尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~   作:Lavian

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第八十話 蓄音機

 1606年(慶長11年)。

 

 この三年間で魔王信長物語を江戸幕府編まで執筆完了した。信長も小説のコツをかなり掴んだようでセララの補助が無くても十分に面白い内容を書けるようになっていた。

 

 信長への手助けが必要なくなった結果、暇になる時間が出来たのでセララは江戸城の自室でペンダント型携帯端末のデータベースを眺めていた。

 

 今の時代で再現できる技術を探していたのだ。そうしてデータベースを見ているうちに蓄音機という単語に目が留まった。

 

「そういえば音を残す機械があったよね。蓄音機とかレコードとか」

 

 前世のうっすらとした記憶で覚えていた。詳しい仕組みまでは覚えていないが、円盤や筒のようなものが回転してそこから音が流れてくる。そんなイメージだけが残っていた。

 

「これ、作れないかな」

 

 セララは端末を使って詳しい仕組みを調べた。振動を刻んで記録し、同じ振動を再現することで音を再生するらしい。

 

 問題はこれを実現する機構だった。

 

「課題は三つ。音を捉えるための振動板。音を記録する媒体。一定の速さで回転させ続ける仕組み、だね」

 

 一定の速さで回転させ続ける仕組みについて、セララはこの時代にある技術としてぜんまい式を思い浮かべた。

 

「そういえば、南蛮から輸入した時計とオルゴールがあったよね。あれはぜんまいで動いていたはず」

 

 南蛮から輸入した時計とオルゴールはぜんまいの力で歯車を動かし、一定の速さで時を刻む仕掛けだった。あの機構はきっと使えるはずだ。

 

「オルゴール職人さんに相談してみよう」

 

 

 セララは京の南蛮渡来のオルゴールを扱う職人を呼び寄せた。もとは木工職人だったが南蛮から輸入されたオルゴールの音色に魅せられ、独学でぜんまい機構を学んだ変わり者だった。普段はオルゴールの修理や製作を手がけている職人だ。

 

「水神様、俺をお呼びとのことで」

 

「うん。ぜんまいの力を借りたいんだ。歯車を使って、一定の速さで円盤か筒を回し続ける仕組みを作ってほしい」

 

「なるほど、オルゴールの仕組みと同じですな」

 

「オルゴールより強い力で一定の速さを保ってほしいんだ」

 

「ぜんまいをより強い力で使うとなると、大掛かりな作りになりますな。ひとまずやってみましょう」

 

 オルゴール職人はぜんまいを大きくし、歯車の組み合わせを調整しながら試作を重ねた。

 

 最初の試作は回転にムラがあった。ぜんまいの力が強いうちは速く回り、弱まると遅くなる。

 

「うーん。一定の速度にならないね」

 

「試作品にはまだガバナーを組み込んでいませんので。ガバナーとは高速で回る小さな羽根が空気の抵抗と遠心力を受けることで、ぜんまいの力を少しずつ均等に逃がす仕組みです」

 

 セララのつぶやきにオルゴール職人が返事をした。

 

「なるほど。羽根が受ける空気の抵抗を使えば良いんだ」

 

 オルゴール職人はその調速機構を組み込み、回転を伝える歯車の先に取り付けた。何度も羽根の大きさや歯車の歯数を変えながら試作を繰り返した。

 

 数週間後、ようやく安定した回転を保てる機構が完成した。

 

「これならしばらくの間は速さが変わりませんな」

 

「ありがとう!これで一定の速度で回転する機構ができたから次に進めるよ」

 

 

 

 

 次の課題は音を捉える部分だった。

 

 セララは鍛冶職人と陶器職人を呼び、振動板の材料について相談した。

 

「薄い板が必要なんだ。ほんの少しの衝撃でもよく振動して、丈夫なものって無いかな」

 

「雲母はいかがでしょう。薄く剥がせて、それなりの強さもございます」

 

 陶器職人の提案で雲母を試したが、音を拾う感度が今ひとつだった。

 

「もっと薄く、もっとよく振動するものが必要だね」

 

 次に試したのは極薄のガラス板だった。感度は良かったが、すぐに割れてしまう。

 

「感度は良いけどこれじゃすぐ壊れちゃう。うーん、振動と耐久性の両立は中々難しいね」

 

 それからも色々な素材を試し、最終的にたどり着いたのは薄く打ち延ばした真鍮の板だった。

 

「真鍮なら薄く延ばしても粘りがあって割れにくいですな」

 

「うん、これでいこう」

 

 振動板は真鍮の板で決定した。

 

 声を吹き込む部分は真鍮でラッパの口のような形を作り集音部と名付けた。ここに声を吹きこめば音波が一点に集まり、内部の真鍮の板に振動が伝わる。板の中心には細い針を取り付け、板から針へ振動が伝わる仕組みを作った。

 

 

 

 最後の課題は記録する媒体だった。

 

 まず試したのは錫箔だった。金箔を作る技術があるため、錫の金属箔を作るのは問題なかった。

 

 円筒に錫箔を巻きつけ、そこに針で溝を刻みながら回転させる装置を試験的に作った。声を吹き込むと振動板が震え、針がその振動を溝の深さとして刻んでいく仕組みだ。

 

「装置が完成したね。動かしてみよう」

 

 セララが試しに声を吹き込み、針を最初の位置に戻して再生してみた。

 

 小さく、くぐもった声が確かに聞こえた。

 

「声が聞こえた……!」

 

 職人たちが顔を見合わせた。

 

「小さくなっていましたが、やまびこのように声が戻ってきましたな」

 

 しかし、喜びも束の間だった。

 

「もう一回聞かせて」

 

 二度目に再生すると音がかなり潰れていた。三度目にはほとんど聞き取れなくなってしまった。

 

「錫箔だと柔らかすぎて、針でなぞるたびに溝が潰れちゃうんだね」

 

 セララが音が聞こえなくなった原因を推測した。

 

「もっと硬く、それでいて針が食い込む程度には柔らかいものが要りますな。様々な種類の金属箔を試してみるのはいかがでしょう」

 

 装置から取り外した錫箔を観察しながら職人が言った。

 

 それから数週間、様々な金属箔や素材を使って何十回も試験が行われた。

 

 その試験の中でセララはあるものを思いついた。

 

「金属箔じゃなく、蜜蝋を使ってみよう」

 

 円筒の表面に蜜蝋を薄く塗り固め、そこに針で溝を刻む方式に切り替えたのだ。

 

 しかし、これもそのままでは上手くいかなかった。

 

「蜜蝋でも柔らかすぎて溝がすぐ潰れてしまいますな」

 

 蜜蝋は金属箔よりはましだったものの、まだ耐久性が足りなかった。

 

「じゃあ、蜜蝋に何か硬いものを混ぜて調整してみよう」

 

 セララは木蝋を候補に挙げた。和蝋燭の材料として使われている、蜜蝋よりも硬い植物性の蝋だ。

 

 蜜蝋と木蝋を様々な割合で混ぜ合わせ、それぞれの硬さで試作を重ねた。柔らかすぎると溝が潰れ、硬すぎると針が上手く溝を刻めない。ちょうど良い硬さを探る作業が続いた。

 

「この配合が一番良さそうだね」

 

 数日の試行錯誤の末、蜜蝋に木蝋を程よく混ぜた配合が針の食い込みやすさと耐久性を両立できることが分かった。

 

 結果は良好だった。

 

「今度はどうかな」

 

 声を吹き込み、再生する。何度か繰り返しても、音の劣化は錫箔よりずっと緩やかだった。

 

「これなら何度も聞けそうだね」

 

 試作を重ねるうちに、蜜蝋と木蝋の配合や円筒の回転速度も調整され、聞き取りやすい音質に近づいていった。この蜜蝋の円筒は蝋管と命名された。

 

「良し。これで蓄音機の完成だよ」

 

 セララは完成した装置を見つめた。ラッパ型の集音部に木製の箱(内部に振動板と針がある)と蝋管が組み合わさっている。背部にはぜんまいがあり、これを巻けば蝋管が回転する仕組みだ。録音を終えたら針を蝋管の最初の位置まで戻し、再びぜんまいを巻いて同じ速さで回転させることで針が溝をなぞって振動板へと伝わり、声が再生される。試作品であり洗練された形とは言えなかったが、確かに音を記録して再生することができた。

 

 

 

 

 蓄音機が完成したため、誰の声を最初に録音するかを選ぶことになった。セララは最初から誰の声を録音するか決めており、執務室に向かって信長に声の録音をお願いした。

 

「声を記録してやまびこみたいに再生できる、蓄音機っていう装置が完成したから信長さんの声を残しておきたいんだ」

 

「ほう。声を記録する装置か。それは面白そうだな」

 

 信長が書類を書く手を止め、セララが持って来た蓄音機を興味深そうに観察する。

 

「これはどのように使うのだ?」

 

「まずはぜんまいを回して、それからこの大きく広がってる口に声を吹き込むんだ」

 

 セララは装置を信長の前に置き、簡単に仕組みを説明した。

 

「吹き込んだ声は蝋管に記録されるんだ。あとで何回も聞き返せるよ」

 

「ほう。それは数十年後や百年後でも声を聞き返せるのか?」

 

 信長が物珍しそうに装置を眺めながらセララに質問する。

 

「うん。蝋管が劣化しなければ大丈夫だと思う」

 

 信長は顎に手を当てて思案していた。これから吹き込む台詞を考えているようだった。

 

「吹き込む言葉が決まったぞ」

 

 セララがぜんまいを巻いて円筒を回し始めると信長は姿勢を正して口を開いた。

 

「儂が織田信長である。この国の天下泰平が末永く続くことを願う」

 

 信長が言い終わった後、セララは針を初期位置に戻して再生した。

 

 くぐもった音だが信長の声が蓄音機から再生された。

 

「不思議なものだな。自分の声というのは、こう聞こえるのか」

 

「変な感じでしょ?」

 

「うむ。だが、悪くない」

 

 信長は機嫌良く笑った。

 

「セララ、儂は蓄音機を気に入ったぞ。大量に声を記録するから蝋管をたっぷりと揃えてくれ」

 

「信長さんが喜んでくれて良かったよ。替えの蝋管の準備をしてくるね」

 

 セララは信長の反応に気を良くしてニコニコしながら部屋を出て行った。

 

 セララが部屋を出て行ったのを確認すると信長はぽつりと呟いた。

 

「儂がいなくなってもセララが寂しくならぬよう、いっぱい声を残してやるとしよう」

 

 セララからは隠れて秘密にしながら、信長は蓄音機に言葉を吹き込むのだった。

 

 

 

 

 そうして日々を過ごしていると、秋ごろから信長が徐々に痩せ始めた。

 

「信長さん、大丈夫?最近少し痩せたよね」

 

「案ずるな。ただの歳のせいだろう。若い頃のように食が進まなくなっただけだ」

 

 信長はそう言って笑い、政務を続けた。セララは念のため神通力を使ってみたが病気の反応も無く健康だった。信長の年齢は七十二歳であり、本人の言う通り年齢により食欲が落ちたのだろうと判断した。




前のエピソードの 第七十九話 前田慶次航海物語 を改定し、あとがきに魔王信長物語の現代wiki風を追加しておいたので良ければ読んで貰えると嬉しいです。



史実の蝋管の変遷

1877年、エジソンが最初に発明した「フォノグラフ」は錫箔を巻いた円筒でした。しかし数回再生すると溝が潰れてしまうという欠点がありました。
これを改良したのが電話の発明で知られるグラハム・ベルです。ベルは錫箔の代わりに蝋を塗布した紙管を開発し、耐久性を大きく向上させました。
その後、1888年頃にエジソンとベルの陣営で標準化が進み、最終的には紙筒ではなく、蝋そのもので作られた分厚い円筒が標準規格になりました。

なお、回転機構は史実の初期実用機では手回しクランクが主流で、精密なぜんまい+ガバナー式の駆動は後年の商業機で確立されたものとなります。

この物語では最初から蝋管とぜんまい式の回転機構を採用して蓄音機が発明されました。
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