだ」
細かく刻んだ猪肉を大きな器に入れて、葱をみじん切りにして加えた。卵を割り入れて、米粉を加える。
「ここからよく捏ねるのがポイントだよ。手で捏ねて、粘りが出るまでしっかり混ぜる」
手のひらで押して、折って、また押す。繰り返していくうちに、肉の塊が一つにまとまってくる。粘りが出て、形を保てるようになってきた。
「これくらいかな」
まとまった肉を手に取って、空気を抜きながら丸く形を整えた。真ん中を少し凹ませる。焼いた時に中央が膨らむのを防ぐためだ。
「なぜ真ん中を凹ませるのですか」
と別の料理人が聞いた。
「焼くと肉が縮んで、真ん中が盛り上がるんだ。あらかじめ凹ませておくと、焼き上がりがきれいな形になるよ」
「なるほど……細かいところまで考えておられるのですね」
鉄鍋を火にかけて、油を引いた。十分に熱くなったところで、捏ねた肉を置いた。
じゅうっという音が広がった。
香ばしい匂いが厨房に広がり始めた。肉が焼ける匂い——脂と旨みが熱で引き出される、食欲をそそる匂いだ。
「セララよ。なんだか腹が減ってきたぞ。まだか?」
信長が近づいてきた。
「まだだよ。もう少し待ってね」
「焼ける匂いがするではないか。いつまで焼くのだ」
「中まで火が通るまでだよ。生焼けは良くないから、きちんと火を通さないと」
「……衛生の授業の話か」
「そう。食材はきちんと火を通すことが大事」
信長は少し不満そうな顔をしながらも、おとなしく待った。
肉を焼いている間に、タレを作った。
醤油を器に入れて、酢を加えて混ぜる。大根をすりおろして、大根おろしを作る。
シンプルな組み合わせだが、これがさっぱりとした後味を生む。猪肉の濃い旨みに、大根おろしの爽やかさが合わさるはずだ。
鉄鍋の中の肉を、箸でそっと押してみた。弾力がある。表面はきつね色に焼けていて、香ばしい。
「そろそろ良いかな」
ひっくり返して、もう少し焼く。両面がしっかりと焼けたところで、火から外した。
器に移して、大根おろしをたっぷりと乗せる。醤油と酢で作った和風タレをかける。
「和風ハンバーグ、完成だよ。白米と一緒に食べるとすっごく美味しいよ」
セララは信長に向かって言った。
「待っていたぞ!早速食べてみるとしよう」
信長は箸を手に取って、ハンバーグを切った。
断面が見えた。中まできちんと火が通っていて、肉汁が染み出している。
一口食べて信長の動きが止まった。
「これは……本当に肉なのか」
「どう?」
「肉がこれほど柔らかくなるのか」
「それがハンバーグの凄いところなんだ。肉を細かくしてから固めているから、噛む前からほぐれているんだよ」
信長はもう一口食べた。
「箸が止まらん。これほど美味い肉があるとは」
今度は白米と一緒に口に入れた。
「白米ともよく合うな。実に美味い」
「でしょ!醤油のタレと大根おろしが猪肉の濃さをさっぱりさせてくれるから、白米が進むんだよ」
信長は黙って食べ続けた。器が空になった。
「セララよ。おかわりを頼む」
「はい、どうぞ」
ご飯のおかわりと追加のハンバーグを信長に配膳した後、見学者たちにも配り始めた。
口々に感想が飛んでくる。
「これは素晴らしい。タレと肉を合わせるとこうも美味いのか」
「まさか猪肉がこうも美味い料理になるとは。作り方を覚えねば」
「大根おろしのさっぱり感が絶妙だ」
口にした人が皆笑顔になり、美味い美味いと言って食べる。
「肉を細かくして固め直す発想は、我々にはありませんでした。これは城の献立に採用できます。猪だけでなく、他の肉でも応用できそうですね」
料理長が真剣な顔でハンバーグを食べながら言った。
「鹿肉でも美味しいと思うよ。試してみてね」
「はい、さっそく試作してみます」
見物人がハンバーグを食べて感想を言い合っている。この時代で獣肉を食べるのに拒否感を示す人もいるかと思ったが、この部屋にはいないようだ。水神を信仰していれば獣肉や卵を食べても大丈夫という話が広まっているのと、普段から卵や牛乳を摂取している人が多いからだろう。
信長がおかわりしたご飯とハンバーグを食べ終え、満足そうな顔をしている。
「うむ。この和風ハンバーグとやらなら、毎日食べても良いぞ」
「信長さん。それは栄養が偏るからダメだよ」
「ぐぬぬ」
信長が珍しく詰まった顔をした。
「では毎日とは言わん。栄養に問題のない範囲で、できるだけ多くの日の献立に採用するのだ」
「それなら大丈夫だよ。猪肉はタンパク質が豊富だから、野菜と組み合わせれば栄養バランスも取れるしね」
セララは笑いながら言った。
「よし。料理長、聞いたか」
料理長がハンバーグを食べながら顔を上げた。
「承知いたしました。献立を検討いたします」
「セララ、ハンバーグの作り方を料理人に教えておけ。同じものが作れるようにな」
「うん、教えておくよ」
厨房に、満足した人々の声が溢れていた。
猪肉が新しい形で皆を喜ばせた。それが嬉しかった。
「次はどんな料理が作れるかな」
セララはそう思いながら、また次の料理のことを考え始めていた。
信長 「これを水神挽肉油焼と名付けよう」
セララ「信長さん、この料理の命名権は譲らないよ。これは和風ハンバーグだから」
この後、セララが信長に和風ハンバーグのお替りを作る事で命名権を奪取。和風ハンバーグとなりました。