尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
第六十二話 江戸への遷都
1583年(天正11年)の夏。
征夷大将軍となったセララに次の大きな課題が突きつけられた。
幕府をどこに開くか、だ。
信長とその配下たちが集まって話し合いが行われた。広間には信長、信忠、秀吉、丹羽、それに主要な武将たちが揃っていた。
「将軍の府をどこに置くかは重要な問題だ。現状の政治の中心は安土だが、京に置くのが自然だという意見もある。鎌倉や室町の例に倣う形だ。セララよ、お前はどこが良いと思う」
信長からの質問を受け、セララは少し考えてから言った。
「関東の江戸が良いと思う」
広間がざわめいた。
「関東?それはまた、ずいぶん遠い場所で」
と秀吉が眉を上げた。
「お前の言う場所は湿地ばかりで何もない田舎だぞ。何故そんな所に?」
と信長が言った。
「海が近いことと、平らな土地が広いこと、何もないことが利点だね」
「何もないことが利点とは、どういうことだ」
「これから日の本はどんどん発展していくよ。人が増えて、建物が増えて、道が広くなって、港が大きくなる。その時に山があったり、既存の建物が密集していたりすると邪魔になるんだ。何もない平らな土地はこれからどんな形にも作れる。未来に向けて成長できる場所が良いんだよ」
「ふむ。確かに京は古い建物が多く、大きく作り替えるには限界がある」
と信長は腕を組んだ。
「海が近ければ船での物資の輸送もしやすい。日の本を統一したから各地域を結ぶ船が多くなると思う。港の整備ができる場所が大事だよ」
「なるほど。将来の発展を見越しての選択ですね」
と信忠が頷きながら言った。
「そう。今の便利さじゃなくて、百年後、二百年後を考えたときに一番良い場所がどこかで選んだんだ」
信長はそれを聞いて考えていた。
「何もないのが利点とはな。だが、何もないという事は一から開発し、町を作る必要がある。大量の銭がかかるし、せっかく町を作り、幕府を開いても人が寄り付かぬという可能性もあるのではないか?利点より懸念点が明らかに多い」
信長がデメリットを指摘する。
「それは確かに……懸念点の事を考えると、大きな賭けになりますな。無理に関東を選ばなくても良いのでは?」
秀吉が信長の懸念点に同意し、幕府は江戸で無くても良いと言う。
「そうだね。確かに懸念点が大きいし、大きな賭けになると思う。それでもボクは江戸に幕府を開きたい理由があるんだ」
「まだ幕府を江戸にする理由があると言う事だな。言うが良い」
信長がセララに話すよう促す。
「ボク達は天下統一したけど、東国(関東・東北)は安土から遠くて十分に影響力を持っているとは言い難い。だから大きな拠点を築いておきたいんだ」
信長がセララの意見を聞いて理解を示す。
「ふむ。確かに理屈は分かる。東国への影響力拡大のための一手ということか」
「そしてこちらが本命なんだけど、実はボクは少しだけ未来の事を知ってて……江戸に幕府を開けばすごく大きな都市に発展する事を知ってるんだ。逆に、江戸幕府以外の場所に幕府を開いたらどうなるか分からない。成功するかもしれないし、失敗するかもしれない」
「未来を知っている……セララ様は未来予知の奇跡まで使えたのですな。道理で……」
セララの発言に驚く者、納得したように頷く者がいた。未来予知を嘘だと疑う者はおらず、水神様なら未来予知が出来てもおかしくないという受け止め方だった。
(正確には予知じゃなくて、未来の記憶があるって事なんだけど……)
セララは内心でそう思ったが、他人から見れば未来予知も未来の記憶も同じ事であり、説明が長くなるので口には出さなかった。
「では、幕府を開く場所を江戸にするのはセララ様の神託という事になりますな。神託であれば懸念点があっても皆が納得するでしょう」
秀吉がそう言い、先程までの自身の否定的な意見を肯定的な意見へと変更した。
「うむ。江戸に幕府を開くのは賭けと言うが、未来予知で必ず勝つと知っているのであれば賭けに乗っても良いだろう。セララのこれまでの実績を考えれば信じられる」
信長はそう言ってから少し考える様子を見せた。
「しかし一つ確認しておきたい。江戸が大きく育つまでには時間がかかるだろう。その間、安土や京の機能はどうする。政の中心が江戸に移るまでの間、何も手を打たねば混乱が起きるのではないか」
「それは安土や京に役所を置いておけば良いと思う。幕府の本体は江戸に置くけど、しばらくの間は安土や京にも機能を残して徐々に江戸へ移していく形だね。一気に全部を移すと混乱するから、何年かかけて段階的に移行するのがいいと思う」
「ふむ。段階的にということか。それなら現実的だな」
信長は納得したように頷いた。
「江戸に幕府を開く方向で調整せよ。異論のある者はいるか」
信長が皆に他の意見があるかを聞くが、異論は出なかった。
「異論は無いようだな。では、幕府は江戸に開く方針とする。しかし江戸は北条の土地だ。信忠、お前が中心となって北条との交渉を進めよ」
「承知しました」
信長が結論を出し、江戸に幕府を開く方針に決まった。そして土地を取得するため、北条との交渉が始まった。
関東は北条の土地だ。降伏させたとはいえ、その土地に幕府を開くとなれば北条との交渉が必要になる。
信長が交渉の場を設けた。
北条の代表が安土に来た。交渉は織田信忠が中心となって進めた。
「江戸の地に将軍府を置くために土地を頂きたいというお話、北条としても簡単には頷けませぬ」
北条の代表は芯のある声で言った。
「我らは戦わずに織田に降伏しましたが、その際に人質を出し、銭や産物を毎年納める事としていました。あれらの扱いはどうなるのでしょうか。それに、新しい幕府の中で我ら北条の立場はどうなるのか。それが分からねば、首を縦には振れませぬ」
信忠は頷いた。
「お聞かせいただいたご懸念、誠にもっともでございます。まず、人質についてはお返しいたします」
北条の代表の顔にわずかな驚きが浮かんだ。
「お返しいただける、と。それは本当でございますか」
「左様でございます。北条には今後、幕府の要職に加わっていただきたいと考えております。人質という形で繋がりを保つよりも、要職という形で共に幕府を支えていただく方が、これからの関係にふさわしいと存じます」
「実に有難いお話です」
北条の代表の声に安堵の響きが混じった。
「銭や産物を毎年納める約束に関しても減額する、中止するなど改める所存です。また、幕府の開設にあたり、北条へ補償として相応の銭をお渡しいたします」
「承知しました」
「江戸の地は幕府として召し上げさせていただきますが、北条の領地内にも幕府の建物や港を整備し、街道の手入れも行わせていただきます。江戸の発展に合わせて、北条様の土地も共に栄えるようにという考えでございます」
北条の代表は沈黙し、信忠の言葉について思案した。要求された土地を手放す代わりに建物や街道が整備される事について脳内で計算しているのだ。
「……織田から要求された土地は広いが湿地ばかりで使い物にならぬ土地ばかりです。織田がその湿地に町を作るのに失敗しても、北条の領地の街道や港の整備を行うと約束して頂けますか?」
「それはもちろんでございます。セララ様の名で約束した文章を書き残しましょう」
信忠は迷う事無く断言した。
「水神様の名で保証して頂けるのであれば安心ですな。であれば、北条としては交渉に応じる事ができます」
「ありがとうございます。それでは条件を詰めましょう」
交渉は数週間に及んだ。条件の細部について何度も行き来があったが、信忠は一つずつ丁寧に応じていった。
最終的に北条は合意し、北条の当主が言った。
「水神様が将軍となられたのであれば江戸の地もきっと豊かになるでしょう。その発展に我々も加われるなら、望むところでございます」
水神様への信頼が交渉を最後に後押しした。
北条との交渉がまとまったことで江戸に幕府を開く準備が整った。
幕府を江戸に開くことが決まった後、信長は別の課題についても話し合いの場を設けた。
「もう一つ、片付けねばならぬ事がある」
信長が広間に集まった面々を見渡した。
「天下が定まれば戦は無くなる。戦が無くなれば武士の仕事もまた無くなっていく。これをどうするか考えておかねばならぬ」
丹羽が頷いた。
「左様でございますな。これまで戦に身を投じてきた者たちが行き場を失えば、それもまた新たな不満の種になりかねません」
「そうだね。戦国の世が長く続いたから武士の数も多い。皆が一斉に困ることになったら、それこそ一揆や反乱の火種になっちゃうよ」
とセララが言った。
「では、いくつか案を出してみよう」
信長がそう言って、議論が始まった。
「一つは、武士を地域の治安維持に当てる事だ。戦が無くなっても盗みや争いは起こる。武士の力をそちらに向ければ無駄にはならぬ」
と信長が言った。
「良いと思う。他には学校で文字の読み書きや算術を学んだ武士を役人として登用するのはどうかな。役人になるための採用試験を準備して、合格した者は役人になれるようにするの。家柄にかかわらず才能ある者には役目を与えるんだ」
「うむ、儂も賛同する。実力のある者が出世するのは道理である」
信長はそう言ってから少し表情を引き締めた。
「ただし、この案には反発する者も出るだろう。家柄を重んじる武士の中には、足軽風情が役人になるなど秩序を乱すと言う者もいるはずだ」
「うん、それはボクも問題になるかもしれないと思ってる。どうする?」
「やる。反発があろうともこれは進めねばならぬ」
信長は迷いなく言い切った。
「織田領は急速に広がった。土地が増え、民が増え、政の仕事も増えている。だが、政を担える役人の数は明らかに足りておらぬ。家柄だけで人を選んでいては有能な者を見逃すばかりで、役人の不足はいつまでも解消されぬ」
丹羽が頷いた。
「私も賛同いたします。役人の不足はどこも深刻な問題となっております。能力ある者を広く登用することはもはや避けられぬ道かと存じます」
「うむ。布告には儂とセララが決めた事であると明確に記載しろ。少しは反発も減るだろう」
信長はそう言って、試験を突破した成績優秀者を役人にする案を採用した。
「他には職業訓練の場を作るのはどうかな。今は小学校と大学があるけど、新たに職人を育てる学校を作って武士から職人への転身を支援するんだ」
「職人の数が増えれば国としても益が大きいですな」
とセララの提案に丹羽が頷いた。
「それと、江戸の開拓にも武士を採用したい。治安維持、力仕事、役人の仕事。他にも色々と仕事があると思う」
「うむ。江戸の開拓には人手がいくらあっても困らぬだろう」
信長がそう言った。
「江戸開拓以外にも海外の開拓も行いたいな。一年前にマニラへ向かった白翼号が帰還したら開拓者を乗せて出発するんだ。そうしてマニラ周辺の手つかずの島を開拓して日の本の土地を築きたい」
セララの発言に信長が頷いた。
「うむ。海外進出は儂も賛成だ。未知の土地を切り拓く者として、海外を開拓する仕事は誉れ高い特別な仕事であると広めよう。拠点を築き、港を作れば貿易もしやすくなる」
「最後に、水神教団の受け皿としての役割も考えてる。各地を巡って信仰を広めたり、地域の見回りをする仕事は武士の経験を活かせると思う」
セララが一通り案を出し終えると信長は少し考えてから口を開いた。
「悪くない案ばかりだ。だが、一つ気になることがある」
「何が気になったの?」
「これらの道は若く力のある武士には合うだろう。しかし、年老いた武士や戦以外に何の技も持たぬ者はどうする。読み書きを今から学ぶのも、力仕事をするのも、容易ではない者もいよう」
セララはその言葉を聞いて少し考えた。
「それは確かに難しい問題だね……」
「全員に同じ道を強いるのは無理がある。誰もが選べる道を、いくつも用意しておく必要があるのではないか」
「うん、信長さんの言う通りだと思う。だから、これらは強制じゃなくて、選べる選択肢にしたい。地域の治安維持、役人、職人、開拓、教団。それぞれに合った道を、自分で選んでもらう形がいいと思う」
「年老いた武士や体が弱い者についてはどうする」
「水神教団がそういう人たちの世話もできると思う。教団なら見回りだけじゃなくてもっと軽い仕事もたくさんあるから。水神教の教会を作ってそこで布教するとか、孤児院を作って孤児達の世話をするとか、子供たちに字の読み書きを教えるとか」
「ふむ。それなら仕事が無くて困る者も少なくなるだろう」
信長は頷いた。
「では、これらの案を組み合わせて、武士の身の振り方について布告を出す。希望に応じて道を選べるようにし、戦の無い世でも行き場を失わぬようにせよ」
「承知いたしました」
丹羽が深く頭を下げた。
こうして、天下泰平の世における武士の新たな道筋が、少しずつ形になっていった。
史実において、1590年に天下統一を果たした豊臣秀吉は、家康の長年の拠点であった三河(愛知県)などから、遠く離れた関東へ領地を移すよう命じました。これは秀吉が家康の力を削ぐための策略でもありましたが、家康はこれを受け入れ、未開拓だった江戸の都市開発に注力しました。
これが江戸に幕府を開くことに繋がっていきます。
この歴史においては家康が関東に行く理由が無いので、江戸はド田舎のままです。
現代の感覚で言えば、首都を東京都から秋田県に移転しますと言う感じでしょうか(都会か田舎かだけを考慮した例えです)
なので幕府の場所を江戸にするには水神様の神託(未来予知)という説得が必要でした。
信長達「首都を秋田県に遷都するとか、銭もかかるし賭けになるぞ」
セララ「絶対に将来発展するよ。未来予知してるから大丈夫!」
信長達「まあセララがそう言うのなら」
強引な展開ではありますが、江戸に幕府を開きたいので許してください。
また、戦の無い世の中になっていくため武士の失業者対策が実施されます。
武士が失業したままだと戦を求める声が大きくなってしまうためです。
第三章開始です。ここからは二日に一度の投稿となり、次回の投稿は明後日になります。