尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
1597年(慶長2年)。
ある昼下がり、セララは江戸の通りを歩きながら考えていた。
幕府が安定し、戦がなく、農業も商業も順調だ。民の生活は以前と比べて格段に良くなっていた。しかし豊かな暮らしを実現するにはもう一つ大切なものがある。
それは娯楽だ。
働くだけでは人は疲れる。適度な娯楽があってこそ、明日も頑張ろうという気持ちになれるはずだ。
「江戸に何か新しい娯楽を増やしたいな。ゲームとかはどうだろう」
自室に戻ってからセララは端末を開いて考え始めた。
将棋や碁はすでにある。双六も知られている。小説や紙芝居は既にあるため別の種類の娯楽が良い。
トレーディングカードゲームはどうだろうか。
前世でたまに遊んだことがある。カードに絵と数値が書いてあって、互いに手札を使って戦う遊びだ。運と戦略が組み合わさっていて深みがある。何より繰り返し遊べる。
既にカルタが存在しているため、カードの製作はカルタを参考にすればできるはずだ。木活字の印刷技術があるし、水神文字だって普及している。絵と文字が入ったカードを印刷することは技術的に可能だと推測した。
「カードゲームのテーマは武将にしようかな。この時代の人々にとって親しみやすいし」
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。誰もが知っている名前がある。武将にそれぞれ攻撃と防御の数値を割り当てて対決させる。それなら説明しやすいし、自分の好きな武将を集める楽しみもある。
「けど、ただ数値の高いカードを出すだけじゃ面白くないよね。召喚コストの仕組みも作らないと」
召喚コストは領土にすることにした。領土札が少なければ強力な武将は出せない。最初は領土のかからない無名の足軽から始まって、領土が増えるにつれて有名な武将が使えるようになる。
「これで良し。後は各種カードを考えて行こう」
武将のカードは武将札。攻撃と防御の数値がある。
魔法カードは道具札。名馬、火縄銃、名刀といったものだ。武将を強化したり、敵の武将に直接ダメージを与えたりできる。
罠カードは戦術札。電光石火で先手を取ったり、釣り野伏で囮を使ったり、奇襲で相手の計画を崩したりする。
手札はそのまま手札。デッキは山札。ライフは生命。用語もできるだけ分かりやすい言葉にした。
カードゲームの名前は戦国札遊戯だ。
セララは翌日から本格的な制作に入った。
まずはルールを紙に書き出した。勝利条件、ターンの流れ、各カードの効果の範囲。一人で試しに回してみると、いくつかの問題が見えてきた。領土の出るペースが速すぎると強い武将がすぐに出てきて戦略の幅が狭まる。道具札が強すぎると武将札の意味が薄れる。
調整を繰り返して札のバランスが固まってきたところで絵師を呼んだ。
「各武将の肖像と、道具や戦術の絵を描いてほしい」
絵師たちが興味深そうに話を聞いて作業に入った。武将の絵は特に気合が入っていた。信長の絵は威厳があって、秀吉の絵は愛嬌がある。足軽の絵は量産型でシンプルにした。
木活字の印刷職人たちと相談して札の印刷方法を決めた。絵の部分は絵師が版を作り、文字と数値の部分は木活字で印刷する。二段階の印刷になるが、これによって文字部分を後から修正する場合に楽になる。
札はただの和紙では薄すぎるため、薄い和紙を何枚も貼り重ね、最後に裏側を一枚の和紙で包み込むようにして仕上げた。これにより繰り返し手に取っても端から剥がれにくい札に仕上がった。これはカルタの札を作るのと同じやり方であり、カルタ職人に頼めば製作可能だった。
試作カードができてからはさらに調整だ。強すぎる札、弱すぎる札、効果が分かりにくい札。一枚一枚を見直して修正する時期が続いた。
戦国札遊戯はまず第一弾を製作する事にした。第一弾ではまだ札の種類が少ないが、第二弾、第三弾と後から札の種類を増やしていく予定だ。
二ヶ月かかって戦国札遊戯がようやく完成した。
最初に披露する相手は決まっていた。もちろん信長だ。信長の部屋にセララは札の束を持って行った。
「信長さん、新しい遊びを作ったよ」
「ふむ。どんな遊びだ」
と信長は顔を上げた。
「戦国札遊戯という名前だよ。絵と文字が印刷された札を使って戦う遊びなんだ。まずは仕組みを説明するね」
信長はセララの説明を黙って聞いた。時々手元の札を手に取り、表を見ながら聞いた。
「なるほど。武将を領土札を使って呼び出して、道具札や戦術札を使いながら相手の生命を削るのか」
「そう。強い武将ほど領土札を多く使うから、序盤は足軽で様子を見ながら領土を増やしていくんだ」
「やってみよう」
二人でそれぞれ札の束を持って向き合った。
最初のターン。信長がカードを引いて手札を確認した。慣れない手つきで、しかし真剣な目で考えている。
「では始めるか。まず領土を一枚設置。その領土を使って無名の足軽を呼び出すぞ」
「いいね、信長さん。じゃあボクも領土を一枚設置。その領土を使って道具札を発動!火縄銃を使って足軽を撃破するよ」
信長の手が止まった。
「何!それは卑怯だぞ、セララ!」
「ふふふ。これが戦術だよ。道具札と戦術札を上手く使っていこうね」
「ぬ……」
信長は次の札を引いた。手札を見て、しばらく考えてから言った。
「儂の手番だ。領土を一枚設置。領土二枚を使用し、道具札の物資購入を使うぞ。山札から手札を二枚引く」
「手札増強の札だね。流石は信長さん、初心者なのにもう道具札を使いこなしてる」
「遊戯の製作者だからといって油断しておると、儂があっさり勝ってしまうかもしれんぞ」
と信長は口元を動かした。
「むむむ、負けないよ!」
対戦は白熱した。
信長は初心者とは思えない速さでルールを把握して、戦略を組み立て始めた。手札の管理、領土の出すタイミング、道具札の使いどころ。実際の戦で長年鍛えてきた思考が遊戯にも現れていた。
最初は初心者相手だと思って手加減していたセララだったが信長の上達速度が凄まじく、次第に余裕が無くなっていった。数回試合すると手加減を捨てて本気で戦うようになっていた。
戦術札の奇襲で信長の大将を討ち取り、信長が戦術札の電光石火でセララの主力武将を先制する。道具札の名刀で攻撃を強化し、罠の釣り野伏で相手の動きを誘導する。
何度も試合を繰り返し、二時間ほど遊んで最終的には僅差でセララの方が勝ち星が多かった。
「くっ……惜しかった」
と信長は言った。しかし悔しそうというよりも楽しそうだった。
「もう一局やるぞ」
「うーん。今日はここまでにしない?明日以降でもできるから」
「……仕方ない。しかしこれは面白い遊びだ。城の者たちに広めて良いか」
「もちろん。そのために作ったんだから」
セララはルールブックと構築済みのデッキを複数信長に渡した。城の物に広めるようだ。
その後の展開は早かった。
信長が城の武将たちに話すとすぐに興味を持つ者が現れ、実際に遊び始めるとあっという間に広まった。武将たちが自分の好きな武将札を集め始め、強いデッキを作ろうと研究する者が出てきた。
城下に出回ると、町人や商人の間でも流行した。
「水神様が作られた新たな遊びだそうだ。好きな札を集めて戦うらしい」
という話が広まり、戦国札遊戯への関心がさらに高まった。
印刷の数を増やして対応したが、それでも需要が追いつかなかった。
武将札の中で特に人気が高いものには高値がついた。信長の札は特に人気で入手困難なほどの値がついた。
そして水神の札が作られたとき、値段はとんでもないことになった。
水神の札には特別な能力がついていた。攻撃と防御の数値が他の武将よりも高く、神通力という特殊効果で相手の戦術を無効化できる。場に出すために必要な領土コストは非常に高いが、もし出せたなら勝利間違いなしという札だった。
その札が一枚売れたという話がセララの耳に入ったとき、値段を聞いて目が丸くなった。
「そんな値段になったの?」
「水神様の札ですから」
と長重は穏やかに言った。
「でも遊戯の札だよ?」
「水神様に関わるものは何でも特別なのです」
その言い方が父親の丹羽にそっくりでセララは思わず笑ってしまった。
水神の札があまりに高騰しているため、セララは性能が同じだが絵のみ異なる二種類の水神の札を出す事にした。一つは描きこみが多い豪華な絵の希少な札、もう一つはシンプルな絵だがレア度が低く入手しやすい札だ。この対応により、民は手頃な価格で水神の札を入手することが出来るようになった。
戦国札遊戯が各地に広まり、人々の間で娯楽として広まった。子供たちが夢中になって遊んでいるという話が各地から届いた。難しい戦術を考えることで、算数や戦略的思考を自然と学んでいるという報告も来た。
信長はその後も定期的にセララを対戦相手に誘った。
勝率はセララの勝ちが三割、信長の勝ちが七割といった所だった。信長の戦術は非常に巧みであり、戦国札遊戯の達人になっていた。
「うーん、また負けちゃった」
セララは強力な武将の召喚を優先する傾向があり、その武将を召喚した所を信長の戦術札に翻弄されて敗北してしまった。
「遊戯であっても負けてはいられぬ。次もまた頼むぞ」
勝利した信長は満足し、札を丁寧に束に戻した。
「うん。でも次こそはボクが勝つからね」
その後も信長とセララは定期的に戦国札遊戯で勝負したり、一緒に新しく発売する札の内容を考えて楽しく過ごした。