尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
1594年(文禄3年)。
この日、江戸で大きな火災が発生した。セララはたまたま水神教の都合で江戸を離れていたが、連絡を受け取るとすぐに江戸へと飛行して向かった。
上空から江戸を見下ろすと、一定間隔で設けた広場のおかげで火災はそこから広がっていなかった。
史実の江戸は建物が密集しており、また木造だったために火は次々と広がって大火事となったが、セララはその事を覚えており、江戸の町は建物を密集させ過ぎず、また一定間隔ごとに広場を設けるように設計していたのが功を奏していた。
人々が水路から水を汲んで火事を消そうとしているが、火の勢いが強くて中々消せていない。
セララは雨を降らせる魔法の使用を即決し、詠唱に入った。
「雨雲よ、我が呼びかけに応えよ。コールレイン!」
天に向けて伸ばした手から上空に向かって一筋の光が伸びる。
その光が消えるとすぐに黒い雨雲が集まって来て雨が降り始めた。
やがて雨の勢いが強くなり、江戸の火の勢いが弱まっていった。
セララは火事の鎮火を見届け、コールレインの魔法を解除して地上へ向けて急降下する。怪我人がいれば回復魔法で治療するためだ。
地上へ向かって降りる時間の間にコールレインの魔法を使った感触を振り返った。
「神通力を得てから天候操作の規模も効果時間も範囲も格段に上がってる。今までの数倍の規模で雨を降らせたり、逆に晴れにすることができそう。台風の進路だって変えられるかも」
おそらくは神通力が天候操作の魔法に影響しているのだろう。
強化されたこの力があれば雨を降らせて火災を防ぐだけでなく、大雨を晴れにして洪水も防ぐことができそうだ。
セララは今後の災害対策の案を練りながら地上へと降りて行った。
地上に降り立ち怪我人の治療を終えた後、セララは江戸城に戻った。
江戸城に戻ると丹羽が息を切らしながら出迎えに現れた。額に汗を浮かべ、肩を上下させている。
「セララ様……ご無事で何よりでございます」
「丹羽さん、そんなに急いで来なくても良かったのに。すごい汗だよ」
「お恥ずかしい限りです。以前であれば、これしきの道のりで息が上がることなど無かったのですが……」
丹羽は苦笑いを浮かべながら息を整えた。
「歳のせいか、近頃はこの程度の事にも、すぐには体がついてこなくなってまいりました」
「そんな、丹羽さんはいつも元気じゃない」
「気持ちは若い頃のままなのですが。体の方が正直でございます」
丹羽は浮かない顔をしてそう言ったが、すぐに何事もなかったかのように笑みを浮かべた。セララは丹羽の言葉が少しだけ心に引っかかったが、その日はそれ以上深く尋ねることはなかった。
数日後、丹羽から二人きりで話したいと言われ、セララは丹羽と執務室で会っていた。
丹羽は少し間を置いてから言いにくそうに口を開いた。
「セララ様、実は申し上げたいことがございまして」
「どんなことでも遠慮せずに言ってね」
「私めもそろそろ年でございます。病の治療をしていただきましたが、頭も体も若い頃ほどは動かなくなっておりまして」
セララは丹羽の顔を見た。
「引退、するつもり?」
「はい。故郷に戻って静かに余生を送りたいと思っております。セララ様のお傍の仕事は息子の長重に任せようと思っております。私が長年培ったことは全て長重に伝えてあります」
セララはすぐには言葉が出なかった。
丹羽長秀。清州城で出会ってからずっと側にいた人だ。農業の知識を民衆に実践させ、フリントロック銃を作り、水神教団を立ち上げ、小学校や大学や図書館まで。他にもたくさん、セララが思いついたことを丹羽は全て形にしてくれた。
セララにとっては身近な友人であり、親友と言っても良かった。
「寂しくなるよ」
「私もでございます」
と丹羽は言った。その目が少し赤くなった。
「セララ様にお仕えできた事は私の誇りです。充実した素晴らしい日々でした」
「また会いに行くよ。丹羽さんが故郷に戻ったとしても」
「いつでも歓迎いたします。それと、どうか長重をよろしくお願いいたします」
「任せて」
丹羽が部屋を出ていく後ろ姿を見送りながら、セララは胸の中に寂しさが広がるのを感じた。
その夜、窓の外の江戸の夜景を見ながら、セララは考えた。
自分は一五五七年に尾張に降りてきた。あれから三十七年が経った。
スカイエルフの寿命は二千年だ。さらに神に至った今では不老になっている。しかし周りの人間は違う。
丹羽は五十九歳で引退した。信長は六十歳になった。秀吉も家康も年を取った。
いつか信長もいなくなってしまう。その日は必ず来る。
どれほど親しくなっても、どれほど共に過ごしても、人間の寿命は短い。自分だけがゆっくりと時間を過ごしていく。
神通力で病気を治せるようになったが、寿命は別の話だ。老いとは病気ではない。時間の流れを神通力で止めることはできない。人間はそういうものだ。仕方のないことだと分かっているが、寂しいものは寂しかった。
翌日、信長に会いに行った。
信長は執務の書状を読んでいた。顔に皺が刻まれていても手を動かす速さは変わらなかった。
「何だ、浮かない顔をしているな」
「信長さんはいつ引退するの?」
信長が顔を上げた。
「引退?」
「丹羽さんが引退するって言ったから、ボク、少し考えてて」
「儂は体が動く限り働き続ける。そういうものだ」
「でも、いつかは……」
「いつかの話はいつかすれば良い。今日できることは今日やる。それが儂の生き方だ」
と信長は言った。その声に柔らかいものがあった。
「うん、そうだよね」
「お前は何を心配している」
セララは少し間を置いてから言った。
「ボクは神だから不老だよ。でも、信長さんや秀吉さんや、親しくなった人たちは……ボクより先に」
信長は黙ってセララの言葉を待った。
「寂しいと思って」
信長は書状を脇に置き、セララの頭の上に手を置いて撫で繰り回した。
「わわ、信長さん、急に何をするの」
「後ろ向きになっているようだから元気づけてやっているのだ。セララよ、よく考えてみるのだ。お前がこれから出会う人間の数を」
「どういうこと?」
「お前が不老の存在なら、これからもっと多くの人間と出会う。儂や丹羽と別れることは悲しいかもしれない。しかしその後にまた誰かと出会い、共に動き、また別れる。それを繰り返していく」
信長はセララの頭を撫でる手を止めずに続けた。
「別れが寂しいのは分かるが、同じだけ出会いの喜びがあるだろう。それを楽しむのだ」
セララは撫でられながら信長を見上げた。
「信長さんって、たまに良いこと言うよね」
「たまにとは何だ」
「いつも言う、に訂正するよ」
信長が笑った。
丹羽長重が翌週から部屋に挨拶に来ることになっていた。父親と同じ誠実さを持つ青年だと聞いている。また新しい関係が始まる。
信長の言う通り、別れがあれば新しい出会いが待っている。