尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
1595年(文禄4年)。
江戸城の執務室で信長とセララは外国との貿易について話し合いをしていた。
「南蛮貿易では金と銀の要求が多いんだよね。以前から金と銀は取引の量を制限してるけど、それでも日の本からの流出が多い。思い切ってかなり厳しい制限をかけた方が良いかもしれない」
セララの言葉に信長が頷く。
「金と銀については儂も同意見だ。それに加えて、技術についての制限をかけた方が良いのではないか?現状は大学の教科書のみ輸出制限をかけており、小学校の教科書は制限をかけておらん。だが、小学校の教科書とて他国が技術を吸収する手段として優れているのだ。これらの技術を元にして他国が強力な銃や兵器を開発しないとも限らん」
信長の言葉にセララは考え込んでしまう。
「うーん。信長さんの言葉はその通りだけど、全部禁止にはしたくないんだ。他国には農業の技術だけ公開して、その他の技術は全て非公開で輸出禁止にするのはどうかな。飢えだけは救ってあげたいんだ」
信長はセララの案に頷く。
「セララがそうしたいのであればそうしよう。キリスト教の熾天使としての立場も考えると、そのぐらいは公開して熾天使の恩恵とした方が良いかもしれぬ。他国への技術公開の制限はそれで良いとして、具体的にどのように金銀や技術の流出を防ぐかだ。何か良い案はあるか?」
「貿易する港を制限するのはどうかな。海外の船が入港して良いのは長崎、堺、江戸の三港だけに制限する。そこに外国人向けの居住区を作っておいて、日の本への滞在期間中はそこで暮らしてもらう。これであれば役人が外国人を見張りやすくなるよ。禁制品を持ち出す事も防げると思う。ただ、これはあくまで国内の話であって台湾やマニラ、ミンドロのような海外拠点はまた別の話になるね」
「うむ。セララの方針に儂も賛成だ。詳細を纏めて貿易港制限の布告を行う事としよう」
セララは相談しながら、これって史実の鎖国の条件の話し合いなのかもと思った。
史実の鎖国では貿易港は長崎だけに制限し、取引可能な国も制限していた。
一方、この話し合いでは貿易港は長崎、堺、江戸の三港となり、全ての国々と貿易する計画だ。鎖国というより、単なる貿易港の制限という政策になりそうだった。
史実の鎖国と異なる道を行くのは少し不安もあるが、既に今の日の本が本来の歴史をかなり外れている。鎖国をしなくても何とかなるだろうとセララは思う事にした。
「次は南蛮の国々の戦争への対応だ。イギリスとスペインの戦争はまだ続いており、どちらの国々からも日の本へ味方するように書状が届いておる」
「ボクの未来予知だと、英西戦争でスペインの無敵艦隊がイギリスに敗れるよ。だから戦争はイギリス優位になると思う。一方、スペインはマニラに拠点を持っているから実質的に日の本の隣国なんだ。これを踏まえてどちらの国に味方するかという判断になるけど……ボクとしては中立で戦争に関わらないのが一番だと思う」
「勝者が分かっている戦争に関わらないのか。上手く立ち回れば大きな利益が見込めそうだが……」
信長が顎に手を当てて考えながら言った。
「南蛮の国々の戦争は複雑怪奇なんだよ。あっちこっちで戦争が起きるし裏切りも当たり前。一度関わると抜け出せなくなるから、中立を貫いて関わらないのが良いと思う。狙うとしたら、戦争が終わった後に疲弊した国に援助したり、貧乏で困っている所にお金で植民地の買取りを打診したりって所かな」
「戦争で一番得をするのは争いに無関係な商人という事だな。そのように対応するとしよう」
こうして海外の国々に対しては中立を貫く方針が決定した。
海外との貿易港制限の布告を出してから数週間後、今度は慶次が帰還したという知らせが届いた。それから数日が経過すると江戸城の執務室に前田慶次がやってきた。
「水神様、信長様、マカッサルの航海からただいま戻りました」
五年ぶりに見る慶次は以前よりも老けて見えた。目尻に刻まれた皺が深くなっている。それでも背筋はまっすぐで、声には昔と変わらぬ張りがあった。
「お帰り、慶次さん。五年間、本当にお疲れ様」
セララがそう言うと、慶次は豪快に笑った。
「なに、あっという間でございました。マカッサルの話、聞いていただけますか」
「もちろんだよ。ぜひ聞かせて」
「マカッサルへの商館設置、無事に完了いたしました。ゴワ王国との交渉は難儀しましたが、貿易の利をもって説得を続けました。今では商館も軌道に乗り、香辛料の交易で日の本にも大きな利益をもたらしております」
慶次の報告は誇らしげだった。
「ポルトガルとの関係はどうだったの?」
「小競り合いはございましたが、大きな衝突には至っておりません。互いに商売敵ではありますが、ゴワ王国という同じ庇護のもとにいる限り、無闇に事を構える理由も無いでしょう」
「うまく共存の道を見つけたか。よくやった」
信長が慶次の報告に頷いた。
「マカッサル周辺にはイスラム教徒の商人も多いって聞いたけど、イスラム教とは衝突しなかった?イスラム教は一神教だから、もしかしたら水神のボクを良く思っていないかもって心配してたんだ」
セララが慶次に尋ねる。
「ポルトガル経由でイスラム教徒にも尾張水神伝が伝わっておりました。イスラム教における神はアッラーのみであり、水神様は神では認識されておりませんでした」
「それは覚悟してたよ。他の神様を認めない宗教だもんね」
「また、天使という存在もいるそうなのですが、そちらとも違うと判断されたようです。天使はアッラーに絶対服従で欲求も葛藤も無く、自分の意志で何かを選ぶことはない存在だとか。水神様のように自分で考えて行動するお方とは違う、との事でした」
「イスラム教だとボクは天使でも無いんだね。そうするとどんな存在と思われてるのかな」
「精霊、彼らの言葉で言う『ジン』という存在に近いと解釈されたようです。自分の意志を持ち、良い者も悪い者もいる存在だとか。日の本は精霊が治める国としてかなり珍しがられておりましたな」
慶次が笑いながら報告した。
「安心したよ。偽の神だから邪神だと思われてなくて良かった」
セララがほっとしながら言った。
「そこは水神様の行いが良かったのでしょう。善行を積んでおり、民を助けているため良い精霊だと思われたようです。逆に悪逆非道を働いていれば邪神扱いされたかもしれませんな」
慶次はその後もボルネオの入植とマカッサルの商館設置の報告を続けた。どちらも順調に進んでいるとの事だった。
報告が一通り終わると、セララは机の上に世界地図を広げた。
「琉球、台湾、マニラ、ミンドロ、ボルネオ、マカッサルまでの航路が繋がったことになるね」
「うむ。次はいよいよその先だな」
信長が地図の南側、まだ何も印のない海域を指でなぞった。
「ティモールとその先のオーストラリアだよ」
セララは地図上の小さな島を指差した。
「ティモールは白檀……香木の産地として知られてるんだ。既にポルトガルが一定の足がかりを持ってるみたいだけど、マカッサルと同じように共存の道を探れると思う」
「ポルトガルとはマカッサルで顔馴染みになった者もおりましょう。交渉は前回より楽になるやもしれませぬ」
慶次が言った。
「うん、その通りだと思う。それで……今回はティモールへの進出と同時に、いよいよオーストラリアへの到達も目指したいんだ」
セララの言葉に部屋の空気がわずかに引き締まった。
「マニラへの航海開始から数えて十三年。長かったけど、いよいよ最後の目的地に手が届くところまで来たんだよ」
信長が腕を組んだ。
「オーストラリアは未知の大陸だ。慎重に進めねばならぬ」
「先住民もいるはずだよ。だからこそ、これまでに積み重ねてきたやり方が役に立つ。開拓の手引書をさらに充実させてオーストラリアへの入植に備えよう」
「俺に任せてください。これまでの航海や入植で学んできたことを整理して記載します」
慶次が自信たっぷりに宣言して開拓の手引書を更新する事になった。
話し合いが一段落したところでセララは慶次に向き直った。
「慶次さん、今回もお願いしたいんだけど……正直に言うと、少し迷ってる」
「迷う、とは」
「五年間、マカッサルで頑張ってくれたばかりだし、慶次さんも……その、年齢のこともあるし」
セララは言葉を選びながら言った。慶次の年齢は五十を超えており、髪も白髪が多くなっている。
慶次は優しく微笑んだ。
「水神様は俺の心配をしてくださっているのですな」
「うん。丹羽さんが引退した時、色々考えたんだ。慶次さんにも無理はしてほしくないなって」
慶次はいつもより落ち着いた声で言った。
「正直に申し上げれば、若い頃のようには参りませぬ。船の揺れも、長旅の疲れも、以前より堪えるようになりました」
「……」
「ですが」
慶次は顔を上げた。目には以前と変わらぬ光があった。
「俺は日の本の知らぬ航路を切り拓くことに命を懸けてまいりました。オーストラリアへの到達は、いつの間にか俺の夢にもなっていました。ここで若い者に譲り、俺だけ安穏と江戸で余生を送るなど性に合いませぬ」
「慶次さん……」
「ただ、水神様のご心配ももっともなこと。ですので、此度は俺一人ではなく、次を担う者を連れてまいります」
「次を担う者?」
「はい。これまでの航海の間、俺の下で働いてきた若者がおります。南方の海に慣れており、俺の右腕として立派に育ちました。此度はその者に多くを任せ、俺は後ろから支えるつもりでおります」
セララは慶次の言葉を聞いて心配が少なくなり、ようやく安心した。
「分かった。慶次さんに任せるよ。でも、無理はしないでね」
「はっはっは。心得ております。これが俺にとって最後の大航海になるやもしれませぬ。もしかしたら、日の本へ帰らずにオーストラリアに定住する可能性もあります。だからこそ、悔いの無いようやり遂げてまいります」
慶次はそう言って深く頭を下げた。
それから数か月をかけて、ティモール、オーストラリアへの航海の準備が進められた。
伊勢で建造された新造のガレオン船が三隻、この遠征に充てられることになった。ティモールでの拠点設置に一隻、オーストラリアへ直接向かう本隊に二隻という配分だった。
南海武士の中からもこの五年で経験を積んだ者たちが選ばれた。ボルネオやマカッサルでの実績を持つ者、あるいは新たに志願してきた若い者たちが開拓の手引書を学びながら出発の日を待った。
出発の準備期間の間にセララは慶次を執務室に呼んだ。
「これ、渡しておきたいんだ」
セララは端末の記録を印刷した紙の束を差し出した。
「オーストラリアの大まかな地形と、気をつけてほしい気候のこと。それと、これまでの未来の記憶にある限りの、先住民の方々の暮らしについて分かってることを書いておいたよ。あくまで参考程度だけど」
慶次はその束を丁寧に受け取った。
「ありがたく頂戴いたします。これを胸に、必ず辿り着いて入植を成功させてまいります」
「うん。頼りにしてる」
出発の朝、港には多くの人が集まっていた。
三隻のガレオン船が並んで停泊し、南海武士や船員たちが列を作っていた。見送りに来た家族の姿もあれば誰にも見送られずに乗船を待つ者の姿もあった。
セララは港の端に立ち、一人一人を見送った。
慶次の番になった時、セララは少しの間、言葉を探した。
「もしかしたら今生の別れになるかもって思ったら、なんだか上手く言葉が出なくて……」
慶次は少し驚いた顔をしてから、穏やかに笑った。
「はっはっは!水神様は寂しがり屋ですな。もし俺が日の本に帰らない時は手紙を送る事を約束します。だから大丈夫ですよ」
慶次は豪快に笑った後に一礼した。
「行ってまいります。オーストラリアの地に水神様の御心を届けてまいります。それでは、またいつか!」
「うん。体に気をつけてね。またね」
慶次は踵を返し、甲板へと歩いていった。
その後ろ姿を見送りながら、セララは信長の言葉を思い出していた。
(別れが寂しいのは分かるが、同じだけ出会いの喜びがあるだろう。それを楽しむのだ)
慶次もまた、いつかセララより先にいなくなる。それは寂しいことだ。けれど、慶次が切り拓いたこの航路はこれから先も日の本と共に在り続け、新たな出会いがたくさん産まれるのだろう。
錨が上がり、船の帆が風を受けた。
船はゆっくりと港を離れ、南の海へと針路を取った。
セララは翼を広げ、空から船団を見送った。青い海の彼方、まだ誰も見たことのない大陸へ向けて船が進んで行った。
「行ってらっしゃい」
セララの声は風に乗って南へと流れていった。
前田慶次は1533年生まれと1543年生まれの説があるようで、この小説では1533年生まれを採用します。
この場合、1592年においては59歳です。
ティモールとオーストラリアの航路は下記となります。
ティモールは現代で言うクパンと言う都市、オーストラリアは現代で言うダーウィンという都市の位置に入植します。
【挿絵表示】
史実において、ヨーロッパ人(オランダ)によるオーストラリアの発見は1606年です。
イギリスによる領有の宣言は1770年で、イギリスによる入植は1788年です。
この物語では1592年にオーストラリアへ向けて出発しています。
ヨーロッパ人の発見より10年以上早く入植した事になりますね。
イギリスの入植よりも200年早く日本が入植するので、日本の領土とするのに問題ないでしょう。
オーストラリアは鉄鉱石や石炭を採掘可能なので夢が広がりますね。