SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に来ちゃいました。 魔法と知識で日本を発展させます。 作:Lavian
村に商人が来たのは、穏やかな晴れの朝だった。
荷を積んだ馬を引いて街道から村道に入ってきたその男は、年のころ四十がらみで、小太りの体に愛嬌のある顔をしていた。頭に手拭いを巻き、動きやすそうな着物を着ている。商人らしい抜け目のなさそうな目が、村の中をきょろきょろと見回していた。
五兵衛が出迎えると、男は品兵衛と名乗った。
「諸国を回っている行商でございます。こちらの村に水神様がいらっしゃると聞きまして、半信半疑ではございますが、どうしても立ち寄らずにはおられなくて」
品兵衛は正直な男らしく、半信半疑という言葉を隠さなかった。五兵衛はそれを咎めることなく、ではご自身でご確認なさいと言ってセララのところへ連れてきた。
セララは空き家の縁側で端末を眺めていたところだった。品兵衛が近づいてきて、まず翼を見た。次にヘイローを見た。それからゆっくりと顔の表情が変わっていった。
「ま、まさか……水神様が実在するなんて……」
品兵衛はその場に膝をついた。商人らしい計算高さが顔から消えて、純粋な驚きだけが残っていた。
「はじめまして」とセララは言った。「品兵衛さん、だっけ?」
「は、はい。品兵衛と申します」品兵衛は深く頭を下げた。「このような形でお目にかかれるとは思っておりませんでした。あの、水神様……もし差し支えなければ、何かご希望のものはございますでしょうか。微力ながら、お役に立てることがあれば」
セララは少し考えた。
「それなら釘がいっぱい欲しいな。釘があれば作れるものが増えるから」
品兵衛がわずかに目を丸くした。神様が釘を欲しがるとは思っていなかったのかもしれない。しかしすぐに表情を立て直して、頷いた。
「承知しました。次にこの村に寄る時には仕入れておきます」
それから品兵衛は村の中を回り始めた。荷の中から様々な品を取り出し、村人たちと取引をしていく。針や布、塩、干し魚、農具の部品といったものが行き来していた。品兵衛の口は達者で、村人たちとの掛け合いも手慣れたものだった。値段の交渉をしながらも、相手を不快にさせない絶妙な距離感がある。
セララはその様子を少し離れたところから眺めながら考えていた。
品兵衛に売れるものはないだろうか。
釘は次回に持ってきてもらうとして、今回の取引でセララが何かを品兵衛に提供できれば、関係が深まる。継続的な取引ができる商人と繋がっておくのは、この時代で生きていくうえで有益だ。
問題は、セララが持っているもので品兵衛にとって価値があるものは何かということだ。
考えながら自分の翼を見た。白い羽根が一枚、風に揺れている。
それから頭の中でいくつかのアイデアが組み合わさった。
夕方になり、品兵衛が村人との取引をほぼ終えた頃を見計らって、セララは歩み寄った。
「品兵衛さん、ちょっといいかな」
品兵衛が振り返った。荷物を整理していた手を止めて、丁寧に頭を下げる。
「水神様、何でございましょう」
「ボクが貴方に売りたい品物があるんだけど、話を聞いてもらえるかな?」
品兵衛の目が変わった。商人の目になった。
「水神様から売っていただけるものがあるのですか。ぜひ話を聞かせてください」
「まずはこれ」
セララは自分の翼から羽根を一枚、丁寧に抜いた。白く大きな羽根だ。手のひらに乗せて、魔力を流し込む。光魔法を付与し、永続するように術式を固定した。羽根がほのかに、しかし確かな光を放ち始めた。
「永続の光魔法を付与した羽だよ。消えないでずっと光り続ける」
品兵衛が息をのんだ。光る羽根を、目を細めて見つめている。
「次に、品兵衛さんを次の目的地まで飛んで運んであげるよ。馬で数日かかる距離でも、空を飛べばずっと早く着く。
次の目的地で降ろしてそのまま解散しても良いし、望むのであれば商売が終わった後にこの村まで帰る時にも運んであげるよ」
「最後に、魔法で氷を出して売ってあげる。目的地に着いてから実演して見せるから、売れ行きは良いと思うよ」
セララが言い終えると、品兵衛はしばらく黙った。
目が動いていた。頭の中で計算しているのが表情から分かった。
水神様の羽。光り続ける。それがどれほどの値になるか。珍しいもの、神聖なものへの人々の欲求は計り知れない。しかも永続して光るという性質は、暗い場所での使い勝手が良い。
空輸の件も、品兵衛にとっては大きな話だ。商人にとって時間は金だ。数日の移動が数時間で済むなら、その分だけ余計に取引をこなせる。積み荷の傷みも減る。片道だけの移動でも往復の移動でも、どちらでも良いと言っている。
今の季節は秋。冬で無ければ氷の需要はあるはずだ。水神様の奇跡として目の前で出して見せられれば、値もつけやすい。
品兵衛は全部の計算を終えたらしく、顔を上げた。
「全て買います、水神様」
羽と、人を運ぶのと、奇跡で出す氷。品兵衛にとって驚きだった事は、どの品も水神様にとっては元手が必要無い事だ。奇跡の氷がどの程度苦労する物かは不明だが、少なくとも自分が1か月以上労働しても叶わないぐらいの銭を生むだろう。
「貴方はもしかして、商売の神でもあったりしますか?」
セララはふっと笑った。
「ふふふ。それはどうだろうね?」
品兵衛が苦笑した。
「羽のお代として、これを」
品兵衛は荷の中から小さな袋を取り出した。銭が入っている。受け取りながら、セララは羽根を渡した。品兵衛は両手で受け取り、大事そうに懐にしまった。
「では、目的地を教えてもらえるかな」
品兵衛が告げた場所は、ここからかなり離れた町だった。馬であれば二日以上かかる距離だという。また、品兵衛は次の町で商売してからこの町へと戻ってくる往復を望んだ。セララは地形を確認してから、問題ないと頷いた。
「あ。馬はどうしよう?」とセララは聞いた。
「村に預かっていただけるよう、五兵衛殿にお願いしてあります。帰りに引き取って参ります」
用意が良い。やはり商人だと思いながら、セララは翌朝の出発を約束した。
翌朝、品兵衛は必要な荷だけを背負って村の入り口に立っていた。セララが近づくと、品兵衛は少し緊張した顔をした。
「空を飛ぶのは初めてで」
「怖かったら目を閉じていいよ」
「目は……開けておきます。せっかくですから」
品兵衛を抱えて飛び立つと、最初の数秒間だけ品兵衛の体が硬くなった。しかし高度が安定すると、徐々に肩の力が抜けてきた。
「す、すごい景色で」と品兵衛は言った。「街道がこんなに小さく見えるとは」
「気持ちいいでしょ」
「気持ちいいかどうかは、まだ判断がつかないですが……確かに、これは速い」
目的地の町には昼前に着いた。馬での移動なら翌日の夕方になるところだ。
町は村よりずっと大きかった。通りに沿って店が並び、人が行き交っていた。品兵衛が馴染みの場所を選んで荷を広げると、セララはその隣に立った。
「ここで何をすれば良いかな」とセララは品兵衛に聞いた。
「水神様は何もしていただかなくても十分なのですが……」
「せっかくだから手伝うよ。翼を広げたり、魔法を使って見せたりすればいいでしょ?」
品兵衛の顔に、商人の笑みが浮かんだ。
「では、お言葉に甘えまして」
最初は通りを歩く人々がセララを遠巻きに見るだけだった。翼がある。頭に光の輪がある。何だあれはという声が聞こえた。品兵衛が大きな声で呼び込みを始めた。
「さあさあ、水神様がお出ましですよ!雨を降らせ、怪我を治し、奇跡を起こす水神様が、今ここにいらっしゃいますよ!」
人が集まってきた。
セララは翼を広げて、軽く地面を蹴った。数メートルの高さまで上がってから、ゆっくりと輪を描いて降りてくる。それだけで、集まった人々がどよめいた。
「本当に飛んだ」
「翼がある。本物だ」
「水神様というのは本当らしい」
人だかりが膨らんでいった。品兵衛が手際よく商品を売り始めた。隣で水神様がいれば、品兵衛の言葉には説得力が生まれる。商品が次々と売れていった。
頃合いを見て、セララは氷の魔法を使った。
「アイスウォール」
空中に氷の塊が出現した。白く濁った氷が陽光を受けてきらきらと輝く。夏場に空気から氷を作り出す光景に、見物人たちが声を上げた。品兵衛がすぐに氷を砕いて売り始めた。
「水神様の奇跡の氷でございます!ありがたい氷でございます!」
氷はあっという間に売れた。追加でもう一度出してほしいという声が上がり、セララはもう一塊出した。それも売り切れた。
夕方になって品兵衛が店を閉めた。荷はほとんど空になっていた。光る羽も金持ちの商人が大金で買ったらしい。
品兵衛は近くの金物屋に入り、しばらくして戻ってきた。手には釘の束と箱を抱えている。
「水神様、本日は本当にありがとうございました。おかげで今まで経験したことのないほどの売れ行きでございました」
品兵衛は箱に釘の束を入れ、さらにそれとは別に銭の袋をセララに差し出した。
「こちらの箱は中に釘が入ってます。お約束の品です。そしてこちらの銭の袋は、水神様のおかげで稼いだ銭の半分でございます。どうかお受け取りください。水神様にお渡しすることが一番の使い道と思いまして」
「ありがとう」とセララは素直に受け取った。「品兵衛さんも稼げて良かった」
「稼げた、というのは随分控えめな表現でございます」と品兵衛は苦笑した。「今日一日で、普段の何倍もの利益が出ました。正直に申せば、水神様と一緒に商売をしていただけるなら、毎回お願いしたいくらいで」
「そのうちまたお願いするかも」
「ぜひ」と品兵衛は即座に言った。「いつでもお声がけください。馬を走らせて参ります」
帰り道、品兵衛を抱えて夕暮れの空を飛びながら、セララは釘の束を思った。
これだけあれば、しばらく木工ができる。棚も、椅子も、もっとしっかりしたものが作れる。村の家の修繕にも使える。
銭の使い道はまだ決めていないが、村の皆のために農具を買うのが良いかもしれない。
品兵衛を元の村の入り口で下ろすと、品兵衛は馬を引き取りながら言った。
「また必ず参ります。水神様」
「待ってるよ」
品兵衛が馬を引いて街道へ向かっていく背中を見送った。