尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第六十七話 ガラス

 1587年(天正15年)。

 

 セララは安土城の自室で完成した耐火煉瓦を見つめていた。

 

 江戸の建設が進む傍らで耐火煉瓦の研究と量産を重ね、十分な耐火煉瓦の質と量を揃えるのには一年近くかかった。

 

 これでようやく、高温に耐えられる炉を作ることができる。

 

「次はびいどろ(ガラス)だね」

 

 セララは端末を取り出して構想を整理していった。

 

 セララは鍛冶職人と相談し、耐火煉瓦を積んで新たな炉を組み立てることにした。

 

「炉の壁は全部耐火煉瓦で覆おう。中心部に炭を入れて、ふいごで風を送り込んで温度を上げるよ」

 

「承知しました。これまでよりずっと高い温度に耐えられる炉になるのですね。楽しみです」

 

 職人たちが耐火煉瓦を積み上げ、炉を組み立てていった。慎重に隙間を埋め、崩れないように固めていく。数日かけて、耐火煉瓦の炉が完成した。

 

 完成した炉に燃料となる木炭を入れ、火を入れて天秤鞴で風を送り続けた。炎の色が次第に変わっていく。橙色からより白に近い色へ。

 

「すごい熱だね」

 

 炉の近くに立つだけで肌が焼けるような熱気が伝わってきた。これまでの試験炉とは比べ物にならない、安定した高温が炉の中に保たれていた。

 

「これなら今までの炉の限界を超える温度を出せるはずです」

 

 職人の言葉にセララは満足げに頷いた。

 

 炉という土台が整った。次の課題はガラスの原料を見つけることだった。

 

 

 

 

 セララは端末でガラスの作り方を調べた。

 

 基本となるのは珪砂(けいしゃ)という、石英を多く含む砂だ。これを高温で溶かすことでガラスになる。しかし珪砂だけでは融点が高すぎて簡単には溶けない。

 

 端末で調べた結果、もう一つ大事な要素があった。

 

「植物の灰を混ぜると溶けやすくなるんだね。石灰石も少し足すと丈夫になるみたい」

 

 端末にははっきりとした配合の比率までは記載されていなかったが、灰が融点を大きく下げる役割を持ち、石灰石はガラスを長持ちさせる役割を持つらしいということは記載されていた。

 

 セララは丹羽を呼んで相談した。

 

「びいどろを作るには珪砂っていう特別な砂と、植物の灰と、石灰石っていう白くて硬い石が必要なんだ。植物の灰はすぐ確保できるだろうから、他の二つを探してほしい」

 

「珪砂とはどのような砂でしょうか」

 

「白っぽくてさらさらした砂だね。光にかざすときらきら光る粒が混ざってると思う。もう一つの石灰石は白くて硬い石を探して欲しいんだ」

 

「承知しました。各地の砂浜や河川敷を中心に探させます」

 

 水神教団の者や甲賀の忍びたちが各地に派遣された。砂浜、河原、山間部。様々な場所から砂や石のサンプルが集められた。

 

 セララはまず見た目で粗い選別を行った。白っぽく、きらきらした粒子を多く含む砂を優先的に残した。それでも複数の産地のサンプルが残った。

 

「これを少しずつ耐火煉瓦の炉で溶かしてみよう」

 

 セララは耐火煉瓦の炉を使い、各地から集めた砂を小さな器に入れて熱した。職人たちが交代でふいごを操作し、温度を上げていく。

 

 多くの砂は高温にしても溶けずに表面が少し変色するだけだった。しかし、ある産地の砂だけが炎の中でどろりと溶け始めた。

 

「きっとこの砂だね」

 

 セララがその砂を取り出して冷ますと、表面が透明に近いガラスのような質感に変わっていた。

 

「水神様、これは……」

 

 職人が驚いた声を上げた。

 

「これがびいどろの原料になる砂だと思う。この産地の砂を中心に使っていこう」

 

 珪砂の候補が見つかったところで、次は融剤の選定だった。

 

 植物の灰を水で煮出し、不純物を取り除いてから乾かす作業を繰り返した。こうしてできた灰の粉を珪砂に混ぜて溶かす試験を行った。

 

「灰を混ぜると溶けやすくなりますな」

 

「うん。植物の灰にはびいどろを溶けやすくする成分が多く含まれてるみたい。でも灰だけだと出来上がったびいどろが崩れやすくなるかもしれない。そこに少しだけ石灰石も混ぜてみよう」

 

 セララは比率を変えながら何度も試作を重ねた。灰だけのもの、石灰石を少し混ぜたもの、多く混ぜたもの。それぞれを炉で溶かし、結果を記録していった。

 

「この比率が一番良さそうだね」

 

 数日の試行錯誤の末、珪砂に植物の灰を多めに、石灰石を少量混ぜた配合が、比較的低い温度で安定して溶けることが分かった。

 

 

 

 

 原料の配合が見えてきたところで、いよいよ本格的なガラス作りに取り掛かった。

 

 しかし、最初の試作は上手くいかなかった。

 

 炉から取り出した最初のガラスは白く濁っていて、中に無数の小さな気泡が混ざっていた。

 

「これじゃあ向こう側が見えない……」

 

 セララは完成したガラスの塊を手に取って光にかざしてみた。透明とは言い難い、不透明な物体だった。

 

「気泡が多すぎるのが原因かな。溶かしている間に空気が中に入り込んでしまったみたい」

 

「どうすれば気泡を減らせるのでしょうか」

 

 職人がセララに質問した。

 

「もっとゆっくり、丁寧にかき混ぜながら溶かす必要があるかもしれない。原料の砂をもっと細かく、均一にすり潰してから使うのも良いと思う」

 

 職人たちは指示に従い、原料を丹念にすり潰し、溶解の際にも金属の棒でゆっくりとかき混ぜる工程を加えた。

 

 次の試作は前よりも気泡が少なくなったが、まだ完全に透明とは言えなかった。

 

「何度も繰り返して改良するしかないみたいだね」

 

 セララはそう言って改良を重ねていった。

 

 溶かす時間を長くしてみる。かき混ぜる速度を変えてみる。冷ます速度を調整してみる。一つずつ条件を変えながら、最も良い結果が出る方法を探っていった。

 

 冷却の段階でも問題が出た。

 

「急に冷やすと割れてしまいます」

 

 職人が困った顔で報告した。

 

 セララはその報告を聞いてすぐに思い当たった。

 

「これ、耐火煉瓦の乾燥の時と同じかも」

 

 急激な温度変化が均一でない収縮を生み、内部に歪みが溜まって割れる。原理は耐火煉瓦の乾燥の時のひび割れと同じだった。

 

「徐冷炉を作ろう。熱いガラスをすぐに外の空気に晒すんじゃなくて、温度をゆっくり下げていく専用の場所を用意するんだ」

 

 セララの指示で耐火煉瓦を使った小部屋のような徐冷炉が組まれた。中の温度を少しずつ下げていくことでガラス全体が均一に冷えるようにする。

 

 この方法に変えてから割れる確率が大きく減った。

 

 数ヶ月にわたる試行錯誤の末、ようやく満足できる透明度のガラスが完成した。

 

 

 

 

 完成したガラスの小さな板を、セララは光に向けて掲げた。

 

 向こう側の景色が、はっきりと見える。

 

「できた……!」

 

 セララの声が弾んだ。職人たちも集まってきて、その透明な板を覗き込んだ。

 

「これがびいどろでございますか」

 

「水を凍らせたような見た目ですな」

 

「触ると硬くて冷たい……透き通っていて不思議なものですな」

 

 職人たちが口々に感想を述べた。誰もが初めて見る透明な板に興味を引かれていた。

 

「これを使えば色々なものが作れるよ」

 

 セララは説明を始めた。

 

「窓に使えば外の光を取り入れながら雨や風を防げる。器や瓶に使えば中身が見える保存容器になる」

 

「それは便利でございますな」

 

 陶器職人が感心したように言った。

 

「最初はもっと小さな物から作っていこう。まずは器や瓶を作って使いながら改良していきたい」

 

 セララはそう言って次の計画を立て始めた。

 

 ガラスの板を窓として使うには、もっと大きな、均一な板を作る技術が必要になる。今はまだ、小さな塊を成形する程度の技術しかない。段階を踏んで着実に進めていくつもりだった。

 

 

 

 セララは完成したガラスの器を一つ手に取り窓辺に置いた。

 

 夕方の光がガラスを通して部屋の中に柔らかく差し込んだ。器の表面に淡い虹色の光が反射している。

 

 試行錯誤の結果、苦労して完成したガラスの器は宝物のように見えた。

 

「そうだ。これで茶器を作って信長さんにプレゼントしよう。きっと喜んでくれるよ」

 

 セララはわくわくしながら、どんな茶器を作ろうかと考えを巡らせるのだった。

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