尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
1589年(天正17年)。
江戸の町が完成し、水神教団の大社にも「水神大社」という名がつけられた。落成の儀から数ヶ月が経ち、町はますます賑わいを見せていた。
信長とセララは江戸幕府に引っ越し済みだ。セララは江戸幕府の自室で年末に何か特別なイベントができないかと考えていた。
(江戸が完成したお祝いに、何か皆が喜ぶようなことをしたいな)
大社という大きな信仰の拠点ができた。これを機に、水神教そのものをもっと多くの人に身近に感じてもらえる催しがあればいいと思った。だが、具体的に何をすればいいのか、すぐには思いつかなかった。
セララは遠方にいる羽柴秀吉に書状を送った。秀吉の持つ、庶民の感覚に近い意見を聞きたかった。
『江戸の大社が完成したお祝いに民衆に喜んでもらえる催しをしたいんだけど、何か良い案はないかな』
数週間後、秀吉からの返書が届いた。
『セララ様。お考え、面白うございます。民は珍しいもの、美しいものに弱うございます。水神様のお姿を、もっと多くの者に直接見せてやってはいかがでしょう。例えば舞などはいかがか。水神様が舞われる姿を見れば、民の心はさらに引き寄せられましょう』
セララはその文を読んで頷いた。
「舞か……それは良いかもしれない」
秀吉らしい、人の心の動きを読んだ提案だった。
セララは水神教団の主要な者たちを集め、この案について相談した。
「年の終わりに国家安寧を祈る舞を披露したいんだ。場所は江戸の水神大社で。大晦日の日に、皆が一年の終わりを感じる時に合わせたい」
教団の長老格の者が頷いた。
「良い考えでございます。一年の終わりに祈りを捧げる催しは民にも馴染みやすいものでございましょう」
「昼と夜で二部構成にしたいんだ」
セララは考えをまとめながら話した。
「昼間は巫女たちに舞ってもらう。夜はボクが舞うよ」
「巫女でございますか」
「うん。大社にいる巫女の中から、舞ができる人を選んでほしい」
水神大社の巫女は、各地の大名や武将の血縁の女性たちの中から選ばれた者たちだった。身分の高い家の娘が教団に入り、水神様に近い場所で奉仕することは、家にとっても誇りであり、本人にとっても名誉なことだった。
「では、巫女の中でも舞の心得がある者を選び、稽古をつけさせましょう」
「お願い。それと、昼の舞には水神刀・細雪を巫女に貸し出すよ」
セララは自分の腰の刀に触れた。
水神刀・細雪。氷の幻影を纏う刀だ。セララが十二本製作した水神刀の一品であり、これまで蔵に大切に保管されていたが、実際に使われたことはまだなかった。
「氷の幻影を纏わせた舞ならきっと美しい光景になると思う」
長老格の者は深く頭を下げた。
「承知いたしました。巫女たちにも稽古を急がせます」
大社の奥の部屋で選ばれた巫女たちが舞の稽古に励んでいた。
主役を任されたのはある大名の娘で、幼い頃から舞を学んできた経験を持つ巫女だった。彼女は細雪を手に取って振り、その氷の幻影に魅了される様子を見せたが、すぐに刀を振る型を覚えて自分の舞に取り入れていった。
刀を振るたびに、刀身から白く濁った氷の幻影が現れる。本物の氷のように冷たく見えるが、実際には熱も冷たさも持たない、見た目だけの現象だ。それでも、舞いながら氷の幻影が広がっていく様子は幻想的だった。
主役以外の巫女たちは水神刀を持たなかったが、複数の巫女が舞う姿は美しかった。稽古を重ねるうちに、巫女たちの舞は次第に洗練されていった。
一方、セララも自分の舞の準備を進めていた。
信長のもとを訪れ、夜の舞について相談した。
「夜は雷と光の幻影を使った舞をするつもりなんだ」
「雷と光の水神刀を使うのだな」
「轟雷と光芒っていう刀だよ。ずいぶん前に作ったんだけど、今まで使う機会がなくてずっと蔵に保管してた」
セララは懐から二本の刀を取り出した。一本は黒に近い深い藍色の鞘、もう一本は淡く光るような白い鞘だった。
「轟雷は雷の幻影、光芒は光の幻影を纏わせる刀だよ。二刀流で使うつもりなんだ」
信長は刀を見て興味深そうに目を細めた。
「雷の呼吸と光の呼吸というわけだな。セララが舞うのであればさぞ幻想的な光景になるだろう」
「うん。冬の夜の暗い時間帯に映える幻影を選んだよ」
「楽しみだ。お前が水神刀を持って舞う姿は儂もまだ見たことがない」
信長はそう言ってニヤリと笑った。
「式典には儂も行く。巫女たちの舞が終わったら、儂も水神刀で水の呼吸を披露してやろう」
「あ、ありがとう、信長さん」
信長の水の呼吸は見飽きるほど披露されているので、別にいいかな……と内心で思ったが口には出さないセララだった。
大晦日の朝、江戸の水神大社には大勢の人が集まっていた。
昼の舞が始まる時刻になると、社殿の前に設けられた舞台に巫女たちが姿を現した。白い衣に身を包み、髪を結い上げた巫女たちが位置についた。
主役の巫女が細雪を両手で掲げた。
刀を振ると刀身から氷の幻影が立ち上がった。冷気の幻が舞台の上に広がり、白い雪が空中に舞った。
巫女たちが揃って動きを合わせ、衣の裾を広げながら舞台を巡る。氷の幻影が舞台を覆い、冬の景色を作り出していく。観衆からため息のような声が漏れた。
「美しい……」
「これが水神様が作られた氷の刀なのか」
国家安寧を祈る舞は見る者の心を静め、新しい年への期待を抱かせるような美しさを持っていた。
舞が終わると観衆から大きな拍手と歓声が上がった。
その後には信長が水神刀・時雨を使用して水の呼吸の型を披露し、こちらも盛り上がった。信長は非常に満足そうだった。
祭りは順調に進み、夜になりセララが舞う時間となった。
大社の境内には無数の灯籠が灯されていた。月が出ており、空には星が輝いている。
セララは舞台の中央に立った。そこから翼を広げて数メートルほど浮き上がり、観客から良く見えるようにした。
両手に轟雷と光芒を構えて観衆を見渡した。各地から集まった有力者、そして大勢の民衆が息を呑んで見つめていた。
セララは両手に刀を持って空中で舞を始めた。
轟雷を振ると刀身が雷の幻影を纏った。空気を切るような音と共に、刀を中心に稲妻が暴れまわる。幻影であっても夜の闇の中でその輝きは凄まじいものだった。
もう一方の手で光芒を振ると純白の光の幻影が刀身から放たれた。雷の鋭さとは違う、柔らかく広がる光だった。
二つの幻影が交差して夜空に複雑な軌跡を描いた。
セララは舞台の上を旋回しながら、刀を振り続けた。雷が走り、光が広がり、その二つが絡み合いながら夜の境内を幻想的な輝きで満たしていく。月明かりと星々の下、雷と光を纏ったセララの姿は神々しく、観客の心を震わせた。
「これが水神様の舞か……」
観衆の誰かが感動に声を震わせながら呟いた。
舞は長くは続かなかったが、その短い時間に見ている者全員の心に強く焼き付くものがあった。
舞が終わり、セララは刀を鞘に納めて一礼した。
境内からこれまでで一番大きな歓声が上がった。
演舞が終わった後、セララは翼を広げて江戸の上空へ飛び立った。
夜の江戸の上空をゆっくりと旋回する。
地上から見上げる人々のために、もう一度、轟雷と光芒を抜いた。雷の幻影が空に走り、光の幻影がそれに応えるように広がる。月と星々が見守る夜空に雷光と純白の光が交錯する様は、地上から見上げる誰の目にもこの世のものとは思えない光景として映った。
まるで流星が江戸の上空を飛んでいるようだった。
「あれが水神様だ」
「なんて美しい……」
町の至るところから歓声と祈りの声が上がった。子供たちが空を指差し、大人たちが手を合わせた。武士も、商人も、職人も、農民も、皆が同じ夜空を見上げていた。
それから年末の祭りは恒例となり、水神祭りと命名された。舞は水神演舞と命名され、昼は巫女たちが、夜はセララが演舞を行う。祭りが終わるとセララが江戸の上空を飛び回って光の奇跡を描く。
人々は一年を無事に過ごせたことに感謝し、来年も良い年になるようにと願いを込めて祈る行事となった。
現代のwikiの水神演舞の項目
<水神演舞>
水神演舞は1589年の江戸発祥で、400年以上続いている伝統行事である。
大晦日の水神祭りで行われる演舞であり、巫女たちが舞う昼の舞、水神セララが舞う夜の舞の二種類がある。
昼の舞を担当する巫女は全国の水神教巫女の志願者から毎年選ばれており、舞巫女と呼ばれる。
また、その中から更に選抜された一人が氷華巫女となり、水神教の大社に奉納されている水神刀・細雪を貸し出される。
氷や雪の幻影と共に舞う巫女たちは華やかであり、非常に人気の高い行事となっている。
氷華巫女は現代の女性たちの憧れであり、その競争率は一万倍とも言われている。氷華巫女を夢見て水神教団に入る者も少なくない。水神教団の若い女性はダンススクールへ通う者も多い。
夜の舞では水神セララが水神刀・轟雷と水神刀・光芒を二刀流して剣舞を披露する。
飛行しながらの舞はセララ独自のものであり、雷と光を纏った剣舞は幻想的である。
国家安寧の祈りが込められたセララの剣舞は国内外問わず称賛の声が絶えない。
剣舞が終わるとセララは高度を上げ、東京の上空を飛行しながら周回する。
夜空に雷と光の奇跡が描かれる様子は流星に例えられる。
日本国民にとって、大晦日の除夜の鐘や紅白歌合戦に並ぶ、年の終わりを象徴する毎年恒例の行事である。