SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に来ちゃいました。 魔法と知識で日本を発展させます。 作:Lavian
1557年(弘治3年)の冬、清洲城。
清洲城の広間は朝から人の気配が満ちていた。
石高の報告、近隣の動向、街道の修繕、兵の訓練の進捗。配下の者たちが順番に前に出て、それぞれの担当する事柄を述べていく。上座に座る織田信長はそれを聞きながら、時に短く問い返し、時に即座に裁断を下した。
信長は今年二十四歳だった。
細身だが背が高く、広間に座っていても存在感がある。目が鋭く、話を聞くときの静けさと、裁断を下すときの速さが同居している。配下の者たちはその目を正面から見ることを避けながら、しかし言葉だけはしっかりと届けようとしていた。
一通りの報告が済みかけた頃、少し離れた位置に座っていた男が前に出た。
「申し上げます」
「申せ」
「は。少々、奇妙な話でございまして」
信長の目がわずかに動いた。
「奇妙とは?」
「近隣の村々から、水神様という存在の話が複数届いております」
広間がわずかに静まった。信長の表情は変わらなかった。
「水神様、とは何だ」
「本物の神様ではないかと、村人たちが申しておりまして。雨を降らせたとか、枯れた井戸の代わりに新しい井戸を掘ったとか。怪我人が治ったという話も来ております」
信長はそれを聞いて鼻で笑った。
「神などいるわけがないだろう」
はっきりと言い切った。配下の何人かが同調するように頷いた。
しかしその男は続けた。
「実は、目撃情報もございまして」
「目撃情報だと?」
「はい。ある町で、翼を持ち空を飛ぶ存在の目撃情報が多数寄せられております。その者が氷を空中から出したのを見たという証言も、複数の者から一致して得られております。また先ほど申し上げた通り、複数の村で雨を降らせたり、怪我を治したりという話は、いずれも村人たちが実際に体験した事として報告されております」
信長はその言葉を聞きながら、腕を組んだ。
「それぞれの目撃者の話は一致しているか」
「はい。容姿についても、複数の者から同様の特徴が報告されております。また、尾張の端の村に住んでいるとの情報があります」
信長はしばらく黙った。
神がいるとは思わない。それは変わらない。しかし何かがいることは、目撃情報が一致している時点で否定できない。何かを神と見間違えている可能性が高いが、その何かが何であるかは確かめなければ分からない。
「では確かめさせよう」
信長は言った。
「水神様の住む村とやらに人をやって、確かめさせろ。ただし、水神様を怒らせるような者は選ぶな。村で暮らしているなら低い身分の者の方が警戒されにくかろう。それと、口の達者な奴を選べ」
「はっ」
「もし本物であったなら、清洲城に招くのだ」
信長は言い切ってから、次の話題に移るように手を振った。広間の空気がまた動き始めた。
しかし信長の頭の片隅には、その話が残っていた。
翼を持ち、空を飛び、氷を出す。雨を降らせ、怪我を治す。
化け物か、あるいは人ではない何か。万が一、そういうものが尾張にいるなら知らないままでいるわけにはいかない。
広間の報告が続く中、信長はそれ以上その話について口にしなかった。
木下藤吉郎がその命を受けたのは、その日の夕方だった。
使いの者から呼ばれて出向くと、要件を聞いて藤吉郎は目を丸くした。
「水神様に会って、本物かどうか確かめてこい、と……?」
「左様」と使いの者は言った。「殿のご命令だ。身分の低く、口の達者な者ということで、そなたに白羽の矢が立った」
藤吉郎はしばらく黙って考えた。
正直に言えば、無茶苦茶な話だと思った。神様かもしれない存在に会いに行って、本物かどうか確かめろとは、どうやって確かめるというのか。本物だったらどうする、偽物だったらどうする、そもそも神様に失礼なことをして怒らせたらどうなる。考え始めるときりがなかった。
しかし。
藤吉郎はもう一度、その命の意味と重さを考えた。
殿が直々に選んだ任務だ。成功すれば、殿に直接報告できる。それは手柄になる。低い身分から這い上がろうとしている自分にとって、こういう機会がどれほど貴重かは分かっている。
無茶苦茶な話だからこそ、やり遂げれば評価される。
「承知いたしました」と藤吉郎は言った。「必ずや確かめて参ります」
翌朝、藤吉郎は旅の支度をして清洲を出た。
道中は一人だった。低い身分の者として警戒されないようにという話だったので、供も連れていない。風呂敷包みに必要なものをまとめて背負い、草鞋の紐を締め直してから歩き始めた。
天気は良かった。街道を歩きながら、藤吉郎は考え続けた。
水神様とは何者なのか。
本物の神様というのは、正直なところ信じにくい。しかし信じにくいからといって否定するのは早計だ。自分はまだ見ていない。見ていないものを否定する根拠がない。
まずは情報を集めようと思った。
街道を進むにつれて、いくつかの村を通りかかった。藤吉郎は立ち寄るたびに、水神様の話を村人に尋ねてみた。
最初の村では、老人が答えた。
「水神様かい。ああ、実際にいらっしゃるよ。この目で見たことがある」
藤吉郎は驚いた。
「見たことがあるので?」
「ある。翼があってね、頭の上に金色に輝く輪が浮かんでいる。金の髪に赤い目をした、幼い女の子だよ。見た目はまだ子供だが、雨を降らせてくれた。あれは本物だ」
次の村でも同じことを聞いた。
「水神様なら知っとるよ。隣の村まで来てくださったことがある。翼があって、頭に光る輪がある。金髪で赤い目の、小さい女の子だ」
「対価なしで雨を降らせてくれると聞きましたが」
「そうだよ。何も取らずに雨を降らせてくれた。怪我人も治してくれたと聞いた。優しい心の持ち主だよ」
もう一つ先の村でも、同じ話が出てきた。容姿の特徴が揃っていた。翼。金色に輝く輪。金髪。赤い目。小柄な女の子。
証言が一致している。
藤吉郎は歩きながら、その事実を整理していた。複数の村で、互いに面識のない村人たちが、同じ特徴を述べている。作り話なら、これほど細部が揃うはずがない。
しかも皆が口を揃えて言う。優しい、怒らない、困っている者を助けてくれる。対価を取らない。
話を聞く限りでは善良であり、怖い存在ではないらしい。少し気持ちが楽になった。
歩きながら、藤吉郎は水神様と会ったときの会話を想像し始めた。
まず何と挨拶するか。神様に対してどんな言葉が適切か。失礼のないように、しかし信長から任された目的を果たせるように。本物かどうかを確かめるとはいえ、目の前で「本物ですか」と聞くわけにもいかない。話しながら、自然と判断するしかないだろう。
もし本物だったとして、清洲城に来ていただけるようお願いするのが次の仕事だ。神様に、清洲城まで来てください、などという話が通じるのだろうか。
通じるかどうかは分からないが、通じるように話すのが自分の役目だ。
口の達者な者を選べ、と殿は言ったらしい。それが自分だというなら、口で何とかするしかない。
藤吉郎は足を速めた。水神様と会うのが恐ろしく無くなっていった。むしろ、楽しみであった。