尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第七話 商売上手

 村に商人が来たのは、穏やかな晴れの朝だった。

 

 荷を積んだ馬を引いて街道から村道に入ってきたその男は、年のころ四十がらみで、小太りの体に愛嬌のある顔をしていた。頭に手拭いを巻き、動きやすそうな着物を着ている。商人らしい抜け目のなさそうな目が、村の中をきょろきょろと見回していた。

 

 五兵衛が出迎えると、男は品兵衛と名乗った。

 

「諸国を回っている行商でございます。こちらの村に水神様がいらっしゃると聞きまして、半信半疑ではございますが、どうしても立ち寄らずにはおられなくて」

 

 品兵衛は正直な男らしく、半信半疑という言葉を隠さなかった。五兵衛はそれを咎めることなく、ではご自身でご確認なさいと言ってセララのところへ連れてきた。

 

 セララは空き家の縁側で端末を眺めていたところだった。品兵衛が近づいてきて、まず翼を見た。次にヘイローを見た。それからゆっくりと顔の表情が変わっていった。

 

「ま、まさか……水神様が実在するなんて……」

 

 品兵衛はその場に膝をついた。商人らしい計算高さが顔から消えて、純粋な驚きだけが残っていた。

 

「はじめまして。品兵衛さん、だっけ?」

 

 とセララは言った。

 

「は、はい。品兵衛と申します。このような形でお目にかかれるとは思っておりませんでした。あの、水神様……もし差し支えなければ、何かご希望のものはございますでしょうか。微力ながら、お役に立てることがあれば」

 

 品兵衛は深く頭を下げた。

 

 セララは少し考えて言った。

 

「それなら釘がいっぱい欲しいな。釘があれば作れるものが増えるから」

 

 品兵衛がわずかに目を丸くした。神様が釘を欲しがるとは思っていなかったのかもしれない。しかしすぐに表情を立て直して、頷いた。

 

「承知しました。次にこの村に寄る時には仕入れておきます」

 

 それから品兵衛は村の中を回り始めた。荷の中から様々な品を取り出し、村人たちと取引をしていく。針や布、塩、干し魚、農具の部品といったものが行き来していた。品兵衛の口は達者で、村人たちとの掛け合いも手慣れたものだった。値段の交渉をしながらも、相手を不快にさせない絶妙な距離感がある。

 

 セララはその様子を少し離れたところから眺めながら考えていた。

 

 品兵衛に売れるものはないだろうか。

 

 釘は次回に持ってきてもらうとして、今回の取引でセララが何かを提供できれば、関係が深まる。継続的な取引ができる商人と繋がっておくのは、この時代で生きていくうえで有益だ。行動範囲の広い商人は情報も持っている。釘だけではなく、これからも定期的に必要なものを運んでもらえる関係を作っておきたかった。

 

 問題は、セララが持っているもので品兵衛にとって価値があるものは何かということだ。

 

 考えながら自分の翼を見た。白い羽根が一枚、風に揺れている。

 

 次に、ここまで飛んでくる速度を思った。馬で二日かかる距離を、セララなら数時間で飛べる。

 

 それから、魔法で出せる氷のことを考えた。

 

 頭の中で三つのものが組み合わさって、一つの形になった。

 

 

 

 

 夕方になり、品兵衛が村人との取引をほぼ終えた頃を見計らって、セララは歩み寄った。

 

「品兵衛さん、ちょっといいかな」

 

 品兵衛が振り返った。荷物を整理していた手を止めて、丁寧に頭を下げる。

 

「水神様、何でございましょう」

 

「ボクが貴方に売りたい品物があるんだけど、話を聞いてもらえるかな?」

 

 品兵衛の目が変わり、商人の目になった。

 

「水神様から売っていただけるものがあるのですか。ぜひ話を聞かせてください」

 

「まずはこれ」

 

 セララは自分の翼から羽根を一枚、丁寧に抜いた。白く大きな羽根だ。手のひらに乗せて魔力を流し込む。光魔法を付与し、永続するように術式を固定した。羽根がほのかに光を放ち始めた。

 

「永続の光魔法を付与した羽だよ。消えないでずっと光り続ける」

 

 品兵衛が息をのんだ。光る羽根をじっと見つめている。

 

「次に、品兵衛さんを次の目的地まで飛んで運んであげるよ。馬で数日かかる距離でも、空を飛べばずっと早く着く。

 次の目的地で降ろしてそのまま解散しても良いし、望むのであれば商売が終わった後にこの村まで帰る時にも運んであげるよ」

 

 続けてセララが言った。

 

「最後に、魔法で氷を出して売ってあげる。目的地に着いてから実演して見せるから、売れ行きは良いと思うよ」

 

 セララが言い終えると品兵衛はしばらく黙った。

 

 頭の中で何かを計算しているのが表情から伝わってきた。セララはその顔を眺めながら返事を待った。

 

 やがて品兵衛は顔を上げた。

 

「全て買います。光る羽根は奇跡の品としてきっと高く売れます。空を飛んでの移動は値段以上の価値がある。そして、最後の氷は水神様が目の前で出してくれると言うのが大きい。飛ぶように売れるでしょう」

 

「値段はどうする?品兵衛さんが決めていいよ。ボクはこの時代の相場が分からないから」

 

 品兵衛がまた考える顔になり、羽根と空輸と氷それぞれについて値段を告げた。いずれも正直な値に見えた。騙そうとする気配がなかった。

 

「それで構わないよ」

 

「ありがとうございます」

 

 と品兵衛は言った。それから少し間を置いて、笑みを浮かべた。

 

「水神様は……もしかして、商売のご利益でもあったりしますか?」

 

 セララはふっと笑った。

 

「ふふふ。それはどうだろうね。でも、今回の商売で品兵衛さんが儲かったらご利益があるってことにしようかな」

 

「そういうことなら、張り切って儲けないといけませんな」

 

 品兵衛が笑って答えた。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、品兵衛は必要な荷だけを背負って村の入り口に立っていた。馬は五兵衛に預けてある。セララが近づくと、品兵衛は少し緊張した顔をした。

 

 品兵衛が告げた場所は、ここからかなり離れた町だった。馬であれば二日以上かかる距離だという。また、品兵衛は次の町で商売してからこの町へと戻ってくる往復を望んだ。セララは地形を確認してから、問題ないと頷いた。

 

「空を飛ぶのは初めてで」

 

「怖かったら目を閉じていいよ」

 

「目は……開けておきます。せっかくですから」

 

 品兵衛を抱えて飛び立つと、最初の数秒間だけ品兵衛の体が硬くなった。しかし高度が安定すると、徐々に肩の力が抜けてきた。

 

「す、すごい景色で。街道がこんなに小さく見えるとは」

 

 と品兵衛は言った。

 

「気持ちいいでしょ」

 

「気持ちいいかどうかは、まだ判断がつかないですが……確かに、これは速い」

 

 

 

 

 

 

 目的地の町には昼前に着いた。馬での移動なら翌日の夕方になるところだ。

 

 町は村よりずっと大きかった。通りに沿って店が並び、人が行き交っていた。品兵衛が馴染みの場所を選んで荷を広げると、セララはその隣に立った。

 

「ここで何をすれば良いかな」

 

 とセララは品兵衛に聞いた。

 

「水神様は何もしていただかなくても十分なのですが……」

 

「せっかくだから手伝うよ。翼を広げたり、魔法を使って見せたりすればいいでしょ?」

 

 品兵衛の顔に、商人の笑みが浮かんだ。

 

「では、お言葉に甘えまして」

 

 最初は通りを歩く人々がセララを遠巻きに見るだけだった。翼がある。頭に光の輪がある。何だあれはという声が聞こえた。品兵衛が大きな声で呼び込みを始めた。

 

「さあさあ、水神様がお出ましですよ!雨を降らせ、怪我を治し、奇跡を起こす水神様が、今ここにいらっしゃいますよ!」

 

 人が集まってきた。

 

 セララは翼を広げて、軽く地面を蹴った。数メートルの高さまで上がってから、ゆっくりと輪を描いて降りてくる。それだけで、集まった人々がどよめいた。

 

「あの小さい女の子、空を飛んだぞ!」

 

「翼がある。天狗なのか?」

 

「天狗では無く水神様らしい」

 

「この前言った村では水神様が掘ったと言う井戸があったぞ。嘘だと思っていたが、本当に水神様が実在するとは」

 

 人だかりが膨らんでいった。品兵衛が手際よく商品を売り始めた。水神様が隣にいるだけで、品兵衛の言葉には不思議な説得力が生まれる。布や塩や農具の部品が次々と売れていった。

 

 セララはときおり翼を広げ、周囲を少し飛んで見せた。しかしそれだけで人が引き寄せられてくる。自分がこれほど人目を引く存在だとは、村にいるときはあまり意識していなかった。

 

 頃合いを見て、セララは氷の魔法を使った。

 

「アイスウォール」

 

 空中に氷の塊が出現した。白く濁った氷が陽光を受けてきらきらと輝く。夏場に空気から氷を作り出す光景に、見物人たちが声を上げた。品兵衛がすぐに氷を砕いて売り始めた。

 

「何もないところから氷が出たぞ!」

 

「天狗の妖術か!?」

 

 品兵衛がすかさず前に出た。

 

「水神様の奇跡の氷でございます!ありがたい氷でございます!さあ、どなたでも!」

 

 氷はあっという間に売れた。追加でもう一度出してほしいという声が上がり、セララはもう一塊出した。それも売り切れた。品兵衛の呼び込みの声が弾んでいた。二人の間に、言葉のいらない息の合い方が生まれていた。

 

 

 

 

 夕方になって品兵衛が店を閉めた。荷はほとんど空になっていた。光る羽根も、通りかかった裕福そうな商人が大金を払って買っていった。

 

 品兵衛は近くの金物屋に入り、しばらくして戻ってきた。手には釘の束と箱を抱えている。

 

「水神様、本日は本当にありがとうございました。おかげで今まで経験したことのないほどの売れ行きでございました」

 

 品兵衛は箱に釘の束を入れ、さらにそれとは別に銭の袋をセララに差し出した。

 

「こちらの箱は中に釘が入ってます。お約束の品です。そしてこちらの銭の袋は、本日の利益の半分でございます。どうかお受け取りください」

 

「ありがとう。品兵衛さんも稼げて良かった」

 

 とセララは素直に受け取った。

 

「稼げた、というのは随分控えめな表現でございます」

 

 と品兵衛は苦笑した。

 

「今日一日で、普段の何倍もの利益が出ました。正直に申せば、水神様と一緒に商売をしていただけるなら、毎回お願いしたいくらいで」

 

「そのうちまたお願いするかも」

 

「ぜひ」

 

 と品兵衛は即座に言った。

 

「いつでもお声がけください。馬を走らせて参ります」

 

 帰り道、品兵衛を抱えて夕暮れの空を飛びながら、セララは今日一日を思い返した。

 

 品兵衛は正直な商人だと思った。値段を告げるときも、利益を分けるときも、誤魔化す気配がなかった。この時代で信頼できる商人と縁が出来たのは嬉しかった。

 

 それに、商売というのは思ったより面白かった。

 

 何を売ってどのように利益を出すか。真剣に考え、品兵衛と一緒に行動するのは楽しかった。次の機会があれば、もっと別の商品を考えても良いかもしれない。

 

 品兵衛を元の村の入り口で下ろすと、品兵衛は馬を引き取りながら言った。

 

「また必ず参ります。水神様」

 

「うん、待ってるね」

 

 品兵衛が馬を引いて街道へ向かっていく。その背中が見えなくなるまで、セララはそこに立っていた。釘の入った箱を小脇に抱えながら、次に何を作ろうかと考え始めていた。

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