尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第六十六話 耐火煉瓦

 1586年(天正14年)。

 

 江戸の建設が始まってから二年が経った。

 

 基礎と水路の工事が一通り終わり、建物を建てる段階に入った頃、セララは安土城に戻っていた。それ以降は安土城で内政の仕事をしながら、時折江戸へ飛行して進捗を確認するという日々を送っていた。

 

 翼を持つセララ単独であればおよそ半日程度で安土から江戸まで飛行できる。半日かけて江戸へ移動し、数日間滞在して帰還を何度も繰り返していた。

 

 この日、セララは安土城の自室で端末を操作していた。

 

 ガラスを作りたい。

 

 以前からそう思っていた。透明な器や窓があれば暮らしはもっと豊かになる。光を通す素材はこれまでの日本にはなかったものだ。明るい部屋、清潔な保存容器、医療器具。応用先はいくらでもある。

 

 しかし、ガラスを作るには高温で原料を溶かす必要がある。一般的な炉ではその温度に耐えられない。

 

 セララが火耐性魔法を炉にかければなんとかなるかもしれないが、それはやりたくなかった。セララは成果物も欲しいが、そこに至るまでの過程が日ノ本の技術力を成長させると知っていた。

 

「まずは炉そのものを作らないと」

 

 セララは端末で高温に耐えられる炉を検索した。ガラスを溶かすには千度を超える高温が必要だった。それを保持できる炉の壁には普通の粘土ではなく耐火性の高い特殊な粘土が必要になる。

 

 耐火煉瓦。

 

 それがこの計画の最初の壁だった。

 

 

 

 セララは丹羽を呼んで相談した。

 

「びいどろ(ガラス)を作りたいんだけど、まずは炉を高性能にするための耐火煉瓦が必要なんだ」

 

「耐火煉瓦、でございますか」

 

「うん。炉を高温にすると、普通の煉瓦だと炉まで溶けちゃうんだ。だから高温の火に耐えられる耐火煉瓦を使って炉を作る必要がある。耐火煉瓦の素材には高温に耐えられる特別な粘土を探さないといけない」

 

「どのような粘土を探せば良いのでしょうか」

 

「色が白っぽいか、灰色がかった粘土が良いと思う。鉄分が多いと耐火性が落ちるから赤っぽい粘土は避けたい」

 

 セララは端末の資料を見ながら説明した。前世の記憶の中に、耐火粘土についての知識がうっすらと残っていた。確か芸能人たちがゼロから村を作ると言うバラエティ番組があり、白色系の粘土が良いという情報だけは覚えている。詳しい産地や厳密な性質までは思い出せなかった。

 

「甲賀の忍びに各地の粘土を採取してきてもらえる?特に白っぽい色の粘土がある場所を中心に」

 

「承知しました。すぐに手配いたします」

 

 

 

 甲賀の忍びたちが各地を回り、粘土のサンプルを持ち帰ってきた。

 

 美濃、近江、伊勢、尾張。各地の山や川辺から採取された粘土が、安土城の一室に並べられた。

 

 セララはまず色で粗い選別を行った。赤みの強い粘土を除外し、白色や灰白色のものを優先的に残した。それでも十数か所分のサンプルが残った。

 

「次は実際に焼いてみないと分からないね」

 

 セララは鍛冶職人と陶器職人に協力を依頼した。

 

「この粘土を小さく丸めて、いつも使ってる窯で焼いてみてほしい。普通の陶器を焼くときと同じ温度でいいよ。どのくらい崩れずに残るか、形を保てるかを見たいんだ」

 

「承知しました」

 

 陶器職人が粘土の小片を窯に入れて焼いた。数日後に結果が出た。

 

 多くの粘土は、陶器を焼く程度の温度でも変形したり、表面が溶けて他のものと固まったりした。しかし数種類は形をほとんど保ったまま残った。

 

「これとこれと、これだね」

 

 セララは三つの候補を選び出した。美濃の山中から取れた白っぽい粘土、近江の川辺の灰色の粘土、そして伊勢の山間部から採れた粘土だった。

 

 

 

 次の段階はより高温での比較試験だった。

 

 セララは鍛冶職人と相談し、特別な小型の試験炉を作ることにした。

 

「炭をたくさん使ってできるだけ高い温度を出したい。陶器を焼くよりももっと熱くする必要があるんだ」

 

「鞴(ふいご)を大きくして風をたくさん送り込めば温度は上がります。試してみましょう」

 

「それと、この試験炉自体は一度きりの使い捨てで良いよ。本格的な炉を作るにはまだ耐火煉瓦が無いから、普通の粘土と石を組んで、一回の実験が終わったら壊れてしまう前提のもので構わない」

 

「承知しました。それなら普通の材料で組めますな」

 

 職人たちは簡易な試験炉を組み立てた。何度も使うことを想定していないため、丈夫さよりも手早く作れることを優先した造りだった。

 

 試験炉が完成した後、三種類の粘土を同じ条件で並べて入れ、天秤鞴で風を送り続けて温度を上げていった。

 

 炎の色が変わっていく。橙色からより白に近い色へ。

 

 数時間後、炉を冷やして中を確認した。

 

「あ……」

 

 セララは結果を見て声を上げた。

 

 近江の粘土は表面が溶けてどろりとした形になっていた。伊勢の粘土もわずかに変形していた。

 

 しかし美濃の粘土だけは形をほとんど保っていた。

 

「美濃の粘土が一番良さそうだね」

 

 職人たちも頷いた。

 

「同じ粘土であっても、こうも違うものですか」

 

「同じに見えても含まれている成分が違うんだと思う。美濃の粘土には耐火性を持つ成分が多く含まれているんだろうね」

 

 セララは端末に結果を記録しながら、確信を強めていった。

 

 

 

 しかし、美濃の粘土を見つけたからといってすぐに耐火煉瓦が完成するわけではなかった。

 

 実際に煉瓦の形に成形してみると、新たな問題が出てきた。

 

「乾燥させる時にひび割れが出ております」

 

 と職人が報告した。

 

 セララが煉瓦を確認すると、表面に細かい亀裂が走っていた。

 

「急に乾かしすぎたのかな」

 

「日当たりの良い場所に置いて乾かそうとしたのですが」

 

「それが良くなかったみたい。急速に乾かすと外側だけ早く乾いて、内側との水分の差でひび割れが起きるんだと思う。もっとゆっくり、影のある場所で乾かしてみてほしい」

 

 職人たちは指示に従い、日陰で時間をかけて乾燥させる方法に切り替えた。今度はひび割れがほとんど出なかった。

 

 次は焼成の問題だった。

 

「焼いてみると形が歪んでしまうものがあります」

 

「窯の中で場所によって温度差があるんじゃないかな。火に近い場所と遠い場所で焼き加減が違ってしまうんだと思う」

 

 セララは窯の中での煉瓦の配置を見直すよう指示した。火元から等距離になるように並べ、定期的に位置を入れ替えながら焼くようにした。

 

 試行錯誤が続いた。

 

 粘土の精製方法も改良された。採取した粘土から木の根や小石などの不純物を丁寧に取り除く工程を増やし、より均一な煉瓦を作れるようにした。

 

 収縮率についても何度も試作を重ねることで、焼成前と焼成後の寸法の違いをある程度予測できるようになった。

 

「焼くとだいたい一割くらい縮むみたいだね。最初から少し大きめに成形すれば丁度良い大きさになりそう」

 

 セララはそう言って成形時の寸法を調整するよう指示した。統一規格の物差しを使って正確な寸法管理を行った。これまでの開発で培ってきた精密な物作りの経験がここでも活きていた。

 

 

 

 数ヶ月の試行錯誤を経て、ついに使える耐火煉瓦が完成した。

 

 セララはその煉瓦を手に取って眺めた。一見すると普通の煉瓦に見えるが、これがあれば高温の炉を作ることができる。

 

「これでびいどろを作る準備が一つ整ったね」

 

 完成した耐火煉瓦を使って試験用の小さな炉が組み立てられた。

 

 炉の中で炭が燃え、ふいごで風が送られる。温度がぐんぐん上がっていく。耐火煉瓦の壁はその熱に耐えながら形を保っていた。

 

「炉の壁、崩れてないしヒビも入っていないね」

 

 セララは炉の様子を確認しながら、安堵の表情を見せた。

 

「水神様、これでびいどろも作れるようになるのですか」

 

 職人の一人が言った。

 

「うん。これは第一歩だよ。びいどろを作るには、原料の配合とか溶かす技術とか、まだ色々試さないといけないことがある。でも、炉ができたのは大きな進歩だね」

 

「楽しみでございます」

 

「ボクも楽しみだよ」

 

 炉の火を消して熱が無くなった後、セララは耐火煉瓦の壁に触れた。まだ熱が残っていたが、崩れる様子はなかった。

 

 セララは耐火煉瓦を見つめながら次の課題に思いを巡らせた。

 

 原料の配合、溶解の技術、成形の方法。ガラスの完成までにはまだ多くの試行錯誤が必要になるだろう。

 

 だが、セララはこの試行錯誤の段階が楽しかった。

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