尾張水神伝 ~SF世界の天使っぽい種族に転生したけどワープ事故で戦国時代の日本に漂着しました~ 作:Lavian
1609年(慶長14年)。
信長が七十五歳になった頃から体調が崩れ始めた。最初は食欲が落ちる事から始まった。大好きだったプリンも食べる回数が減ってしまった。
それから徐々に体を動かすのが辛くなり、部屋で過ごす時間が増えた。セララが神通力を使って治療を試みたが、いくら神通力を使っても体調が回復しなかった。病気ではなく、寿命による老衰だろうというのが医者の見立てだった。
セララは毎日、仕事を片付けると信長の元へ通ってその日の出来事を語って聞かせた。信長は布団で横になりながらセララの話を楽しそうに聞くという日々が続いた。
1611年(慶長16年)。
信長は七十七歳になっていた。人間の寿命としては十分に長く生きた年齢だ。信長はすっかりと弱ってしまい、ずっと床から起き上がれない日々が続いていた。
信長の体が少しずつ力を失っていくのをセララは傍で見続けており、このまま老衰で亡くなるのだという事実を受け入れるしか無かった。
ある朝、信長の側近から伝言が来た。信長がセララを呼んでいると言う。
部屋に入ると信長は布団の中で横になっていた。セララが入ってきたのを見て信長はわずかに口元を動かした。
「来たか、セララ」
「うん。待たせちゃったかな」
枕元に座った。信長の手が布団の上にあった。その手が以前より細くなっていることに気づいてセララは胸の奥がきゅっとなった。
「セララよ。きっと、お前が尾張に来てくれたおかげで儂の運命が変わったのだ。お前がいなければ天下統一は成し得ず、天下泰平の世は無かったであろう」
と信長は言った。昔の威厳のある声ではなく、小さな声だった。
「ボクの力だけじゃないよ。信長さんと皆がいたからこそ実現できた天下泰平の世なんだ。皆でこの平和を作ったんだよ」
「お前にそう言って貰えるなら儂の苦労も報われると言うものだ」
信長は少し間を置いてから言葉を続けた。
「儂はお前の事を実の娘のように思い、家族のように愛している。可愛らしく、気立てが良く、誰からも好かれる。ずっと儂の友でいてくれるお前を織田家の養子にしたかった」
「言ってくれればいつでも信長さんの娘になったのに。ボクにとっても信長さんは親友であり、兄であり、父親のような存在だったよ。家族としての愛はあるけど、恋人かどうかはちょっと分からないかも……」
「ふっ。子供のお前に恋愛は早すぎたな。水神はどんな事にも加護があると世間では言われているが、恋愛だけは加護の対象外だったらしい」
セララの言葉に信長が笑みを浮かべる。
「もう、酷いよ信長さん。ボクの方が信長さんより年上なんだからね」
文句を言うが形だけだ。信長がセララを子供扱いし、セララが文句を言うのは二人の間でよくあるやり取りだった。
「お前を織田家の養子にしてしまうと水神の神性が薄れてしまう恐れがあった。だから実行こそ出来なかったが……お前は儂の親友であり、家族であったという事だ。セララよ、これまで儂と共に過ごしてくれたことを感謝する。礼を言うぞ」
信長が穏やかな声でセララに感謝を言った。そして手をセララの方へ差し出した。
「その気持ちはボクも同じだよ。信長さん、こちらこそありがとう」
セララは信長の手を取り、優しく握りながら言った。少しでも信長を安らかな気持ちにしてあげたかった。
「なあ、セララよ。死後の世界はあると思うか」
「それは分からないよ。ボクの故郷の国でも死後の世界があるかは分かっていないんだ」
セララは正直に言った。そして、ずっと心の奥にしまっていたことを話すことにした。
「でも輪廻転生があることは保証するよ。なんていったって、ボクが経験者だからね。実はボク、前世の記憶があるんだ」
信長が目を動かした。
「ほう。それがお前の秘密だったか」
「うん。色々と未来のことを知っていたのもそれが理由なんだ。本当はずっと前に話すべきだったかもしれないけど」
「儂が死ぬ前に教えてくれたから良しとしよう。輪廻転生が実在するのか。であれば……生まれ変わったら、またお前と友人になりたいものだ」
と信長は言った。セララの目が熱くなった。
「きっと友人になれるよ。だって、ボク達はこんなにも仲が良かったんだもの。生まれ変わってもきっと同じだよ」
「そうか。ならば安心して死ねるな」
二人とも黙り、無言の時間が続いた。セララは涙を堪えるのに必死だった。
「セララよ。日の本を任せたぞ」
と信長は言った。
「任されたよ。絶対に良い国にしてみせる。約束するよ」
セララが言うと安心したように信長が目を閉じた。
部屋に静けさが満ちた。
信長が眠ってからもセララはその場に残った。信長の穏やかな寝顔を見ながら手を握り続けた。
翌日の朝、信長は目を覚まさず、永遠の眠りについた。寿命による老衰だった。
信長の死の数日後に大規模な国葬が行われた。
各地の大名が集まり、信長の死を悼んだ。民衆も街道に出て棺を見送った。武士も平民も泣いている者が多かった。水神と共に天下泰平の世を作った人物の死は日の本の国民を悲しませた。
セララは葬儀の間は表情を保っていた。しかし夜になって一人になると堰が切れた。
セララは神通力を使って自室の飲み水をワインに変えた。セララは転生してからこれまで酒を飲んだことがなかった。スカイエルフも人間と同じく子供は飲酒禁止とされていたが、その夜は酒に縋りたかった。
一口飲んでみた。
子供の舌のせいかアルコールが酷く苦い。まるで今の悲しみの味のようだった。
そのまま一杯分を飲み切り、しばらくすると体が熱くなり、頭がふわふわして来た。それから涙が止まらなくなった。
泣きながら飲んで、やがて泣き疲れて眠ってしまった。
翌朝、部屋で目を覚ますと頭が痛かった。スカイエルフにも二日酔いはあるらしいとぼんやり思った。
それから数日間、セララは切ない想いを抱えたまま日々を過ごした。
政務をこなし、民衆の前では水神様として振る舞った。しかし部屋で一人になると信長がいないという事を思い出してしまう。
廊下を歩いていて信長の部屋の前を通る時。信長の好物のプリンを見た時。誰かと話していて、信長ならこう言うだろうと思うとき。その度に涙が出そうになった。
そうして日々を過ごしていると信長の息子の織田信忠に呼ばれた。指定された部屋に行って見るとそこには蓄音機と大量の蝋管があった。
「これらの蝋管は父上がセララ様のために録音していたものです。声が聞ければ少しは寂しく無いだろうと」
「信長さん……」
蝋管には録音した日付と簡単な内容のメモと思われる紙が貼ってあった。セララは目を潤ませながら、一年前の日付の蝋管を蓄音機にセットして再生してみる事にした。
『セララよ。儂は十分に長く生き、子や孫にも恵まれ、お前という友に出会えた。日の本にこれほど幸福な者はおるまい。これからは儂の子や孫がお前の友となるだろう。儂の死を悲しむよりは、新たな友と楽しく笑って過ごすのだ』
くぐもった声だったが、確かに信長の声だった。死んでもなお、信長はこうしてセララを元気づけてくれていた。
「信長さん……ありがとう」
セララは涙をぬぐい、次の蝋管をセットして信長の声を聴くことにした。
そのどれもがセララを慰め、元気づける内容だった。
それから二週間程度、セララは自室と蓄音機の部屋を行き来して信長の声を聴き続けた。周囲からは心配する声もあったが、セララは徐々に悲しみを乗り越え、空元気ではあるが笑顔を見せるようになった。
「信長さんと会えなくなったのは悲しいけれど……日の本を任されたからね。いつまでも落ち込んではいられないよ」
セララは周囲の人々にそう言って政務をこなしていった。周囲の人に支えられ、信長が残したものに元気づけられ、セララは元の調子を取り戻していった。
時間の流れが悲しみと寂しさを薄れさせ、一年も経過するとセララは完全に元気を取り戻していた。
こうして江戸城は元の日々を取り戻し、セララが治める天下泰平の世が続いていった。
信長の跡を継いだ信忠をはじめ、その子や孫たちとセララは新たな友情を育みながら治世を行った。様々な事件こそあったものの大きな戦争が起こることはなく、日の本は順調に発展を続け、平和なまま二百五十年という長い月日が流れた。
このエピソードで第三章の江戸幕府編が終了となります。
次は第三章の登場人物紹介となります。
その後は一気に時代が進んで250年後、1860年頃となって第四章の大日本帝国編の開始です。
史実の江戸時代の終わりが1868年なので、その直前頃から描写予定となります。
しかし書き溜めが完全に無くなってしまったため、明後日に第三章の登場人物纏めを投稿した以後はしばらく休止となります。
第四章はストックを十分に溜めてからの投稿となります。
期間は未定ですが数カ月程度の休止になる予定です。
書き溜めせずに簡単なプロットだけで世界大戦を勢いのままに執筆開始してしまうと途中で矛盾とか出てしまいそうなので……
気長に待っていただけると嬉しいです。