尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
1603年(慶長8年)。
江戸城の執務室に一通の手紙が届いた。差出人の名を見てセララは思わず声を上げた。
「慶次さんからだ!」
八年前にオーストラリアへ向けて出発した前田慶次からの手紙だった。セララは逸る気持ちを抑えながら封を切った。
手紙には、オーストラリアへの到着と入植の成功が記されていた。町と港を築き上げ、これから江戸と同じくらい大きな規模にしていきたいという意気込みも綴られている。そして最後には、もう日の本には戻らず、オーストラリアの地に骨を埋めるつもりだという一文があった。
「そっか……慶次さん、あっちで骨を埋める覚悟なんだね」
セララは手紙を胸元に抱き寄せた。もう会えないかもしれない寂しさが胸に広がる。しかし手紙の文面は最後まで明るく、時に大げさなほど面白おかしく綴られていて、慶次が元気にやっている様子が伝わってきた。
『見慣れぬ獣が野営地の近くをぴょんぴょんと跳ね回っておりました。二本足で立ち、尻尾で体を支えて悠然と草を食む姿がなんとも滑稽でした。手懐けようと芋を差し出してみましたが、警戒されるばかりで一向に近づいて来ませぬ。しまいには俺の方が根負けして芋だけ置いて退散する始末でした』
『幾日か通って少しずつ間合いを詰めてみましたが、結局最後まで懐いてはくれませんでした。あの澄ました顔を思い出すと今でも悔しゅうてなりませぬ』
どうやら慶次はカンガルーを餌付けしようとして失敗したらしい。その場面を想像するとセララはくすくすと笑ってしまった。
また、手紙にはもう一つ荷物が同封されていた。慶次の航海日誌の写本だ。
「この日誌を元に、面白い物語を作ってほしい……人々の興味を引いて、船乗りやオーストラリアへの移住希望者を増やしてほしい、か」
内容を誇張しても構わないから派手にしてほしい、とも文面に書かれていた。面白い事が好きな慶次らしい頼みごとだった。
「慶次さんの頼みだからね。話を盛りに盛って、すっごく面白い小説を書いてみせるよ!」
セララは手紙を机に置いて拳を握った。鬼滅の刃に龍珠物語とこれまで二つの小説を書き上げてきた経験がある。慶次の物語も自分の手で書き上げようと決めた。
江戸城での政務は多くの仕事を配下に任せており、重要な事案に絞ってセララが方針を決定する体制がすでに整っていた。そのため、執筆にあてる時間は十分に確保できた。
セララは航海日誌を何度も読み込みながら小説の構想を練った。
琉球、台湾、マニラ、ミンドロ、ボルネオ、マカッサル、ティモール、そしてオーストラリア。慶次が半生を懸けて切り拓いてきた航路そのものが、すでに一つの壮大な物語だった。
だが、事実の記録だけでは物足りない。ここから先はセララの腕の見せ所だ。
「港で海賊と一緒に酒を飲んだ話は……よし、そのまま海賊団を撃退した大立ち回りにしよう」
航海中の先々で人々を苦しめていた海賊団の船に接舷し、慶次がたった一人で敵船に乗り込んで蹴散らす、という筋書きに書き換えた。
「ボルネオでは現地の言い伝えを聞いたって書いてあるけど……これは古代遺跡を発見して、先住民と一緒に探索したことにしちゃおう」
現地の人々と交わした何気ない会話は、壮大な冒険譚へと膨らんでいった。
「新大陸のオーストラリアを発見……ここは一番の見せ場だね」
何日も続く大嵐、絶望の淵でもう駄目かと思ったその瞬間に新大陸が見えてくる。セララは筆を止め、その劇的な場面を思い描いて一人で頷いた。
「オーストラリアに着いたら……カンガルーと殴り合って勝利、それから仲間になったカンガルーに乗って大陸中を駆け回る、なんてどうかな」
オーストラリア大陸だけに住む珍獣、カンガルーの群れの長との決闘。セララは筆を走らせながら一人で吹き出した。
「慶次さんならきっと笑って許してくれるよね。むしろ、面白がってくれるに違いないよ」
数か月をかけて執筆は続いた。日誌に記された小さな出来事の一つ一つを、セララは大胆に脚色し、時には全く新しい冒険を付け加えていった。夜遅くまで机に向かい、筆を止めては構成を練り直し、書いては読み返す。そうして慶次の活躍を盛りに盛った物語がついに完成した。
題名は『前田慶次航海物語』。裏表紙とあとがきには前田慶次の航海日誌を元にした創作であり、誇張した作り話であるとも明記した。
この物語はフィクションです、というヤツだ。前世の決まり文句であり、これさえ言っておけば荒唐無稽でも問題ない魔法の言葉だった。
完成した物語が販売開始されると、瞬く間に評判となった。
勇猛果敢で豪快な主人公、前田慶次。荒波を越え、海賊を退け、未知の大陸を切り拓いていく姿に、民は夢中になった。子供たちは慶次の名を口にしながら棒切れを振り回して遊び、若者の中には前田慶次に憧れて船乗りを目指す者や、オーストラリアへの移住を希望する者まで現れた。
江戸の書物問屋には連日、次の刷り増しを求める客が列を作った。
そんな評判を聞きつけ、航海日誌と『前田慶次航海物語』を読み比べた信長がセララの元を訪れた。
「セララよ。この航海日誌からどうしてあのような物語が出来上がるのか、儂には不思議でならん」
信長は手にした二冊の書物を見比べながら言った。
「カンガルーとの決闘など、慶次の航海日誌には餌付けに失敗して逃げられたとしか書かれておらんぞ。お前のことは嘘のつけない正直者だと思っていたが、小説に関しては稀代の大法螺吹きかもしれんな」
「そこは大法螺吹きじゃなく、小説家としての才能って言ってほしいな」
セララは笑いながら言った。
「事実に基づいた記録は歴史書で十分だよ。物語は夢と希望に溢れていた方が読む人を楽しませられるんだ」
信長は納得したように頷いた。
「そういうものか。……よし、儂も小説を書いてみるとしよう。セララよ、面白い小説の書き方とやらを儂に伝授するのだ」
セララは思いがけない申し出に目を丸くした後、すぐに笑顔になった。
「もちろん良いよ。信長さんの小説も楽しい作品にしようね」
こうして信長はセララの助けを借り、自身の人生を題材にした小説の執筆を始めることになった。
執筆は二人並んで机を囲む形で進められた。
「ここは桶狭間の場面だが、儂は本当に少数の兵で今川の大軍を打ち破ったのだぞ。多少の脚色など不要ではないか」
「駄目駄目、信長さん。史実のままだと小説としては地味なんだよ。もっと派手にしないと」
「セララよ、流石にこれは誇張しすぎではないか?」
「いやいや、もっと盛らないと。読者はすごい信長さんが見たいんだから」
そんな会話を繰り返しながら二人は笑い合って筆を進めた。その結果、『前田慶次航海物語』に負けず劣らずのとんでもない小説が出来上がっていった。
尾張でセララと出会う場面までは史実の通りに描かれた。しかしそこから先、信長はセララの特訓を受けて呼吸の力に覚醒する。水の呼吸を操り、水神刀を手にした信長が桶狭間の戦場を駆け抜け、一騎当千の活躍を見せるという筋書きだった。
呼吸の力を得た信長は風よりも早く走り、刀を一振りすれば雑兵を十人以上薙ぎ払う。次から次へと敵を倒す信長に恐れを成したのか今川軍は切り札である『赤鬼』を水神相手ではなく信長相手に投入した。
全長三メートルの巨体、筋骨隆々の赤い肌、金棒を持つ大男だ。返り血でその全身は真っ赤に染まっている。
信長は赤鬼と対峙し、この強敵をセララの元へ行かせてはならないと感じた。
故に信長は赤鬼に対して挑発するように笑って宣言した。
「鬼程度が儂に敵うものか。儂の名は第六天魔王信長である!鬼など魔王の足元にも及ばないと知れ!」
こうして信長は桶狭間の戦場で赤鬼と死闘を繰り広げる。
……当然ながら、現実の桶狭間でこんな事は起きていない。水神刀の製作や魔王と名乗った時期も無茶苦茶だ。しかし、裏表紙とあとがきに『これは作り話である』と書いておけば問題ないとセララは自信満々に信長に語った。
そして信長自身も完成した物語を読めば手に汗握る展開に熱中してしまい、これが面白い小説の書き方なのだなと納得するしか無かった。
題名は『魔王信長物語』。
出来上がった桶狭間戦までの第一章が販売開始されると、これもまた瞬く間に評判となり、江戸の民の間で大人気の作品となったのだった。