SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に来ちゃいました。 魔法と知識で日本を発展させます。   作:Lavian

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第六話 回復魔法と農業

 返事が届いたのは、五兵衛が役人の元へ使いを出してから四日後のことだった。

 

 朝の作業を終えてセララが空き家に戻ると、五兵衛が申し訳なさそうな顔をして待っていた。手に折りたたまれた文を持っている。その表情を見るだけで、内容がある程度察せられた。

 

「役人からの返事が届きました」と五兵衛は言った。少し間を置いてから、文を広げた。『水神様なんているわけがない。嘘をつくならもっとマシな嘘にしろ』……だそうです」

 

 五兵衛は深く頭を下げた。

 

「申し訳ございません、水神様。このような無礼な返事を……」

 

「謝らないで」とセララは言った。「五兵衛さんが悪いわけじゃないよ」

 

「しかし……」

 

「嘘だと思われちゃったのは仕方ないよね」

 

 セララは縁側に腰を下ろした。空を眺めながら、ゆっくりと言葉を続けた。

 

「実際に見ないと信じないのはわかるよ。ボクだって、急に水神様がいますって言われても、見るまでは信じないと思う」

 

 五兵衛が顔を上げた。その目に、ほっとしたような色が浮かんだ。

 

「水神様は、お怒りではないのですか」

 

「怒ってないよ。これはそのうちどうにかなる話だと思う」

 

 役人がいずれ自分の目でセララを見る機会があれば、考えも変わるだろう。あるいは周囲の村の話が積み重なれば、無視できなくなるかもしれない。どちらにせよ、今焦っても意味がない。

 

 五兵衛は文を丁寧に折りたたんでから、もう一つ報告があると言った。

 

「周囲の村からも便りが届いておりまして。この村に水神様がいらっしゃると聞いて、ぜひ雨乞いをお願いしたいと……どの村も水不足で困っているようです」

 

 セララは少し考えた。

 

「分かった。行くよ」

 

「よろしいのですか。お体に障らなければよいのですが」

 

「大丈夫。案内役を一人貸してもらえる?飛んでいけば隣の村まですぐだから」

 

 五兵衛は喜んで、村で一番土地勘のある長四郎という中年の男を案内役に立ててくれた。長四郎は気のいい男で、セララに抱きかかえられて空を飛ぶと知ったときに一瞬だけ顔色が変わったが、すぐに覚悟を決めた顔になった。

 

「お、お任せください。水神様」

 

「怖かったら目を閉じていいよ」

 

「め、目は開けておきます」

 

 セララは長四郎を両腕でしっかりと抱え、翼を広げた。地面を蹴って上昇すると、長四郎が小さく息をのむ声がした。しかし叫びはしなかった。上空から見下ろす景色を、目を見開きながら懸命に眺めていた。

 

「あれが隣村の方角です」と長四郎は震える声で言った。「森を越えた先に」

 

「分かった。しっかり掴まって」

 

 翼を傾けて方向を変えると、木々の上を風が流れるように飛んだ。速度を上げすぎると長四郎への負担が大きいので、ゆっくりとした巡航速度で進んだ。それでも徒歩で数時間かかる距離を、短い時間で越えられた。

 

 隣村が見えてきたところで高度を下げ、村の入り口あたりに着地した。

 

 どすんと足が地面につく。長四郎が大きく息を吐いた。

 

「着いたよ」

 

「は、はあ……生きておりました」

 

 着地の音を聞いて、村の入り口近くにいた村人が振り返った。空から人が降ってきた。しかも翼がある。金の輪がある。その村人は一瞬固まってから、大声で叫んで村の中へ走って行った。

 

 それからは五兵衛の村と似たような展開になった。

 

 人が集まってきた。翼とヘイローを見た村人たちが膝を折り始めた。長四郎が水神様がいらっしゃったと説明すると、村長らしき老人が前に出てきて深く頭を下げた。

 

 セララは雨乞いを頼まれ、畑の前に立ち、コールレインを唱えた。

 

 前回の経験があったので、魔力の使い方がより精密になっていた。必要以上に使わないよう制御しながら術式を組むと、魔力消費を抑えながらも十分な雨雲を呼ぶことができた。前回よりも消耗が少ない。術式の扱いに慣れてきているのを実感した。

 

 雨が降り始めると、その村の村人たちも歓声を上げた。水神様だ、奇跡だ、という言葉がこちらでも広がった。

 

 雨が落ち着いてきた頃、セララは村の中を少し歩いた。礼を言いたいという村人たちに囲まれながら進んでいたとき、村の端の方で若い男が杖をついて歩いているのに気がついた。

 

 年は二十代前半くらいだろう。体格はしっかりしているが、右足をかばうような歩き方をしていて、杖なしでは歩けない様子だった。顔に苦労の色が見えた。

 

「ちょっと待って」とセララは周囲の村人に言ってから、その男に近づいた。「足、どうしたの?」

 

 男は水神様に声をかけられて慌てて頭を下げようとしたが、足をかばいながらでは姿勢がままならなかった。

 

「これは……水神様、申し訳ございません。みっともない姿をお見せして」

 

「謝らなくていいよ。何があったか教えて」

 

 男は少し躊躇してから、話してくれた。数日前に近くの森から材木を運んでいた時に転倒した。右足の骨が折れているようで、歩くと痛む。村に医者はおらず、骨が自然にくっつくのを待つしかないと言われている。仕事ができないのが辛いが、どうにもならない。

 

 セララは男の右足を見た。外から見ても腫れているのが分かる。

 

 回復魔法は使える。正確には治癒魔法と呼ばれる術式で、魔力を傷ついた部位に流し込んで細胞の修復を促進させるものだ。病気のような体内の複雑な問題には効果が薄いが、骨折のような物理的な損傷であれば対処できる。スカイエルフにとっては魔法の授業で習う初級魔術だ。

 

「足、治せるかもしれない。試してみていい?」

 

 男が目を丸くした。

 

「え……?」

 

「痛いことはしないよ。ちょっとの間、じっとしていて。ヒーリング!」

 

 男は言われた通りに立ったまま動かなかった。セララは右足の骨折部位に向かって、ゆっくりと魔力を流し込んだ。損傷の状態を感知しながら、修復に必要な魔力の量と方向を調整する。骨の位置が多少ずれていたが、ヒーリングは自動で骨の位置を整える術式が組み込まれている。医療知識が無くてもきちんと効果を発揮するのが回復魔法だ。

 

 数分後、光を消して手を放す。

 

「どう?動かせる?」

 

 男は恐る恐る右足に体重をかけた。それから少し歩いてみた。杖なしで、普通に歩けた。

 

「い、痛くない……!」

 

 男が声を上げた。何度か足踏みをして、それから信じられないという顔でセララを見た。

 

「足が……治っている。本当に治っている!」

 

 それを見ていた周囲の村人たちがどよめいた。

 

「怪我まで治してくださった!」

 

「これは奇跡じゃ、神の奇跡じゃ!」

 

「やはり本物の水神様だ!」

 

 男は目に涙を浮かべて、深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます、水神様……本当に、ありがとうございます」

 

「よかった。ただ、しばらくは無理をしないようにね。治癒したばかりだから」

 

 男は何度も頷いた。その隣で、男の母親らしき年配の女性が声がセララを拝んでいた。

 

 帰り道、長四郎を抱えて空を飛びながら、セララは西に傾いた太陽を見ていた。

 

 怪我を治せたのは良かった。雨も降らせられた。でも回復魔法は骨折程度なら対処できるが、病気や内臓の問題にはほとんど効果がない。この時代には現代医学も聖国の医療技術もない。助けられないことの方が、きっとずっと多い。

 

 それでも、これからも出来る限り人々を助けようと思うのだった。

 

 五兵衛の村に戻ったのは夕方だった。

 

 夕食をすませてから、セララはホワイトスワローのもとへ向かった。機体はまだ森の中に静かに横たわっている。ナノマシンの修復は少しずつ進んでいるが、飛行可能になるまでには100年以上の年月がかかる。それは変わらない。

 

 コックピットに乗り込んで電源を入れると、計器が順番に点灯した。セララは端末をコンピュータに接続し、文明レベルや現状の農業という前提事項を記載した上で質問事項を打ち込む。

 

 米の収穫量を増やすにはどうすればよいか。

 

 AIが分析を始め、数秒後に結果が表示された。現在この地域で行われていると推測される農法のレベルを考慮した上で、有効な改善手段がいくつか挙げられていた。

 

 一つ目は塩水選種。種籾を塩水に漬けて、沈んだものだけを選別する方法だ。良い種籾は密度が高く沈み、中身の詰まっていない籾は浮く。これを事前に選別することで、発芽率と苗の質が上がり、結果として収穫量の向上に繋がる。塩水の濃度は卵を浮かせて確認できる。

 

 二つ目は正条植え。田植えの際に苗を一定の間隔で規則正しく並べて植える方法だ。間隔が揃うことで日当たりと通気性が良くなり、除草の作業もしやすくなる。管理の手間が減り、収穫量が増える。

 

 セララはデータを読みながら頷いた。どちらも前世の記憶にある農業改革の手法だ。聖国の農業はテクノロジーに頼った部分が大きかったため自分でやったことはないが、歴史的な知識としては知っていた。AIの分析がそれを裏付けている。

 

 現在の季節を考えると、田植えの時期はまだ先だ。今すぐ実践できるのは塩水選種の方になる。正条植えは来年の田植えに向けてやり方を伝えておけばいい。

 

 翌朝、セララは五兵衛と村の農作業を取り仕切っている年配の男、茂助を呼んだ。

 

「米の収穫を増やす方法を知っているよ。やってみてほしいんだけど」

 

 茂助は最初、少し警戒した顔をした。長年農業を続けてきた人間の、自分のやり方への自信が見えた。しかしセララが水神様である以上、真っ向から反論はできないようだった。

 

「どのような方法でしょうか」と茂助は聞いた。

 

「まず種籾の選び方から」

 

 セララは塩水選種の方法を説明した。水に塩を溶かし、卵を入れて浮かんだら適切な濃度だと分かること。そこに種籾を入れて、沈んだものだけを使うこと。浮いた籾は中身が薄いから外す。

 

 茂助は聞きながら、だんだんと顔の表情が変わってきた。

 

「なるほど……沈んだものは重い種籾であり、中身が詰まっているという事ですな」

 

「そういうこと。軽い種籾より重い種籾のほうがよく実るんだ」

 

 茂助が頷いた。

 

「水神様がおっしゃるなら間違いないでしょう。早速やってみましょう」

 

 塩と水を用意してもらい、実際にやってみせた。卵を入れて濃度を確認し、種籾を入れると、いくつかの籾が浮いてきた。村人たちがそれを取り除き、沈んだ種籾だけを集める。単純な作業だったが、これを知っているかどうかで来年の苗の質が変わってくる。

 

「これだけですか」と茂助が言った。

 

「これだけ。簡単でしょ」

 

「確かに、難しくはないですな」

 

「田植えの方法も、来年は変えてみてほしい」

 

 正条植えの説明を始めると、茂助はさらに真剣な顔になった。縄を使って間隔を揃える方法を教えると、そういうことかと呟いた。

 

「間隔が揃えば日の当たり方が均一になる。日当たりが良くなれば育ちが良くなる」

 

「それだけじゃなくて、草取りもしやすくなるよ。整然と並んでいれば、どこが雑草かすぐ分かるから」

 

「なるほど」と茂助は腕を組んだ。「こちらも来年の田植えにやってみましょう」

 

「結果が出るのは来年の収穫の時だけど、きっと変わると思う」

 

 茂助は一つ頷いてから、珍しく笑顔を見せた。

 

「水神様は雨と水だけではなく、農のこともご存知なのですな」

 

「少しだけね」

 

「ありがたいことです。村のためになる事を、これほど教えていただけるとは」

 

 五兵衛が深く頭を下げた。

 

 塩水選種の終わった種籾が桶の底に並んでいた。来年の春、これが田んぼに植えられる。

 

 結果が出るのはまだ先だ。でもこの種籾はきっと、ちゃんとした苗になる。

 

 セララは桶の中を覗き込みながら、来年の豊作を想像した。

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