尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第六十一話 征夷大将軍

 1583年(天正11年)。

 

 四国と九州の攻略がついに完了した。

 

 天下統一だった。

 

 信長を阻む者はもう誰もいない。長い戦乱の時代が終わりを迎えようとしていた。

 

 その夜、安土では祝いの宴が開かれ、皆が酒を飲んで笑った。信長は酒の代わりにプリンを複数個食べてセララに小言を言われていた。

 

 

 

 

 翌朝、信長はセララを自室に呼んだ。

 

 二人だけの場だった。側近も武将もいない。信長が気を引き締めた表情で座っているため、大切な話があるのだと直感した。

 

「セララよ。儂は天下を統一した。これで儂を阻む者は誰もいない。京で征夷大将軍の位を受け取れば日の本の国を支配することができる」

 

「そうだよ。すごいことだよ、信長さん」

 

「だが……」

 

 信長は少し間を置いた。

 

「儂が征夷大将軍になっても争いは無くならぬであろう」

 

 信長が続けて言った。

 

「儂はずいぶん恨みを買ってしまった。多くの者を討ち、力で従えてここまで来た。儂の治世に従う者は多いが、心から服している者がどれほどいるか」

 

 信長の目が真剣なものになっていた。

 

「故に、セララに征夷大将軍になってほしいのだ」

 

 セララは数秒間、言葉が出なかった。

 

「ええっ?ボクが!?」

 

「うむ。セララに天下を治めて欲しい」

 

「信長さん、それは荷が重いよ!ボクは政治のことなんてあんまり分からないし、征夷大将軍なんて……これまで通り、二人でやっていくのはダメなの?」

 

 セララが慌てて否定する。だが、信長は首を横に振った。

 

「二人でやれるのは儂が生きている間だけだ。儂が死んだあと、お前と対等に振る舞える者は誰一人おらぬ。そうなればお前を神として絶対視する声がさらに大きくなるだろう。いつしかそれが当たり前になり、お前の言葉を肯定する者しかいなくなる。それが危険だとお前ならば分かるだろう」

 

「それは……確かにそうかもしれないけど」

 

 信長が優しく諭すように言った。

 

「儂が生きている間に将軍の地位を与え、お前を支える統治の体制を作っておきたいのだ。儂が側にいる今のうちに、周囲の者がお前を神としてではなく将軍として扱う仕組みを整える。それが儂にできる最善だ」

 

「信長さん……」

 

「二人でやって行くのは今日で仕舞いだ。どちらかが征夷大将軍になって統治の仕組みを整理する。しかし、儂が将軍では真の天下泰平の世を築くことができぬ。故にセララよ、頼む」

 

「でも……」

 

「セララ、聞いてくれ」

 

 信長の声がいつもとは少し違った。命令ではなく、懇願に近い響きがあった。

 

「お前は善良であり、皆に優しくできる。権力や腐敗とも無縁であろう。お前がこの国に来てから、農業が豊かになり、学校ができ、民の生活が良くなった。それはお前の知識と、お前の性格があってこそだ」

 

 セララは黙って聞いていた。

 

「儂は力でここまで来た。しかしそれだけでは真の平和は作れない。天下泰平の世を作るには、民に愛される者が上に立たなければならない。それがお前だ」

 

 信長が続けた。

 

「ずいぶんと前からお前を征夷大将軍にするつもりであった。お前を前線に立たせず、後方支援や民心を重視する役目に置いていたのもそのためだ。天下統一するまで待っていたのはお前が主導の戦争を起こさせないためだ。儂や信忠はお前のように民から無条件に慕われる者ではない。武家同士の争いを完全に防ぐには、血や利害を超えた存在が必要なのだ。お前なら……いや、お前こそが日の本を平和にできる唯一の存在だとずっと思っていたのだ。どうか頼む」

 

 信長が頭を下げた。

 

 セララは目を丸くした。信長が頭を下げる姿なんてこれまで一度も見たことがなかった。あの信長が、自分に頭を下げている。

 

 胸の中で様々なものが動いた。

 

 荷が重い。それは本当のことだ。征夷大将軍という立場が何を意味するか、分からないわけではない。日の本の国を治めるということの責任は想像するだけで気が重くなる。

 

 しかし。

 

 信長がここまで言ってくれている。長年共に歩んできた友人が頭を下げて頼んでいる。

 

 それを断れる気がしなかった。

 

 それに、思い返せばセララはこの国の人々を助けたいと思ってずっと動いてきた。雨を降らせた最初の日から、怪我を治し、学校を作り、農業を良くし、技術を広めてきた。それは全部、この国の人々が幸せになってほしいという気持ちからだった。

 

 征夷大将軍という形は想像していなかった。しかし目指してきたものはずっと同じだった。

 

「信長さん……分かった」

 

 セララは言った。

 

「征夷大将軍を引き受けるよ。絶対に天下泰平の世にしてみせるね」

 

 信長が顔を上げた。

 

「感謝する。セララならできると儂が保証しよう」

 

 信長の声に安堵があった。

 

「保証してくれても、上手くいかないことがあったら教えてよ」

 

「もちろんだ。政のことは儂と丹羽を中心とし、他の武将も補佐する。お前は民と向き合っていれば良い」

 

「それならできるかもしれない」

 

 信長がわずかに笑った。久しぶりに見る、力の抜けた笑顔だった。

 

 

 

 

 話し合いが終わると準備が始まった。

 

 上洛の手配が速やかに進められた。信長が段取りを整え、朝廷への働きかけが行われた。

 

 朝廷内では当初、戸惑いの声もあったという。征夷大将軍は本来、武家に与えられる地位だ。人ではない水神様にこの地位を授けることに前例はない。

 

 しかし朝廷はすでに長年、水神様を神聖な存在として認めてきた経緯があった。雨を降らせ、五穀豊穣をもたらし、民を救い続けてきた水神様であれば、武家の頂点に立つこともまた天の意志であろう。そういった声が公家たちの間で広まり、最終的に異論はほとんど出なかった。

 

 ただし、征夷大将軍はあくまで朝廷より任じられる官職であり、その上に天皇が在ることに変わりはなかった。水神様が将軍となっても、天皇という存在を超えるものではない。これまでの幕府と同じく、征夷大将軍は天皇から武家の統治を委任される立場である。セララもその点はあらかじめ理解していた。

 

「ボクが将軍になっても、天皇陛下の上に立つわけじゃないんだよね」

 

 とセララは信長に確認した。

 

「うむ。征夷大将軍は天皇より武の統治を任される地位に過ぎぬ。お前が天皇に取って代わるわけではない。これまで通り、天皇は日の本の頂点として在り続ける」

 

「そっか。それなら分かりやすいね」

 

 セララは少し安心した。自分が天皇という存在の上に立つというのは想像するだけで荷が重かった。征夷大将軍として民の暮らしを良くすることに専念できるならそちらの方が良かった。

 

 

 

 

 準備が整うと織田軍が京へ向けて出発した。

 

 セララも信長と共に京へ入った。道中、各地の民が見送りに出た。水神様が通ると聞いて集まってきた人々が、翼とヘイローを見上げて手を合わせた。子供たちが声を上げて歓迎した。

 

 京に入った後、セララは名前を『セララ・シュトーレン』から『水神セララ』に改名した。民衆が呼びやすい名前にすることで親しみやすくする事が狙いだった。

 

 元の名前を名乗らなくなることに寂しさが無いわけではなかった。セララ・シュトーレンという名前はスカイエルフとして生まれた時から持っていた、自分自身の証だ。それを手放すような気持ちが少しだけあった。

 

 でも、これからは水神としてこの国の政治の頂点に立つ。ならば、その立場にふさわしい名前を選ぶべきだとセララは思った。聖国のセララ・シュトーレンではなく、日本に住む水神セララとして生きて行く決意をした。

 

 

 

 

 京の朝廷で征夷大将軍の任命式が行われた。

 

 広間には公家たちが並んでいた。厳粛な空気の中、セララは前に進んだ。翼を畳み、ヘイローが室内の灯りを受けて静かに輝いた。

 

 宣下の言葉が読み上げられた。

 

 水神セララ、征夷大将軍に任ず。

 

 その言葉が広間に響いた瞬間、セララは深く頭を下げた。

 

 責任の重さが、肩にのしかかってくるような感覚があった。しかしそれと同時に、覚悟が定まる感覚もあった。

 

 引き受けた以上は、やり遂げる。

 

 式が終わり、広間を出ると、信長が隣に並んだ。

 

「これで正式にお前が将軍だ」

 

「まだ実感がわかないよ」

 

「すぐに実感するだろう。やることは山ほどある」

 

「それは分かってる。でも、一人じゃないよね」

 

 とセララは言った。

 

「当然だ。儂がついている」

 

 と信長が言い切った。

 

 その言葉が心強かった。

 

 水神様が征夷大将軍となったという知らせはその日のうちに各地に向けて発せられた。

 

 知らせを受けた各地の大名たちは、驚きの後に納得を示した。水神様であれば逆らう理由がない。水神様の治世ならばきっと良い世になる。そういう声が広がっていった。

 

 民衆の反応はもっと素直だった。

 

「水神様が将軍様になられたのか」

 

「ならばきっと良い政をしてくださる」

 

「水神様の知識で国が豊かになってきた。将軍様になられたなら、もっと良くなるに違いない」

 

 これまでの活動を通じて広まった水神様への信頼が、そのままこの知らせへの反応になっていた。

 

 

 

 

 夜、京の部屋でセララは一人になった。

 

 窓の外に京の夜景が広がっていた。遠くに川が光っている。空には星が出ていた。

 

 征夷大将軍。

 

 尾張に漂着してからこれまで頑張ってきたが、あまりにも遠いところまで来た気がした。正直な所、不安でいっぱいだ。

 

 セララは空を見上げた。そして悩んでいる事を口に出した。

 

「これって史実の江戸幕府、どうなっちゃうの……?」




これで第二章、天下統一編が完了です。

セララが征夷大将軍になった事で、天皇制は形式として残りつつ、実質的な統治の頂点に水神が立つ神権制へと移行しました。

天下統一でエンディングに入っても良かったのですが、作者は現代編まで執筆したいと思っているので物語が続きます。
明日は設定・登場人物紹介、その次から第三章、江戸幕府編となります。
なお、江戸幕府の時代があまりに長いため、これまでよりも時間経過スピードが速くなったり、途中から時間経過の大幅スキップが入ります。

また、書き溜めが少なくなってきているので第三章開始後は二日に一回の投稿となります。
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