尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
1590年(天正18年)。
セララ、信長、丹羽を中心とし、織田の家臣は江戸城に居城を移して江戸幕府を運営していた。
そこに第二次航海の団長として出発していた前田慶次が帰還した。
「水神様、ただいま戻りました」
江戸城の執務室に入ってきた慶次は二度目の長旅を経てさらに日焼けが深くなっていた。それでも姿勢は変わらず、堂々としている。
「お帰り、慶次さん。マニラとミンドロ島はどうだった?」
「順調でございます。マニラの商館設置と日本人居住区は完成しました。ミンドロ島の方も港が完成し、町も形になってきました。先住民との関係は慎重に進めておりまして、物の交換を通じて少しずつ信頼関係を作っております。ただ、マラリアで倒れる者が何人か出まして……そこは引き続き対処が必要です」
セララは慶次の報告を聞いて安心して息を吐いた。
「入植が上手くいってるようで何よりだよ。出発前に伝えていたマラリア対策はどうだったの?」
「今回も水神様の教えてくださったマラリア対策のおかげで大幅に感染率を下げられました。スペインが入植しようとした時はかなりの人員がマラリアに倒れたそうですが、俺たちの開拓団ではマラリアにかかる者は一割未満でした」
「対策が有効だったなら良かったよ。他はどうだったの?」
「はい、報告します。まずはスペインとの交渉ですが……」
慶次の報告は長く続いた。要約すると、スペインとの交渉は上手く纏まり、ミンドロに入植して町と港を作った。順調に進んでいるとの事だった。
その後は信長と丹羽を呼び、慶次を含めて話し合いの場を設けた。
「まずは新たな貿易品の話だよ。神通力で水をワインに変えられるようになったんだ。これも新しい貿易品にできるかも。量産せずに一か月に一本ぐらいのペースで作って希少価値を高めてみようと思う」
病気を治療する神通力と異なり、ワインを作る神通力は話題になっても問題無いと判断しており、セララはこの力を生かした商売を考えていた。
「神通力で作る酒か。以前に儂も飲んだが中々の味だった」
信長がセララの作ったワインの味を思い出しながら言った。
話し合いの結果、セララが神通力で水から作った『神のワイン』が新たな貿易品として加えることにした。特殊な効果は無くただの美味しいワインだが、一か月に一本しか販売されない事と、縁起の良い特別な神酒として値段を高く設定する事とした。貿易の目玉商品になることは間違いなかった。
「貿易品の次は新たな入植地の話だよ」
セララは前世の記憶から手書きで再現した世界地図を机の上に広げた。信長が身を乗り出して地図を覗き込む。慶次は腕を組んでじっと見ている。
「マニラへの商館設置、台湾とミンドロ島への入植が上手くいっているから海外への入植をもっと進めようと思う」
セララが切り出した。
「もっと進める、とは具体的にどうするのだ」
信長が世界地図を見ながら問う。
「最終的な目標はここ」
セララは世界地図の南に描いた大きな陸地を指差した。
「オーストラリアっていう大陸だよ。まだ外国の勢力が手を付けていない。日の本の何倍もある大きな土地で、将来きっと重要になる場所だと思ってる。鉄がいっぱい採掘できるはずだよ」
「お前の見立てか」
「うん。未来予知だと思ってもらって構わないよ」
「ならば疑う理由はない。重要な土地になるならば、確保せねばな」
信長が即断した。
「しかしセララ様。地図を見るとオーストラリアまでの道のりは遠うございます。いきなり目指すのはあまりに危うい」
丹羽が地図を見ながら発言した。
「うん、分かってる。だから途中の島に入植しながら補給港を作っていくつもりなんだ」
セララは指で経路を辿った。
「琉球、台湾、マニラ、ミンドロ、ボルネオ、マカッサル、ティモール、オーストラリアという経路だね。ボルネオがミンドロの南にある大きな島。マカッサルとティモールがボルネオのさらに東と南にある島々だよ」
この内、琉球、台湾、マニラ、ミンドロまでは現状の日の本が利用可能な港がある。
「随分と遠い道のりですな」
丹羽が地図を見ながら呟いた。
「そうだね。全部の経路に拠点を作るには長い時間がかかると思う。でも、今から動き始めておかないと後から後悔することになる」
「では、今から動く事としよう。各地に入植して補給港を築き、最終的にはオーストラリアを目指すとしよう」
その場の参加者が信長の言葉に賛成し、オーストラリアを目指す方針が決まった。
まず手を付ける場所としてセララはボルネオとマカッサルを選んだ。セララは世界地図の上でボルネオ島の南東の海岸線を指でなぞった。
「入植する場所はここにしようと思う。ボルネオ島の南東だよ」
「航路の中継地点としてはボルネオ島の北の方も良さそうだが、南東にする理由は何だ」
信長が地図を覗き込みながら尋ねた。
「イエズス会から聞いた所によると、ボルネオ島の北部にブルネイという強力な海洋王国があるんだ。いきなりそこに手を出すのは危ないと思う。一方、南東部は特定の大国の支配が及んでおらず、漁村程度しかないみたい。だから穏便に話を進めやすいと思う」
「なるほど。強大な王国の勢力とぶつかるのを避けて、隙のある場所から着実に足場を作るということだな」
「そういうこと。それにこの辺りはミンドロ島とマカッサルを結ぶ中継地点に適しているから、将来オーストラリアを目指す時の航路としても都合が良い」
それに、と言ってセララは続けた。
「未来予知の話になるんだけど、このボルネオ島の周辺には石油っていう将来に役立つものが眠っているんだ。今すぐ必要ではないけど、場所を早めに押さえておきたい」
セララの前世の記憶によれば、具体的な位置こそ不明だがインドネシアで油田が見つかるはずだった。
「未来を見据えた一手という事だな。であれば、ボルネオ島の南東で問題あるまい」
信長はセララの未来予知を信じており、セララの言った位置への入植に賛成した。
「ボルネオへの入植と並行して、南のマカッサルにも動きたいと思ってる。マカッサルについてはイエズス会から詳細な情報を得ていて、既にポルトガルが商館を置いている貿易港だって分かってる」
「ポルトガルが先にいるのか」
「うん。でもポルトガルが支配しているわけじゃない。現地にはゴワ王国という強い王国があって、その港を皆が使わせてもらっているという形なんだ。日本も同じように商館を置かせてもらえるよう交渉したい」
「マニラに商館を置いたのと同じ考え方だな」
信長がマニラの商館を思い出しながら言った。
「そうだね。利益が出るなら相手も歓迎するはず。ただ、マカッサルはイスラムの王国だから、交渉の仕方はマニラの時とは変えないといけない」
「イスラムについてはスペイン人から話を聞いた事があります。イスラムの方々はキリスト教とは別の教えを持っています。セララ様が熾天使であると言う威光は通じないかもしれません」
慶次がスペイン人から聞いた話を皆に伝えた。
「その通りだね。だから慶次さん、マカッサルでの交渉は熾天使の権威を使わず、日の本の将軍の使節として貿易の利益を前面に出してほしい。相手に合わせた交渉の仕方をするんだ」
「承知しました。上手くやって見せます」
慶次は自信に満ちた表情で答えた。
「慶次さんにはマカッサルの交渉に専念してもらいたいんだ。ボルネオの入植は別の人を指揮官にして同時に進めたい」
「承知しました。俺に任せてください」
慶次が胸を張って自信満々に言った。
「ボルネオの指揮官はいかがなさいますか」
丹羽が横から尋ねた。
「ミンドロでの入植を実際に手掛けた者たちの中から適任者を選んでほしいんだ。現地の統率に慣れていて、農民や職人たちをまとめられる人が良いと思う」
「承知しました。人選は私の方で進めておきます」
「丹羽さん、よろしくね」
こうしてボルネオとマカッサルへの船は別々の指揮官が担当することが決まった。
「指揮官が決まったら次は船ですな。ガレオン船は伊勢の港で同時建造を進めた結果、二隻が新たに完成しております。一隻をボルネオへ、もう一隻をマカッサルへ、ということでよろしいですか」
船の手配について、手元の書類を見ながら丹羽が説明した。
「うん、それでお願い。ボルネオ行きの方はミンドロ島での経験を生かしてね」
準備としてミンドロでの経験を生かした対策を積み込む話になった。
「マラリアの対策物資である蚊帳は必ず乗せてね。それと、ミンドロでのマラリアの対処の手順を書いたものも一緒に渡してね。同じ苦労を繰り返さないように」
「ボルネオは熱い気候と聞きますし、最初から備えておく必要がありますな」
丹羽が頷いた。
「マカッサルも同じだよ。慶次さんからしっかり対策を船員へ浸透させておいてね」
「任せてください」
慶次が自信を持って言った。
「それから新しく開拓団を募集しないとね。丹羽さん、船乗り、農民、職人、南海武士の募集の布告を頼めるかな」
南海武士というのは開拓団に参加する武士の名称だ。
「承知しました」
丹羽が頷き、船の手配と新たな開拓団の募集が始まった。
南の海を開拓する農民、職人、南海武士の募集は江戸の城下に布告として張り出された。
農民や職人は別の文面となるが、南海武士への布告の文面はこうだった。
水神セララの命により、南の海外の地を開拓する者を広く募集する。武士の応募者は南海武士として水神セララより認められ、日の本の海外開拓の担い手となる名誉を得る。報酬として開拓した土地を功績に応じて任せる。応募資格は十五歳以上の健康な者。
この布告を見て多くの者が集まった。
その中に三田村権兵衛という名の浪人がいた。
歳は三十二。もとはある国の小藩に仕えた武士だったが、天下統一によって主家が取り潰しとなり、浪人になって三年が経つ。江戸の建設現場で日銭を稼いでいたが、このまま一生を終えることへの焦りをずっと抱えていた。
布告を見た瞬間、これだと思った。
「南海武士か。開拓した領土を任せると書いてあるな」
権兵衛は布告の文字をもう一度なぞった。水神セララが認めた、日の本の海外開拓の担い手。
いずれは出世し、自分の領地を持つことをずっと夢見ていた。海外は未知であり恐れもあるが、それでも夢が叶う可能性がある。
権兵衛は翌朝、募集所の列に並んだ。
下っ端ではなく少しでも良い役割を得るため、権兵衛は気合を入れて試験に臨んだ。
体力の試験があり、剣術の実技があり、簡単な読み書きの確認があった。数百人が集まり、試験の結果に応じて訓練の内容や開拓団内での役割が決定された。権兵衛は剣術の実技で高い評価を受け、体力試験でも上位に入った。読み書きの確認だけはぎりぎりだったが、なんとか上役になれる位置に入った。
訓練は三か月間にわたった。
まず航海の知識だった。羅針盤の読み方、帆の扱い方、嵐の兆候の見分け方。陸で生きてきた武士にとって、船の上のことは全てが初めてだった。権兵衛は夜遅くまで手書きの資料を読み込んだ。
次に開拓の知識だった。マラリアについての話が特に印象に残った。
水神様の使いとして訓練を指導する者が言った。
「ボルネオには蚊が運ぶ熱病がある。この蚊帳を使え。水たまりを作るな。これを守れば感染率は大きく下がる。守らなければどれほど腕の立つ武士でも熱病で死ぬ」
権兵衛はしっかりとその注意を覚えた。刀で敵と戦うよりも、目に見えない病と戦う方が怖いと思った。
先住民との関わり方についての話もあった。
「先住民を敵と思うな。友人になれ。物を奪うな。まず与えろ。言葉が通じなくても笑顔と誠意は伝わる。水神様のご意向は開拓地の人々と共に栄えることだ」
この教えに権兵衛は素直に頷けなかった。
「敵か味方か分からぬ相手に、なぜこちらから与える必要がある」
訓練の合間、権兵衛は同じ班にいた若い元足軽の男にそう漏らした。
「戦とはそういうものではなかろう。弱みを見せれば付け込まれる。まずこちらの力を示し、従わせてから話をするのが道理だ」
「三田村殿の言うことも分かる。だが、水神様は先に与える事で多くの村を救ってこられたはずだ」
若者の言葉に権兵衛は黙った。権兵衛とて尾張水神伝を読み、水神様の考え方を知っていた。ただ、これまでの自分の考え方を変えるべきだと理屈で分かっても感情がまだ納得していなかった。
数日後、訓練場で模擬の交渉稽古が行われた。指導役が先住民の役を演じ、権兵衛たち南海武士候補が交渉に臨むという内容だった。
権兵衛は自分の番になると、腕を組んで堂々とした態度で指導役の前に立った。
「我らは水神セララの使いである。この地を豊かにすると約束しよう。代わりに我らに水場を提供せよ」
指導役は首を横に振った。
「それは、村を従わせるつもりで言っているように聞こえるが」
「……いや、そういうつもりでは」
「口でも態度でも主従を求めている。相手にはそれが伝わるものだ」
周りで見ていた仲間たちの視線が権兵衛に集まった。恥ずかしさで顔が熱くなった。武士としての立ち居振る舞いがそのまま裏目に出た瞬間だった。
その夜、権兵衛は一人で宿舎の縁側に座り込んでいた。
「三田村殿」
声をかけてきたのは昼間言葉を交わした若い元足軽だった。
「お主も浪人だったな。俺も同じだ。主家を失い、行くあてもなく江戸に流れ着いた」
「……知っている」
「俺たちはもう、誰かの家臣として刀を振るう身分ではない。だが、水神様は俺たちのような者にも新しい生き方を用意してくださった。今度こそ、武勲を上げるためではなく、人々の役に立つために刀を持ちたいと思っている」
権兵衛は夜空を見上げていた。
武勲を上げるための刀ではなく、人々の役に立つための刀。考えたこともない発想だった。しかし、その言葉が胸に残った。
翌日からの交渉稽古で権兵衛は態度を変えた。相手の目を見て、まず自分の持っている物を差し出す。従わせようとする気配を消す。最初はぎこちなかったが、稽古を重ねるうちに指導役からの評価も少しずつ変わっていった。
「三田村、様になってきたな」
指導役にそう言われた時、権兵衛は素直に嬉しいと思えた。
三か月が経ち、訓練が終わった日に辞令が出た。
権兵衛はボルネオ行きの第一船に乗ることが決まった。
出発の前日、権兵衛は港の近くの宿で一人、配られた開拓の手引書を開いていた。
航海の知識。マラリアの対策。先住民への接し方。開拓地で作るべき建物の優先順位。農業のやり方。開拓の手引書には様々な事が書いてあった。
ふと、窓の外を見た。
港に停まっているガレオン船が見えた。二隻並んで、白い大きな船体が夜の闇の中に浮かんでいる。
あの船に乗って知らない土地に行く。怖くないかと言えば嘘になる。しかし、胸の奥には未知の世界への興味と希望があった。
権兵衛は開拓の手引書を閉じた。
「南海武士か」
もう一度その言葉を口の中でつぶやいた。自分がその名を名乗るのはまだ不思議な感覚があった。しかし明日、あの船に乗って南の海へ向かった時から、本当にそうなるのだと思った。
水神様が認めた、海外開拓の担い手。
悪くない生き方だと権兵衛は思った。
出発の朝、港には人が集まっていた。
南海武士として選ばれた者たちの家族が見送りに来ていた。泣いている者もいた。笑顔で送り出している者もいた。
権兵衛には見送りに来る家族はいなかった。三年間の浪人暮らしで、そういう繋がりは薄くなっていた。
二隻の船が並んで停泊し、それぞれの乗員が列を作っていた。片方はボルネオへ向かう権兵衛たちの船、もう片方はマカッサル行きの船だ。
出発の号令がかかり、一列になって乗船が始まった。
水神様が港の端に立って見送っていた。南海武士として選ばれた者達が一人ずつその前を通ると、水神様は小さく頷いた。水神様が見送ってくれているという実感があった。
権兵衛がセララの前を通った時、思わず立ち止まって頭を下げた。
「行ってまいります」
「気をつけてね。体を大事にしてね」
権兵衛の言葉に対し、水神様が激励をしてくれた。短い言葉だったが、水神様と少しでも会話できたと言う事実が権兵衛には嬉しかった。
最後に慶次がセララに別れの挨拶を行った。
「では出発としましょう。水神様、土産話を楽しみに待っていてください」
「楽しみに待つよ。慶次さんも体に気をつけてね」
「はっはっは。心配いりませぬ。次も無事に戻ってまいります」
慶次は豪快に笑って船に乗り込んだ。
錨が上がり、帆が風を受けた。二隻の船が出航した。
権兵衛は船の手すりを握り、遠ざかっていく港を見つめた。江戸の町が小さくなっていく。三年間、日銭を稼ぎながら過ごした場所だ。
これから向かうのは誰も知らない土地だ。
怖さと期待が入り混じった感覚の中で、権兵衛は南の方角に目を向けた。どこまでも青い海が広がっていた。
オーストラリアを目指す航路をイラストで作ってみました。
【挿絵表示】
琉球、台湾、マニラ、ミンドロ、ボルネオ島南東、マカッサル、ティモール、オーストラリア
となります。
ボルネオ島南東は現代ではバリクパパンという都市。
ティモールは現代ではクパンという都市になります。
これらの都市に入植したり、既存の港に商館を立てたりして補給港を確保してオーストラリアへ入植する計画です。
また、ボルネオ島の東は油田がある事も入植する理由です。
神通力によるパンやワインの製作に関しては、1個作るのに一般人が10分間歩いた程度の疲労感とします。
10個作ると100分歩いた程度の疲労感ですね。
信仰が広まると神通力が強化され、疲労感は軽減されるものとします。
神通力による病気の治療に関しては一般人が半日間歩き続けた程度の疲労感とします。
怪我の治療は魔法による治療のため、魔力を消費するものの上記の疲労感はありません。