尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
1584年(天正12年)の春。
江戸の城及び城下町の建設指揮を任されたのは信長の息子である織田信忠だった。
「信忠、江戸の普請奉行を命じる」
信長は息子の前でいつもより厳しい顔をしていた。
「これからの世はセララが将軍として治める天下泰平の世だ。儂や織田家はその治世を支える立場になる。お前にはこれからセララの治世を支える柱の一人となってもらいたい。戦の才だけでなく、政と都市運営の才も示してみせよ」
「父上……」
「江戸の何もない土地から町を作り上げる、これまでにない大事業だ。これを成し遂げれば、お前は戦の才だけでなく政と都市運営の才も示すことになる。これは戦場では学べぬ経験だ。お前自身の手で新しい都市の運営を学んでおけ」
信長はそこで少し声を和らげた。
「それにこの仕事は、セララと共に進めるものだ。お前とセララはこれまであまり関わる機会が無かったであろう」
「……確かに、戦の場でお会いすることはあっても、言葉を交わす機会はそう多くはございませんでした」
「これからの織田家はセララの治世と共にある。お前たちが互いを知り、友情を結んでおくこともこの仕事の意味の一つだ」
信忠はその言葉を聞いて表情を緩めた。
「父上がそこまでお考えとは……承知しました。江戸の仕事を通じて、セララ様とも良い関係を築けるよう努めます」
この仕事はおそらく、セララ様と友人になるというのが本命なのだろうと信忠は推測した。
父上は五十歳となり、もう若くない。父上がいなくなってもセララが寂しくならないよう、自分をセララ様の友人にしたがっているのだろう。
それが父上が示す優しさなのだと思った。
織田信忠が江戸普請奉行となり、江戸の開発についてセララと打ち合わせが行われた。最初に方針を決めたのは江戸城だ。新しく城を建てるのか、それとも既存の城を改修するのか。
江戸にはもともと北条氏の支城があった。かつて太田道灌という武将が築き、後に北条氏の支配下で改修されていた城だ。しかし長らく手が入れられておらず、規模も小さく、荒廃が進んでいた。
「この城を一から作り直すよりも、土台を生かして大きく改修した方が早いと思う」
セララは城の様子を見て言った。
「石垣や堀の基礎はしっかりしてる。これを活かして本丸を大きく拡張し、新しい建物を加えていこう」
信忠が頷いた。
「既存の城を土台にすれば一から築くより早うございます」
こうして元々あった小さな城を土台に大幅な改修と拡張が決まった。これが後に幕府の御殿として機能する江戸城の始まりとなる。
江戸の城下町の建設も始まった。
まず資材だ。木材、石材、瓦、釘。大量の物資が必要だった。岐阜から、堺から、各地から船で資材が運ばれた。鉄甲船も往復して資材の輸送を担った。海路での輸送は効率が良く、短い期間で大量の資材が江戸に届いた。
建設の現場には各地の職人が集まった。
大工、石工、左官、瓦師。水神文字の建設指示書が使われ、統一された規格での建設が進んだ。センチメートル法が普及していたおかげで各地から来た職人が同じ図面を見て同じものを作ることができた。
セララも現地を訪れて視察した。
空高く舞い上がり、一面に広がる湿地を見渡す。地形を俯瞰しながら、都となる江戸の設計図を描いていく。
幕府の政庁はここ。港はここ。大通りはこの方向へ伸ばし、学校や市場は人々が集まりやすい場所へ置く。
さらに、水路や幹線道路を最初に定め、その後に町を造ることで、無駄のない都市づくりを進めた。また、建物を過度に密集させず、一定間隔で広場や火除地を設けることで、大火が町全体へ広がるのを防ぐ工夫も盛り込んだ。
セララが書いた江戸の設計図を参考にして役人や職人たちが打ち合わせを行い、町の建設計画が進んでいった。
しかし、江戸の地には湿地特有の課題があった。
水はけが悪く、雨が降るとすぐに泥になる。地面が常に湿っているため、普通に建物を建てても土台が沈んでしまう。これまで誰も大規模な町を作らなかった理由の一つが、この水はけの悪さだった。
「土を盛って高さを上げないとまともに建物が建てられないね」
セララは現地の地形を見ながら言った。
「盛り土をしてその上に建物を建てる。低い場所には水路を作って、雨水や川の水をそこに流す。水はけを良くしてから町を作る必要があるよ」
信忠が頷いた。
「承知しました。盛り土の分だけ手間と時間がかかりますが、それで地盤が安定するならやる価値があります」
「近くに小高い丘があったよね。あの丘を崩して、その土を低い場所の埋め立てに使おう。わざわざ遠くから土を運んでくるより効率がいいはずだよ」
セララは地図を指でなぞりながら言った。湿地のすぐ近くにある丘陵地を切り崩し、その土砂を低地に運んで盛り土に使う計画だった。
「なるほど。丘を削った分だけ低い場所が埋まる。一石二鳥でございますな」
信忠が納得したように言った。
丘を切り崩す作業と低地の埋め立てが並行して進められた。崩した土砂を荷車に積み、低地まで運んで盛り土にする。掘った水路の土も同様に使われ、土の移動が一つの工程の中で何度も繰り返された。
「土を盛るだけだとまだ不安が残るね」
セララは盛り土の様子を見ながら言った。
「下の地面が柔らかいままだと、上に建物を建てた時に少しずつ沈んでいっちゃう。葦や竹を編んだものを地面に敷いてから、その上に土を盛ろう。網目状に編んだものが土の重さを分散してくれるから、地盤が安定しやすくなるよ」
「葦や竹を編んだものを下敷きにする、と。それは面白い考えですね」
土木工事の職人が興味を示した。
「私が知っている知識ですと、これまでも沼地に道を作る時に木の枝を束ねて敷くことはありましたが、編んで使うというのは初めてです」
「束ねるよりも編んだ方が土の重さをもっと広く分散できるはずだよ。試してみよう」
近隣の村から葦や竹が集められ、職人たちの手で大きな網状に編まれていった。それを軟弱な地盤の上に敷き、その上から土を盛る。この工法を使った場所では、他の場所より明らかに沈み込みが少なかった。
「ボクも魔法で手伝うよ。一緒に頑張ろう」
セララは率先して土木作業を手伝い、アースシェイプの魔法を使った。丘の土を崩し、湿地の土を固め、地盤を整える。大きな穴を掘る場面でも魔法が力を発揮した。人の手では何日もかかる作業が、魔法では大幅に短縮できた。また、地面を岩へと変えるアースクリエイトの魔法も活躍した。これらの魔法は丘の切り崩しと水路掘り、土地の整地で大いに活用された。
また、江戸の地には大小の川が入り組んでおり、町を一体として機能させるには橋が欠かせなかった。
「橋がないと川の向こうとこっちで行き来ができないよ。いくつか橋を架けないと」
セララと信忠の指示で主要な通りが交わる場所に橋の建設が計画された。木材を組んで橋脚を立て、その上に橋板を渡す。各地から集まった職人が手分けして橋の建設を開始した。
橋脚には水に浸かる部分が多い。常に湿った状態にある木材は腐りやすく、橋の寿命を縮めてしまう。
「橋脚には蜜蝋を塗っておこう。養蜂で作った蜜蝋が水を防ぐのに役立つはずだよ」
セララの提案で橋脚や水路に近い木材には蜜蝋を溶かして塗る加工が施された。木の表面に膜ができることで水分の浸透が抑えられ、腐朽が進みにくくなる。
「これなら橋脚も長持ちしますな」
大工の一人が加工した木材を手で確かめながら言った。
水はけの改善と橋の整備が進むにつれて、湿地だった土地が少しずつ町の形を持ち始めていった。
港の整備も並行して進んだ。
船が入れる深さに川底を整え、岸壁を固めた。将来的には白翼号よりも大きな船が入れる港にする計画で、余裕を持った設計にしてあった。
建設が進む中、セララはもう一つの課題に着手した。水だ。
「人がたくさん集まる町になるなら、きれいな水をどう届けるかが大事になるよ」
セララは信忠に言った。
「井戸を掘るだけでは限界があるし、井戸の水質が悪い場所もある。遠くの綺麗な水源から水を引いてこようと思うんだ」
「水を引く、とは具体的にどのように」
「水源から町の近くまでは、地面を掘った水路でそのまま水を流す。これなら大量の水を運べるし、工事も比較的早い。それで町の中に入る手前から、竹や木で作った管に水を移して、地中に埋めて流すんだ」
「水路と管を使い分けるということでございますか」
「うん。町の外は開けた水路、町の中は地中に埋めた管。そうすれば人が通る道を水路で塞ぐこともないし、水が汚れる心配も少なくなるよ」
信忠は感心したように頷いた。
「なるほど。水源から町の入口まで運び、そこから先は地中で配る、と。それがあれば、町が大きくなっても水に困らずに済みますな。さっそく水源の調査から始めます」
水源となる湧水や清流を探し、そこから町の近くまで水路を掘る工事が始まった。町に入る手前で、竹の節を抜いて繋いだ管や、木の樋に水を移し、地面に溝を掘って埋め込んでいく。人や馬に踏み壊されず、水が汚れるのを防ぐためである。継ぎ目には松脂や蜜蝋を塗り、水漏れを防ぐ工夫も施された。地道な作業だったが、これが完成すれば井戸だけに頼らない安定した水の供給ができるようになる。
銭は大量にかかった。
しかし今の織田の財力には余裕があった。尾張だけでなく、美濃、三河、その他の支配下の国々で農業改革が実を結んでいた。学校で学んだ者たちが各地の農業を改善し、その知識が広まっていた。
豊かな国には銭がある。銭があれば建設が進む。
信忠が定期的に進捗を報告した。
「建設は順調でございます。セララ様の奇跡のおかげで江戸の土地の基礎工事は二年後に完了見込みです。幕府の主要な建物は基礎工事完了の三年後には完成の見込みですので、合計で五年かかると見込んでおります。その他の建物は徐々に追加していく事になりますな」
「港は?」
「こちらも整備が進んでおります。四年後の夏には大きな船でも入れる状態になるかと」
「良かった。それと学校の建設も忘れないでね。江戸にも大学と小学校が必要だよ」
「すでに計画に入れており、場所も決まっております」
「ありがとう。信忠さんがいてくれて助かるよ」
「それはこちらの言葉でございます。セララ様がいるからこそ、天下泰平の世で新たな町を建設できるのです」
と信忠は言った。
夏になる頃、江戸の建設現場に変化が起きた。
噂を聞きつけた人々が集まり始めたのだ。
最初は数十人だった。新しい幕府が開かれるという話が関東周辺に広まり、仕事を求めて、あるいは食べ物を求めて、人々が江戸に向かって歩いてきた。長い戦乱の時代が続いた関東には、土地を失った農民や、家族を失った者、行き場のない者が多かった。
数日で数百人になり、やがて千人を超えた。
建設現場の周囲に粗末な小屋が立ち並び始めた。子供を抱えた母親、老人、怪我を抱えた者。様々な人が集まってきていた。
セララは状況の報告を受けてすぐに話し合いの場を設けた。
信忠と現地の責任者たちが集まった。
「難民を追い返すのはかわいそうだし、まずは受け入れて食事を支給してあげよう。その後は仕事を与えないとね」
とセララは言った。
「受け入れとなれば食料の手配が必要です。現在の備蓄量で賄えるかを確認いたします」
と信忠が言った。
「確認してみて。足りなければ各地から運ぶよ」
「仕事についてはどのような種類が考えられますか」
と現地の責任者が聞いた。
「建設工事、開拓、農業、治水工事等が仕事の候補だよね」
「どれも人手が必要な仕事です。難民の数が増えればむしろ戦力になるかもしれません」
「そうだね。どれも重要な仕事だから、難民に得意な仕事や出来る仕事を聞いて振り分けていってほしい。農業の経験がある人は農業に、大工の経験がある人は建設に、という形でね」
「承知いたしました。聞き取りの担当者を手配します」
難民の受け入れと振り分けが決まったところで別の報告が続いた。
「関東の大名への教科書配布や農業はどうかな?」
とセララは聞いた。
「こちらは進んでおります。慣れない仕組みに戸惑う者もいますが、水神様から与えられた知識や教科書であること、すでに各地で実績があることを伝えれば納得いたします。水神教団も関東の民衆に受け入れられ、農業改革が進んでおります」
と信忠が答えた。
報告が終わった後、セララは江戸の空を飛び、建設現場を上空から眺めた。
広大な土地に少しずつ建物の形が現れてきている。まだ骨格だけのものも多いが、いずれは完成するだろう。
ここが数十年後、数百年後にどんな姿になるか。
セララにはおぼろげながら見えている気がした。にぎやかな港、広い通り、学校から聞こえる子供たちの声、活気ある市場。
それを作るのは、セララ一人ではない。信長が補佐し、信忠が動き、北条が協力し、各地から集まった職人たちが腕を振るう。そしてこれから江戸に住む人々が、この土地を育てていく。
セララは建設現場の上空をゆっくりと一周した。
下では職人たちが働いていた。誰かが空を見上げてセララに気づき、手を振った。
セララも手を振り返した。