尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
1593年(文禄2年)。
信長は琉球への今後の対応を決めるため、執務室でセララと相談をしていた。
「現状の琉球は独立国であるが、明に朝貢を行っている。明へ使節を送り、その見返りとして生糸や絹、陶磁器を得ている。日の本とは中立を保っており貿易や港の使用も問題ない」
信長が琉球の状況を説明する。
「その状況なら現状維持で問題なさそうだけど、信長さんは何が心配なの?」
セララが疑問に思って信長に質問する。
「日の本はオーストラリア大陸への進出を目指して船の数を増やしておる。そのおかげで補給港である琉球の重要度が上がっておるのだ。琉球が日本と中立を保っておる内は良いが……明が態度を変えて日本と敵対したり、あるいは他国が琉球を占領したりすれば話が変わるかもしれん」
「つまり、将来的に琉球が補給港として使えなくなったらとても困るって事だね。それは確かに。琉球の近くには補給港が無いし、九州から台湾まで中継地点無しは遠すぎる」
セララが「むむむ」と唸りながら悩む。
「そういう事だ。故に、今の内に琉球を日の本側へ引き込みたい。従属させる必要はない。『琉球が危機に陥った時は日本が守る。だからこれからも貿易を維持し、港を使わせて欲しい』という約束で良い。そうして徐々に琉球に人と物を送り込み、琉球にとって日の本が必要不可欠な存在となるように誘導していくのだ」
「流石は信長さん。貿易で琉球を日本に依存させて日本から離れなくさせるんだね」
セララは信長の案に感心した。武力で制圧するのではなく、経済で侵食していくのは合理的だった。
「うむ。それに『琉球を守る』という条約を結んでおけば他国が琉球を占拠した場合、日本が兵を送る理由にもなる」
「分かった。その案で進めるね。琉球に使節を派遣して条約を結ばないとね」
信長の案にセララが賛成し、琉球との条約案が練られた。
そして案を練る中で、セララは自分が琉球へ使者として向かう事を提案した。
「今までもそうだったけど、水神の存在は伝聞だと疑われちゃうんだ。百聞は一見に如かず。ボクが使者として琉球へ行った方が条約を結べるかも」
「江戸から琉球まで船で片道二週間程度だな。往復で一か月で交渉期間も考えるとそれ以上だ。お前が不在となるならば予定を調整せねば」
信長がセララが不在となる期間を計算し、その間の政務を考え始める。
「ボクだけなら江戸から琉球まで空を飛んで一日でいけるよ。神通力を得てから飛行能力が上がったんだ。以前より速く飛べるし、長時間飛んでも疲れにくくなった。」
「琉球までたった一日とは凄まじいな。それならば江戸を留守にする期間も少なくてすむ」
「うん。だから琉球に直接飛んで行って水神が本物だと信じて貰うんだ。そうすれば交渉も楽に進むと思う」
信長も頷いた。
「確かに百の言葉より姿を見せる方が説得力がある。まずは使者を送って琉球に連絡し、その後にセララが出発すると良い」
こうしてセララが琉球へ向かう事が決まった。
それから二か月後。使者を送って琉球への連絡をすませ、出発の日となった。
出発の朝は晴れていた。
翼を広げて飛び立ち、南へ向かった。江戸から見慣れた景色が後ろへ流れ、やがて海が見えてきた。青い海が地平線まで広がっていた。
下を見ると深い青色の海面が光を受けて輝いていた。
十八時間ほど飛び続けて、琉球の島が見えた。近づくにつれて緑の木々と白い砂浜が見えてきた。
王宮に向けて高度を下げると、地上で人が動く気配がした。翼とヘイローを見た者たちが声を上げているのが聞こえてきた。
セララは王宮の門の前に降り立った。
警備の者たちが驚いた顔で集まってきた。琉球の言葉は日の本の標準語とは異なるだろうが、ペンダント型携帯端末の翻訳機能があれば問題ない。しかしよく聞くと、言葉が日本語に近い響きを持っていた。交渉の過程で日本語を話せる者が準備されていたらしい。
「江戸幕府の使者から連絡が届いていると思う。ボクが水神セララだよ。王様にお会いしたい」
警備の者が慌てて奥に走った。
しばらく待つと案内され、通された広間で琉球の王が待っていた。
王は白髪の年配の男で落ち着いた顔つきをしていた。しかしセララが入ってきた瞬間、その落ち着きがわずかに乱れた。翼とヘイローを興味深そうに見ていた。
「江戸から空を飛んで来られたと聞きました。本当に空を飛べるのですか」
「そうだよ。百聞は一見に如かず。飛んで見せるね」
セララがその場で翼を広げて少しだけ浮いて見せると、王とその配下達は驚愕しながらセララを見ていた。さらにいくつかの奇跡を行使すると、水神の存在は本物であると完全に信じたようだった。
セララが到着した際には日が暮れていたため、その日は客室に案内されて一泊し、翌日から会談が始まった。
王の他には一人の重臣が王の少し後ろに座っていた。重臣は四十前後の男で王に助言を行っていた。
王は慎重だった。江戸幕府からの申し出については前向きに検討しているとしながら、言葉に迷いがあった。
セララはその迷いの理由がだいたい分かっていた。明の存在だ。大陸の大国からの圧力があるため、新しい幕府との関係を深めることに踏み切れない。
「水神様の御力、確かに拝見いたしました」
王が口を開いた。
「しかし、正直に申し上げますと、日の本との関係を深めることには懸念があります」
「明のことだよね」
セララがそう言うと王は頷いた。
「その通りでございます。我が琉球は長年、明への朝貢によって貿易の利を得てまいりました。日の本との関係を深めれば、明がそれを快く思わぬ可能性がございます。両国の間で立場を失うことを恐れております」
「王よ、まさにその通りでございます。明は大国です。機嫌を損ねれば、我が琉球のような小国は一瞬で立場を失いましょう。日の本がいかに力を持っていようとも、拙速な決断は避けるべきかと存じます」
王の言葉を重臣が補足した。
「その心配は分かるよ。でも、頭から否定せずにまずは条件を聞いて欲しいんだ」
セララはその言葉に頷きつつ言った。
「それはその通りですな。聞く前から話を断ってしまっては礼を失する。条件を伺います」
王が頷き、セララに話すように促す。
「まずは利点から言うね。琉球が危機に陥った時、日の本が琉球を守るよ。例えば他国が琉球を占領しようとした場合、日の本が命を懸けて敵を撃退する。それと、日本の農業技術を教えたり、琉球での栽培に向いた農作物を提供もするよ」
「王よ、これらはどれも素晴らしい利点です。日の本は水神様が広めた技術によって五穀豊穣を得たと聞きます。しかし、これだけの利点があるからには相応の負担もあるはずです」
四十前後の重臣が王に助言した。
「利点は分かりました。それでは琉球が差し出す代償や負担についてはどうなるのですか」
側近の言葉に王が頷き、セララに尋ねる。
「琉球には今まで通り日の本と貿易し、港を使用させて欲しいんだ。貿易や港の使用料の条件はこれまでと変わらないよ。日の本は琉球を従属させるつもりは無いし、明との関係は続けて貰って構わない。もしも明と日の本が敵対関係になった場合、出来る限り中立を宣言して欲しいと言うのが条件になるよ」
セララの言葉に王が驚いた表情を見せる。
「もしや、日の本は明と争うつもりなのですか?」
「明と争うつもりは現在も将来的にも考えていないよ。ボク達は南の海へ領土を広げたいし、明は国内の事で手一杯みたいだからぶつかる要素が無いんだ」
王の言葉をセララが否定する。
「戦争の予定が無いのに琉球が中立を宣言するだけが条件なのですか。それでは琉球が得するばかりです。日の本は何が狙いなのですか?」
「琉球の港を今後も継続して使用したい、というのが一番の目的だよ。では、どのような事態になると日の本が琉球の港を使えなくなるのか?一つ目は明が敵対して琉球が従った時、二つ目は琉球が他国に占領された時」
セララが一本ずつ指を立てながら理由を述べた。
「一つ目は日の本が琉球に信頼される事で防げるかもしれないと思ってる。日の本は明と争うつもりは無いけれど、もし争いが発生した場合は中立を宣言して欲しい。ただ、これは命令ではなくお願いという形になる。無理をせず、出来る範囲で良いよ」
「王よ。必ず日の本の側へ付けという条件で無いのであれば悪くない条件かと。明からの圧力が強ければ明に付き、弱ければ中立を宣言すれば良いのです。日の本が勝つと思えば日の本の側へ付いても良い。日の本からの条件は『出来る範囲で良い』との事なので、琉球がどの立場になるか選択する事ができます」
王は側近の言葉に納得し、悪くない条件だと判断する。
「二つ目は明や南蛮の勢力が強引に琉球を侵略した場合、日の本が琉球を守るよ。琉球の港を使えなくなったら日の本も困っちゃうからね。これは日の本が勝手にやる事であって、琉球に費用を求めたりはしないよ」
セララの説明を聞き、側近が感心しながら王に助言する。
「王よ。日の本でも水神様はまず民に知識や物を与えて信頼を勝ち取ったと聞いています。そして織田家も民も共に豊かになったと。琉球も同様に対応すると言う事でしょう」
王は側近の言葉を聞いて頷く。
「一つ目、二つ目の理由に納得しました。日の本は琉球の信頼を得る事、戦から守る事で港を継続使用したいという事ですな。これは琉球に損が無い条件であり、得しかありません。ぜひ条約を結びたいと思います」
王は笑みを浮かべながらセララに回答した。
それからは貿易の品物についての話し合いが行われた。日の本からは鉄の農具やガラス製品、米やサツマイモ等の食料、さらに生糸や絹、陶磁器も輸出する事とした。生糸や絹、陶磁器を輸出品としたのは明からの影響力を弱める狙いがあった。
一方、琉球からの輸出品としてはサトウキビをセララが求めた。
「サトウキビから砂糖を作って輸出してほしい。琉球でウージと呼ばれているものだよ」
「ウージでございますか。確かに我が国でも多少は栽培しておりますが……畑で育てたものを噛んで汁の甘みを楽しむ程度です。明では砂糖が作られていると聞きますが、我が国では未だその技術を持っておりません」
「それなら砂糖の精製方法も一緒に教えるよ」
セララは端末の記憶を思い返しながら続けた。
「まず畑でウージをたくさん育てる。刈り取ったら茎を絞り機にかけて汁を搾り出す。その汁を鍋で煮詰めていくと、だんだん黒っぽく固まってくるんだ。それが黒糖になるよ」
「絞り機、でございますか」
「うん。石臼や木の車輪みたいな道具を使って、茎を挟んで搾るんだ。詳しいやり方は本に記載して渡すね。絞り機の作り方や、鍋で煮詰める時の火加減なんかも教えられるよ」
王と重臣は顔を見合わせた。
「それが本当であれば、我が琉球に新たな産業が生まれることになります」
重臣が興奮気味に言った。
「砂糖は料理にも使えるし、保存食にも使える。日の本でも南蛮貿易でも高く売れる品になると思う。琉球の特産品として大きな利益になるはずだよ」
「なんとありがたいお話でしょうか。ぜひ、その製法をご教授いただきたい」
王が深く頭を下げた。
「もちろん教えるよ。日の本は琉球と協力して発展して行きたいんだ。共に豊かになろう」
セララが笑顔で手を差し出し、王と握手を行った。
こうして琉球との交渉が纏まり、日の本と琉球はこれまで以上に強い結びつきを持つようになった。
セララは琉球の信頼を得る事から始めました。
史実において、サトウキビは13世紀にはすでに琉球に存在していたようです。
しかしサトウキビから砂糖を生成する技術は1593年の琉球には存在せず、1623年に製糖技術を学ぶために自ら中国福建へ人を派遣し、そこで初めて技術を持ち帰ったとされています。
この物語では30年早く砂糖の精製技術を教える事で、琉球に大きな恩を与えるとともに貿易の活性化を狙っています。
将来的な話になりますが、史実の明は1644年に滅亡します。
この物語では朝鮮出兵が無かったのでもっと延命するとは思いますが、そのタイミング以降から琉球は日本への依存がますます強くなるでしょう。
長い年月が経過すれば、琉球側から日本への従属や統合を願い出る可能性も高いと思われます。